17:「心配」
「え、そうなの……? 私、そんなひどい振り方したかしら、それに私あなたのこと別に好きじゃないし、勝手に勘違いされたら困るんだけど……」
「……」
「え? あなた私のことが好きなんじゃないの?」
ツンデレはなおも爆弾を投下し続ける。
え……? この人はなにを言ってるの?
茶髪は暗い子好きだって言ってたじゃん。
101号室の女性のことが好きだって話題をしたばっかりじゃん。
まったく話を聞いてないんだなこのツンデレは。
いや、聞いていないどころじゃない。
すごい、もうすごいとしか言えない。
すごい勘違い。
こんなに自分に自信を持っている人は初めてだ。
ひょっとして世の男性は全て自分に惚れるとでも思っているんじゃないか?
確かに綺麗だけど、どこまで自信過剰なんだ。
こんな頭だと、人生ってきっと幸せなんだろうなぁ。
なにしろ事実を確かめる必要がないんだから。
相手は自分のことが好き、ただそう思っているだけでいいんだ。
思い込みって人を盲目にさせるんだな、勉強になった。
さてこの状況をどう立て直そう。正直ぼくはもう何もする気ないんだけど。
ツンデレの言動があまりにも予想外だったんだろう二人は、少し酔いも醒めているようで、目配せをしてから一つ頷いた。
「も、もちろん好きだぜ! こんな綺麗な子好きじゃないわけないじゃん!」
茶髪は相手を傷つけない方向に進みたいようだ。
まぁそうだよな、わざわざ事実を言って場を暗くさせることもない。
元々事実は言っていたんだけどね。
しかし嘘をつくわけでもなく告白もしない。
茶髪の真骨頂ここにあり。
「お、俺も好きれふす!」
デブは流れ告白を出来て嬉しそうだ。
残念ながらまた噛んでしまったけれど。
しかもツンデレに「ふーん」とさも当然そうに流されて本当に哀れだ。
本当、すごいなあ……。
『自分はモテるのが当たり前』みたいな姿勢に、むしろ尊敬の念すら抱いてしまう。
「あ、あなたも、もちろん私のこと好きなんでしょ?」
ツンデレは一人だけ答えていないぼくに確認を取ってくる。
聞き方が本当にツンデレっぽいんだよなぁ……。
逆に狙っているのか? と疑ってしまう。
デブと茶髪は目力を込めて視線を送ってくる。
何を言わせたいかはわかったけど、しかしぼくは気を使って「好き」だなんてとてもじゃないけど言えない。
恥ずかしいし。
だからもう正直に言わせてもらおう――
「は? ぼくは……ふつう、かなぁ」
思ったより嫌いじゃない、と言ったほうがいいかも。
いじると面白いところがあるし、そんなときのツンデレは少し可愛い。
多分年上なんだろうけど、まったくそんなことを感じさせないところもまあ、嫌いじゃない。
残念ながら恋愛感情には昇華しないだろうけど、最初は嫌いだったのがここまで浮上したんだから結構すごいことだろう。
「……」
ツンデレは俯きながらぷるぷると震えている。
怒ったんだろうか?
しかし事実なのでしょうがない。
ほら、ぼくって嘘つけないしー。
「「お前、この流れで……すげーな」」
デブと茶髪は、ぼくに対して関心したような言葉と目線を送ってきた。
「ふ、ふつうってなんなのよー!」
ツンデレは立ち上がって叫びだした。
持っていた缶チューハイを地面に落とすほど興奮している。
まったく、人に指をさしちゃいけないんだよ?
本当に常識の足りていない女性だ。せっかくツンデレのためにデブが用意したであろう飲み物も粗末にしてさぁ。
「大丈夫です! ぼくは雪柳さん一筋です!」
そのデブは鼻息荒く再度告白している。
諦めが悪いなあ。
茶髪にも自分で言っていたじゃないか、脈がないと。
どうしてそれを自分に当てはめることが出来ないんだろう。でもまぁ人は自分のことはわからないと言うし、本当に好きなら冷静に状況把握なんか出来ないよな。
「あら、そう」
やっぱり、ツンデレにはスルーされているんだけど。
というかこの人はあれかな、あまりにも自分がモテるということが当たり前すぎて、相手が迫ってくるととたんに興味を無くしてしまうんじゃないだろうか。
もしこの予想が合っているんだとしたら、気持ちを抑えられないデブは本当に哀れだな。
何事もほどほどが一番ということなのか。
大事なのは距離感だよね、やっぱり。
「そ、そういえばミフユの家って金持ちなんだよなーよく見ると良い、男、だし……」
見ていられなくなったのか、またも茶髪がデブをフォローしている。
だんだんと尻すぼみになっているのが気になるが、良い男ではないから気持ちはわかる。
「そういえばこのアパートもそうなんだっけ? 土地持ってるなんてすごいなあー」
しょうがないからぼくもフォローに回ろう。
デブの持ち物ではないことは知っているけど、不動産を持っている家ということは事実だからな。
「そうそう、この食材とかも全部ミフユが買ってきたしな! 太っ腹だぜ!」
茶髪はぼくの言葉に後追いするように、必死でアピールしている。
先に彼女を作るという賭け事をしているライバルなのに優しい人だ。
でもその褒め方はどうかと思う。太っ腹って……比喩表現じゃなくてもうそのまんまだからね。
太い腹。
それにしても、やっぱりデブはお金持ちなんだな。
まぁこのボロアパートに住んでいる時点であまり説得力がないけど、多分大学に近いからここに住んでいるんだろう。
自分の家が持っているから家賃もいらないし。といっても、毎月一万円だけどさ。
「どう? ユイちゃんも結婚するならやっぱりお金持ってる人がいいと思うよね?」
茶髪のデブ押しアピールが露骨すぎる。
逆に不快になるんじゃないかそれ。
ツンデレはこの異様な雰囲気に気づいたんだろう。ばっさりとデブを拒否する。
「私は……お金は関係ないわ。愛があればお金なんていらない。もし貧乏でも私が稼ぎます。それに私と付き合うんだもの、いずれ稼ぐように成長するだろうし、させるわ」
「…………そ、そう」
ツンデレのまさかの男性価値観に圧倒される茶髪。
デブも唯一のアピールポイントが通じないとわかってますます惨めになっていく。
もう止めてあげてくれ。
いやぁ……なんだかまともなことを言われてしまったぞ。
しかしカッコイイな。成長するだろうし、させるって。こんなこと言える自信を持ちたいものだ。
チャイムを押さないで人の家の扉を開けるとか、度を越したナルシストだけど、こういうところがファンクラブを作られるほどの人気に繋がっているんだろうか。
「そ、そうだ、イワちゃんの親はなにやってんの?」
茶髪はなんとかこの状況を打開したいんだろう、無理やりぼくに話題を振ってきた。
多分茶髪はぼくの親がなんの職業か別段興味もないだろう、けどデブの家がお金持ちという話題を振ってしまったから後に引けなくなったんだろうな。
別に隠していることでもないし、答えるのもやぶさかじゃない。
「父は建築技師をやってるよ。海外で働いているから全然日本には帰ってこないかな。母もそれについて行っているから日本にはいない。小学生くらいから半分一人暮らしみたいな感じで暮らしてる」
主に請け負っているのは設計だけど、いつも忙しそうにしてるから多分人気的にはそこそこなんだろう。
お金に関しても子供には苦労させてないしね。
お金持ちではないけど、小金持ちくらいにはなってるんじゃないかな。
自分で稼いでいるわけじゃないから、いまいち実感ないけど。
「へー……あ、じゃあ小さい時から家に一人でいるのが慣れてるんだね」
茶髪は適当な相槌で返してくる。
もう言った言葉そのまま返してきた。
しかし他人に言われると自分の家の異常さに気づく。
なんていうか、子供を信用しすぎだろ。
金だけ渡してあとは好きにしろだもんな。
もっとちゃんと子育てしろよと言いたいところだけど、今さら親と一緒に住むのもウザったいし、もう不満はなくなっているんだけどね。
「だからこんなに捻くれてるのね! 愛情が足りてないんじゃない!?」
ツンデレは、トゲがある言い方でぼくの人格を否定してきた。
「…………」
まださっきの怒りを引きずっているのか?
もういいじゃないか。
他人は思ったより自分に興味なんかないんだって。
自意識過剰すぎなんだよ。
大体ぼくに好かれているかどうかなんてどうでもいいことじゃないか。
なんでそんなに気にしているんだよ。
「あ、あーそうだ俺マナに差し入れてくるわ!」
茶髪は勢いよく立ち上がって、紙皿に焼けた肉やら野菜やらを盛りつけ始めた。
これはあれだろうか、いたたまれなくなったから逃げるつもりか。
「……そういえばどうやって会えたの? 普通に出てきてくれた?」
数歩、部屋に向かって歩いたあと、茶髪はくるりと振り返って質問してきた。
茶髪は101号室の女性に避けられている節があるからなぁ。行っても無駄だと思うけれど、まぁチャレンジするのはタダだし、いいか。
「いや、カギ開いてたから」
といってもぼくには茶髪の役立つ情報は与えられない。
正確にはカギがなぜか開いたんだけど、あのニュアンスを伝えるのは難しい気がしたので簡略化して説明した。
……あれ? 今ぼく不法侵入したような言い方になったかな。
やばいかも、茶髪はあの女性のことが好きらしいし、嫉妬するみたいなことはないのかな。
「そうなんだ、気づかなかったな。じゃあまだ開いてるかもだな、サンキュ」
茶髪は何も気にしていないようで、すたすたと歩いていってしまった。
「……はあ」
人と話すのって、疲れる。
慣れていないから集中しないといけないんだよな。
せっかく聞き出したのに憶えてないんじゃ意味ないし、神経使うよ、ほんと。
そういえば、いま幽霊はなにしてるんだろう。
またやることなくてごろごろしてるのかも。それとも、扉越しに聞こえてくる喧騒に気が気でないんじゃないか、とか?
……なんでぼくはあいつのことを心配してるんだ。アホらしい。