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トコナツミラクル  作者: 志記折々
一章『物語は転居初日から』
4/24

3:「理由」

 天井から下がっていた縄は、外して部屋の隅に転がしている。


 すごい邪魔。


 まずは引越し業者が持ってきた荷物を整理することに。

 といっても、元々あんまり部屋に私物を置かないし、運んできてもらった荷物がとても少ないんだけれど。


『荷物、これだけ……? 少ないっていうかまったくなくない? 私生活が全然見えてこないよ! アキくんが全然見えてこないよー!!』


 引越し業者が自宅から運んできたもの。

 それは、


『デザインもへったくれもないような小さいテーブルと、大きなダンボールが二つ、あと目に付くものは、タンス? これもシンプルだなあ、個性が見えてこない! まったく、謎が多い男だよアキくんってば。ミステリアス! 罪作りだね!』


 足りないものは随時買い足そうと思って荷物よりお金を重視した。


 幸いあまりお金に困ってない。

 一人暮らしで放って置いている罪滅ぼしのつもりなのか親が送ってくる。


『えっ!? 冷蔵庫がない……! 食事はどうするの!? まさかコンビニで全部済ます気なのかな? はっ……いや待って! 食器がない! お箸も、お皿も、食べるための道具が何もない! まさか手掴みなの!? なんてワイルドな! カニバリズムー!!』


 食器は持って来なかった。

 これから買い揃えておこうと思って。

 どうせこだわりなんかないし、百均で適当に揃えようかな……。


 あと、ぼくは人間を食べない。


『とあー! ダンボール開封!! ……一つは布団かあ、つまんない。もう一つはー、あっ服が……くんくん、アキくんの匂い、安心するなぁ……て私は変態かー! 服の匂いなんか嗅いじゃダメだよね私は恋人か! 片思いか! メロドラマかー!』


 あとは寝具と。シャツとかジーパンとか下着とか靴下。

 ほとんど無地のものを数点と、


『あっ筆記用具とノート発見! あぁ参考書もあるよ。んー……いやいやこれは送らなくてもいいんじゃないかなぁ。こんなのより持ってくるものがあるでしょう。何をおいても勉強が大事か。ねえ、そんなに大事なことなの? 勉強なんか社会に出たらなんにも役に立たないんだよ!? 勉強と私、どっちが大事なの!? 愛のほうがよっぽど大事でしょう!?』


 ダンボールのスペースが空いていたので特に思い入れもない筆記用具と……って、


「あーもーうるっさいんだよさっきから! 勝手にダンボール空けるな!」


 テーブルをどこに置こうか悩んでいる隙にやられていた。

 なんでぼくより先に荷物空けているんだよ。


 いちいちテンションが高くて面倒くさい奴だ。


 でも一応反論しておく。

 学校の勉強が全く役に立たないってことはないだろう。


 自分のやりたいことが出来た時に学力が必要だった場合やってなかったじゃ損をするし、少なくとも今も昔も学歴社会だ。


 成績が良くて損することなんてない。


 選択肢が増えるっていうのは間違いなく良いことだろう。

 社会に出た後はその職業によるけれど、まず社会に出るために必要なのだ。


 まぁこんなこと言っておいて特にやることがないから持ってきているだけなんだけど。

 無趣味だから、暇つぶしを常に探しているというわけで。

 それに、愛と勉強どっちが大切かは個人によって違うだろう。


 価値観を押し付けるのはよくない。


 迷っていた四本足の木材テーブルは、とりあえず部屋の真ん中に置くことにした。

 壁の隅に置こうか思っていたけど、食事するときに壁を見るのはなんとなく嫌だったし。


 ……さて、


「ほら、勝手に荷物を漁るな。おとなしく隅でじっとしてろ。むしろ出てけ」


 本人の許可もなしに、引越し業者が設置してくれたタンスに服を仕舞っている幽霊の独走を止めなくちゃ。


 なんで今日会ったばかりの他人にこんな気安く出来るのか。

 マイペースという言葉ではくくれない専横さだ。


 ある意味すごいよホント。


『……えっ? あぁ下着は下から二番目に入れたよ? ちゃんとシャツとズボンは別にしておいたし。後で私のも……きゃっ恥ずかし』

「うるさいよ」


 他人の下着に触るな。

 しかも異性のだぞ。


 てか幽霊って服変えられるのか?

 季節なんか関係ないだろう、体ないんだから。


 ずっとその白いワンピースで我慢しとけよ。

 結構似合ってるよ。


『……そうだ、ねえ、教科書は?』

「は? なにいきなり」


 勝手に仕舞っている服を取り上げられたので、幽霊はまたダンボールを漁っていた。

 残念ながら持ってきたものはそれだけなので漁っても出てこない。


 ざまーみろ。


『いや、参考書はあるけど、教科書がないから。これじゃアキくんの歳がわかんないよ』

「…………ああ」


 なるほど、持っている教科書を見ればわかるもんな。


 頭悪そうなテンションしているのにこいつも意外と考えているんだな。

 まあ別に年を隠しているわけでもないし、答えるのもやぶさかではない。


 でも、素直に教えるのは少しつまんないよな。


「入学はこれからだからね。前の使えるのかわからないし、持ってきてないんだ」


 これでいいか。

 嘘はついていないし、ヒントとしては十分だろう。


 転校という言葉じゃないのがミソだ。

 さらに「わからない」という言い方にすることにより使う可能性があるのではと思わせるひっかけ。


 入学ということは、高校入学か大学に入学するのか迷うだろう。

 これでわかるような頭をしていないだろうし、これはぼくの勝ちかな?


 ふふふ。


『あっなるほど! N大に入学するんだね? ここ近いもんね!』


 えっ……あっさり。

 ズバリ当たってます。


「なんでわかったの?」

『いやー参考書の難しさから、かな? 高校入学じゃこれは無理でしょ』

「……ですよね」


 凡ミスだよ。

 参考書って教科書と同じくらいヒント満載じゃん。

 しかも自分から入学って答えまで言っちゃったよ。


 あーぼくってクイズ向いてないのかな、なんかへこむ。


 ぐだぐだしているうちに服もタンスに仕舞い終わって、本格的に引越し準備が終わってしまった。

 持ってきた荷物少ないしね、当然っちゃ当然か。


『いやーアキくん新入生かー。実はね、私もN大生なんだよ。やっぱり私の方が年上なんだね、私生きてたら二年だし。いや、このアパートも私のほうが先輩だし学校も先輩か。まったく君は後輩になるために生まれてきたような存在だね。合わせ技で姉になっちゃうよこれは。まいっちゃうなー責任重大だなーうっへっへ』


 一つ上だったのか。

 全然年上に見えないな……、主に精神年齢が。


 くねくねすんな。


 つっこみたいところがいっぱいあるのに、……なんか疲れてきたな。

 この幽霊のテンション底が見えないんだけど。


 同じ大学っていうのも嫌な共通点だ。


 でもしょうがないかな。

 このアパートの安さだ、さぞ一人暮らしの学生には人気の物件だろう。


 南天大学、通称N大にも徒歩十分という近さだしなあ。

 住人に学生が多いのも納得だ。


 ……ってそうだ、ちょっと待って?


「普通に触れてるんだけど」


 あれ? なんで気づかなかったんだ。

 こいつ服とか仕舞ったりダンボール空けたり、普通に物に触れてる……!


 えっ……なんでだ?

 どうして触れる?


 触れるのは死因に関係するものだけじゃなかったのか?


 縄で首を吊れていたのはそれが原因なんじゃないのか?

 そうじゃなきゃ、本当に影がない以外に生きている人間と変わらないってことじゃないか。


 ……いや? そんなことはないか。


「普通の人には、見えないんだもんな……」


 そうだ、それにこの部屋からは出られない。

 こいつは地縛霊なんだから。


 となると制約は……影がないってのと、部屋から動けないこと。


 ……移動できないのは結構辛そうだな。

 それに大多数の人は姿も見ることができないんだし、会話もできない。


 やっぱりこれが最大のネックだ。


 でも、これだけか……?

 案外少ない気がするけど。


 いや、待てよ。

 物には触れるんだから、文字、書けるんじゃないか?

 霊感がない人とでも意思疎通できるんじゃないか?


「これ、結構いけるかも……」


 そうだ、あいつも……手紙書いてたし、文字は書けるはずだ。


 問題は――


「――その書いた文字は、ちゃんと生きている人間に読めるかってことだ」


 少なくてもあいつが書いた文字がぼくは読めた。

 書く道具には生きているのも死んでいるのも関係ないんだから。


 だから、大丈夫なはず……。


「……って、なに真面目に考えてるんだ。ぼく……」


 こんな無理やり居候する気満々の幽霊のことを真面目に考える必要なんかない。

 それにこいつの目的は人間とのコミュニケーションじゃない――


 自分を殺した犯人を、見つけることなんだから。


 こいつの特性を把握したところで、意味がない。


『……なーに一人でぶつぶつとぉ、独り言よりもお姉さんと会話してよ!』

「お前にだけは言われたくない!」


 すぐ暴走して会話をするつもりのないお前だけにはな!

 あとお前は姉じゃない!


『なんでそんなに怒ってるの? おこなの? カルシウム不足なの? いや待てよ……? なんだかデジャビュだよ。この面影は、もしかして、アキくんて、昔生き別れた弟……』

「一人っ子だよ! 仮にそうだとしてもお前はもう死んでるよ!」


 ったく勝手に姉妹を増やすな。

 なんで会話するだけで疲れるんだこの幽霊は。


 あーなに考えていたんだっけ。


 そうだ、なにか重要なことだったような。

 幽霊の特性だっけ。いやこれは関係ないんだ。


 こいつを追い出すには犯人を見つけ…………あれ?


「……ねえ、犯人見つけてどうすんの?」


 復讐でもするのかな。


 幽霊の状態では難しいか?

 いや相手に姿が見られないんだから復讐し放題か。


 ちょうど物にも触れるんだし。


 てかこいつが持っているものって普通の人の目にはどう映るんだろう。

 それだけが浮いているように見えるのかな。それともそれも見えなくなるのか。


 気になるけど試すのは怖いなあ。


『……お願い、引き受けてくれる?』


 幽霊は的外れな返しをしながら、きょとんとした表情だ。


 質問を質問で返すなよ。

 しかもぼくは聞いただけだ。見つけるとは言ってない。


「いや引き受けないけど」

『それは却下します』

「…………」


 拒否を却下された。

 なんて横暴なやつだ。


 年上だからってなんでも通ると思うなよ。


『まったく、この流れでなんで引き受けてくれないの! ちょっと自分勝手すぎるんじゃない!? この自己中くんめ! アキくんは私のこと追い出したいんじゃないの!?』


 しかも逆切れされたよ。

 気分の落差が激しい奴だ。


「対価が割に合ってないんだ。それより早く質問に答えろよ」


 犯人を捜すって、どこの名探偵なんだよ。

 そんなの一介の学生のすることじゃない。


 まったく、どんどん態度が悪くなるなあ、と幽霊はぶつぶつ言いながら、


『犯人見つかったら……ねえ、んー……わかんないよ』


 と、意味不明なことを呟いた。


「…………はあ?」


 わかんないって、なんだよ。

 それがお前の目的なんじゃないのか?


『だってさ、相手が誰かにもよるじゃん。それに殺した理由もわかんないし。だからまだわかんない、って答えるしかないよ。見つかってから考える』

「…………ふーん」


 なるほどね。

 相手と、殺した理由によって対応が変わるってわけか。


 でも自分のことを殺した相手だぞ?

 そんな冷静になれるもんなのか?

 もし殺した理由が納得できるようなことだったら、許しちゃうこともありえるのか?


 自分のことを、殺した奴を。


「それなら、犯人に心当たりは全然ないわけ?」


 だって、なんにもわかんない状態なんだもんな。

 それに、首吊りした理由は思い出すためって言っていた。


 記憶が、ない状態かもしれないんだし。


『んー……。犯人はね、このアパートに住んでると思うよ?』

「…………は?」


 なんて、言った……?


 さらっと、とんでもないことを言い放つ幽霊。


「……え? いやいや、え、それはなんで? 意味わかんないよ。だってそんな簡単な関係性だったらもうとっくに捕まってるはずじゃ――」

『私はね!』


 思わず動揺して早口になったぼくを止めるように、幽霊は大声で断ち切った。


『あんまり友達がいないんだよ……』


 次に出た言葉はとても寂しそうで。


『私の世界はとっても狭かった。家族と、友達が数人。話す人がとても少なかった。そんな自分が嫌いだった。でも、そんな私でも受け入れてくれたのが、ここの人たち。このアパートの人たちはね、皆、仲良かったんだよ。まるで、家族みたいに……。私は、そんな家族みたいな共同生活が、すごい好きだったんだよ』


 その続きを、とても言いづらそうに。


『でもね、仲が良すぎると――』


 泣くのを我慢しているような声で。

 

『――人を、殺しちゃうことだって、あるんだよ』

 

 震えながら、言ってしまった。


「…………」


 人を殺すほど、仲が良い……?


 それは、どんな関係なんだよ。

 友達がいないぼくには、まるでわからない。


 でも、こいつは犯人を見つけても、相手によって、殺した理由によって、どうするのか、決めると言った。

 まだ、わからない、と。


 理由――人を、殺した理由。


 それはつまり。


「お前を殺すほどの理由を持っている奴は、このアパートにしかいない、ってことか?」


 幽霊は声も出さずに、小さく頷いた。


 通り魔殺人じゃない。

 それならわざわざ首を吊らせる必要はない。

 包丁で刺すほうが確実で、とても簡単だ。


 なにか、首吊りでなきゃいけない理由があったのか。

 そうやって殺さなきゃいけないほどの、何か理由があったとでも、言うつもりか……?


「ふざけんなよ……! どんな理由があったとしても、殺さなきゃいけないなんてことあるわけないんだよ! 死ぬってのは、そんな簡単にしていいことじゃないんだよ!!」 


 ぼくは、何に怒っているんだろう。


 どんな理由なのかまだ知らないけど、殺人という罪を犯してしまった犯人に?

 まるで自分の死を受け入れているような、この迷惑な幽霊に?


 それとも、あいつの気持ちを最後まで理解してやれなかった過去の自分に、だろうか。


「くそっ、なんなんだよ……!」

『……うん。馬鹿なんだと思う。後悔だって、してると思う。だから見つけて欲しいんだ、アキくんに。犯人は誰なのか、そして、なんで私を殺してしまったのか。私のことが見えて話も出来る。なにより、こんなに怒ってくれるアキくんだからこそ、やって欲しいよ』


 女性の顔は、なんだか悲しそうに笑っていて。


「…………っ」


 こんなに気持ちが揺れているのに――

 

 それでもぼくは、自分から動くのが、恐い。



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