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約束  作者: 猿丸
8/23

第八章・雨の物語

「第八章・雨の物語」



梅雨なんて大嫌いだ。


ジメジメうっとうしいだけでなく、

屋上の例の場所もびしょ濡れな訳で、

タバコを吸うにも、授業をサボるにも難儀する。

部室は時々、抜き打ち検査が入るので、

あまり頻繁に使えない。


ただ、どうしても、昼飯の後の一服だけは我慢できないし・・・・。


なんとも嫌な季節だ。


気分だけでもサッパリしたくて、

東京帰りのお姉さんのいる美容院へ立ち寄った。

あれから伸ばしっぱなしの髪は、もうパンクじゃなくなっていた。



「聞いたよー!先月のライブ、凄かったんだって?」

「うん、まぁ・・・・。」

「私の友達がさー、バンドやってるんだけど、

 来週のライブ出てくれないかなって言ってたよ。」

「来週のライブって、公民館のやつ?夜やるやつでしょ?」

「そうそう、私も手伝い頼まれてるのよ。」

「えっ?それに出させてくれるの??」

「出させてじゃなくて、こっちからお願いしたいのよ。

 参加バンドも少ないし、”ニシ”始まって以来の伝説バンドじゃない。」

「いや〜、それほどでも〜。」

「ねっ、出てよ。友達に言っておくから・・・・。」

「うん・・・・他のメンバーにも聞いてみないと・・・・俺的にはo,k!」

「よしっ!決まり!詳しい事は友達から電話させるから。

 よ〜し、そうと決まれば、カッコよくしてあげるね。」


『おいおい〜!やったぜ〜!!大人から出演依頼がきたよ〜!!』


俺の頭の中は、もうそのライブでいっぱいだった。

急いでキョウとヨージに連絡した。

二人とも大喜びであった。


「おい、喜んでばかりもいられねぇぞ。

 今度の相手は大人だ。どうせやるなら大人バンドも喰っちまおう。」

「トシロー、強気じゃん。ヨッシャー、練習だ。」

「後一週間しかないから、新曲はやめて、前回と同じ曲で行こう。

 ただ、下手に学校にバレて禁止させられるとマズい。

 ヨージはノリユキに連絡して、”ミナミ”の客集めろ。

 今回、”キタ”のヤツラには秘密だ。」

「え〜、ヒロミにもかぁ〜??やっと、聴いて貰えると思ったのに。」

「ヒロミくらいなら言ってもいいけど、多分来ないと思うよ。

 真面目だから・・・・。」


そうなのだ。

今度のライブは、金曜の夜、七時開演だ。

”ミナミ”のヤンキー達ならともかく、”キタ”の連中は多分来ない。

来ないどころか学校にチクり、禁止にでもさせられたら、たまったもんじゃない。



「ちぇっ、少しやる気がうせたぜ・・・・。

 でも、いいか! 文化祭に大人のお客集めちゃえば、

 伝説の黄金バンドとして歴史に残るだろう。」

「そうそう、その意気だぜ、トシロー、さぁ、練習しよ。」



一週間は”あっ”という間に過ぎた。



「わりぃ〜、俺、着替え家に忘れてきちゃったから、一回帰ってから行く。

 先行ってて。」


そう言って、ヨージは慌てて部室を出て行った。


「どうする?準備までには時間あるし・・・・。」

「オリジナルの方でも進めますか。」


キョウと二人でアコースティックギターを弾きながら、

メロディーを考えた。

今度の新曲は渋いバラードになりそうだ。


「ラブソングにしたいなぁ。」

「いいけど、詞が書けねぇ。」

「ヒロミに捧げる歌でも書いたら。」

「う〜ん、いまいち書けないんだよなぁ。エピソードがないって言うか・・・。」

「いや、文化祭に向けて、ラブソング、二曲は欲しいよなぁ。」

「う〜ん・・・・。」


”トントン”と誰かがドアをノックした。


一瞬ヒヤッとしたが、抜き打ちに備え用心していたので、

「ハイハイー!」と答え、ドアを開けた。


「おう!サチ!」

「キョウ君いる?」

「あぁ、いるよ!入れよ。」

「うん。」


そう言ってサチを招き入れた。

”サチ”はキョウの彼女だ。

二年の時、キョウにラブレターを書き、

それ以来、二人は付き合っていた。


ここんとこ、練習ばかりで、あまり一緒じゃなかったけど、

時々、一緒に駅まで帰ったり、夜に電話しているらしい。


「ちょっと話があるんだけどいいかなぁ・・・・。」


なんとなく、”お邪魔なのかな”と感じた俺は、

「んじゃぁ、俺、先に公民館へ行ってるよ。」

と言って部室を出た。



玄関を出ると、雨だった。


『また雨かよ〜。今日は曇りだって言ってたのによ〜。』


傘を持ってこなかった。

学校から公民館まで、走っても十分はかかる。

服は着替えがあるからいいとしても、

ベースを濡らしたくなかった。


「傘、持ってこなかったの?」

そう言って、ヒロミが隣に立った。


「うん、今日は雲りっだっていうからさぁ。」

「この時期、傘くらい学校へ置いておいたら。」

「あー、失敗した。」

「入ってく?駅まででしょ。」

「いや、今日は公民館なんだ・・・・。」

「公民館?なんで?」

「う〜ん、ヒミツ。」

「ふ〜ん、誰かと待ち合わせとか・・・・。」

「違う、違う!!しょうがねぇなぁ、内緒だぞ。

 じつは・・・・。」


以前、ヒロミには「真面目になれ!」と言われているので、

ライブの事は言いたくなかった。

「そんなに遅くに家に帰るの〜。」と怒られそうだし。

だから最初からのいきさつを、少し大げさに説明し、

「どうしても断れなかったんだ。」ってところを強調して話した。


「え〜、すごいじゃん。大人と一緒にライブやるなんて!」

「あれ?」

「なにが?」

「怒んないの?不良って。」

「もう慣れた。これくらい・・・。仕方ない、送ってってあげる。」


そう言ってヒロミは傘を差し出した。


真っ赤な傘だった・・・・。


嘘のような出来事だった。

もし、神様がいるとしたら、今は絶対に俺の味方だ。


ヨージ、着替え、忘れてきてくれてありがとう。

サチ、ありがとう。

そしてヒロミ、いいタイミングで現れてくれてありがとう・・・・。


素直にそう思った。


雨の壁が、傘の中と外を完全に遮断している。


俺は、右手で傘を持ち、左側にいるヒロミが濡れないように差した。


『傘の中は、こんなに小さかったっけ。

 ヒロミはこんなに小さかったっけ。』


触れているヒロミの肩のぬくもりが、胸を締め付ける。


「部活、残念だったな。」

「うん、終わっちゃった。」

「でも、全力で頑張ったんだろ。」

「うん、悔いはないよ。」

「なら、よかった・・・・。」


「・・・・。」


時々、たわいもない話をしたが、

いつものように会話は続かなかった。

でも、ずっとこのままでいたくて、いつもより歩く速度を遅くした。

歩いて二十分の道のりを、三十分かけて俺たちは歩いた。


「あ〜、もう着いちゃったね。」

「あぁ、着いちゃった。」

 

ヒロミに傘を渡し、公民館の入り口の屋根の下に入った。


「トシロー君!」


ノブだ。仲間を二人連れてる。

嫌な奴に出くわしちまった。


「トシロー君、今日のライブ、見させてもらいます。

 あっ、この人、トシロー君の彼女?綺麗な人だなぁ・・・・。

 さっすが!トシロー君!」


思わずヒロミと顔を見合わせた。

ヒロミはニコッとして言った。

「じゃぁ、ライブ頑張って。」


いつもよりキラキラした目で、上目使いに俺を見た。

また胸が”キュン”とした。

「うん。ありがと・・・・。」


赤い傘をクルクルっと廻しながら、ヒロミは行ってしまった。


「トシロー君、すいません。お邪魔だったみたいで。」

「おい、ノブ、お前なんか変だぞ。熱でもあんのか?」

「何言ってるんですか〜、いつもと同じですよ。

 それよりトシロー君、俺って昔からトシロー君と友達ですよね。」

「友達って・・・・お前・・・・。」

「そうですよね!」

「うん・・・・まぁ、そうだけど・・・・。」


「ホラ!俺の言った通りだろ!!俺とトシロー君は小さい頃から、

 深〜い友情で結ばれてんだよ!!」

「スゲェ!ノブ、スッゲェー!なぁ、俺たちも紹介してくれよ〜。」

「よし、解りゃーいいんだ。トシロー君、こいつら俺のダチなんすけど、

 この間のライブでファンになっちゃったみたいなんで、

 憶えといてやってください。」


「ファンって・・・・。」


悪い気はしなかったが、

初めてのファンが”こいつら”ってのも、どうかと思った。


「お〜し、今日から俺たちは友達だ。今日のライブ見るだろ?

 それまで暇だろ?」

「ハ・ハイ・・・・。」

「んじゃぁー、準備手伝うよなー。今日は特別スタッフだ。

 準備と後片付けよろしく〜!」

「ウッス!うれしいっす!カッコいいよな、スタッフだってよ。」


こいつら・・・・どうかしている。


こうも単純だと、俺が何か仕出かして、こいつらがガッカリした時、

「こんな人とは思わなかったー!」とか言いながら、

手の平返したように、敵に周るんだろーなー。

気をつけよ・・・・。



ライブのための準備が始まった。

仕事を終えたお兄さんたちが、車で機材を運んでくる。

それを体育館まで運んだり、椅子を並べたり、

お兄さん達の小間使いのような事をさせられた。

この仕事をさせるために、俺たちを呼んだんじゃないだろーなーと、

疑いたくなるほどハードであった。


だが、さすが大人。

凄い機材だ。

まるで本物のコンサートのようだ。


ヨージが来た。

「おまたせ〜。あれっ?キョウは?」

「いや、サチと一緒だったから、そろそろ来るんじゃないかな。」

「ふ〜ん。それにしても、スッゲー、ドラム・・・・。タムいくつついてんだぁ。」

「いくつあってもお前には叩けないけどな。」

「それを言っちゃあ、おしまいだろ!」


「ハーイ、リハーサル行きま〜す!最後のバンドから。」


『へ〜、リハーサルって最後からやるのか。』

『へ〜、無理にハウリングさせて、イコライザーで消すのか。』

『へ〜、リハーサルって、最後まで演奏しないのか。』

などなど、感心させられっぱなしだった。


「おい、次、俺たちだぜ。キョウどうしたんだろ?」

「うん、入り口まで見に行こうぜ。」


入り口でキョウを待ってた。


東京帰りのお姉さんが慌てて俺たちを呼びに来た。


「ちょっと、何してんの?リハーサル、始まるよ。早くして。」

「ごめん、ギターがまだ来てないんです。」

「まだって、もう6時よ。」

「あっ来た。あれ、そうじゃないか?お〜いキョウ〜!!」


キョウは、傘も差さずに歩いてきた。

激しい雨の中を、ギターが濡れないように抱えながら、

ズブ濡れになって・・・・。


「おい、何か変だぞ・・・・。」







 








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