灯篭隧道(ランタン・トンネル)
「わぁ…………綺麗…………」
紫色の髪の少女、マキアは目の前の光景に思わず感嘆の声を漏らした。
「魔石がこれだけ光りやがるたァ、大した霊力じゃねェか」
そう言ったのは、マキアの首に巻かれたマフラーから影のように体を伸ばした、隻眼隻腕の黒猫のような魔物・カイ。
「はい。ここが私たちの墓所・灯篭隧道です」
数百。
数千。
大小さまざまな夥しい数のランプが、真っ暗な地下道を埋め尽くさんばかりに置かれていた。地面に置かれたランプだけでなく、天井や壁面にも杭が打たれ、ランタンが吊り下げられている。
赤の光は火精結晶。
青の光は水精石。
白い光は聖柱節理。
魔力に感応して光を放つ魔石たちの幻想的な光に照らされて、空のランプを抱えた若い女性が微笑んだ。
今回の依頼主・エルマ。
――――故あって、灯篭隧道までの護衛をお願いしたいのです――――
近くの町の酒場兼傭兵ギルドで依頼を待っていたマキアたちに、そう声をかけてきた村娘。それがエルマだった。
「この地域の者は、死ぬと火葬されて遺灰や遺髪と共にここに運ばれます。ランプやランタンと、光を灯す魔石と共に」
鳥篭のような形のランプを両手で大事そうに抱えて、エルマが前を歩く。
「……クンクン……なるほどな。おい、あんまり奥に行きすぎねェほうがよさそうだぜ」
「どうしたの、カイ?」
鼻をしきりに動かしていたカイが、マキアの肩に乗るような形で隧道の暗闇の奥に片方しかない目を凝らす。
「この地下道、どうやら冥府につながってるらしい。三途の川の水の匂いと、冥竜のウナギ臭ェ匂いがプンプンすらァ」
世界のあちこちにある、死後の世界への入り口。ここはその一つらしい。
「魔石どもがやたら光ってんのはそのせいか。しかし、こんだけ霊力が強いと……」
( も も も も も も も も も )
( げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ )
「エルマ、下がって!」
暗闇の底から近付いてくる耳障りな声に、マキアはエルマを庇って前に出た。華奢な体には不釣合いなほど大きな大剣を、背中の鞘から引き抜く。
やがて姿を現したのは、体が半ば透けたぼろ布のような幽霊たちだった。
「悪霊!? マキアさん、そいつらには剣は…………!」
純粋な霊体である悪霊には、いくら鋭利な刃物も効果は無い。低級なアンデッドとはいえ、剣士にとっては難敵に違いない。
「はっ!」
( が が が !!!)
しかしそんなエルマの心配など無用とばかりに、マキアの白刃が躍る。
軽々と振るわれた大剣に、両断された悪霊はまたも耳障りな絶叫と共に霧散した。
「竜骨製の大剣よ。魔力を帯びてるから、こいつらくらいなら叩き斬れるわ」
次から次へと飛来する悪霊たち。マキアは見事な剣技で応戦するが、エルマを守りながらとなるとさすがに動きに制限も出てくる。
数に押されてじりじりと後退しながら、マキアはたまらずマフラーに向かって叫んだ。
「ちょっとカイ! アンタも見てないで手伝いなさいよ!」
「へいへい」
いかにもやる気のない返事だったが、マフラーから再び黒猫の姿が顕現。口を開いたかと思うと、勢い良く吐き出された紅蓮の炎が隧道の闇を灼いた。
こちらも魔力を秘めた炎であったか、周囲の悪霊たちが灰燼と帰す。
「すごい……」
後方でエルマが感嘆の声を上げるが、カイの口からはぶすぶすと煙と共にため息が漏れる。
「温ィ。火遊びだぜ」
どうやら本人の満足のいくものではないようだ。
( れ れ れ れ れ れ )
悪霊たちはさらに襲ってくるかと思いきや、なぜか踵を返して闇に消え去っていく。
「諦めてくれた?」
「……いや、もっとヤバい奴が来たようだぜ」
カイは警戒を解いていない。マキアも闇に目を凝らすと、彼方から色とりどりの灯りが近付いてきた。
(――――――っ!!)
悪霊たちと違って音もなく飛来してきたのは、ちょっとした家くらいの大きさもある巨大なクラゲであった。
体内に多数の魔石を飲み込み、透き通った体からその灯りがくっきりと見える。まるで巨大なシャンデリアだ。
「―――動くな。刺激すると、己たちでも危ねェぞ、コイツは」
思わず大剣を構えようとするマキアを、カイの左手が刀身を掴んで制止する。
「……この隧道の主です。話に聞いただけで、私も始めて見ました」
エルマの声はむしろ落ち着いていた。
「魔石クラゲの―――老成体? ここまで大きくなるもんなの?」
魔石クラゲは、体内に魔石を宿してその霊力を喰って生きる、半霊体の低級な魔物である。鉱山や洞窟などに出没するが、多くは手のひらに乗るほどの大きさだ。
「運び込まれる魔石、遺灰や冥府からの風に含まれる魔力、そんなのを喰ってブクブク太りやがったんだろうな。千年は生きてるだろうぜ」
「मैं परेशान करने के लिए माफी चाहता हूँ। आप तुरंत चले जाओ।」
カイの口から、人間にはよく聞き取れない言語が話される。どうやらこの巨大なクラゲ、襲ってくる様子はないらしい。
頃合いを見て、エルマが懐から取り出した小さな魔石をクラゲに向かって放り投げる。クラゲは触手でそれを受け取ると、来た時と同じように音もなく消えていった。
「……はー。緊張した……」
「主は魔石を「持ってくる」者には何もしません。「持って行く」者には容赦しないそうですが」
純度と大きさ次第では宝石と同等以上の価値を持つ魔石が、これだけの数無造作に置かれているにも関わらず、ロクに盗まれていないの疑問ではあった。どうやら、あのクラゲが墓守のように護っているおかげらしい。
「カイ、さっきの言葉は?」
「妖樹語だ。植物やらキノコやら、動きの遅ェ奴は大体これで通じる。しかし野郎、クラゲのくせに大した魔力と知性だぜ。己たちの魔力を嗅ぎ取って様子見に来たんだろう。あと千年もすりゃ「竜」に列せられるかもな」
「もうすぐです。急ぎましょう」
また悪霊たちが戻ってくる前に、マキアたちは歩みを再開した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――着きました」
ほどなくして、エルマは洞窟の一角で足を止めた。
落石があったようで、足元には壊れたランプと、剥き出しになった瑠璃が土の上で青く輝いている。
壊れているとはいえ、宝石が散りばめられた豪華な造りのランプだ。
「……ご家族のお墓なの?」
エルマが持ってきた空のランプは、それを交換するためだろう。しかしエルマは寂しく首を横に振った。
「――――もしそうであれば、どんなに嬉しいことか。私たちの家族の墓はこっちです」
どうやら、一族で同じような意匠のランプに揃える風習らしい。
ほど近くに、こちらは庶民的な素朴なランプだったが、似たような数個が集まっていた。
「(!)」
そのランプの一つに書かれた墓碑銘を見て、マキアは息を呑む。
” エルマ ”と書かれているではないか。
「―――落石で壊れてしまったのは、私の―――とても、大切な人の墓です。そのままにしておくのは忍びず、こうやって恥知らずにも戻って参りました」
深々と頭を下げるエルマ。その姿は、わずかに透けていた。
エルマはしゃがみ込み、転げた瑠璃の魔石を大事そうに、愛おしそうに持ち上げた。持参したランプに、魔石を入れる。
よくよく見れば、壊れたランプの周りの物はどれも高そうなものばかりだ。エルマの持ってきた鳥篭のようなランプは精緻な銀細工こそ見事だが、その中ではやや見劣りしてしまう。
「これでいいです。ありがとうございました」
気が済んだとばかりに微笑むエルマ。しかし、マキアは思わず口を開いた。
「本当にそれでいいの?」
” エルマ ”と書かれたランプの火屋を開き、神樹緑柱石の魔石を取り出す。
「マキアさん、何を―――」
緑に輝くその魔石を、鳥篭のランプの中、瑠璃の隣に置いた。
「一緒に暮らしたかったんじゃないの? だから、お家みたいなランプにしたんでしょ?」
「それは――――でも、そんなこと――――」
エルマは胸に手を当て、表情を歪める。
退屈そうにしていたカイが、ぶっきらぼうに言った。
「よく知らねェがよ、家柄だの婚姻だのの鬱陶しいシガラミは、此岸の話さ。彼岸じゃ魂の引き合う者同士、仲良くやりゃいいじゃねェの」
鳥篭の中に並んだ二色の魔石。
生前、数十年適わなかった淡い夢が、もしも許されるというのなら――――。
エルマは、両手で顔を覆った。
「――――……りがとう……ございます……」
何度もこちらをふり返って礼をしながら、エルマは洞窟へと消えていった。
洞窟の奥、冥府に還ったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー、お日様がまぶしー」
隧道を出て、陽光の下に出るとあらためてマキアは両手を天に伸ばした。
「ねぇカイ、あんたエルマさんがもう亡くなってるって気付いてたの?」
「はァ? お、お前、まさか気付いてなかったのかよ!?」
「気付くわけないでしょー、そんなこと!!」
「信じられねェ……節穴もいいとこだぜ……」
しばしマフラーと言い争う。
エルマの過去を詳しくは知らない。だが、間違ったことはしていない、と思う。
「あ、エルマさんからもらった金貨、なんか紙になってるー!!」
ふと財布の中身を見て、マキアは思わず声を上げた。
「バーカ。そりゃ冥銭だ。現世で焼かれた紙銭が、きちんと冥府で発行されたモンだよ。大金だぞ、儲かったじゃねェか」
「店で使えないー!!」
路銀のアテにしていた貴重な金貨である。マキアは天を仰いで嘆いた。
「冥府だと使えんだよ……いらねェならくれや。今度遊びに行った時に使わせてもらう」
マフラーから伸びた左手が冥銭を掴むと、ぱくりと口の中に飲み込んでしまった。
「あ、こら! カイーッ!!」
あーだこーだと言い争ううちに、街道に出ていた。
どこかで休みながら、荷馬車にでも乗せてもらおう。そうのんびりと考えながら、剣士の少女は異形と共に、旅を続けるのであった。