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約束  作者: 猿丸
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第五章・ジョニー・B・グッド

「第五章・ジョニー・B・グッド」



春になった。

高三になった。

授業も選択になり、クラスメートたちも皆バラバラになった。

ぼんやりとヒロミの後姿を眺める時間が少なくなった事を除けば、

バンドは順調だし、ヒロミとも今まで通りで、

何事も無く毎日は過ぎていく。


五月のライブまで後一ヶ月。オリジナルは二曲出来た。

ただ、当然の事だが誰も知らない曲なので、

盛り上がりには欠ける。

後、三曲ほど、コピーする曲をセレクトしなければいけなかった。


「んじゃぁ、今日は練習無しにして、各々コピーする曲を考える日にしよう。」

とキョウが言い出し、いつもより早い時間に駅についた。


電車は一時間に一本しかないので、

次の電車には三十分以上時間があった。


「たまには待合室行ってみる?面白い事あるかもよ。」


駅の待合室は、代々、ミナミのヤンキー達の溜まり場で、

去年までは、やたら絡まれてうっとうしいので避けていたが、

今年は三年、絡まれる事はないだろう。


”ミナミ”とは、俺たちの高校から、

川を挟んだ反対側の丘にある商業高校の事で、

俺たちは北側にあるので”キタ”、商業高校は南にあるので”ミナミ”と、

古くから通称で呼ばれていた。

ミナミは、どういう訳かヤンキーが多い。


待合室のドアを開け、中に入ったが、思ったより人は少なく、

一番奥の隅に、何人かのヤンキー達がいるだけだった。


「なんだ、誰もいないじゃん。面白い事もなさそうだな。」

「おい、トシロー、あれ見ろよ、あれ・・・。」

ヨージが小声だが、ちょっと興奮気味にささやいた。

「あれって?」

「あの奥の一番端の女。」

「おぉ!!」


三人の目は釘付けとなった。


なんともアカ抜けた、なんともこの田舎に似つかわしくない、

なんとも美しいヤンキー少女ではないか・・・・。


「おい、誰だ、アレ?」

「アレが噂の”ミナミのマドンナ”だ。」

ヨージの情報網はすごい。

「”ミナミのマドンナ”?」

「お前たち知らないの?何でも、去年、親の仕事の都合で、

 東京から編入してきたらしい。」

「東京かぁ〜。」


「親の仕事って、こんな田舎に来る位だから、左遷だな多分。」

キョウらしい分析だ。


「おい!コラァ!何ジロジロ見てんだよ!」


その中の一人の男が俺たちに気付き、近寄ってきた。

ヤンキーは、人に見られるのが嫌いな奴が多い。

見てると必ず寄って来る。


「オメェー、トシローじゃねえか。」

「あっ?」

「俺の顔、忘れたっつーのかー。」


『何だコイツ?こんな奴しらねーぞ?』


「ノブ!元気そうじゃねーか。」

キョウが先に気がついた。

「ノブ?ノブって、あの、泣き虫ノブかぁ??」


ノブは一つ下で、背が小さくて、口が達者で、

生意気だったので、よくからかっていた。

そしていつも最後に、泣きながら「憶えてろよ!」と捨て台詞を吐く。


「ノブ〜、お前、ミナミだったのかぁ〜。

 あんまり小さいんで全然気がつかなかったぞ〜。」

もう、ヨージがからかい始めている。


「小さい?もう小さくないぞ!」

確かに、見違えるほど身長が伸びていた。

「牛乳沢山飲んだのか〜!」


「そういや、テメェ、さっき何て言った?!トシローって言わなかったか?

 いつからそんなに偉くなったんだ??」

「俺にそんな口聞いて良いのかぁ〜?ミナミの仲間が黙っちゃいないぜぇ〜。」


キョウと、ヨージはもう笑い転げている。


「テメェ、ちょっと身長伸びたからって、何も変わらねぇー事教えてやる!」

そう言って、ノブのほっぺたをつねった。

「生意気なのは、この口か!この口か!」


「イテテテテ、ごめん、許してトシロー君、ゴメンなさい・・・。」

「最初からそうしてりゃいいんだ。いきがるから。」

ノブの顔つきが、”泣き虫ノブ”の顔に戻った。


「ミナミ行ったからって、お前が強くなったわけじゃないんだぞ!

 勘違いすんなよ!」



「ノブ!どうかしたのか?」

待合室のドアを開けて、誰か入ってきた。


「あっ、ノリユキさん!こいつら何とかしてください!!」

「あ〜?」


その男を見て俺たちは固まった。

なんともひさしの長〜いリーゼント。

長ランに、幅の広〜いボンタン。

何事にも程度ってもんがあるだろうに、

コイツのファッションはイキまくりすぎだ。


開いた口が塞がらないってのはこういうことだ。


「ノリユキさん、こいつら、ミナミをナメてますよ。」


追い討ちをかけるようにノブは言い付ける。


「ヨージ、キョウ、トシローも、ひっさしぶりじゃん!!」

「おう、ノリユキ、元気そうじゃん。

 それにしてもスッゲーカッコだなぁ・・・・。」


ヨージが答えた。ノリユキも俺たちと中学時代一緒だった。

特にヨージとは仲がよく、ノリユキが無事ミナミに合格したのも、

ヨージが付きっ切りで勉強を教えたからだ。


ノリユキは中学時代から、

ミナミへ行って”番長”になるのが夢だと言っていた。


「ノリユキ、番長になれたのか?」

「おうよ、カッコいいだろ、この長ラン。

もうミナミで俺に逆らえる奴はいねえよ。」

「スッゲーカッコしてんな。銀蝿が入ってきたかと思ったぞ!」

「そんなにカッコいいか〜!!ヨージに誉められるのが一番嬉しいよ。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「なんだ、トシローもキョウも、やっぱりまだバンドやってんのか?」

「俺もやってんだぞ。」

「えっ、ヨージ、入れてもらったの?いいなぁ・・・・。

 なぁトシロー、俺もバンドいれてくれよー。」

「・・・・考えとく。」

「バッカだなぁ、俺だって入るのに二年かかってんのに、

 お前何年かかると思ってるんだ。楽器なんかできねーだろ?」


「そー言わないでさー、楽器教えてくれよ。頼むよ、キョウ・・・・。」

「・・・・。」

「よし、ノリユキ、そんなに入りたいんなら、まずは下積みだ。

 これから俺たちがライブやる時は、必ず客集めてくる事。

 そしたら、俺から二人に頼んでやる。」

「そんな事で良いのか?ありがと、ヨージ。よ〜し、任せとけ!!」


ヨージの前ではミナミの番長も形無しである。


「ちょっと、ちょっと、ノリユキさん、良いんですか?

 こいつら、随分ナメた口利いてますよ。」

ノブが隣からノリユキに囁いた。


ボカッ!と音がするほど、ノリユキはノブの頭を殴った。


「バカヤロー!テメェ、誰に意見してんだ!

 いいか、こいつらは昔から全部ナメてんだよ。

 自分の認めた奴以外、大人だろーが、教師だろーが、

 芸能人だろーが、ヤクザだろーが、み〜んなナメてんだ。

 ナメられたく無かったら、筋通して、認められるしかねェ。

 それにヨージは言わば命の恩人だ。

 ヨージがいなかったら、今の俺は無ぇんだよ!

 ノブ!こいつらにちょっかい出したら、どうなるか解ってんだろーなー!!」


「オ、オ、オス。」

泣き虫ノブは今にも泣きそうだ。

ノリユキに、妙な迫力が付いた事だけは確かだった・・・・。


「ノリユキ、まぁ、そう言うなよ。俺はノブの生意気なとこ面白いからさ。」

「人をナメクジみたいに言うな・・・・。」

「俺は命を助けた覚えは無いぞ・・・・。

 そんな事より、マドンナ紹介しろよ〜。」


「おぅ、お安い御用さ。」

ノリユキはマドンナたちが座っている方へ歩いていき、

俺たちを手招きした。


「クミコ、俺のダチ紹介するぜ。ヨージと、キョウと、トシロー。

 んで、こっちがクミコちゃんで〜す。可愛いだろ?

 変な気起こすなよ。でもまぁ、君たちじゃぁダメだけどね。

 クミコは強い男が好きだってさー!!」


「ども・・・・。」

「・・・・。」


クミコは軽く会釈をするだけで、こっちを見ようともしない。

色の白い、北欧系の顔つきで、

軽くパーマをかけた茶色い髪がよく似合っていた。

しかも、ピンクの口紅と、長いスカートの間からのぞく、

紫の靴下が妙に色っぽい・・・・。


「クミコちゃん、何処から来たの?」

すかさずヨージが話し始めた。

「・・・・東京。」

「どう?こっちへ来て?」

「・・・・べつに。」


ヨージがなんとか会話に弾みをつけようとしているが、

一向に相手にする気は無いらしい。

淡々と、シラけた顔で答えるだけだった。

少しムカついてきた。からかってやる!


「おいアンタ、部屋にジェームスディーンのポスター貼ってるだろ?」

「えっ?」


突然の質問にビックリしたのか、ついに俺の顔を見た。


「俺、超能力あるんだよ。貼ってんだろ?」


クミコが何か言おうとした時、横槍が入った。

「俺も、貼ってるぞ。」

「俺も、俺も、ジェームスディーン、カッコいいもんねぇ。」

「え〜、私も欲しいなぁ、ジェームスディーン。」

知らぬ間に復活していたノブまでもが言った。

「あぁ、ジェームスディーンね。アレはカッコいい。」


「では問題です!ジェームスディーンが主演した映画は?」


「えっ、ジェームスディーンって俳優だったの?」

「俺は知らん。」

「えっ、ミュージシャンかと思ってた・・・・。」


「フー」とため息を付き、クミコが俺を見て、かったるそうに答えた。

キラキラした目だった。

「エデンの東、理由なき反抗、ジャイアンツ・・・・でしょ。」


「正解。」


「さすがぁー!」とか、「すごい!」とかミナミの連中がざわめく。


『盛り上がってきた。もうこっちのペースだ・・・・。』


「では、次の質問。皆さん、矢沢永吉は知ってるよね。

 では、永チャンの歌で好きな歌はなんですか〜?」


「時間よ止まれ!」

「俺も!」

「私も!」

「俺はファンキーモンキーベイビー!」


何年か前に”時間よ止まれ”がヒットした。

やつら、それしかしらない・・・・。

まぁ、唯一、ノブはキャロルを知っているようだが・・・・。


「・・・・I LOVE YOU OK!」


一瞬の沈黙が皆を包んだ。


「ほ〜う・・・・。」


さすが東京者、答えが違う。


「んじゃぁ、最後の質問です!

 皆さん、好きな歌手、またはミュージシャンは誰ですか〜!」

「俺、聖子ちゃん。」

「私、マッチ!」

「銀蝿!」


初めは、からかうつもりの質問コーナーだったが、

クミコはどんな音楽を聴くのか、本気で知りたくなっていた。


「アンタは?」

「・・・・知らないと思うけど?」

「良いから・・・・誰?」

「・・・・デビット・ボウイとか・・・・。」


思わずクミコの手を取り握手した。


「俺、トシローってんだ。よろしく。」


感動した。まさか、キョウ以外の口から、

デビット・ボウイの名前を聞くとは思いもしなかった。


呆然として、手を握り締めたまま、クミコの顔を見ていた。

クミコも俺の顔を見ていたが、フッと我に返り、手を振り払った。

「イテぇーな、何すんだよ。」


「コラ、トシロー、クミコの手握りやがって、

 いつからそんなに手が早くなったんだぁ〜。」

ノリユキがヘッドロックをかましてきた。


「解った解った、スマン、つい・・・・。」


「おい、トシロー、そろそろ電車来るぞ!」

「ノリユキ、お前もいっしょに帰るか?」

「いや、もうちょっと遊んでく。」

「そうか、んじゃ、俺たち帰るから。」

「またな。」


ヘッドロックを振り払い、急いで待合室を出た。

ドアを閉める時、クミコと目が合った。

”バイバイ”のつもりで、クルリと手を廻した。

クミコも指だけで”バイバイ”と返してきた。


「おい、あのマドンナ、本物だぞ。感動した。」

「トシロー、いきなり手握んだもん、ビックリしたぜ。」

「いや、だって、感動したんだ。いきなり、デビットボウイだぞ。

 ジギースターダストだぞ!」

「確かにいいセンスしてるよ。さすが東京者だ。」

「それにしても、あいつら素直でいい感じだったな。」

「うん、悪そうなカッコしてっけどな。」

「しかし、ノリユキも貫禄ついたなー。夢の番長になったんだもんな。」

「いまどき、番長はねーけどな。」

「でも、夢叶えたんだからすごいよ。」


久しぶりにノリユキと、ノブに会い、

クミコの持つ、都会的な雰囲気に接し、俺たちは興奮していた。


「おい、一曲決めたぞ。」

「えっ?」

「デビット・ボウイか?」

「いや、クミコのためじゃねぇ。あいつら皆のために演る。」

「永ちゃんか?嫌だぜ、俺。」

「いや、それでもねぇ。」

「なんだよ、じらすなよトシロー、何演るんだよ。」


「ジョニー・B・グッド!」





 






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