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04 決闘。




 私は走って、生まれ育った村アーチに帰ってきた。

 体力があるからと言っても、やっぱりフルマラソン並みの距離を走るとなると息が切れる。ぜぇーはぁー、と息を整えるために立ち止まっていれば、後ろから首を鷲掴みにされた。


「うっひゃあ!?」

「てめぇナヒメ!! どこに行ってやがった!?」

「ぎ、ギン!?」

「魔獣に食われたかと思ったじゃねーか! ふざけんな! 弱虫なんだから一人で出歩くんじゃねーよ!!」


 うっひゃああ!

 首はやめて! ムズムズする! くすぐったい!

 触らないでえっち!!

 放してもらえた私は、首をぎこちなくさすった。


「だからギンに勝つ準備をしてたんだよ……逃げてないからね?」

「ハン! どうでもいいが、今日が約束の三日だぞ!」

「はいはい、決闘するよ。その前にご飯食べて来ていい? お腹ペコペコなの!」

「……」


 引き締まったお腹をさすって、許可を求める。

 じろりと睨むギンは、腕を組んで見下ろしてきた。


「独身最後の飯を食え。今夜結婚式だ」

「気が早っ!! まだ私は負けてないんだからね!!」

「昔からオレに勝ったことねーくせに」


 ギンがニヤリと笑う。

 うっ。図星である。

 私は常に敗者である。逆にギンは常に勝者だ。


「負けないもん!!!」


 言い切って、私は自分の家に飛び込む。

 現世の両親がいて、私を見るなりホッとした表情で胸を撫で下ろした。

 私が逃げたんじゃないかと本気で心配していたに違いない。

 信用ないな私。


「ただいま! ご飯食べたい!!」

「はいよ」

「今日決闘するんだろ? ギンと」

「うん!! 食べて休憩したら、すぐやる!」


 両親に答えて、私は出された肉、肉、肉料理を食べた。

 これ何肉だっけ? 美味しいからなんでもいいっか!

 がつがつと食べたあとは、極限に眠くなってしまった。

 だから自分の部屋に行き、魔導書をタンスの中に隠してから、ベッドにダイブして眠る。ほとんど睡眠をとっていなかったからだろう。羽毛ベッドに身を沈めて、深い眠りに落ちていった。


「ーー起きやがれ!!! ナヒメ!!!」


 ギンの怒鳴り声を聞くまでは。

 羽毛が詰まった枕を抱き締めていた私は飛び起きる。


「もう日が暮れそうだぞ! 熟睡しやがって! いつまで待たせる! ふざけんな!!」

「ふえ、ごめ、ん……よく寝た」

「だろうな!?」


 かなり待たせてしまったらしい。うん、よく寝た。

 私は欠伸をもらして、背伸びをした。

 そんな私の右手を掴むと引っ張り立たせて、部屋を出る。階段を駆け下りれば、花嫁衣装らしき服を見せる母親がニコニコしていた。うげぇ。

 ギンに引っ張られるがまま家を出てみれば、家の前の広場には人集りが出来ていた。もちろん人間ではなく、オーク達なのだけれども。ガタイのいい身体つきや布の少ない服装。とんがり耳や牙、角。

 村の住人、全員が集まってきてない?

 集会でもないのに、老人から子どもまで集まっている。

 あれれ? 隣村のオークの娘っ子達も来てるんじゃない?


「お前が寝ている間に集まってきやがったんだよ。さっさと始めないお前が悪い」


 ギンの求婚決闘が噂になって、隣村から来てしまったというのか。

 ギンはビシッと私を指差した。村一番の人気者の求婚だし、元々ギンへの求婚は村の名物化していたし、仕方ないか。

 でもこう人目が多いと困るなぁ。


「ギン、やめない? こんなに人がいるなんて……」

「あ? ふざけんな! もう待たねぇぞ! いいじゃねーか、このまま結婚式を挙げちまおうぜ」

「いや、私が勝つから」

「その自信どっから来るんだよおい」


 ニヤリと笑っては、呆れ顔になるギン。

 いいのかな。ギンが私に負ける姿をこんな人目に晒しても。


「ナヒメ頑張れー!!」

「えっ!? うん!」


 女の子達から声援がきたから、ビクッと震え上がる。


「ギンと結婚するなー!!」


 あ、そういうこと。

 半分は面白半分で私へ声援を送り、半分は断固反対派か。

 あ、巨漢の娘さん達もいる。皆ギンに負けてフラれた組だ。

 睨む視線に、ブルブルと震えてしまう。


「うるせーブスども!」


 ギンからの罵倒に、きゃーっという黄色い悲鳴が上がる。

 強いオークのイケメンはずるい。

 ギンのメンツってものを気にしていたが、しょうがない。

 どちらにせよ、私に負けることは噂で広がるのがオチだ。

 ここは諦めなかったギンが悪いということで、覚悟を決めた。

 人集りは自然と円を作り、私とギンが決闘する空間を与える。

 私とギンはそこに立ち、向き合う。

 私はいっちにーっと準備運動をした。


「ハン! 心配すんな。自分の妻に大怪我させたりしねーよ。ねじ伏せて終わりだ」

「んっ! よろしく!」


 ギンの狙いは私を捕まえてねじ伏せることだ。

 だったらそのまま突っ込んでくると予想出来る。

 走って帰ってくる間に、想像していた通りだ。

 私は手をブラブラと振っては、ニヤリと口角を上げた。

 ギンはそれを見て不可解そうにしかめたが、すぐに真面目な顔をする。ギンの戦闘モードだ。ゾクリとしてきた。

 目の前にいるのは、強者だ。これでも戦闘民族の端くれ。興奮してくる。

 この強者に今日、勝てるというのだから、余計興奮した。


「これよりーーーーグリードの息子ギンの求婚決闘を始める」


 ここはやっぱり代表として村長の父が、審判役を務める。


「相手は我が娘、ナヒメだ。ルールは地面に相手をねじ伏せた方が勝ちだ。武器は使うか?」

「必要ねぇ!! 片腕でねじ伏せる!!」

「同じく必要ないです」


 よし、と心の中でガッツポーズをした。

 ペロリと唇を舐めれば、牙が邪魔になる。

 深呼吸をして、身構えた。


「三の合図で開始だ。準備はいいな?」


 ガヤガヤしていた野次馬が静まり返る。

 私もギンも互いだけを見据えて、父親に頷いて見せた。

 ドキドキと胸が高鳴る。


「一」


 ギンだけを見据えた。


「二」


 素早くもある彼から目を逸らしてはいけない。


「三!」


 ジャリ、とギンが地面を踏みしめた音が、耳に届いた気がする。

 次の瞬間、飛び出したギン。

 私をねじ伏せようと間合いを詰めて、右手を伸ばす。

 その右手がくることは予測済みである。

 ペシッと瞬時に左手で振り払って、私は右腕を突き付けた。


「レモート」


 語尾にハートをつけるように唱えた途端に、掌に小さな竜巻が吹き荒れる。

 ギンの大きな身体が吹っ飛んだ。私も反動と暴風に飛ばされないように、ジリッとしっかりと踏み留まった。

 バタンと倒れるギン。シンッと静まり返った広場。


「……!?」


 ギンは起き上がって、驚愕の表情になる。

 あー腕痛い。私はまたプラプラと振っては、高らかに宣言した。


「私の勝ち!!!」


 どーんと胸を張ってみせる。


「ふ……ふざけんな!! 魔法っ! 魔法なんか使いやがって!」


 ギンがカッとなった様子で立ち上がった。


「オークが魔法使うなんて聞いたことねーぞ」

「決闘で使うなんて卑怯じゃねーか?」


 周りがざわめき出す。

 この反応も予想通りである。


「決闘に魔法を使うなとはルールにない! それに魔法は己の魔力によるもの! 道具にも頼っていない魔法なら、己の力! この強さを否定しますか!?」


 私は言い切ってやった。

「そう言われれば……」と口々に納得するような言葉を漏らす。

 そう。この世界には魔法道具というものがあるが、それを身につけて魔法を使ったわけではない。純粋に自分の魔力で負かしたのなら、認められると踏んでいた。


「ふざ、ふざけんなっ!!」

「!」


 ギンがもう一度向かってくる。

 でも私の元につく前に、ドシン!! っと父親が現れた。


「勝負はついた。敗者ギン。勝者、ナヒメ!」

「っ!」


 審判役がそう告げたのだ。それも村長。

 それが覆せるほどの強さを持っていないと自覚しているのか、それとも父の威圧感でそれを思い知ったのか、ギンは私の元にこなかった。

 私の右腕を掴んだかと思えば、父はもう一度告げる。


「勝者、ナヒメ!!」


 私は宙ぶらりんになった。それから大きな父に抱き締められる。

 そこで歓声が上がった。私の勝利を祝う声だ。

 勝った。勝った。勝った!

 負け続けたオークの人生だったけれども、やっと勝てた。


「やれば出来る子だと思っていたぞ、ナヒメ」

「ありがとう、お父さん」


 流石にそれは嘘じゃない? なんて思ったけれど、そういうことにしておく。

 村一番の人気者に勝った娘を誇らしく思ってもらおう。

 気付けば、ヒラヒラと花びらが降り注いでいた。

 多分、結婚式用に用意していたものだろう。それを勝利の祝いに使っているみたいだ。赤とピンクと白の花びらを、ぶっかけられた。豪快なところはオークらしい。

 ふと、その花びらの中で、背を向けて森に入っていくギンを見付けた。


「お父さん、下ろして」

「ギンのところに行くのか? やめておけ」

「んー……でも、ちょっと話してくるよ」


 彼の無敗記録を破ってしまったし、私に負けたところをこんな大勢に見せてしまったお詫びを言いたい。余計なことかもしれないけれど、幼馴染って仲だし、許してくれると信じて行くことにした。

「おいおい主役がどこに行くんだ?」と声をかけられたけれども、ごめんなさーいとオークの集まりを掻き分けて森に入る。

 ギン。どこ行ったんだろうか。

 せめて魔法を習得したからと話して、日を改めて決闘をするべきだったと謝ろう。もう取り返しがつかないけれども。それに不意打ちだったから勝てたようなものだ。魔法相手なら、魔法相手の戦いってものがあるし、ギンも武器を持って本気で挑んできたかもしれない。それを想像するとゾッとした。

 軽くごめんごーしてこよう。

 少し森を進んでいけば、開けた場所の木に寄りかかっている姿を見付けた。

 近付こうとしたら、「グスン」と鼻を啜る音が耳に届く。

 え。ギン。泣いてるの!?

 あの口悪くて目付き悪くて最強のギンが!?

 幼馴染って言えるほど常に一緒にいたけれど、見たことないよ!?

 驚愕のあまり立ち尽くしてしまった。

 ギンは腕で目元を隠していて、よく見えない。

 いや、見てはいけない気がする。絶対に見てはいけないやつだ。

 幼馴染とはいえ、そこはだめだとわかった。

 むしろ弱虫な幼馴染に一番見られたくないに決まっている。


「約束っ……したのに……ちくしょうっ!!」


 そう呟いたギンの泣いている声を聞いて、私は思い出した。

 それはまだ私達が幼い頃だ。

 泣きじゃくる私に、拳を向けて言った。


 ーーオレが勝ち続けたら、オレと結婚しろよ。ナヒメ。


 ゴツンとぶつけた拳は痛かった。

 私は放心してしまう。


「なんで負けてんだよオレっ……」


 ギンって……。


「よりにもよって好きな女に負けるなんてっ」


 私のことめっちゃ好きじゃないか!!!



 

20181004

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