3.自室、ミノタウロスについて
俺は黙ったまま大人しく比奈子の話を聞いていた。
「どう?」
ご満悦といった感じで話し終えた比奈子の第一声である。
「どうと言われてもな……」
色々と聞きたいことがある。
「まず、それはミノタウロスなのか?」
「だって頭が牛で身体が人間なんだから、ミノタウロスでしょう」
なんでそんなところに疑問を持つのか? とでも言いたげだった。
「でもミノタウロスっていうとギリシャ神話だろ? 今の話、全然関係ないじゃないか」
どちらかというと、牛鬼とかそんな感じではないのか。
よく知らないが。
「たしかに日本にも牛鬼っていう妖怪はいるわよ? でもあれって一番有名な姿は牛の顔に蜘蛛の身体をしているの」
「そうなのか?」
牛の頭に蜘蛛の身体。
当然の事ながら牛の頭を支える必要があるのだから、身体はとても大きいはずだ。
考えるだけでぞっとする。
「別にギリシャ神話のミノタウロスが日本の、それも近所の森にいるなんて思っていないわよ。ただ伝わっているその姿がちょうどミノタウロスにとても近いっていうだけで」
「で? その森に行きたいって?」
比奈子はニヤリと笑って見せる。
「そう。明日、時間はある?」
オカルト研のみんなも連れてくるから、と比奈子は言った。
高山比奈子は我が犬鳴高校のオカルト研の部長である。
メンバは全員で四人。
俺はオカルト研の部員だ。
別にオカルトの類に一切興味ない俺がなぜオカルト研などという胡散臭い部活に入っているのかといえば理由は大きく二つ。
一つ目が、小さいころからの幼馴染である高山比奈子に強く入部を勧められたこと。
そして二つ目が、俺自身は特別入りたいと思う部活動が無かったということ。
部活動として認められるためには、最低四人いなければならない。
比奈子にはオカルト仲間がいたが、比奈子本人を合わせて三人。
部活として正式に認められるために比奈子は俺に目を付けたというわけだった。
そのオカルト研の活動内容はというと、今のところは特にないというのが現状だった。
一応、部室は与えられているから放課後になればそこに集まったりもするのだが、例えばメンバで会誌を作ったりだとか何か議論を交わしたりだとか、そのようなことは一切ない。
各々が好き勝手に過ごしている。
オカルト系の本を読んでいる奴もいれば、占いに精を出すものがいたり。
学校のはぐれものが集まってくる、たまり場みたいな場所になっているというのが俺の印象である。
掃き溜め、という言葉が頭をかすめるが、もちろん口に出したりはしない。
その程度の倫理観くらいは持ち合わせているつもりだし、そもそも傍から見れば、俺だってその掃き溜めの構成員である。
オカルト研のみんなというのは要するに副部長の江口涼太郎と部員1の藤島里菜(ちなみに俺は部員二だ)の事だ。
正直なところ面倒だったが、それでも日頃から全然活動らしい活動をしていない部活なのだから、たまにはこういうのもいいのかもしれないと思った。
けっきょく、翌日の午後三時にハイキングコースの入口に集合することになった。
「明日、遅れちゃだめだからね」
水筒と、あとは虫よけスプレーくらい用意した方が良いだろうかなどとぼんやりと考えながら、元気よく家路につく比奈子を俺は見送った。