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トコナツミラクル  作者: 志記折々
二章『犯人を見つけたけれど終わらない』
9/24

8:「同類」

 腕時計で確認すると、現在午後二時くらい。


 そういえば最近は腕時計をつけるよりも携帯電話で時刻を確認する人が増えているとか。

 まぁ、なにを使ったって同じように時間がわかるならどっちだっていい。


 別にぼくもこだわりで腕時計を使っているわけじゃない。

 ちなみにぼくは携帯電話を持ってないので、そんな大多数には含まれてない。


 前に親から「頼むから持ってくれ」と必死な形相で頼まれたこともあるけど、頑なに断った。

 いつでも誰かと連絡できるなんて、ぼくにはそんな必要性がまったくないからだ。


 なんてったって、友達がいないからなあ。


 親には悪いけど必要と思ったことがない。


 ぼくの部屋にはまだ電話がないから、連絡を取ろうと思ったら必然的に手紙になってしまう。

 手紙なんて書いたこともないしこれから書く気もないから、連絡するときは直接尋ねるしかないだろう。


 ああ、人と関わらない生き方ってなんて気楽なんだろう。


 思い切って文通でもしてみようか。

 冗談だ、顔も見えない誰かと話すなんて想像しただけで気が狂いそうになる。

 だからネットでも見るだけ、いわゆるROM専というやつだ。


 閑話休題。


 女性を追って質問してみたけど、残念ながら何も聞けなかった。


 そのあと、アパートに来てから何も食べていないのを思い出して、プリンを買ったコンビニに再度向かい、少し遅めの昼ごはんを買ってきた。

 コンビニって便利だなあ。


 家に戻ってみると、幽霊は部屋の隅で体育座りをして俯いている。


「…………うわ」


 黒くて長い髪が顔を完全に覆い隠して床にまで届いている。

 白いワンピースとのコントラストがすごい。


 ……やだなぁ、サ○コみたい。

 素直に怖い、はっきり言って不気味だ。


 ぼくが帰ってきたことに、気づいているのかいないのか、幽霊はピクリともしない。


 何か考えているのかな。

 ひょっとして落ち込んでいるのかも。


 女性と会話している途中からこうなってしまったけど、なんでいきなり?

 もしかして、何か思い出したのか?


 それなら助かるんだけど、……まあ、期待うす、かな。


 思い出すということは、幽霊にとっての願いが叶ったってことになる。

 まだ消えていないってことは、未練が残っているということなんだ。


 幽霊ってのは、難儀な存在だな。


 そこにいるだけで、何かしらの後悔をしてるってことなんだから。


 生前では叶わなかった願い。

 ずっと悔やんでいるってのは、結構辛いことだろう。


 ぼくも、似たような状況になったことがあるからわかってしまう。

 なにしろ報われてないんだから、そのうち自分が嫌いになってしまうんだ。


「なんでこうなった――」

「あのときこうしていれば――」

「なにが悪かったんだ――」


 そんな自責の思いだけが、消えてくれない。


 いつもうっとうしいくらい元気に見せている幽霊も、多分同じだろう。

 強がっているんだ。


 弱い自分を、見せないように。


「…………はあ」


 ――なるほど確かに、ぼくと、同じだな。


 だけどそんな同類に優しくするのもぼくの性格上ありえないので、無視してご飯を食べることにする。


 テーブルに置いてあるプリンの空容器を避けて、コンビニ袋の中からざるそばパックを一つ取り出す。

 在庫処分なのか、異常に安かったので二つほど買ってきた。

 もう一つは夜に食べようと、テーブルの下に置いておく。


 そばつゆをカップに注ぎ、割り箸を二つに割る。

 ほぐし液をまんべんなくかけた後、一塊を取ってそばつゆにつけ、ずる、と小さい音を立ててそばをすする。


 あーそういえばプリンもあと三つ余っているんだった。早いとこ残りの人に渡して処分しないとなぁ、と考えていたときだった。


 またもや、扉は勢いよく開かれる。


「たのもー!!」

 

 と叫びながらチャイムも押さずに現れたのは、102号室のやたら臭いデブだった。


「…………はぁー」


 もうため息しか出ない。


 なんでここの住人は、チャイムという素晴らしい文化をないがしろにするんだろう。

 もうこれ犯罪だろ、不法侵入だろ。


 小学校で道徳の授業を受けなおして来いこのデブが。


 それとも鍵かけるのをまた忘れていた僕が悪いのか?

 ええ、悪いってのかおい。


『スミくんだー!!』


 俯いていた幽霊も、突然現れた来客に目を輝かせる。


 飛び掛んないのはあれか、臭いからか。

 まぁ普通に考えると幽霊は女性で、デブは男性だからだろうけど。


「なにか、用ですか?」

『なになに? なんで来たのー!?』


 箸をおいて食事を一時ストップする。


 幽霊とハモるとか、イヤだなあ。


 ていうか今回はなんなんだよ。

 うるさいっていうのは、ないよな。


 男性は斜め下の部屋に住んでいるんだし、この部屋の音は聞こえないだろう。


 でも「たのもう」って言ったんだよなこの人。

 絶対穏やかな内容じゃないよな。


 なんだろう……。


「お前、女性関係に気をつけろって言っただろうが! なに雪柳さんに手ぇ出してんだこのスケコマシがー! 死にたいのかクソガキこのやろう!」


 男性はいきり立った表情で、ずかずかと部屋の中へ入ってくる。


「えー……」


 なにそれ。


 うっわーすごい剣幕、めっちゃ怒ってるよこの人。

 女性関係に気をつけろってそういう意味だったのか?


 事件に関係することじゃないの?


 ていうか中に入ってこないでよ。

 プライバシーとか考えたことあるのかこのデブ。

 それより臭いから近づいてこないで欲しいよこのデブ。

 なんか語尾になっちゃってるよこのデブ。


 それに手を出すって言われてもなんのことやら……雪柳さんって、隣に住んでるあの高飛車でナルシストの泣き虫のことか?

 ぼくは知らぬ間に手を出していたのか?


『あーユイちゃんちょっとアキくんに興味ありそうだったもんね』


 ホントかよそれ。

 絶対嘘だろ、なんの興味だよ怖いなあ。


 それにこのデブ普通に殺す発言したよね。

 悪口だとしても、ちょっと今はデリケートな状況なんだし反応しちゃうよ。


 なんでこのアパートの人は殺すことで安易に事を収めようとする傾向があるの? 


「あの、なにか勘違いしているんじゃないですかね?」


 とりあえずこの興奮している豚を鎮めなければ。

 まともに話も出来やしない。


『いやー勘違いじゃないって、ユイちゃんアキくんに気ぃあるって。ひゅーひゅー』


 うるさいなこの幽霊さんは!

 なんの根拠があって言ってるんだよそれは!


「何が勘違いだ! 雪柳さんがお前のことで悩んでるのは紛れもない事実だろうが!」


 男性は幽霊と同じく否定する。

 だけど少しニュアンスを変えて。


『ねえねえ、それって恋わずらいでしょ? ねえねえ』


 ……ぼくのことで悩んでいる?

 なんだ、それなら恋愛感情じゃなくてただ迷惑だから頭を悩ませてるってことじゃないか。

 ったくこの幽霊は適当にものを言うんだから。


 ……ん? あれ?


「え……と、もしそれが本当だとしても、なんであなたが知っているんですか? 直接言っていたんですか? ぼくのことで悩んでいるって」


 仲良いのかな?

 それとも付き合っているとか?


 それなら嫉妬で絡んでくるのもわかるんだけど。

 まぁ少し辱めちゃった感じがあるし、人に相談するのもあるかもなあ。


「え、えっとお」


 あれ? 男性が目を逸らしたぞ。


 明らかに挙動不審な動きだ。

 気のせいか少し小刻みに震えているし。


 質問に対して口を濁したことといい、なんか、怪しいな……。


「どうなんです? なんで知っているんですか? そもそもあなた関係ないですよね? あなたと雪柳さんはどんな関係なんですか?」


 相手に付け込む隙があるのならすぐについてしまう底意地の悪いぼく。


 だってこの人怪しいんだもんしょうがないよね。

 それに関係ないのは事実だし。


 そしてこれはあくまで予想だけど、相談されてもいないよ、この人は。


『目がキラキラしてるよ……。ホント、アキくんてSだよね』


 幽霊は呆れた表情でぼくを見てくる。


 うるさいな、ただ一方的に責められるのが好きじゃないだけだ。


『あのね? スミくんはユイちゃんのことが好きなんだよ。だから純粋に心配してるんだと思うよ? つまり恋の三角関係ってやつだよ! ドキドキするよー!』


 幽霊は個人的人間関係を軽くばらしてしまう。

 何が三角関係か。


 ふーん、好きだからねえ。

 それは心配って言うよりやっぱり嫉妬からだと思うけど。


 でも相談されてもいないで知っていることはまだ解決していないな。


 でも、


「まあ何だっていいですけど。それで? あなたはぼくにどうして欲しいんです?」


 おろおろしているデブに助け舟を出してあげるぼく、優しいなあ。


 だってこのままじゃ話が進まないし、答えられないってことはどうせ犯罪まがいなことをして情報を仕入れたんだろう。


 まあ外見からくるイメージだけど。


「一つ聞かせて欲しい! 君は……雪柳さんに気があるのか?」


 男性は何かを決心した強い瞳で、ぼくに真意を聞いてきた。


 さっきと態度が全然違うんだけど。

 後ろできゃーと黄色い声を上げる幽霊を無視して、きっぱりと告げてやろう。


「ないですね」


 すると、


「はぁ~……」

『ふぅ、アキくん、がっかり』


 男性は、心底安心したんだろう、大きく息を吐いて腰が抜けたのかその場に座り込んだ。


 ……だからなんで勝手に入り込んで、しかも座ってしまうのか。

 座るってもう、出てく気全然ないじゃん。


 あと幽霊、勝手にがっかりすんな。

 ぼくに何を期待してるんだ。


「いや、いきなり悪かったね」


 ホントだよ。チャイム押せよ。


「てっきり君も雪柳さんを狙ってるのかと思ってさ、違うならいいんだ」


 なら帰れよ。満足したのならもう放っておいてくれ。


「こほん、あー、ここからが本題なんだ」


 男性は仕切りなおしとでも言うように、たたずまいを正座に直して膝に手を置く。


「な、なんでしょう?」


 おいおい、まだ本題にもたどり着いていなかったのか……。


 じゃあさっきのはなんだったんだよ、絶対今思いついただろその本題って。

 あー……なにか嫌な予感がする。

 例を上げるとデブの目があのときの幽霊と同じだからだ。


 なんだ、なにを言うつもりだ――


「雪柳さんと仲良くなるのを、手伝ってくれないか?」

 

 キリッとした表情で、無茶なことを言い出した。


「あはは、まーいやですけど」


 ――ぼくはすぐに、断った。



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