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6.山中、ミノタウロスとの遭遇

 それはミノタウロスとは似ても似つかない姿をしていた。

 もちろん本物のミノタウロスなど見たことなど俺はないのだから、想像していたものと違っていた、と表現するべきだろう。

 それは確かに牛の頭をしていたし身体は人間だった。

 だからミノタウロスと言えば、そうなのだろう。

 身体は大きい。

 直立していたそれは二メートルを超えているだろう。

 俺はミノタウロスについて、牛の頭を持つ人間だというイメージを持っていた。

 しかし目の前にいる奴は、人間の胴体を持つ牛に見えた。

 そこに人間らしさなどと言うものは無く、発せられている雰囲気は獣そのものだった。

 俺はそいつの手に棒が握られていることに気が付いた。

 太くて短い。

 こん棒のようだった。

 それを振り上げたところで、俺は駆けだしていた。

 他人のことなど気にしている余裕はなかった。

 俺が比奈子を追い越した直後、彼女も走り出したのが視界の隅に移った。

 涼太郎と里菜も逃げ始めていたが、俺や比奈子に比べるとかなり遅い。

 全力で逃げる俺と比奈子は結果的に涼太郎と里菜を見捨てることになった。

 はるか後方で獣の咆哮と骨や肉が砕ける音、女の悲鳴が微かに聞こえた。

 里菜がやられたのだろう。

 俺にできることなど、もう何もなかった。

 ただひたすらに、俺と比奈子は逃げ続けた。



 涼太郎は座り込んだまま動くことができなかった。

 目の前には里菜が倒れている。

 頭蓋骨が陥没しているのが見えた。

 里菜が死んでいる。

 昨日まで一緒に笑って生きていた里菜が、人形のように転がっている。

 しかし涼太郎は動くことができない。

 里菜に駆け寄ることもできなければ、逃げることもできない。

 強いショックを受けると人間は何もできなくなるのだな、などと妙に冷静に頭の片隅で考えていたりする。

 とにかく思考が散漫になってまとまらなかった。

 涼太郎の前に立ちふさがっている大男。

 いや、人間という表現が適切かは分からない。

 涼太郎はただ、それを見ることしかできなかった。

 ミノタウロスは奇妙な動きを見せた。

 自身の腕に噛み付いたのだ。

 その牛の頭がマスクなどではない本物であることを、涼太郎は理解した。

 血管が破れ、ミノタウロスの腕から血が流れ始めた。

「……ろ」

 ミノタウロスが何かを言った。

 しわがれた声だった。

 長いあいだ声を発していなかったのだろうと思われた。

「……めろ」

 ミノタウロスが繰り返す。

 涼太郎はミノタウロスが「舐めろ」と言っているのにようやく気が付いた。

 ためらいを見せる涼太郎に向かったミノタウロスは見せつけるようにこん棒を持ち上げて見せる。

 涼太郎はミノタウロスに近づき、ゆっくりとした動きで、ミノタウロスの腕に唇を付けた。

 生臭さが口内に広がった。

 強烈な異臭に涼太郎はえずいた。

 身体が血液を拒否している。

 思わず口を離そうとすると頭を押さえつけられた。

 ミノタウロスの腕から垢がこぼれ、口の中に入ってきた。

 涼太郎は強烈な吐き気に耐えながらも、もう何もすることができなかった。

 どのくらいそうしていたのか、涼太郎にはもう時間の感覚がなくなっていた。

 ミノタウロスが涼太郎を押さえつけていた手を離した。

 涼太郎は後ろに倒れ込むと、激しく咳き込んだ。

 ミノタウロスはその様子を眺めていた。

 涼太郎には、その目が笑っているように見えた。

 しばらくすると、ミノタウロスは去っていった。

「……助かったのか?」

 涼太郎は呟いた。

 全身からどっと力が抜けた。

 早くこの場から逃げ出して、比奈子や誠と合流しなくては。

 そう思うのだが身体に力が入らなかった。

 涼太郎は自分の意識が遠のいていくのを感じた。

 ああ、自分は眠ろうとしているのだな。

 脳の片隅の冷静な部分で、そんなことを考えた。

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