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暁の姫君  作者: 扇
1/1

姫は眠る。夜明けまで。

この物語はフィクションです。

実際の歴史上の人物、団体、出来事とは一切関係ありません。


 叢雲(むらくも)の隙間から月明かりの差す夜。本来、生き物は眠りにつき、風が草木を撫でるさざめきだけが聞こえてくるものだ。……しかし、その日は違った。

 一つの集落から火の手が上がり、建物を熱く(だいだい)に照らし、起きている惨状(さんじょう)を物語っていた。怒声、嗚咽(おえつ)、断末魔の悲鳴。ありとあらゆる人の叫びは、まるで地獄をそのまま現実に投影したかのような、見るに耐えない恐怖を引き立てている。


旭妃(あさひ)!お前は逃げろ!!」


 その中で一際大きな声で叫ぶ木綿着物の男が居た。その男に黒装束の男が飛び出し、腰の刀を抜いて振り抜く。

 着物の男は近くに転がっていた薪で刀を防ぎ、燃え盛る民家の中へと装束の男を蹴り飛ばした。

 火に捕らわれた男は必死にもがくも、無情にも全身を包み込まれ、程なくして地に伏すこととなった。


「俺はもう何人か連れ出して後から追う!お前は先に行け!」

「無茶だ!今集落の中心に近付けば奴等に囲まれる!そうなったらおしまいだ!」


 旭妃と呼ばれた長く白い髪を持つ旅装束の少女は、小柄ながらも強い口調で反論する。しかし、男の意志が彼女の言葉で揺らぐことはなかった。


「いいか、もうこれ以上数を減らすわけにはいかないんだ。お前は足が速い。一人なら捕まることは無いだろう。だけどこれから俺が助けに行く奴等は守ってやらくちゃならないんだ。分かってくれるな?」


 男は冷静かつ(なだ)めるような口調で語りかけ、返事も聞かずに走り去る。


「……絶対、後で来るんだよ」


 聞こえてはいないだろうが、旭妃はそう答えると男と反対の方向。森の中へと駆けていった。

 背後の争いによる喧騒から逃げるように、少女は走る。真っ暗な木々の間を、真っ直ぐに走る。木の葉の間から差し込む淡い月の光は、時折少女の白い髪を照らしていた。美しいもののようにも見えるが、今の彼女にとってこれほど忌まわしいことはない。敵に見つけてくださいと言っているようなものだ。

 気付くと、後ろに響いていた騒音は消えていた。それほどまでに離れたのか。走るのに夢中だった旭妃は、一度立ち止まって注意深く辺りを警戒する。


「……気配はない、か」


 少なくとも神社の周辺には人影がない、という意味だ。茂みから様子を伺う彼女は、目を瞑る。

 物音はもちろん、今彼女は生き物から発せられる気配を探っていた。生き物にはそれぞれ特有の『気』がある。旭妃にはそれを感じとる技術があった。

 幸い、中にも誰かが居る様子はなかった。逆に言えば仲間もまだ誰一人として辿り着いていないことになるのだが……。


「もう何人残っているか……。どうして人と人とでこんな……」

「それはそなたも分かっているはずだ。我々退魔師の上の者達は派閥に別れ、いがみあっている」


 気配無く背後から若い男の声を聞き、勢いよく振り返り拳を構える。その拳には青白い光が灯った。

 見ると、そこには立派な着物を着た青年が立っていた。胸には竹の家紋が施されている。彼に敵意は無かった。


義邦(よしくに)……君まで僕らを捕らえに?」

「拳を収めてくれ。私は戦いに来たわけではない」


 意外にも、旭妃はこれに素直に従った。彼女にとって信頼に足る人物ということだろう。


「刀はどこへ?」

「……君の仲間に奪われた。もうこの手に戻ってくることは無いだろう」

「そうか……」


 しばしの沈黙。風に揺られ、木の葉が擦れる音だけが耳に残った。

 悩むような素振りを見せた後、ようやく青年が口を開く。


「ここに来た用件を話そう。そなたの師より、頼まれごとを受けた」

「……君がここを探り当てたのも師匠が教えたからだね?いくら君への頼みとはいえ危険なことを……」

「……そなたを封印してほしいとのことだ」


 呆れた表情でぼやく旭妃の発言を遮って言葉を急ぐ。時間が無い、ということだろう。

 しかしそれはすんなりと受け入れられるものではなかった。


「ど、どういうことだ。どうして僕が封印されなくちゃならない!?」

「そなたはまだ十四の若さだ。ここで息耐えるには早すぎる。そなただけでも、もし目覚めた先に誰も居ないとしても、生きてほしいと」


 そして、「それは私も同じだ」と付け加え、巻き物を懐から取り出して胸の前で広げる。

 彼女にとってそれは、死ぬよりも辛いことのように思えた。なにせ仲間を捨て、師を捨て、自分だけが生き長らえるというのだから。生涯の重荷となるくらいなら、この地で仲間と共に散る方が気が楽だ。そしてなによりも……。


「君の居ない世界なんて……」

「……」


 義邦はそれには応えなかった。巻き物は宙へ浮かび上がり、彼の足元には一つの円形の、幾何学模様が描かれた陣が現れ輝きを放つ。

 無情にも、その光は旭妃の足元にも浮かび上がり、その体を包み込んだ。


「待って……待ってくれ!こんな別れ方……僕は望んでない!!」

「私とそなたの間で交わす最後の願いと思い聞いてほしい!そなたの晒し首など見たくは無いのだ!」


 それまで落ち着いて、事を客観的に話していた彼が、初めて感情的に叫んだ。それは旭妃が拒絶することをやめるのに十分な効果を発揮した。


「目覚めた先で、確かに仲間は誰一人として居ないだろう。だが、新たな道を歩むことは出来る!旭妃、そなたの血筋さえ残っていれば、気功師(きこうし)の未来が閉ざされることも無いだろう。必ず復興させるのだ!そしてこれだけは忘れないでほしい……」


 立場は敵同士。しかしそこには(たが)うことなく、ある一つの感情があった。それは次に紡いだ言葉ではっきりと、伝えられた。


「私はそなたを愛していたと」

「……!」


 少女は目を見開いた。なんと返せばよいか、と考えている内に体を包む光は強まっていく。

 封印されるまで、時間は残されていなかった。


「ようやく……君の口からそれが聞けたね……本当に最後まで不器用な人だ……」

「すまない……本当はもっと共に寄り添っていたかった……お別れだ」


 眩い光は少女の全身を包み込む。旭妃が意識を手放す前に見たのは、青年の涙だった……。


 遥か昔。自らの肉体に宿る力を練り、(おの)が意思で操る者達が居た。それらは『気』『術』『魔法』と様々な名で呼ばれ、魑魅魍魎(ちみもうりょう)を滅する力とした。

 遥か昔。人々の欲望や畏怖より産み出された魔物が居た。それらは『霊』『魔族』『妖怪』と様々な名で呼ばれ、人間の恐怖を糧に、彼らを脅かし続けた。

 この物語は、人と魔の対立の最盛期より現代に目覚めた少女と、新たに退魔師となることを志す者達の物語……。

初めての投稿になります。

まだまだ拙い文章が目立つかと思いますが、作者の成長を見守っていただければと思います。

感想やアドバイス等、お待ちしております。

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