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トコナツミラクル  作者: 志記折々
三章『生者と死者』
17/24

16:「歓迎会」

「……あら、これで全員?」


 ツンデレは参加したメンバーを見て、そう確認を取った。


「ああ、来てないのもいるけど、まあしょうがないっしょ?」


 茶髪は苦笑いを浮かべながらそう返す。

 デブは……緊張しているのか固まってるな。


 101号室の人は引きこもりだし仕方ないにしても、201号室の人も来てないんだよな。

 誰か誘わなかったんだろうか。まぁ来られないんならしょうがないけど。


「んじゃ、ユイちゃんも揃ったことだし、さっそく食べますか!」


 茶髪が音頭を取って、歓迎会というの名のデブのお近づき作戦が始まる。


「んじゃ、まずは乾杯する? ほら、二人も飲みもの持って!」


 茶髪が渡してきた飲み物は……。


「ってこれ、お酒じゃない!」


 です。

 言いたいことをツンデレが代弁してくれた。


 いい仕事だ褒めてあげよう。


 それにしても茶髪はぼくが未成年だってこと知ってるはずなんだけどな。

 一応これは大学入学のために、この雪割荘に来たぼくの入室祝いという歓迎会なんだから、なぜこうも悪びれず酒を差し出すのか。

 まったく、ぼくを犯罪者にするつもりか。


 ……あれ? でもお酒で騒ぐってことはツンデレも未成年なのかな?

 それともお酒を飲めないとか? ていうかよく見ると酒以外の飲み物を用意してないし……。


「まーまーま、そんな硬いこと言わないでさ。せっかくの祝いの席なんだし、ね! ほら、もちろんイワちゃんも飲むっしょ?」


 茶髪がそうツンデレを諭しながら、デブを肘でつつき、ちらりとぼくを見てウインクした。


 なんだ……?

 男からのウインクなんて正直気持ち悪いだけなんだけど。


 なんの意図があってそんなアピールをするんだ。

 まさかぼくのことが好きなのかこのイケメンは、……冗談だけど。


 それにしてもこのイケメンは恥ずかしくないのかな。

 実際にウインクする人を見るのは初めてだ。

 ドラマじゃないんだし使いどころが難しいだろう。


 肘でつつかれているデブは、茶髪の言いたいことが伝わったんだろう。


「そ、そうでひゅよ! せっかくですし!」


 焦りからか噛みながらも、ツンデレにお酒を勧めている。


 なんでまだお酒も飲んでいないのにもう顔が赤いんだよ、緊張しすぎだろ。

 そんなに好きかこのツンデレが。


 でもデブのおかげでお酒の意図がわかったぞ。

 そこだけは褒めてやろう。


 要するにこの二人は、ツンデレを酔わせて前後不覚にしてからデブとくっつけようということなんだろう。

 しかしデブのためにそこまでするなんてやっぱり茶髪とデブは仲いいんだな。


 ……はあ、ここで乗らないのも後々面倒なことになりそうだしな。

 仕方ない。


「あーめでたいなー、ぼくもお酒を飲むぞーじゃんじゃん飲むぞー」


 だけど素直に協力するわけがないのでわざと、わざとらしくするぼく。


 目がぎらついているデブの圧力に少し押されながらも、ツンデレはお酒を飲むことを了承したようだ。

 しぶしぶだけど缶チューハイのプルタブを開けて用意している。


「でも、祝いの席……? なにが目出度いのよ?」


 ツンデレは三人の異様なお酒押しよりも、そこが気になったようだ。


 食事に誘うときにも言ってないし知らないのも無理がないか。

 自分から言うのもなんだしな。


「ああ、イワちゃんがここに入ったお祝いさ、一つ屋根の下なんだしこれから仲良くしようってことでね!」


 茶髪はすかさずフォローを入れた。


 ……さっきから茶髪しか頑張ってない。


 デブは椅子に座りながら缶ビールを持っているけど、なぜか異常なほど震えているのでズボンに少しずつ零れている。

 なんかはぁはぁ言ってるし、自ら放つ熱気で眼鏡を曇らせている。


 気持ち悪いし、放置しておくか。


「そう……まあ、わかったわ」


 ツンデレがようやくこのバーベキューの意図を理解したようだ。


 というか気になっていたんだけど、デブとかツンデレってぼくが茶髪にイワちゃんって呼ばれているの気にならないの?

 呼ばれているぼく自身がすごい違和感あるんだけど。


「んじゃ、乾杯! イワちゃん雪割荘へようこそ!」


 茶髪が明るく合図を告げる。


「かんぱい……」

「かっかん!」


 とツンデレはテンション低くチューハイを持ち上げ、デブに至ってはもう言えてない。


 デブが勢いよく缶を上げたせいで、中のビールが少しこぼれ、コンロの中に入ってじゅうっと切ない音を立てていた。

 ちなみにぼくは言ってもいないし缶を持ち上げてもいない。


 三人とも持っていた飲み物に口をつけたので、ぼくも習って口をつける。


「……うわ」


 にがいなぁ。

 こんなに苦いものなのか。


 生まれて初めてビールを飲んだけど、よくこんな苦いものをみんな美味しそうに飲めるなぁ。

 もしかしてこれが飲めるようになったら大人になったと言えるんだろうか。


 まぁ、所詮は飲み物だし好き嫌いもあるか。

 それにぼくは炭酸もあまり好きじゃない。

 もうダブルで最悪な飲み物だなこれ。


 それから二十分ほどながら飲み食いが続いた。


 茶髪が無駄に騒いでいたり、ツンデレはお酒のせいか顔が赤くなっていたし、デブも少しずつ落ち着いていた。

 ぼくは缶ビールに口をつける振りをして、実際には飲んでいないという技を使っているので酔ってはいない。

 飲み物なしは辛いけどしょうがない。


「この肉美味しいね! 野菜も高いのばっかりだしさすがミユキだぜ。マナも来られればよかったのになぁ……。もー……俺がいるから悪いのかなー……」


 茶髪は缶ビールを次々と開けながらも一番食べていた。

 そして食べている途中に、101号室のことをちょくちょく話題に出し、勝手に落ち込むという迷惑な行動をしている。


 そんなに気になるならさっさと誘えばいいのに。

 まぁ来ないだろうけど。


「なあ……ケンジ、あれはもう止めとけって。どうせ振られるんだし、いつもみたいにさっさと次いけよ。いちいち傷ついてまでかまう相手じゃないだろ?」


 デブはすっかり緊張もとけたようで、ツンデレの隣にいるのに震えも治まっている。

 少し頬が赤いけど、落ち着いた口調で茶髪を心配するように助言していた。


 酔ったら落ち着くとかアル中みたいだなあ、似合いすぎて困る。

 外見から言うとアル中というよりは糖尿病か。


 痩せて健康的になれ。


 というかいつもみたいにって。

 茶髪はそんなに次の恋を見つけるのが早いのか、しかも毎回振られて次の相手というところが悲しいな。


「うるせー、好きになっちゃったんだからしょうがないだろ……」


 茶髪は勢いつけて缶ビールを傾ける。

 これがヤケ酒ってやつか。


 自分をごまかしているようにも見えるけど、多分本心からの言葉だろう。


「まあ、そうだよな……」


 その通りだと思う。

 好きになったんだからもうどうしようもない。


 他に理由なんかないんだよ。

 惚れたほうの負けという言葉もあるし、多分理屈じゃないんだろうな。


 まあ人を好きになったことなんかないけどね、憶測でしかない。


「さ、さすがイワちゃん! 俺の理解者だぜ!」


 茶髪はいきなりテンションを上げた。


 そんな君は俺の味方だーみたいに言われてもなぁ。

 少しそう思っただけで全肯定はしてないんだけど。やっぱり酔っているからなのか気分の落差が激しいなあ。


 デブは理解できないみたいに首を振って、静かにお酒を煽っている。


 ツンデレは酔いが回っているのか先ほどから無言でお酒をちびちびと飲んでいた。

 なんか小動物みたい。リスがイメージに近いかも。


 茶髪は誰からも何の反応も返ってこない状況に、また落ち込む姿勢を見せて愚痴に似た言葉を続けた。


「ああ……なんでこうなったんだ。もっと上手くやるはずだったのに……」


 がっくりと肩が落ちている。


 ひょっとして酒が入るとネガティブになりやすい人なのかもなあ、さっきからずっと目が死んでいる。


 ん……上手くやる? それって何をだ?


 まさか……殺人?


 こいつはまだ容疑が晴れていないしな……いや、そんなわけないよな。

 話の前後につながりが無さ過ぎる。

 うん、普通に恋の話だろう。振られるという話の続きだったし。


 ダメだな、疑心暗鬼になりすぎて普通の会話も疑ってしまう。

 もう少し洞察力を高めるんだ。せっかくぼく以外は酔っているという最高の状態なんだから。


「だからさ、そんなに気にすることねーだろ? お前は悪くないって」


 デブは慰めているようなことを言いながら、なぜか表情はうんざりしている。

 もしかすると同じ話を何回もされているのかもしれない。酔い始めてから茶髪は暗い話題しかしていないので、無理もないけど。


 問題はこの状況でどこまで踏み込んでもいいか、見極めなければならないというところだな。


 酒のせいで三人の口が軽くなるのを待っていたと言っても過言じゃない。

 普通に聞いてもどうせ事件のことは話してくれないんだ。


 まぁそうだよな、犯人がこの中にいるかもしれないんだ。

 自分の首を絞めるようなことは言わないだろう。

 もしかすると三人とも共犯な場合もあるかもしれない。迂闊に聞いてしまったらそのまま身の危険につながるかもしれないし、慎重にいかなければ。


「……どうか、したの?」


 まずは関係なさそうな恋の話から聞き出して、だんだんと、少しずつ真実に近づいていこう。


 変に緊張しているせいか声が上ずってしまったけど、酒のせいで三人とも正常じゃないし、多分気にもしないだろう。

 それより聞き方が曖昧になってしまったけど、大丈夫だろうか。


「ああ、こいつ先月振られたショックがまだ治ってないんだよ。なのに焦るようにマナちゃんに迫っててさ。正直もう見てらんないよ……」


 デブが茶髪の個人情報をあっさり漏らす。


 やっぱりさっきのは恋バナで間違いなかったんだな。

 やっぱり疑いすぎは良くない。


 ていうか茶髪の話ばっかりしてるけど、デブはツンデレに迫らなくていいのか?

 まさか酒が入ると冷静になりすぎて女性に興味がなくなるとか?


 だとしたら、シブすぎるぞこいつ。


「なんでだろう……俺のこと好きっぽかったのに……なんでだよぉ!」


 茶髪がいきなり泣き出した。


 泣き上戸なのか?

 デブに恥ずかしい個人情報を話されたせいもあるかもしれない。


 そういえばよくいるよな、偶然目が合っただけで「あいつ俺のこと好きなのかも」とか言い出すやつ。

 自意識過剰なんだって話だ。お前が思っているより皆、お前に興味ないんだよ。


 ……ま、そんな恋バナをする友達をいないぼくはもっと底辺なんだけど、ね。

 なんか悲しくなってきたなー、泣きたいのはこっちだよホント。


「ホントだよなぁ、俺も流石に負けるかと思ったもん。それにあの振り方は流石に可哀相だよ。手のひら返しにもほどがある」


 デブは茶髪の言ったことに、賛同するようにうんうんと頷いている。


 ……え? その人が茶髪のことを好きだったのは思い違いじゃなかったのか?

 まぁ茶髪って、好みは悪いけどイケメンだしな。いくら暗い子に好かれにくいって言ったって例外くらいそりゃいるよな。

 ならなんで急に振られちゃったんだろう。


 手のひら返し……ねぇ?


 しかし今まで無言を保っていたツンデレがとんでもないことを言い出した。


「え、そうなの……? 私、そんなひどい振り方したかしら、それに私あなたのこと別に好きじゃないし、勝手に勘違いされたら困るんだけど……」


 缶チューハイを持ったままふらふらしていると思ったら、なんてことを。


「「「…………」」」


 もう、三人とも絶句。

 思わずぼくも二人と顔を見合わせてしまった。


 同じような表情、同じような困惑。

 ここまで人と心を通わせた状況は初めてかもしれない。


 このツンデレ、なに言ってるの?



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