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トコナツミラクル  作者: 志記折々
二章『犯人を見つけたけれど終わらない』
10/24

9:「お願い」


「雪柳さんと仲良くなるのを、手伝ってくれないか?」

「あはは、まーいやですけど」


 まただ、また『お願い』だ。


 なんでぼくに言うんだ関係ないじゃないか。

 なんでこのアパートの住人はぼくを巻き込もうとするんだ。


 ひょっとして仕込みなのか。


 仲良くなりたいなら勝手に仲良くなればいいだろう。

『お願い』だからぼくを巻き込まないでくれ。


「そこをなんとか! 一回だけでいいから!」


 それでも食い下がるデブ。おいおい土下座だよ。


『アキくん協力してあげようよぅ……。スミくん真剣なんだよ?』


 お前はお前で好き勝手言うな!

 なんでぼくが悪いみたいな言い方なんだよ。 


「頼む! そんな大げさなことじゃないんだ。一緒に話す機会が作れればあとは俺が頑張るからさ! どうも俺は彼女に好かれてないみたいだからさぁ……」


 男性の言葉は尻すぼみに終わってしまう。


「…………はぁー……」


 そりゃそうだろう。

 彼女なんていたこともないし恋愛の経験なんて一度もないけど、外見が良いほうがそれは有利に働くだろうし、特殊な趣味じゃないかぎり太っているというのはマイナス要因だろう。


 ましてや、相手は端整な女性なのだ。

 普段からモテるだろうしファンクラブまで存在しているような人だ。

 はっきり言って、勝算は薄いだろうなあ。


 あとこいつ臭いし。


「もうわかりましたから、顔を上げてくださいよ……」


 しぶしぶ了承することに。


 実際見たら結構土下座って怖いんだな。

 とにかく迫力があって、なんか逆に脅迫されているみたいに感じる。


『えぇっ!? あんなにお願いしてる私はまだOKもらってないのに! なんで!!』


 お前は引き受けろって言ったり、引き受けたら非難したりで、一体どっちなんだよ。


 あとお前の願いは難易度が高すぎるんだ。

 簡単に引き受けたらいけない種類なんだよ。


「おぉ、助かるよ。なんだ意外と良い奴じゃないか。もっと人に興味ないのかと思った」

『スミくん間違ってないよ! アキくんは人に興味なんかないし、全然いい人じゃないよ! 私のお願いは断っちゃうし……! たぶん鬼か悪魔だよ!』


 ほっと胸を撫で下ろしている男性と、涙目で非難がましく騒ぐ幽霊。


 まったく、自分の言うことに従わなかったら悪認定だなんて、いったいお前はどこまで身勝手なんだ。

 お前のほうがよっぽど鬼で悪魔だよ。


 デブもデブで失礼なやつだし、なんでぼくはこんな奴らと関わってるんだ。

 あぁ引っ越したい、違う場所に住みたい。


「それで、どんなことをすればいいんです? 難しいことはお断りですよ」


 なるべく手伝いたくない。

 失敗したときこちらの責任にされそうだからだ。

 成功率も低そうだし、面倒くさいなあ本当に……。


 なんでこんなことになったんだ。


『なんかアキくん怖い顔してるよ……?』


 だそうだ。

 感情が顔に出ているのだろうか。


「そうだなぁ……。一緒に食事でもしたいところだし、君の歓迎会でもしようかな? アパートの皆を誘ってさ。それなら君の負担も少ないし、どうだろ?」


 おお、こっちのことも考えているんだな。


 少し見直したぞ。

 でもそれでいいのか? 食事って二人でいかないとムードも何も生まれないと思うんだけど。


 そもそもそんなレベルまでも達してないのか?

 幽霊は家族みたいな関係って言っていたのに、あいつにとっては家族でも、皆はそう思ってないってことだろうか。


 切ないなぁ。


『いいねー歓迎会! お店でする? 外でバーベキューでもいいよね! あっそうか……それじゃ私が参加出来ないのかー……あっじゃあここでしようよ! けってーっ!』


 お前に意見は聞いてない。

 参加も認めていない。

 決定権なんかあるわけない。


「ええ、まあ、それくらいならいいですよ。参加するだけでいいんでしょう?」


 それなら食事するだけでいい。

 なんだ、何もしないのと変わらないじゃないか。

 一回我慢すればそれで終わる。


 楽な『お願い』だな。


「いや……それなんだけどさ。雪柳さんのことは君が誘ってくれないか?」

「はぁっ!? なんでぼくが!」


 間抜けすぎるだろう、自分の歓迎会を自分で誘うなんて。


 そこは自分で頑張れよ。

 むしろそこで頑張らないでいつ頑張るんだよ!


 ヘタレすぎるだろこいつ。


「だって、俺が誘ったら来てくれないかもしれないじゃん……なっ頼むよ!」


 恥らうように頬をかく男性。


 照れてるんじゃねーよ気持ち悪い。

 お前の恋愛なんだからお前がやれよ。


 ったくもう……。


「はぁー……最悪だ……」


 どっちが誘っても一緒だよ。


 ぼくだって彼女には好かれてはいないだろうし、むしろ嫌われている可能性のほうが高い。


 そんな女性を食事に誘わなきゃいけないなんて、憂鬱だ……。

 だけど引き受けなきゃこのデブは納得してくれないだろう。


「わかりました、わかりましたから、もう帰ってください……」


 なんでこうなったんだ。


「おお、ありがとう助かるよ!」

『えっ、アキくんまた引き受けるの!? スミくんだけずるいずるい!』


 もうどうにでもなれ。


 そうだ、考え方を変えるんだ。

 食事するより簡単かもしれないじゃないか。

 断られればそこで終わるんだ。さっさと終わらせればいいんだよ。


「あっそうだ、敬語止めていいよ。遠慮なんかいらないぞ、俺らもう友達だろ?」


 そんなにこやかに言われても。

 親指立てるな、臭いんだよ。


 それに、違う、友達じゃない。

 勝手に友達になるな。だいたいお前ぼくの名前も知らないだろう。


 なんでここの住人は気安い連中しかいないんだ。


『そうだよねえ、私もアキくんと友達だから敬語じゃないんだよね? いや、むしろ姉だからか、いやーまいっちゃうねぇーえへへへ』

「…………チッ」


 あーあー、気安いやつ筆頭がくねくねと気持ち悪いよ。


 まだそのネタ引っ張ってるのかよ。

 いい加減姉ネタ止めろうざったい。


 男性はぼくの舌打ちを聞いてさらに追い討ちをかけてきた。


「ホントに、君の敬語気持ち悪いから他の人にも止めたほうがいいよ、いやこれはマジで。なんか無理して言ってる感じが強くて逆に不快になるんだよな……」


 失礼なやつだ。

 そんなに言うならやってやろうじゃないか。


「あ、そう。じゃあさっそく。――お前臭いから、今すぐ風呂に入って来い。部屋に匂いが染み付いたら困るんだよ」


 別に尊敬できる人物でもないし、多分年上だろうから使っていただけだ。

 タメ口でいいと言うんなら思う存分やってやる。


 今まで抑えていた分も加えてな。


「…………うん、わかった」

『うわー……はっきり言うねー、流石アキくんだ』


 青い顔して男性は頷いた。


 いきなりの豹変ぶりにきっとびっくりしたんだろう。

 やっぱり言いたいこと言えるっていいよね。


 ストレス溜め込むの良くない。


「すごいね君……ここまで屈折してるやつ、初めて見たよ俺」


 うるさいよ。

 ぼくから言わせればお前も相当だよ。


 この幽霊もやばいし、隣のナルシスト女も結構キテる。

 なんであんなのがモテるんだか。


 あ……そうだ。


「一つ質問いい? なんであの人のこと好きになったの?」


 いつからかわからないし、どこまでの人間関係を構築しているのかも知らないけど、一つ屋根の下で暮らしているんだ。


 きっとぼくにはまだわかっていない彼女の良いところがあるんだろう。

 ぼくには高飛車なナルシストにしか見えない、彼女のいいところが。


 だけど、


「いや、美人でしょ? 一目惚れってやつだよ」


 男性はまたも照れるように視線を逸らしながら頬をかいた。

 あまりにもはっきりしすぎて、逆に純粋な答えを言いながら。


「えー……?」

『えー……もっと他にいいところあるでしょー?』


 思いのほか、あっさいなー……。


 外見だけ?

 内面的なこととかなにもないの?


 幽霊とユニゾンしてしまったのも気づかないくらい、その答えで悲しくなってしまった。

 こんなナリだからこそ夢を見て欲しかった。


 現実って、切ないな……。


 そのあと、無理やり近所の銭湯までデブに連れて行かれ、一緒に食事まですることになる。

 おごるから一緒に食べようと土下座されかねない勢いだったから断れなかった。


 その際、いかに雪柳さんは素晴らしいか小一時間話されたり、男性がファンクラブの会員であること、雪柳さんはN大に通っているなど聞きたくないことを散々聞かされた。


 部屋に帰ると時刻は二十二時。

 少し早いけど布団に入った。


 思考能力がどんどん落ちていく。

 ああ、眠るって、まるで死んでしまうみたいだ。


 体が動かない……。


 もうね、正直疲れたんだよ。

 一日がこんなに長いの初めてかも。


 幽霊は窓から月を見ながら、眠れないのか、ぶつぶつと何かをつぶやいている。


『あーあ、なんで私は死んじゃってるんだろ……』


 直接犯人に言ってくれ。


『人と、話したいよぉ……』


 このやろう、ぼくは人じゃないとでも言うつもりか。



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