異世界の味
たしか、桜が咲き始めて、今年は花見ができるかな、なんて言ってた。
ウエディングドレス、着たくない?
じ、じゃあさ、子供、欲しくない?
ねえ、結婚、する?
あの時、彼がどんな顔してたか思い出せない。
あの時、私がどんな顔してたかも思い出せない。
ただ、この左手の薬指に消えない温もりがある。
それだけが、証。
確かに愛していた人がいたことの。
木々の生い茂る森の中で、彼女は横たわっていた。
風の音がする
マイナスイオンをたっぷり吸い込んで、ゆっくりと目を開ける。
あ〜眩しいな〜
温かい木漏れ日に何ともいえない脱力感。
気持ちいい。学生時代の遠足を思い出すな〜
「お姉さん!」
「うわぁ!」
急に視界に入ってきたかと思ったら、思いっきり体を揺さぶられた。
「な、何⁈」
慌てて上半身を起こす。
「お姉さん大丈夫⁉︎」
焦った様子のセーラー服に黒髪のポニーテール女子。高校生かな
「だ、大丈夫、みたい……」
うん。手も足も動く。
「はぁ、良かったぁ」
半泣き状態の彼女は地面に座り込んだ。
え?誰?
それに、ここ、どこ?
見渡す限り木、木、木。
硬い土の上に寝転がっていたことに、今気がついた。
「?………何で外?」
思い返す。
仕事帰りのいつものバスに乗って、ちょっと疲れてウトウトしてしまった。
あ、そうか、夢か…本格的に寝ちゃったのか…
なんて考えてみたりする。
………
リアル過ぎない?
地面の感触。心地よい風。マイナスイオンの匂い。
知らない女子高生。
そもそも女子高生に知り合いなんていない。
「あの…………⁈」
膝を抱えて座り込んでしまった彼女に、名前を聞こうとして、気がついた。
何かが近づいてくる。
「な、何⁈」
彼女も気がついたのか、慌てて抱きついてきた。
いくつもの足音がする。
彼女を背中に隠して、息を飲む。
現れたのは、ファンタジー系映画にでてきそうな黒い衣装に赤いマントの男達。
あら?
もしかして何かの撮影中?
何て、ちょっと力の抜ける事考えた。
「隊長!発見しました!」
⁈
1人の男が急に大声を張り上げた。
私も彼女も跳びはねんばかりに驚いた。
「直ぐに城に使いを出せ」
凛とした声。
男達の間から現れた金髪碧眼のイケメンが颯爽と近づいてくる。
こんな距離でこんなイケメン外国人見た事ない。
だから、見とれてしまったとしても仕方ない。
すっと私達の目の前で片膝をつくと、頭を下げて、イケメンは言った。
「メシア、お会いできて光栄です」
メシア?
は?私の名前じゃない。
とゆうことは、彼女?
今や私のウエストを両手でギュウギュウ締め付けている彼女を背中越しに振り返る。
私の思いが通じたのか、彼女はフルフルと頭をふる。
この怯えようは、知り合いに会った時のものじゃない。それに、生粋の日本人ぽいから、そんな名前じゃなさそう。
言葉を発さず、目で会話をしていた私達を、イケメンは困ったように見ている。
いや、困ったのは私達なんですけど……
「殿下、とりあえず城に帰りましょうよ」
何とも間延びした口調に、張り詰めていた背中から力が抜けた。
男達の間からもう1人、私達に近づいてくる。
金髪碧眼には劣るけど、茶髪の長身でイケメンだ。
ただ、絶対あくびした後だろと思わせるようなアホ面で現れたので、台無しだ。
「ああ、話は城に戻ってからだ。炎軍隊長、彼女達の保護を」
イケメンは現れた時と同じく、颯爽と離れていった。
白いマントをなびかせながら。
あれ、他の人のマントは赤なのに、あのイケメンだけ白い……
事態についていけてない思考の中で、それだけは見えた。
「さて、立てるかな?お嬢さん方」
残念なイケメンが手を差し出す。
どうしようか、いくらイケメンでも、知らない人の手をとっていいものか………
思案していたら、彼はつぶやいた。
「もしかして、言葉、通じないのかな……」
その言葉にカチンときた。
バカにしてる⁈
バシッ
「その手はいらない」
彼の手をはたき落として、後ろの彼女を支えながら立ち上がる。
彼は呆然と私を見上げる
「初対面の人にはまず挨拶って習わなかった?小学生からやり直しなさい!」
自分の事は棚に上げてえらそうにふんぞり返ってみる。
シーンとしてしまった。
誰も動かない。
あ、あれ?
何か間違えた?
いやいろいろ間違ってるだろうけど、何か反応してよ
「……っ…っ」
残念なイケメンが下をむいて肩を震わせてる、
怒らせたよね。そりゃ怒るよね。
でもバカにしたのはそっちだし、何より、
これは夢なんだから、私の好きにしていいハズ…
「天罰ですよ、隊長」
誰かが言った。
隊長?隊長って何?
「ふふふ…気に入っちゃったなぁ」
顔を上げたイケメンは笑ってた。
ちょっとかわいい…
「殿下に怒られちゃうなぁ」
そう言いながらイケメンは、目にも留まらぬ速さで、私の目前に迫り、
ちゅっ
異音を残して離れた。
ほんの少し、鼻先が触れそうな距離で、目が合う。
「異世界の味、かな…」
イタズラっ子のような顔で、笑う。
「隊長!それはやりすぎです!」
後ろから羽交い締めにされた彼はあはははと笑いながら歩いていった。
何?コレ…
この唇の生々しい感触。
今、何されたんだっけ…
熱い。
唇が燃えるように。
何で…
あ〜
もしかしてコレ、夢じゃないのかな…
体の力が抜けた。
視界が歪む。
ブラックアウト。
意識がなくなる前に、何か、温かい物に包まれた気がした。