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トコナツミラクル  作者: 志記折々
二章『犯人を見つけたけれど終わらない』
12/24

11:「乾二」


 雪割荘から十五分ほど歩いたところに大きな雑貨店があるらしい。

 というのは、ムカつくことにデブ情報だけど、今の状況ではありがたかった。


 無理なことはわかっているはずなのに、連れて行けと喚く幽霊を無視してお店へ。

 生活に必要なものを見繕っていると、かなりの量になってしまい、金額も結構大きくなってしまった。


 あまりにも最初に持ってこなさ過ぎたか。

 といっても、電化製品はまだ買っていないし、足りないものはまだまだあるけれど、今回は皿とかコップとか軽いものだけだ。

 それでも量があると結構重くなるんだなぁ。


 一度家に戻り荷物を置く。またもや幽霊は騒いでいたけど全て無視した。


 さて、次は挨拶周りだけど……。


 冷蔵庫なんて贅沢なものはないこの状況で、一晩置いたプリンがどういう変化を遂げているかわからないけど、どうせぼくが食べるものでもないという理由でそのまま持ってきた。


 残念ながらどこぞの幽霊が一つを半分だけ食べて放置してしまったので、残りのプリンはあと二つ。

 もちろん買い足してなんかいないので一人分足りない。


 問題は誰にあげるか、かな。


 とりあえず一つは顔も見てしまったし、殺人犯だという線が強い103号室の茶髪男性に渡すことにしよう。


 虎穴に入らずんば孤児を得ずの精神で。

 なにも出会ってすぐ殺されるとは思っていない、それなら心証を良くしておいたほうがいいかなという消極的な作戦だ。


 物を貰って機嫌が悪くなる人はそういないだろう。

 一晩放置したものだけどさ。


 そんなわけで時刻は午前十一時半。

 103号室の前。


 表札は……書いてなかった。


 チャイムを押して出てくるのを待つと、


「はいはーい、だれー?」


 軽い雰囲気を出しながら男性は扉を開けて現れた。


 身長は、結構高めだな。

 ワックスで茶色い髪を固めている。

 無造作ヘアーってやつだろうか。


「あ、ぼく203号室に引っ越してきた巻柏です。これからよろしくお願いします」


 やった、今回は無事に挨拶できたぞ。

 このまま何もなければいいんだけど。


 といってもこの人は殺人犯かもしれないんだし、気をつけなくちゃいけない。


「あー、あそこに入ったんだ! へー、あ、俺、草木瓜くさぼり乾二けんじ。変な名字だろ? だからケンジって呼んでよ、よろしくな! あと敬語とかいいから! 硬いの苦手なんだ俺!」


 明るいし、笑顔が堂に入っている。


 きっといつもにこにこしているんだろう。

 これはモテそうだなぁ顔もかっこいいし。

 でも、昨日見たときは辛そうにしていたんだよな。


 あ、とりあえず渡すものを渡さないと。


「あ、これよかったら」


 おお、サンキュと貰ったものを見た瞬間噴出す男性。


 やっぱり引越しの挨拶にプリンはないよなあ。

 まあいいか、笑ったってことは悪印象ではなさそうだ。


「プリンかぁ、面白いね! 後でありがたく食べるわ!」


 プリンを玄関に一度置いて、男性はまたにこやか顔で戻ってくる。


 話してみると結構普通っぽいんだけどな。

 本当にこの人が殺したんだろうか。


 でもあのデブみたいに容姿、言動が明らかに犯罪してますというほうが少ないだろうし、あんがい犯罪者ってこんな感じなのかな。


 怖い世の中だ。


「イワちゃんは歳いくつ? ここに来たってことはN大?」


 男性はなぜかいきなり、ぼくのことをあだ名で呼んできた。


 気安すぎるだろ……。

 しかし「イワちゃん」て、全然似合わないなあ。


 イワちゃんはないわー。

 ヒトデよりはマシだけれどな。


「あー、歳は十八……、来月入学なんだ」


 やっぱりここに引っ越してくる人は学生が多いんだろうか。

 しかしいきなりわかるってことは歳のせいもあるのかな。

 まともに働いて収入がある人はこんなボロアパートになんか住まないだろうし、学生寮みたいな感じで紹介されているのかも。


 やっぱり、と頷いてから男性は自分もだと言う。


「俺もN大だよ! 二つ上だけどね。あ、もうミフユとは会った? ちなみにあいつもN大生で、俺と同じ年なんだぜ。見えないだろ?」


 ははは、と軽い口調でデブの個人情報を漏らした。


 ミフユってのは、あのデブのことだよな。

 ぼくが口にしただけで殺す発言していた名前を気軽に言うなんて、仲の良さが伝わってくるなぁ。


 それに、むぅ……あいつも同じ大学だったのか……。

 なんだかショックだ。風貌からしてニートだと思っていたのに。

 しかも結構年近いし。


 三十過ぎかと思ってた。


「それにしてもイワちゃん運いいよ! N大は可愛い子多いしね! ここに住んでる子も可愛い子揃ってるし! より取り見取りってやつ?」

「…………はあ」


 男性はいわゆるチャラ男ってやつなんだろうか?

 デブとは違う意味で恋に生きている印象だ。

 きっと正しい意味で大学生活を満喫してるんだろう。


 まあ好きにすればいい。


 明るくて、きっと友人も多いだろう。

 話している限りじゃ変な人じゃなそうだし。


 ……やっぱり、人を殺すようにはどうしても見えないな。


 どうやって事件のことを聞き出そう。

 直接聞いても話してくれないかな。デブとナルシストは話してくれなかったし、多分この人も話したくないはだろう。


 ていうか、この聞きだそうって思考がもう危険なのかもしれない。

 殺人犯の可能性大なんだし、下手に突っついたら、ぼくにも被害が及ぶかもしれないぞ。


 うん、やめよう。

 しかし、そうなると話題がない。

 もう帰ってしまおうか。でもきっかけがなぁ。


 どう話そうかと切り口を考えていると、どちらも無言になってしまった。


 ぼくが何も言わないのを見て、男性は少し言いづらそうに――


「――あーそうだ。マナ……101号室には、もう挨拶行った?」

 

 あの部屋のことを、口にした。


「いや、まだ行ってないけど……?」


 マナ……か、昨日も101号室の前で言っていたけど。

 必死に叫んでいたけど、多分101号室の人の名前かあだ名、だよな。


 ぼくのその答えに、「そっかあ……」と男性はバツが悪そうに黙ってしまう。


 あ――ここだ。

 ここでなら、もしかして聞けるんじゃないか?


 運がいいことに自分から切り口を作ってくれた。

 少しだけ、一歩だけ、踏み込んでみよう。


「……そういえば、昨日大きい声で叫んでたけど何かあったの?」

 

 もちろん直接は聞かない。

 けど、事件のことを嗅ぎまわるんじゃなくて、本人のことだけ聞いたら答えてくれるかもしれない。そう考えての言葉だった。


「はは、あれ見てたのイワちゃんだったのか。恥ずかしいところ見られちゃったなぁ」


 男性はあまり照れていないような表情で、あっさりと昨日のことを認めてしまった。


 やっぱり、二階の通路は少し歩いただけで音が響いてしまう金属床だ。

 誰かがあの場面を見ていたのは気づいていたんだな。


 ぼくは動転してすぐ部屋に入っちゃったから、その誰かはやっぱり特定できなかったみたいだけど。


「いや、ここさ……、ちょっと先月色々あってね。そのことで被害に遭った子がいてさ。ちょっと……ひどい状態で……俺いまその子の為に頑張ってるんだよ」


 男性は続けて言葉を紡ぐ。

 だんだんと昨日見たときのような、暗い表情になっていた。


「そう、なんだ……」


 被害に遭った子って……あいつのことだよな?

 そうだよな、殺されたんだから、被害者なんてあの幽霊しかいない。


 あいつの為に頑張るって、昨日叫んでいたのはそのことの一環だったのか?

 あれが……あいつの為になる?


 どういうことなんだ。


 ――いや、待てよ。

 それとも……被害者はあの幽霊一人じゃないのか?


 あいつの他に……101号室の人も、被害に遭っている?


 それならこの男性はまた生きている被害者のために頑張っているということになるよな。

 死んでいる被害者にはもう何も出来ないんだから。


 ……幽霊と、話せるやつじゃない限り。


 それにしても事件に関することを自分から言い出すなんて、危機感がないのかこの人は。

 それに、被害って……、その被害を負わせたのは、あんたじゃないのか?


 あまりにも迂闊すぎる。

 隠したいとすら、思っていない。


 ……殺人犯、なのに?


 ――いや、もしかしたらそれが101号室の人を助けることにつながるのか?


 自分が殺したと、男性は嘘をついた……?

 それが、頑張るってことなのか?


「今それで、三日に一度くらいマナん家行ってるんだけど……出てきてくれなくてさ。ちゃんとメシ食べてるのかもわかんねーし……これから一緒に行ってもいいかな?」


 混乱している頭へ畳み掛けるように男性は合意を求めてくる。


「え、ああ、まあ、いいけど……」


 どうせ今から行くつもりだし、101号室の人がそんな情緒不安定なら一緒にいったほうがいいかもしれない。


 そんな状況じゃぼくが行ったって会ってくれないだろうけど。


「でもそんなんじゃ、ぼくが行っても会ってくれないでしょ」


 一応男性にも思ったことを言ってみたけど、


「いや、どうせ俺が行ってもマナは会ってくれねーだろうし……まだイワちゃんのほうが可能性あると思うからさ。あ、ちょっと待ってて」


 その言葉を予想していたようにそう返して、部屋の中に入ってしまう。


 二分くらいだろうか、103号室の扉の前で所在なく待っていた。

 ちらちらと、なんだか101号室を見てしまう。


 あんな話されたら気になるに決まってる。


 おまたせ、と男性は静かに扉を開けて出てくる。


「これ、そのプリンと一緒に渡してくれると助かる」


 そう言ってぼくに差し出したものは、ラップに包まっているおにぎりと、小さい弁当箱だった。

 受け取ってコンビニ袋に入れる。


 こんな立派なものと一緒に渡すんじゃ、むしろプリンのほうがオマケになってしまってなんだか負けた気分だ。

 ちょうどお昼だし、この弁当もわざわざその人のために作ったんだろうか。


 結構マメな人なんだな。

 いや、それだけ101号室の人を心配してるってことか。


 マナという呼び名からして、女性っぽいけど。


 これも事件のせいなのか、印象がころころ変わってなにがなんだかわかんなくなる。

 まぁ人間なんて多面性があるものなんだろう。


 一方的な印象付けは損するだけか。


 それにしても人を疑い続けるって、疲れるなあ。

 一体誰が犯人なんだ、早く出てきて欲しい。


 いや、出てこられても怖いんだけどさ……。


 101号室へ歩き出そうとしたとたん、男性は足を止めた。


「あーそういえばそのプリンのことだけどさ、……知ってたの?」


 疑わしげな視線を向けながら、ぼくを問いただして。


「……何を?」


 その言葉に、なぜかドキリとした。

 やましいことがあるわけじゃないのに。


 ……なんだ? プリンに何かあるのか?


 その質問の意図はなんだよ。


「そっか……、いや、知らないならいいんだ。忘れてくれ」


 男性は、軽くごまかすように手を振って、歩みを再開させる。

 二つ隣の部屋に移動するだけだ。


 十秒もかからないで101号室の前についてしまう。


「えっ……?」


 初めてこの部屋の前に立ったけど、なんだ? これ……。

 101号室についている表札は、『立波(たつなみ)』という文字が乱暴に書き殴ってあった。


 おい、それは死んだはずの、あの幽霊の名字だろ……?



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