02 人間の街。
「ふっざけんな!!! この弱虫が!! てめぇに拒否権なんてねーんだよ!!」
ギロリと睨み、怒号を飛ばすギン。
私はビクリと震え上がった。
また手が伸びてきたものだから、一歩下がって避ける。
カチン、ときた表情をするギン。
「弱虫の分際でっ……てめぇ!!」
「嫌なものは嫌なの!!!」
私ははっきりと言ってやった。
「嫌だと……? てめぇ、オレ以外に結婚してぇ男でもいるのかよ。村で一番強いこのオレよりも!」
触れなかった手を握り締めて、ギンは問う。
近付いたら、きっとそのまま拳骨を落とされるに違いない。
「い、いない、けど……」
結婚したい相手がいない。結婚願望がそもそもないのだ。
前世から、ちょっと薄かった。
だからこそ嫌である。
「いたらそいつをぶっ倒してでもてめぇと結婚してやったんだが……なら、オレと決闘だ。ナヒメ」
「!?」
「オレが勝ったらすぐに結婚しろ」
「ず、ずるいよ!!」
ギンがビシッと親指で自分を指す。
そんなギンが村一番の最強なら、私は村一番の最弱である。
勝ち負けはやる前から決まっているではないか。
これだから戦闘民族オークは困ったものだ。腕っぷしで白黒つけたがる。
「うるせぇ!! つべこべ言わずにオレの妻になりやがれ!!」
「理不尽!!」
目から光線を放つんじゃないかってくらいギロリと睨み付けるギンが、また手を伸ばしてきたから鷲掴みにされる前に避けた。今度こそ、頭割られる気がする。
「ハッ!」
私は名案を思いついた。
「三日!!」
「!?」
親指と人差し指と中指を立てて、それをギンに突き付ける。
これは漫画の影響で、これは前世からの癖だ。
「三日ちょうだい!! 三日後に決闘をしよう!!」
「……三日だぁ? 三日でオレより強くなるつもりかよ、ハン」
ギンは鼻で嘲るが、私はそのつもりだ。
「諦めてさっさとオレの妻になっちまえよ」
「やだ!!」
「っ! てんめぇ……」
がるるっと唸るギンが凄む。
下の八重歯が剥き出しだ。
「……どう足掻こうと三日後にはオレの妻になるんだ。わかった。猶予をやる。だが、逃げんじゃねーぞ!?」
「逃げないよ! 三日後必ず決闘を受ける! 約束!!」
「……」
指切りの習慣はこの世界にはないので、代わりに拳を向ける。
こうしてコツンと拳と拳をぶつけるのだ。
ギンは少しの間、私と拳を交互に見つめた。やがてゴツンと拳を叩き付けられる。痛い。でもなんか脳裏に浮かんできた。
「……約束だからな」
「うん! じゃあ先帰る!!」
「は!? あ、おいっ」
急ぐべし!
私は森の中にギンを残して、走って村に帰った。
丸太で作った家が並ぶ原始的な風景な村。ここが、現世の私が生まれ育った村である。
「ただいま!」
村の中で一番高い家が、私の家だ。土足のまま中に入って、二階に上がる。階段もまた丸太で出来ていた。
「遅いじゃない。ナヒメ。ギンと結婚する花嫁衣装はこれよ」
「お母さん。まだギンと結婚するって決めてないよ!」
「何言ってるんだい! ギンに勝てないくせに!」
自分の部屋で支度をしていたら、母親が入ってきて花嫁衣装らしき白っぽい布を見せてきたが、それを試着する気はない。
でも強さが基準の戦闘民族。周囲も私とギンの結婚は決定しているようなものだった。
「三日待って!! ギンに勝つから!」
「……!?」
赤い髪を一つに束ねている母親は、明るい赤い瞳を真ん丸に見開く。
でもすぐに八重歯を見せるように大口を開いて笑い出した。
「アンタがギンに勝つだって!? 腹痛いわ! あはははっ! 誰にも勝ったことない子が、村一番の最強の若者に!? あはははっ!! 小さい頃からギンに何一つ勝ったことなかったじゃないかい!」
「むむむっ」
そこまで大笑いしなくてもいいじゃないか。
「あんた、聞いてよ。ナヒメがギンに勝つって息巻いているんだよ」
母親は下にいる父親に報告しにいった。
ゲラゲラと笑う声が、二階まで響いてくる。
見ていろよ、現世の両親! 絶対に勝ってやるんだから!
今のうちにっと支度を進めた。木製のタンスの奥に貯めていたお小遣いをしっかり腰に巻きつけたカバンにしまい込んで、準備は万端だ。
「お母さん、お父さん。数日出掛けてくる」
一階に降りて、告げる。
にこやかだった二人の顔が険しいものになった。
「お前、まさか……逃げるつもりじゃないよな?」
「逃げるなんて、家に泥を塗るってことよ! ナヒメ!」
決闘から逃げるなんて、戦闘民族オークの恥。
村長という立場にいる父親は、とても大柄で下からニョキッと生えた牙さえも立派で、すごく怖い顔をしている。彼こそ村一番の強者なのだけれど、まだ一度もギンと戦ったことがないから、どうなんだろうか。
私はブンブンと首を左右に振った。
「逃げるんじゃないよ!! 勝つためにちょっと出掛けてくるだけ! お父さん達に泥を塗るような真似はしないよ!」
ムギュッとテーブルについている父親に後ろからハグをする。
それからそばに立っていた母親にもハグ。二人とも身体、硬い。
「勝つためって……三日で鍛えても勝てるわけないだろう」
「絶対に勝つ!!!」
私はヤケクソで声を張り上げた。
「三日後、ギンと決闘するから! 花嫁衣装はしまっておいて、お母さん。いってきます、お父さん!」
やれやれと呆れた様子の二人に別れを告げて、テーブルの上にあった硬いパンを一つくわえて私は村を旅立つ。
目指すは、徒歩で一日ほどかかる人間の街だ。
私はバンダナを頭に巻いて、角と耳を隠した。これで人間の街に入れるはずだ。
村一番の最弱でも、これでも戦闘民族オークの端くれ。体力だけはある。寝ずにひたすら歩いていく。夜は冷え込んでいるが、鍛えてある身体には苦ではなかった。空を見上げれば、数えきれないほどの星が瞬いている深い藍色の空だ。圧巻なそれに見惚れつつも、進んでいった。
美しい世界だな、としみじみ思う。
運良くファンタジーな世界に生まれ変われた。
漫画や小説を読んで、出来ることならこんな世界に行きたいと願っていたのだ。夢があるよね。ファンタジーの世界!
オークに生まれたことはちょっと残念にしか思えないけれど、ゴブリンよりはましである。うん。欲を言えば美少女エルフがよかったけれどもね!
魔獣に遭うことなく、朝を迎えて昼頃には目的の街についた。
門はあるけれど、特に門番はいない。門をくぐって、街を見てみれば煉瓦が続く道に、赤い屋根の街並み。絵本で読んだことがあるようなそんな街並み。目を輝かせて、私は歩んだ。
街の名前は、ブルーノ。
青色の桜が名物の街なのだ。
川沿いに咲き誇る青い桜を見た。散った青い桜の花びらが、水面を覆い尽くす光景はとても神秘的で綺麗だ。
「うわー……うおー!」
私は橋を右往左往をして、それを何度も眺めた。
見惚れている場合ではなかった、とお腹の虫が鳴ってからハッと思い出す。
お腹が空いたが、目的を果たさなければ。
私はお腹をさすりながら、街を練り歩いた。
看板を見て、世界共通語を読む。戦闘民族でも、ちゃんと文字を習っている。まぁ、身体を鍛えることの二の次だったけれども。
そう言えば、鍛えても最弱な私は、ひたすら文字を覚えようとしていたっけ。誰よりも早く優秀になってやろうと努力したが、ギンの方が先にマスターしてしまった。
私の幼馴染は、いわゆる天才肌なのだ。
そんな幼馴染といつも比べられて、よく私はひねくれなかったものだ。
むしろ、ギンに引っ付いていたっけ。最弱な私はいじめの対象になるものだから、ギンが庇ってくれたのだ。
ギンがいじめっ子を倒す。ギン、強くなる。村一番の強い男の子になる。
うん、私一役買ってしまっているじゃないか。
口悪いし目付き悪いけれど、ギンは弱い者いじめはしなかった。
私のことは弱虫というけれども。それは昔からのこと。
昨日も魔獣から助けてくれた。面倒見はいいのよね。
でも結婚相手と言われたら、むむむっ。
眉間にシワを寄せながら、そんなことを考えていれば見付ける。
「本屋さん見っけ!!」
オークの村には、絶対にない本屋に辿り着いた。
20181003