8.山中、反撃開始
俺と比奈子は場所を変えて潜んでいた。
それぞれが別々の木に登っている。
といってもそれほど離れているわけではない。
比奈子は懐中電灯を手にしている。
懐中電灯で周囲を照らしていた。
ミノタウロスをおびき寄せるためだった。
この森は薄暗い。
懐中電灯の光を見つければ、奴はこちらに来るだろう。
比奈子の役目は、ミノタウロスの注意を惹き付けることだった。
そして俺は少し離れた位置にある大木から、その様子を眺めている。
俺の手には木の枝とゴムバンドが握られている。
ゴムバンドは比奈子の弁当の蓋を押さえていたものだ。
どうやら比奈子はみんなでおにぎりを食べるつもりでいたらしい。
一人で食べるには大きい弁当箱を押さえていたゴムバンドは、それなりのサイズと強度を持っている。
それと枝。
これはそこらに落ちていたものを使った。
枝はそこそこの太さがあり、そして途中で二股に分かれている。
この枝にゴムバンドを引っ掛けると、ちょうどパチンコ銃のようになった。
ちゃんと使えることは確認済みだった。
とはいえ本物のパチンコ銃と比較するとどうしても威力は落ちる。
有効射程距離はそれほど長くはないはずだ。
それに殺傷能力に至っては皆無。
人間を至近距離から撃てば怪我もするのだろうが、ある程度距離があり、かつ相手は二メートルはある怪物だった。
チャンスがあるとすれば、目。
さすがのミノタウロスも眼球を撃ち抜かれれば、ただでは済まないだろう。
俺は手で腰のあたりを確認した。
子袋がベルトに引っ掛けてある。
弁当箱を入れていた袋だった。
今は、小石を詰められている。
二〇発ほど用意はしたものの、全て使うことはないだろう。
そう思うと身体が震えてくる。
何発も撃つような作戦ではない。
最初の一発が重要なのだ。
その一発が、きっと最初で最後。
俺や比奈子の運命が、それで決まるのだろう。
俺の耳が草を踏みしめる音を聞き取った。
ついに来た。
音を比奈子も聞き付けたのだろう、ゆっくりと動きながら周囲を照らしていた懐中電灯の光が慌てたように揺れると、ある一点を指し示した。
木々が揺れ、ミノタウロスが姿を現した。
ミノタウロスは明らかに比奈子に目標を定めていた。
薄暗い森の中では懐中電灯の光と言うのはとても目立つのだろう。
ミノタウロスの咆哮が森に響く。
比奈子の登った木の下に立ったミノタウロスは上を見上げると鳴いた。
牛の鳴き声だった。
ミノタウロスはどうやら木を登ることはできないようだった。
俺は胸をなでおろした。
奴は頭こそ牛だが、身体は人間なのだ。
ミノタウロスが木に登ってくる可能性もあると比奈子は考えていたが、けっきょく他に案も浮かばず、奴が登れないことに賭けたのだ。
第一の賭けはこちらの勝ちらしい。
次は第二の賭けだ。
俺はお手製のパチンコ銃を構えた。
石をセットしたゴムバンドを思い切り引っ張る。
枝が軋む。
しかし折れたりはしない。
強度は確認済みだ。
呼吸を整えるとミノタウロスへと狙いを定める。
手が小さく震えているのが分かったが、ミノタウロスが立ち止まっている今この瞬間を逃すわけにはいかなかった。
パチンコ銃から小石の弾丸を発射した。
獣の咆哮が森に響き渡った。