第二十一章・文化祭の女神
「第二十一章・文化祭の女神」
俺たちが時間を押したために、
後片付けを終えると、もう5時近くになっていた。
グラウンドでは、”告白タイム”がきっと始まっているに違いない。
俺たちは焦り、特にヨージは「カオリに怒られる〜」と焦りまくり、
急いでグラウンドに向かった。
下駄箱で外履きに履き替え、玄関を出たところにノリユキが立ってた。
「おう!ノリユキ!今日はサンキュー!」
「ノリユキ、話したいけど、俺たち急いでるんだ。
また連絡する。打ち上げでもやろうぜ!」
ノリユキは、いつもと違って、少し硬い表情だった。
「トシロー、ちょっと話があるんだけど、すぐ済むから・・・・。」
「あっ、俺? いいよ。二人とも先行っててくれ。」
「あぁ、遅れるなよ。楽しみにしてんだから。」
そう言って、二人はグラウンドへ向かった。
「何だよ、話って。」
「あぁ、急いでるとこ悪いな。話そうか、やめようか迷ってたんだが、
やっぱ、トシローには話しといた方がいいと思って。」
「なんだよ、もったいぶらずに言ってくれ。」
「・・・・絶対、内緒だぞ。実は・・・・クミコがミナミ退学したんだ。」
「・・・・。」
ビックリして言葉が出なかった。
「いつ?」
「一昨日、退学届け出したって。東京に帰るらしいんだ。」
頭の中を、この間の夜のことが過ぎった。
『そうか、クミコは母親と暮らす事にしたのか。
でも、何で教えてくれなかったんだろう・・・・。』
「それで、いつ東京に帰るんだ?もう、いないのか?」
「いや、それは教えてくれなかった。
誰にも、何も言わないで消えたいから、絶対誰にも話すなって口止めされてる。」
「じゃぁ、何でお前はその事知ってるんだよ?」
「たまたま、校長室へ入って行く所を目撃したんだ。
だから出て来るの待って、問い詰めた。」
「そうか・・・・。今、クミコどうしてるんだ?来てないのか?」
「いや、ライブも後ろで見てたよ。
俺、何があったのか良く知らないけど、ここ最近、クミコの様子が変で、
気になってたんだ。そしたら退学だろ。何も話してくれないし・・・・。」
「・・・・それで、何で俺に話したんだ?」
「恥ずかしいけど・・・・俺、クミコに惚れてたんだ。マジで・・・・。
だから、いっつも見てたから、何となく解るんだけど、
クミコはトシローの事、好きだったんじゃないかと思うんだ。
トシローに逢った頃から、やたらお前のこと聞いてきたし・・・・。
その・・・・俺はバカだからうまく言えねぇけど、
クミコがお前を見る瞳は、明らかに違うし、
お前の話すると、何ていうか・・・・キラキラしてた。だから・・・・。」
俺の前で話すノリユキは、ミナミの番長になったノリユキではなく、
良く言えば純粋な、悪く言えば単細胞な、中学時代と同じノリユキだった。
「なぁ、トシロー、一生のお願いだ。クミコにいい思い出を残してやってくれ!
このまま東京じゃぁ、何か可哀想で・・・・。頼む・・・・。」
「・・・・お前、それでいいのか?お前の気持ちはどうなるんだ。
ノリユキこそ、このままで良いわけねぇだろ。」
「・・・・いや、俺はこのままで良い。
クミコがこの田舎に来て良かったと思ってくれればそれで良い。
そうじゃなきゃ、あいつは、この田舎の事忘れちまうに決まってる。
俺は高校卒業しても、この街に残るから、きっと、一生外に出る事はないから、
だからせめてクミコにはこの街の事、忘れて欲しくないんだ。
いい事が少しでも有ったら、思い出すだろ?!
そしたら、きっと俺のことも思い出してくれるかもしれないだろ?!
だから頼む!トシロー!!」
あまりに純粋なノリユキの思いに、自分が情けなくなった。
俺は最低だ。
ヒロミが好きなくせに、クミコを抱いた。
クミコを抱いたくせに、ヒロミとダンスを踊ろうとしてる・・・・。
ノリユキの真剣な目が俺の胸を締め付ける。
「で、ノリユキ、俺はどうすれば言いと思う?
クミコに何をしてあげればいいんだ?」
「何でもいいんだ。デートするとか、電話するとか、
何でもいいから、クミコを楽しませてやってくれ!」
「解った。考えとく。東京に帰るとしても、そんなにすぐじゃないだろ。」
「スマン・・・・トシロー。」
「いや、ノリユキ、お前カッコ良いな。さすが番長!男だぜ!」
ノリユキのボディに軽くパンチを入れ、俺はグラウンドへ向かった
俺は、ノリユキの男気にマジで感動した。
とても俺にはマネできない。
でも、どうしよう・・・・。
頭の中がまたグチャグチャになった。
「おーい、トシロー!こっちこっち!」
キョウとヨージがグラウンドの脇にある鉄棒のところにいた。
そこまで小走りに行き、腰をおろした。
グラウンドでは何組かのカップルがダンスを踊っている。
もう五時だというのに、今年はまだ盛り上がりに欠けているようだ。
「何か今年はショボいな。ヨージ達もチャンスを窺ってる。
トシロー、ヒロミはあそこ、カオリ達といる。
でも、今行ってもまだ盛り上がらないな。もうちょっと待て。」
キョウはすっかり解説者だ。
ヨージは隣ですっかり緊張しまくっている。
そして、カオリからの合図を待っているようだ。
「おい、キョウ、お楽しみのとこ悪いんだけどさ、ちょっと相談に乗ってくれ。」
「なんだよ、この期に及んでまだ迷ってんのか?」
「良いからチョットこっち来てくれ!」
俺は、鉄棒から少し離れた桜の木の下までキョウを引っ張って行き、
今までの経緯を話した。
さすがのキョウも目を真ん丸くして驚いた。
「・・・・マジかよ。クミコと何かあるとは薄々感じてたけど、
まさかヤッちゃってたとはなー。
なるほどー、”堕天使”が妙に真実味帯びてたはずだ。うん。
しかし、ノリユキは男だぜ。」
「おい、感心させるために話したんじゃないぞ!」
「解ってるって。選択は2つだ。今日、ヒロミと踊るか踊らないか。
もし踊れば、ヒロミはトシローの彼女になるだろうけど、
このことはいずれクミコの耳にも入る。そしたら、クミコは傷つく。
もし踊らなかったら、ヒロミも、クミコも傷つきはしないし、
クミコは東京へ帰っちゃうわけだから、その後、ヒロミと上手くやれる。
ただ、ヒロミに関しては今がチャンスだと思う。
今回を逃したら、もしかしたら、もうチャンスはやって来ねぇかも知れないぜ。
多分、ヒロミの中でも、決着を望んでるはずさ。
そうじゃなきゃ、あの性格でステージまで花持ってきやしねえよ。」
「・・・・う〜ん。」
「トシロー、はっきり言っちゃうけど、クミコのことは仕方ないさ。
クミコは頭がキレるから、薄々感じてると思う。
お前が自分の事、好きじゃないってな。
確かに、少しは傷つくかもしれないけど、あいつなら解ってくれるさ。
それより、俺には、二年半のお前の思いのほうが重く感じるけどな。
俺は、トシローのそういう”クミコの気持ち”を考えるところ好きだけど、
逆に優柔不断でもあるよ、時によっては。
それは、両方を傷つける事になると思う。
だから、悪い事言わねぇからヒロミと踊るんだ。なっ! 」
「俺がグズグズしていたツケが一気に周ってきちゃったんだ。
全部俺のせいさ。だから、今日、全てをハッキリさせたいと思ってた。
っていうか、ノリユキの話聞くまでは、ヒロミを誘うって決めてたんだ。
・・・・もう時間ないけど、もう少しだけ考えるよ。」
「あぁ、好きにすれば良いさ。自分の人生だもんな。
でも、もう一つだけ言わせてくれ。
たまには自分の幸せを選べよ。素直になれよ。」
「あぁ。」
そして二人でヨージの所へ帰った。
ヨージの緊張はそれどころではなく、俺たちがいなくなったのも、
また、帰ってきたのも気が付いていない。
「おっ、随分人が増えてきたじゃん。これから動き出すぞ。
ホラッ、テツオがいった。あー、テツオフラれた。
あの娘は競争率高いぜ、身の程知らずが・・・・。
あっ、テルが動いた。あいつ、誰誘う気なんだろ。」
キョウの切り替えは早く、もう解説者に逆戻りしていた。
「おっ!テルの奴、彼女3人いるくせに、カオリのとこ行く気だぜ!
あいつ、まだカオリの事好きなのか・・・・。
ヨージと付き合ってるとも知らずに、バカだなぁ・・・・。
あっ、やっぱ行った。カオリに何か喋ってる。
あっ、断られた。ザマーミロってんだ。おい、ヨージ、そろそろ合図来るぞ。
準備は良いか!それにしても今年はカップル少ないねぇ。」
確かに今年はカップルが少ない。
誰もが知ってるようなカップルばかりで、7組しかいない。
「ヨージ、今年は目立つぜぇ〜!気合入れて頑張れよ!」
キョウがそう言ったと同時に、カオリからの合図が出た。
「おっ、合図だぞ、ヨージ!!」
「ヨージ頑張れよ!!」
「うん・・・・。」
ヨージは緊張しながら、カオリのところまで歩いていき、
手を差し出した。
カオリはヨージの手を掴んで起き上がり、
二人はグラウンドの中央へと進んでいった。
周りのどよめきは、次第に拍手へと変わっていった。
「よしっ!やったぜヨージ!!
トシロー、見ろ、見ろ!あのテルの悔しそうな顔!!」
キョウはとても興奮している・・・・。
「おい、キョウ、やけに興奮してない?いつもらしくないぜ・・・・。」
「これが興奮せずにいられるかってんだ。
トシロー、最高のシュチュエーションだぜ!
今年の”文化祭の女神”は、完全にお前に微笑んでるとしか思えねぇ。」
「そ・そうかな・・・・。」
「そうさ!ライブは大成功!!今年の文化祭の主役だぜ、松竹梅は。
そのボーカルのお前が、告白タイムに動いたら、全校生徒の注目の的さ。
そして相手がヒロミと来たら、もう、興奮の坩堝だ。
ヒロミ、結構”静かな人気”有るんだぜ。
あぁ、いいなぁ、トシローは。
そういう星の元に生まれてるんだなきっと・・・・。」
「あっ、キョウ、サチ、サチが動いた。あっ、下級生だぞ!あいつ。」
「上手くいったみたいだ・・・・。よかったなぁ、サチ。」
「えっ、少しくらい動揺しないの?」
「全然。」
「ウソ・・・・。少しくらい嫌な気分だろ?」
「もう、ガキには興味ないんだ。」
「マジで?」
「あぁ、全然。」
自分を捨てた元彼女に、新しい彼氏が出来た瞬間を目撃したと言うのに、
少しも動揺せず、祝福をしているキョウは凄いと思った。
いや、それだけお姉さんと充実した日々を送ってるって事だろう。
それがとても羨ましかった。
「よ〜し、俺も腹を括って頑張ってみるぜ。」
「おう、トシロー、いいタイミングだ。行って来い。
グラウンドの真中を通って行けよ。目立つように。」
「あぁ、そのつもりさ。」
俺は真っ直ぐにヒロミを見つめた。
グラウンドの反対側にいるので、表情は良く見えないが、
心なしか、俺の方を見ている気がした。
『よ〜し、やったるわい!!』
そう決意を固め、キョウをもう一度見たとき、
校門の傍に、ミナミの団体がこっちを見ているのに気がついた。
ノリユキやノブ達だ。
奴らは、この告白タイムや、後夜祭には出られないから、
もう帰るところだ。
「おい、キョウ、ノリユキ達、帰るみたいだ。
まだ時間少し有るから、挨拶してくる。お礼くらい言わないとな。」
「それもそうだな。俺も行く。」
俺たちは手を振りながら、ノリユキ達、ミナミの軍団の方へ走っていった。
「おう、皆、今日はありがとうな。」
「いや〜、トシロー君、キョウ君も、カッコよかったっす!
でも〜、スポット当てられたときはどうなるかと思いましたよ〜。」
「いやいや、ノブの踊りがなかったら、あそこまで盛り上がらなかったよ〜。
さすが次期番長!」
「次期番長はやめてくださいよ〜、キョウ君。」
「いや、俺の中では来年の番長はノブしかいないね。」
キョウがノブをからかっている時、
俺は後ろの方で知らん顔しているクミコを見つけた。
真っ赤なブラウス、真っ赤なタイトスカート、
真っ赤な靴下、そして真っ赤なパンプス、
そう、全身真っ赤だが、妙に落ち着いて見える。
そして真っ赤な口紅が、大人びて見えた。
なぜだか、俺と目を合わせようとせず、
グラウンドの方をずっと見ている。
「おい、クミコ、どうだった?俺たちの演奏。」
「べつに・・・・良かったんじゃねぇのか。」
「どうしたんだよ、素っ気ねぇなぁ。もっと率直な感想言ってくれよ。」
「べつに、いつもと変わんねぇよ。」
様子がかなりおかしい。
俺はクミコを、ミナミの軍団から少し離れたところへ誘った。
そして、奴らには聞こえないくらいの声で話し掛けた。
「なぁ、クミコ、コーラ飲みたい。」
「さっき、ファンタ飲んでただろ。だからねぇーよ。」
『なんだ、クミコはヤキモチを焼いていたのか。』
クミコが可愛く思えた。
俺はおどけて言った。
「いや、ある!そのバッグの中に入ってるコーラをよこせぇ。」
「ねぇって言ってんだろ。」
「いや、ある!俺は超能力あるんだ!!」
「ふざけんな。あってもやらねぇ。」
「ほら、やっぱあるじゃねぇーか。う〜、喉がカラカラだぁ〜。」
「ったく、バカじゃねぇーのか!」
そういいながら、クミコは俺の苦しそうな表情に苦笑いし、
「仕方ないなぁ」と言いながらバッグからコーラを取り出した。
受け取ったコーラは、もう温くなっていた。
きっと、ライブが終わったらすぐに俺に渡そうと、
俺たちが一度引っ込んだ時にでも買ってきたんだろう。
そう思ったら、なぜか悲しくなって、
俺は、温いコーラを一気に飲み干した。
「あ〜、うめぇ。」
「無理すんな。もう、温くなっちゃってるからうまくねぇさ。」
「いや、今まで飲んだ飲み物の中で一番うめぇ。」
「バカ!」
クミコはそう言い、下を向いた。
その刹那、グラウンドにダイスケの声が響いた。
「さぁ、皆さん、後15分で告白タイムも終了です。
そのあとは、いよいよ後夜祭です。
校舎に残っている生徒は、急いでグラウンドへ集まってください。」
「トシロー、俺たち帰るぜ、またな。」
ノリユキの号令で、ミナミの軍団が歩き出した。
クミコも、何か言いたげな表情で俺を見たが、
何も言わないで、歩き出した。
俺は、クミコの後姿を見送りながら、
もう二度とクミコに逢えないような気がした・・・・。
”文化祭の女神”は、なんて意地悪なんだ・・・・。