証言4
中川文江
1966年10月17日生まれ
夫は刑事でした。確か藤沢市警察署の刑事第一課に勤めていました。
ここはのどかだというのが夫の口癖でした。確かに、藤沢の治安は比較的良いと私も思っていました。もちろん、過去に凄惨な事件は起こっていましたが、それを差し引いても、住み心地の良い場所だと思っていました。
夫は家で仕事の話はしません。あの人は仕事と私生活を別けて考える人でした。仕事中に私生活の事は持ち込みませんし、私生活で仕事の事は持ち込みませんでした。
そんな夫は珍しく、夕食の時に仕事の話をしてきました。
「最近、奇妙な失踪事件が続くんだ」
あらやだ、怖いって私は返したと思います。
「行方不明そのものは珍しいことじゃない。認知症の人が勝手に外出していなくなるケースがこの地域での行方不明のほとんどだからだ。でも、ここ最近の失踪は尋常じゃない」
「具体的にどう尋常じゃないの?」
「次々といなくなるんだ。帰宅中にいなくなるケースもあれば、自宅にいた最中にいなくなったケースもあるし、夜中に遊んでいる最中にいなくなる奴らもいる。年齢も職業もバラバラ。関連性はない。署では、集団誘拐の可能性も視野にいれてるんだ。目撃証言も少ないうえに、その証言も内容がめちゃくちゃだからあてにならない。まったく、訳が分からない」
夫が家でこんなことを打ち明けるなんて、よほど悪いことが起きているのだと感じました。
ただ、能天気だった私は家に仕事の話を持ち込まないでって言って、夫も謝罪して仕事の話題はなくなりました。
次の日、私は買い物ついでに親睦のある主婦たちと食事をしました。最初は他愛もない話題でした。最近子供がどうとか、夫とどうだとか、景気がどうだとか。話題は自然と失踪事件に移りました。
「そういえば」ある主婦は言います。「最近、失踪する中学生が後を絶たないそうですよ」
「それ知ってます。確か、滝の沢中学校から始まって、あそこが一番ひどいらしいです」
「怖いわねぇ」
「中川さんの旦那さんは警察じゃない、何か聞いてないの?」
「夫は家では仕事の話はしませんので何も。ただ、昨日珍しく失踪事件に関することを話してくれましたが、夫の口ぶりからは失踪しているのは何も中学生ばかりではないらしいです。実際は様々な年齢層の人たちが、次々といなくなっているそうで」
皆、怖いわねぇと相槌は打ちますが、きっと本心ではないと思います。どこか他人事のような態度でありましたし、私自身も身近な人がいなくなったわけではないので、他人事のように感じていました。
それでその日、夫が疲れた様子で帰ってきました。
どうしたのか、私は尋ねました。
「もうすぐニュースになるだろうが、酷い事件があった。話していいか?」
私は頷きました。
「話して楽になるなら、話してちょうだい」
「今日、通報があった。隣の部屋から異様な叫び声と音楽が聞こえるって。それでそのアパートに踏み込んだんだ。悲惨だった。その部屋に住む夫婦が、自分たちの子供たちを解体してたんだ。いかれた光景だよ。自分の子供を解体するなんて」
私はどういうべきかわかりませんでした。
それでも夫は続けました。
「その夫婦はただ、連れていかれないために、連れていかれないためにって言っていた。何に連れていかれるんだって聞くと、夫婦はただ、影とだけ呟いていた。もちろん、まともに取り合わないさ。タダな、この影って証言は、今までの失踪事件での証言者もみんな言っていることなんだ。影って何なんだ。そう思うながら、俺は主婦が連行された後の部屋に立っていた。他の同僚が事件現場を検証している間、俺は殺された子供たちの死体がある部屋を見た。その時は偶然、誰もいなかったはずだった。だが、子供のそばに立ってたんだ」
何が立っていたの、と私は尋ねました。
「影が」
それが夫の回答です。