第6話
マンネルヘイム元帥は目をつぶって、過去の(日露)戦争時の親友の姿、更にあの頃のロシア騎兵の集団の姿を思い起こした。
「きっと本当に親友は騎兵団の先頭に立っていたのだろうな」
思わず独り言が出る。
最初に営口でミシチェンコ騎兵団が日本海兵隊への突撃を行った時、その指揮官を親友は務めており、その先頭にいたと生き残った兵士から直接、自分は聞いた。
親友の性格からしても本当の話だろう。
そして、真っ先に戦死した。
二回目にはミシチェンコ将軍自ら騎兵団を突撃させた。
その結果、ミシチェンコ将軍自身も戦死し、騎兵団は日本海兵隊の前に壊滅的打撃を被った。
その場に親友の代わりに自分がいても同じ結果になっただろう。
かつてのロシア軍時代の上官で最も尊敬する上官は誰ですか、と聞かれたことが何度かある。
その度に自分は即答した。
「ミシチェンコ将軍だな」
質問者はいつも微妙な顔をした。
質問者にしてみれば、無謀な騎兵突撃を行った無能な将軍というイメージなのだろう。
だが、あの時点では私でさえあんな装備で日本海兵隊が待ち構えているとは思わなかったのだ。
私がミシチェンコ将軍の代わりに指揮を執っても同じ結果になっただろう。
そして、自分は戦死するだろう。
本来から言えば、最期の時に専門外の騎兵を率いはしたが、ミシチェンコ将軍は私にとって敬愛しうる有能な軍人だったのだ。
「有能な指揮官の率いる優秀な部隊と戦った末に名を遺すか」
それ以上は口に出さずに想いを巡らせる。
戦友も、ミシチェンコ将軍も、そしてロシア騎兵団も最期に良き敵と巡り合い、名を遺せたのかも。
遺された者にとっては堪らない話かもしれないが、軍人にしてみれば戦場で散って名を遺すというのが無上の幸せというのも一面の真理ではある。
そして、自分を討った相手が、名が知られた良き相手であれば。
「林提督に率いられたサムライは、ロシア騎兵、いや世界の騎兵にとって最期の戦いを飾るのに相応しい良き相手だったように想えるな」
思わず更に呟いた。
そう言えばベッドに潜り込む前に政府から連絡があった。
林提督が病死した、日本では国葬が執り行われるようだ、フィンランド政府は大使を林提督の国葬に参列させると。
その知らせが、あの夢を見せたのかもしれない。
ロシア騎兵がサムライの待ち構える陣地に突撃していく光景が脳裏に浮かんでくる。
決して火力支援も無しに無茶な突撃をサムライに対してロシア騎兵が行った訳ではない。
それなりの火力支援、事前砲撃を行ったし、サムライが籠っている陣地も応急で作られたものだった。
旅順要塞への攻撃でサムライも熟練した兵の多くを失っており、営口の戦いではこれが初陣という十代の若い兵が過半数を占めていたというのだ。
それなのに8割のロシア騎兵が天国への突撃となってしまったとは。
世界中に騎兵突撃の弔鐘を鳴り響かせた戦いといっても過言ではない。
これまでも歩兵の対騎兵戦術によって騎兵突撃が一敗地に塗れることが無かった訳ではない。
銃や大砲が登場する以前でも、金拍車の戦いやクレシーの戦いがあった。
銃や大砲が登場した後では、幾つもの戦いで騎兵突撃は歩兵の対騎兵戦術の前に敗れた。
だが、その度に騎兵突撃はそれを打ち破る術を見出し、戦場の王者の地位を取り返してきた。
しかし、営口の戦いを見る限り、今度はもう無理だろう。
ミシチェンコ騎兵団は、騎兵の最期を飾る良き戦いをして散っていったのだ。
気が付けば右腕からも右足からも痛みが完全に消えていた。
目覚めた直後から徐々に痛みが治まってはいたのだが。
今なら眠れそうだ。
そう考えたマンネルヘイム元帥はベッドに潜り込み、戦友達のことを想いながら眠りに入った。
これで完結させます。
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