14:「難儀」
「…………うぅ」
あー……どうしてたんだっけ。
頭を上げると、部屋の中が見渡せる。
どうやらぼくは玄関で座り込んでいたようだ。
『あ、やっと起きた。もーっ何時間そこにいる気なのさっ』
「…………うん」
起き抜けの頭に幽霊の声が響く。
寝ぼけているので返事も適当になってしまった。
幽霊は、玄関が見える位置にテーブルを挟んで座っている。
「…………あー」
そっか、あのまま眠っちゃったのか。
しまったな、玄関で寝てしまうとは。
腕時計で確認すると時刻は十七時過ぎ。
そういえばお昼も食べてない。でも不思議とお腹は減ってないんだよなあ。
寝ると一度空腹はリセットされるんだろうか?
『うだー……』
幽霊はあぐらの状態から後ろに倒れこんでごろごろしている。
「…………」
だらだらしているなぁ。
本当にやることがないんだろう。
部屋から出られないし、やることといったら……妄想するくらい。
……ニートかよ。
幽霊は全員ニートなのか。
これは本当に体がないのって便利かどうかわからないな。
そういえばお化けはテストも学校もないという歌があったなあ。
学校は面倒くさいし、その点では羨ましいかも。
「……ん?」
『お客さん!?』
部屋に電子音が響いた。
チャイムが鳴った音だ。
誰か来たんだろう、それにしてもチャイムを押してくれるだけで、こんなに嬉しいと思う奴なんてきっとぼくくらいだろうな。
立ち上がって扉を開ける。
玄関に座っていたから開けるまでのタイムラグが短い。
「おす、秋人くん。さっそく今夜やろうぜ。君の歓迎会!」
デブだった。
紛れもなくデブだった。
親指立てんなよ気持ち悪い。
それにしてもさっそく来たか。
意外と行動が早いデブだ。
しかし恋をするとこんな脂肪の塊もキラキラと瞳を輝かせるんだなあ。
キレイなデブだ。
風呂に行ったからもうあまり臭くないし。
それでも暑苦しいけど。
「……どこで何するの?」
『おー! ここでしようよ! ねっスミくん!』
そういえば昨日は彼の好きな女性の話しか聞いていないような気がする。
なぜ付き合ってもいない相手ののろけ話を聞かなければならないのか。
幽霊も扉の前に近づいてきた。
なんかデブと人外に挟まれていて変な気分だ。
「駐車場でバーベキューでもやろうよ。店で食うにもそこまで行くの面倒だし雪柳さんも誘いにくいだろ? ってことでさ、もう準備も始めてるよ」
デブが指差したのは、アパートのまん前のスペースだった。
『えー! やだやだスミくんここでパーティしようよぉ! それじゃ私いけないじゃん! アキくんからもなんか言ってやってよ! ぼくには大切な人がいるから……とかさぁ!』
そっか……やけに広いと思っていたけど駐車場だったのか。
住人が一人も車を持っていないからわからなかったんだな。
それにしても白線くらい引いて欲しいところだけど、ぼくも車持っていないし免許すら取っていないしなぁ。
「……うん、わかった。じゃあ行こう」
『えっ!? アキくん私を置いて歓迎会行っちゃうの!? やだやだ私も連れてって!』
幽霊はぼくの腕を持って上下に振り回す。
だだっこかお前は。
一応年上なくせに。
よし無視だ、無視。
ぼくが反応さえしなければこいつの存在はないも同然なんだ。
いわばこれはぼくの忍耐力と幽霊の根性の戦い。
負けるわけにはいかないのだ。
「えっどうかした? 腕が痛いの?」
デブはぼくの腕を眺めながら不思議なものでも見たかのように驚いている。
「……っ!?」
そうか、幽霊の動きは見えなくてもぼくの腕が動いているのは見えるのか!
盲点だった。
くそ……、これはマズイぞ、幽霊に気づかれたら……。
そっと後ろを見てみると、ニヤっと笑った幽霊と目が合ってしまった。
や、やばい――
『わー!!』
幽霊のくすぐり攻撃!
秋人は10のダメージを受けた。
「…………っ!!」
いやマジでこれは冗談じゃないぞいきなり笑い出すとかどんな奇人変人なのかいやもはや病人だ精神科を紹介されてしまうマズイこれはマズイ笑うな笑っちゃダメだ――
「でーい!」
『わわっ!?』
体をひねって腕を振り回すと、反撃が予想外だったのか幽霊は倒れて尻もちをついた。
ふっ勝った!
所詮幽霊ごときじゃぼくを笑わせることは出来ないのだ!
だけど、
「………………何してんの?」
太っている人は、ぼくに射るような怪訝な眼差しを向けていた。
精神的じゃなく物理的にもちょっと一歩引いてるし。
こんなデブに冷たい視線を向けられるとは、屈辱だ……!
とりあえずなにか誤魔化さなければ。
「じょ、上半身の体操だよ……」
我ながら苦しすぎる言い訳だった。
「そ、そう……頑張ってな」
『うぷぷっ』
デブは励ましの言葉を残して階段を下りていく。
カン、カンと冷たい金属音が響いた。
ああ……終わった。
あのデブのぼくを見る目は完全に変人を見る目だった。
今まで散々心の中で馬鹿にしてきたバチが当たったんだろうか。
いや、ぼくが悪いんじゃない。
履き違えるな、全部このアホな幽霊が悪いんだ。
そうだよ、ぼくは何にも悪くない。
『アキくん、……どんまいだよっ! ぷっ』
「…………くっ!」
元凶の幽霊にも笑われるとは……きぃ悔しい!
『ほらっ、今後もこういうことされたくなかったら歓迎会の会場をこの部屋にするべきだよっ! アキくんは必死に私の機嫌を取っておいたほうがいいんじゃなーい?』
本当にむかつく奴だ。
わざわざ人を馬鹿にする言い方で。……ぼくもよくやるけど。
それにしても姿が見えないことをこういう方向で活用してくるとは、もうこれ立派な脅迫だよね。
物が触れる幽霊なんてよく考えなくても犯罪し放題じゃないか。
こんなやっかいな存在がいる部屋を借りるなんて本当に後悔しかない。
くそっなんでこんな目に。
この状況でも唯一よかったことはデブがこの場を離れてくれたことだろう。
「うるさい! さっさと出てけ!」
もうなにも遠慮することなく幽霊に話しかけられる。
『ひ、ひどーい! そんなこと言うと本当に出て行っちゃうよー!? そしてアキくんを恨みながら今後は怨霊として生きていくからっ!』
幽霊はタコのように顔を赤くして怒っている。
なにが生きていくだ、死んでいるくせに。
しかし怖いことを言うなあ……。
でも幽霊の種類ってそんな簡単に変われるものなんだろうか。
まぁあ怨霊はただ恨むだけだし、嫌がらせとかしてればジョブチェンジ出来るのかもしれない。
一番多いのはなんなんだろう。
浮遊霊かな。ただ彷徨っているだけだし。
まぁどうせ地縛霊は他のものにはなれないだろうけど。
なんせそこから移動出来ないんだから。
「出来もしないくせに……」
部屋から出られるならぼくとしても願ったり叶ったりだ。
なんせ自分で犯人を調べることが出来……ないのか?
人と会話出来ないからなあ、いやまぁそれでも調べることは出来るだろう。
……真実にたどり着くかはわからないけど。
難儀な存在だな、幽霊ってやつは。