4.翌日、ハイキング開始
高校二年生の夏休みは人生に一回しかない。
もちろん二回経験することも理論上は可能だし、実際に経験する人もいるだろうが、まあ数は多くないだろう。
その貴重な夏休みの一日を、俺はよく分からないイベントに費やそうとしているわけだ。
比奈子はハッキリとは言わなかったが、彼女はミノタウロスを探そうとしているようだった。
控えめに言って正気の沙汰ではないが、さすがの比奈子も本当にミノタウロスなるものが現実に、それも近所の森に棲んでいるなどとは思っていないだろう。
きっと比奈子にしてみれば、オカルト研の部員と一緒にハイキングがしたい、くらいの気持ちではないだろうか。
そもそも仮にあの昔話が本当だとして(ありえない仮定だが)そのミノタウロスとやらが今も生きている訳がない。
そんなことを考えながら待ち合わせ場所に行ってみれば、比奈子はまだ来ていない。
今は午後三時。
待ち合わせ時刻ぴったりだ。
人を呼び出しておいてなんともいい加減な話だが、まあ比奈子のそういった性格は知っているので今更気にもならない。
待ち合わせ場所にはオカルト研副部長の江口涼太郎と部員の藤島里菜が既に来ている。
二人ともリュックサックに動きやすい服装にスニーカーという出で立ちで、完全にピクニック気分だ。
ピクニックにしてはスタートが遅い気もするが。
「やあ大川」
「大川さん、こんにちは」
涼太郎と里菜が俺を見て笑顔になる。
オカルト研は四人という少人数の部活なのでメンバ同士の仲は良い。
特に涼太郎と里菜の二人は傍から見ても仲が良く、俺は二人が付き合っているのだろうと考えている。
「あの話、信じてるか?」
「あの話って?」
「ミノタウロスの話。あれ本当の話か?」
俺は比奈子から聞いていた話をそれほど信じているわけではなかったし、もしかしたら比奈子の創作である可能性もあると考えていたから、いちおう確認してみたのだ。
「実際に伝わっている話ではあるらしいね。でも本当の話かどうかは分からないよ。僕だってオカルト好きだけど、何でもかんでも無節操に信じたりはしない。そもそもオカルトと言ってもそのジャンルは様々で……」
「話が残っているのは事実なのか?」
話が面倒臭い方向に向かい始めたので俺は涼太郎の話を遮った。
「僕も以前、聞いたことがあるからたぶん間違いないと思うよ。あっ、もちろん高山さんからじゃない」
比奈子以外から聞いたことがあるのであれば、たしかに彼女の創作などではないのかもしれない。
結局、比奈子は待ち合わせに一〇分ほど遅刻してきた。
彼女もまたリュックサックを背負っていた。
中にはたぶん水筒でも入っているのだろう。
あとは虫よけスプレーとか日焼け止めとか、まあそんなところか。
俺たちの持ち物も似たり寄ったりなので、なんとなく想像がついた。
彼女の遅刻癖に慣れている俺は今更彼女に文句を言う気もなく、涼太郎も里菜も寛容な性格なので一〇分程度の遅刻にどうこう言ったりもしない。
「ごめーん、遅れちゃった」
反省しているようにも聞こえないが、いちおう謝罪はしているのでさっさと水に流して、俺たちはミノタウロス探しという名のピクニックに出かけた。
ハイキングコースはゆっくりと歩いてもせいぜい一時間。
せっかく準備をしてきて一時間の歩いてお終いじゃつまらない。
それは当然比奈子も考えているようだった。
ハイキングコースを歩きはじめて少しすると、先頭を行く比奈子は立ち止まると振り返った。
「ここから上に登らない?」
比奈子の示す先は、ただ木々が生い茂っているようにしか見えなかった。
「ここってどういうことだよ」
「この先はね、今は封鎖されているけどむかしは通ることもできたのよ。ハイキングコースを歩くだけじゃつまらないから、行ってみましょう」
俺は改めて比奈子の指し示す先を見てみる。
言われてみれば、確かに以前は道があったようだ。
生えている草もそれほど高くはないし、なんとか歩けそうな感じだった。
俺は反対しなかった。
涼太郎と里菜の二人も同じで、せっかく来たのだからと、みんなで登ることにした。
森の中は想像していたよりは歩きやすかった。
大きな木が密集しているが、そのあいだを進むのには十分なくらいの間隔が空いている。
足元の草もせいぜい膝くらい。
俺たちは他愛のない話をしながら歩き続けた。