表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束  作者: 猿丸
23/23

最終章・約束

「最終章・約束」



文化祭は終った。

一つの山を乗り越えた俺に残ったものは、

充実感ではなく、虚脱感だった。


『何もやる気がしない。』


結局俺は、いつものようにお気に入りの場所で、

授業をサボって、タバコを吹かしながら空を眺めている。



朝、電車の中で、ノリユキから”クミコからの手紙”を受け取った。

その手紙は、クミコに似合わず実に女の子っぽく、

便箋の折り方が複雑で、開くのに少し手間取った。


『 トシローがこの手紙を読む頃は、私は東京の空の下です。

 逢うと辛くなるから、”サヨナラ”も言わないでいなくなる私を許してください。

 私は母親と暮らす事にしました。トシローが私の前に現れてくれたおかげで、

 田舎の暮らしも楽しく過ごせたけど、やっぱり母親を一人にはしたくなくて、

 東京へ帰ることにしました。

 でも、随分悩んだんだ。トシローに相談したら、何て言うだろうって考えたりして。

  

  始めて逢った時、何てふざけた奴だと思ったけど、気がつくとトシローは、

 いっぱい思い出をくれました。歌ってるトシロー。電話でのトシロー。私が淋

 しい時、バイクで来てくれたトシロー。超能力者のトシロー。そして、”田舎の

 ダサい最高のダンス”を教えてくれたトシロー。私の中はトシローとの思い出

 ばかりです。本当にありがとう。

 今度逢う時はいつになるんだろう。また逢えるのかな。頑張っていればきっと

 逢えるよね。こんな事書いてるけど、淋しくなって電話しちゃったら、

 いつものトシローでいてね。

 

 あの時の”約束”忘れないからね。 

 

 それでは、またいつか。


 親愛なるトシローさま

                               クミコ    

              

  

 P.S. あの娘と仲良くな!                        』     

                            


何ふざけた事言ってんだ!

こんな勝手な言い分あるか。

手紙には住所も電話番号も書かれちゃいない。

俺からは連絡するなって事だ。


それなのに・・・・自分が淋しくなったら電話しちゃうかもなんて、

あの約束は忘れないなんて・・・・。


俺の目から溢れそうな感情を抑えようと、

またタバコに火をつけた。


青い煙が目に染みた・・・・。



4時間目の授業を告げるチャイムが鳴った。


『もうすぐ昼飯か、昼になったら家に帰ろう・・・・。』


そんな事を考えながら、ボォーとしていた。


「コラ!また授業サボってるな!」

その声に”ハッ”とし、下を見ると、ヒロミが立っていた。

「早く椅子下ろしてよ!」

俺は急いで椅子を下ろし、ヒロミは慌てて上ってきた。


「お・お前、授業は?」

「サボっちゃった。」

「え〜、ヤバいんじゃないの?」

「誰のせいだと思ってんの?でも、気持ちいいね、こういうのって。

 言っとくけど、始めてサボったんだぞ。」

「俺のせい?」

「そう!だって朝はいたのに、それからずっといないんだもん。

 ねぇ、進路の事、ちゃんと決めたの?」

「あぁ、朝イチで佐川のとこ行って来た。」

「それで、どうするの?進学?就職?」

「どっちもしない。」

「え〜!じゃぁ、浪人ってこと??」

「いや、東京へ出て、バイトでもしながらバンド続ける。」

「でも、バンドは、進学や就職しても続けられるじゃない。」

「俺は、音楽がやりたいんだ、自分が満足するまで。

 だから、親のスネはかじりたくないし、時間の拘束もされたくないんだ。」

「で・でも、先生や親は何て言ったの?」

「親は、好きにしろって、もう諦めてるって。

 佐川は、お前らしいなって。羨ましいとも言ったぞ。」

「そんなぁ〜、変だよ、そんなの。ミュージシャンに本当になれると思ってるの?」

「結果はどうでもいいんだ。満足するまでやってみたいんだ。」

「もっと真面目に・・・・。」


「俺には・・・・やりたい事我慢して、

 何となく進学したり就職する方が、不真面目に感じるんだ。」


ヒロミは”ハァー”とため息を吐いた。


「ゴメンな、心配してくれてたのに。」

「ううん。」


ヒロミは首を横に振った。



「ねぇ、・・・・あの綺麗な人、やっぱり彼女だったんだね。」

「いや、ついさっきフラれた・・・・。」

「えっ?」

「黙って東京へ帰っちゃったよ。」

「ふ〜ん、それでイジけてサボってるんだ。」

「・・・・違うさ。こうなるの、解ってたんだ。

 サボってるのは、いつもの事だろ。」

「ふ〜ん・・・・。」 

 

急に不穏な空気に包まれたような気分になった。


「実はね・・・・。」


しばらくの沈黙を、淡々とした表情でヒロミが破った。


「後夜祭、出ないで帰っちゃったでしょ。あの後の事、何か聞いてる?」

「誰から?」

「やっぱ知らないんだ。あの後ね、キョウ君が私の所に来て、

 後夜祭の最中、ずっと話してたんだ。」

「キョウが?なんだって?」

「”あれには色々な事情があるんだ”って、”だから気にしないでくれ”って。

  それから・・・・。」

「それから?」

「・・・・言えない。」


ヒロミは恥ずかしそうにうつむいた。


『キョウの奴・・・・余計なことしやがって・・・・。』


「昨日は、朝からカオリに呼び出されて・・・・。」

「えっ、カオリも?」

「うん、せっかくの休みなのに朝8時に電話が来て、駅前の喫茶店でお昼まで。」

「・・・・それで何だって?」

「キョウ君と同じような事・・・・。」

「マジかよ・・・・。まさか、ヨージもなんて事ないよねぇ。」

「ううん。私、ヨージ君に言われてここへ来たんだよ。」

「あ〜??ヨージが、授業サボれって言ったのか?」

「ううん。キッカケはそうだけど、私が決めて来た。」

「で、ヨージはなんと・・・・?」

「”きっといつものところでイジけてるから”って、すごく真剣に・・・・。」

「あいつら〜!」

「みんな、心配してくれてんだから、怒っちゃダメでしょ。」

「・・・・うん。」


『あいつら、余計な真似しやがって。何話したんだ一体。』


俺がヒロミにベタ惚れだって事、バラしちまいやがったに違いない。


どんな顔して良いのか、どんな態度をして良いのか、

恥ずかしさとか、責任感とか、色々な物が入り混じって、

俺は動揺しまくりだった。


「みんなの話、色々聞いて思ったんだけど、

 私が一番、何も解ってなかったのかなって、

 一番解ってるつもりだったのに・・・・。」

「いや、一番解ってるさ。いつかの電話で、俺に”強くなれ”って言っただろ。

 俺は強がっているけど、本当は”情けねぇ弱虫”だってこと、

 バレちまってるんだなって思ったもん。」


ヒロミは少し笑って俯いたが、

すぐにジッと俺の目を見て言った。


「ねぇ、私たち、ずっとこういう感じでいられるかなぁ。

 お互いに彼氏や彼女が出来ても・・・・。」

「う〜ん・・・・。」


少し悩んだ。

今更、何を言っても始まらないのは解っていたし、

でも、適当に話を合わせるのは違うと感じた。


「・・・・勝手な言い分だけどさ、

 もし、ヒロミに彼氏が出来たら、こういう感じじゃいられないよ。」

「どうして?」

「多分、気が狂っちゃうよ、俺。・・・・だってお前の事・・・・」


「このままの方がいいよ!」


”好きだから”と言いかけた時、

ヒロミはその言葉を遮るように言った。 


「・・・・そうか、そうだな。」

「うん、そうだよ。」


俺だってこんな事言うつもりじゃなかったんだ。

思わず口走ってしまっただけだ。

でも、本当はずっと、ずぅ〜と言いたかった言葉だった。

だけど、やっぱり言える訳がない。

言ってはいけないんだ。


「ねぇ、約束して。」

「約束?」

「そう、約束。」

「どんな?」

「私たちが大人になって、もし離れ離れになったとしても、

 お互いの事は絶対に忘れないこと。時々は思い出すこと。

 特に、この夏の出来事は・・・・。」

「・・・・うん。約束するよ。」

「絶対だよ!約束!」


そう言ってヒロミは小指を差し出した。

俺はヒロミの小指に、自分の小指を絡めた。

そして、その小指を離したくないと思った。

離したら、ヒロミは遠くなってしまうような気がした。


最悪のタイミングで、

4時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。 


絡めた小指を引き離す鐘の音だった。


「あ〜、お腹空いた。じゃぁ、私行くね。」


ヒロミは椅子を下ろし、下に降りた。


「5時間目はサボっちゃだめだよ!トシロー君!!」

ヒロミはそう言うと、大きく背伸びをし、駆け足で行ってしまった。


『トシロー君か・・・・。』



俺は屋根の上に寝転び、タバコに火をつけた。


青い煙が空に溶けていく。



俺はこの夏、二人の女の子にフラれた。


でも、その二人の女の子と”約束”をした。


とても小さな”約束”だったけど、

とても大切な”約束”だ。



きっともうすぐ、あの”うるさい奴ら”が押し寄せてくるだろう。

”ああでもない、こうでもない”と、俺は説教を喰らう事になるだろう。


でも俺は、少しだけそれを心待ちにしている。



澄み切った青い空に、

大きな鳶が風に乗って、悠々と輪を描いている。

大きな羽を広げて、羽ばたきもせず、

風に身を任せて、悠々と・・・・。



『俺も少しは飛べたのかなぁ・・・・。』




                       完




 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ