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トコナツミラクル  作者: 志記折々
二章『犯人を見つけたけれど終わらない』
13/24

12:「同姓同名」


 男性は、呆然と表札を眺めているぼくに構うことなく、101号室のチャイムを押してしまう。

 昨日と同じように反応の返ってこない扉の前で、悲しそうな顔をして。


 一分ほど待っても、やはり物音一つしない。


 えっと……、どうしたらいいんだろう。

 いま寝ているのかな、いや今お昼だしそんなことないか。


 もしかしていないんじゃないか?

 それなら少しマヌケな図だなぁ。


 男性の後ろでそわそわしていると、扉に向かって男性は静かに語りかける。


「おいマナ、俺だ。ケンジだよ、出てきてくれ、少しでいいから話そう。メシも、ちゃんと食ってるのか? 持ってきたんだ、よかったら食べてくれよ」


 その返答は、静寂だった。


「なあっ、マナ! 聞こえてるんだろ!?」


 どん、と男性は扉を叩いたのと同時だった。



「――私にもう関わらないで!」



 中から、そんな悲痛な叫びが、一言だけ返ってきた。


「…………だよな」


 男性は泣くのを我慢したような声でそう呟いて、


「わり、あと、任したわ……」


 と、わけもわからないこの状況をぼくに託して、自分の部屋に帰ってしまった。


「えー……?」


 任されても。

 こんな状況でどうしろっていうんだよ。


 私に関わらないでって言ってたじゃん。


 それ、そっとしとけってことだよ。

 でもなぁ一度も挨拶してないってのもなぁ……。


 男性に習って101号室のチャイムを押してみる。


 ……うん、やっぱり何も言ってくれない。出てきてくれない。


「あのー……、ぼく巻柏っていいます。203号室に引っ越してきましたー……」


 とりあえず言ってみたけど、もちろん返ってくるのは無音という無慈悲な音だった。


 ああ、なんでぼく扉に向かって自己紹介してるんだろ?


 帰りたい。

 もう帰りたい。


 幽霊がいたっていいから、あのぼくのスペースに帰りたい。


 ってか弁当どうするんだよ。

 渡されちゃってるよ。


 いっそ扉の前に置いておくか?

 いや、それなら103号室に返しに行くほうが気持ち的にすっきりするか。


 そうだ、そうしよう。

 最初からぼくには荷が重かったんだよ。


 そう思い扉の前から去ろうとしたとき。


 ――ガチャ、と小さい音が響いた。


「…………え?」


 それは101号室から聞こえてきて、思わず、振り向いてしまった。


 カギが、開く音……?

 なんで? でも誰も出てきてないぞ?


 なんで開けたんだ?


 ……もしかして、もしかしてだよ?

 入れってことかなんだろうか?


 うん、今の状況だとそれしか考えられないよな?

 だってそれ以外に鍵開けるか?


 じゃあ、……行くよ?

 えっこれ不法侵入じゃないよね?

 ちゃんと家主の了承得たよね?

 だってカギ開いたし。


 ……大丈夫だよね?


「失礼しまーす……?」


 入ってしまった。

 なぜか出来るだけ静かに扉を閉める。


 なんだか罪悪感がすごい。


 本当にいいんだよね?

 なんでぼくこんなに緊張してるんだろ。

 心臓がすごいうるさい。


 ――玄関から見える景色は、なぜか、ただの暗闇だった。


 暗闇と同時に襲ってきたのは、匂いだ。

 人が放つような汚れた匂いじゃなく、そう、これは腐臭だろう。

 なにかが腐っている匂い。ゴミを放置しておいたら発生するあれ。


 えっと……暗いなぁ。何も見えないぞ?

 なんでこの部屋昼間なのにカーテン閉めてるんだよ。


 吸血鬼か?

 何が目的なんだよ。

 電球切れたの? 買ってこようか?


 うん、もう素直に言う。


 怖い、真っ暗な他人の部屋怖い。

 怖い怖い怖い怖い。


 ……うわ、それにゴミすごい。

 すごい散らかってる。足の置き場がない。


 六畳一間なんだからこんなに汚したら逃げ場なんかないでしょ。

 なんでこんなことに? ってゆーかそりゃ臭くもなるよ。

 なんでこんなに放置しているの? ちゃんと片付けましょう?

 匂いネタで人を困らせるのはデブだけで十分なんだから。


 人としておかしくなりますよ。


 ……これは、さっさと弁当渡して帰るのが吉かな?


「あ、ここに置いときますねー?」


 なんとか空いているスペースにおにぎりと弁当箱を置く。

 ゴミの中に弁当を置くというシュールな光景を晒しても、なぜか先方からの返答はない。


 なんで? なんでなにも言ってくれないの?

 そんなに怖がらせたいの?


 正直怖いよ……いや?

 さっきからなんかすごい小さい音が聞こえてるぞ。


 ぶつぶつと、


 ――え、これ、まさか人の声……?


 引き返せばよかったのに、興味本位で留まってしまった。

 ゴミを踏まないように慎重に部屋の奥ほどまで進むと、部屋の四分の一を支配しているベッドが見えた。

 ベッドの上は、比較的ゴミが少なく、綺麗に見える。


「ひっ!?」


 女性が、体育座りでベッドにうずくまっていて、ぶつぶつと何かをつぶやいているのが見えた。

 耳を澄ましてみると、ちゃんとその声は聞き取ることが出来る。


「私が、殺したの……」

「ごめん、ごめん、ね……」

「なんで、こんなことに」


 それは全て、懺悔のような、罪の告白だった。

 ぼくに向かって言っているのではなく、自分に対して言っているように見える。


 だって女性はぼくを見ていないし。


 ようやく暗闇に目が慣れてきて、女性の姿が認識できた。


 その容姿はやせ細った、長い黒髪の、ワンピースを着た――暗闇で服の色はわからなかったが明るい色だった――そんな幽霊そっくりな。


 だけど幽霊とは対照的な、雰囲気の暗い女だった。


「お、おま、お前は……誰なんだよ……!」


 かすれた声で、それに対して言葉を投げかける。

 女性はようやく、部屋の中に人がいるのに気づいたらしく、伏せていた顔をゆっくりと上げて、こちらに視線を向けた。


「私は――『トコ』よ、立波、常夏……」


 そして自分のことを――『立波(たつなみ)常夏(とこなつ)』と名乗った。



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