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約束  作者: 猿丸
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第二章・四面楚歌

「第二章・四面楚歌」



今日は卒業式。

明日から春休みだ。毎日バンドの練習だ。

溜まりに溜まった”フラストレーション”を発散するには、

シャウトしまくるしかない。

だいたい一ヶ月近くも練習してなかった事自体、

俺には考えられない事だった。


朝から張り切って、休み中に教室を借りる手続きをすまし、

五月の”新入生歓迎ライブ”に向け、

練習のプログラムも、メンバー分作り終えた。


卒業式を適当にやり過ごし、

メンバー全員が待つ部室のドアを開けた。


もう皆揃っている。


「あれ?ヨージ、何でお前までここにいるんだ?」

「いいだろ!マネージャーみたいなもんなんだからぁ。」

「マネージャーだったら客集めろ!暇なだけだろ!!

 まぁいい。今日の俺は機嫌がいいもんねぇ〜!

 さぁ、みんな!待ちに待った春休みだ!

 練習のプログラム作ってあるよ。」


「あのさぁ、トシロー、チョットその前に話しあるんだけど・・・・。」


ドラムのコウイチが切り出した。

コウイチは、春休みまで練習は出来ないと言い出した張本人だ。

イヤ〜な予感・・・・。


「実は、俺・・・・バンド抜けたいんだけど・・・・。」

「えっ?」

何となく予感はあった。驚いたフリをしただけだ。

練習を休止する前も、何かと理由をつけては遅れてきたり、

休んだりしがちだったし、演奏もノリが悪く、リズムはモタリっぱなしだった。


「ずっと前から考えてたんだ。

 俺、大学行きたいし、家、金ないから私立は無理だし、勉強しないと・・・・。

本当はもっと早く言い出そうと思ってたけど、

トシロー、ずっと機嫌悪いし、ホントゴメン!」


コウイチはうつむいたまま、俺の返事を待っているかのようだった。

俺は、キョウの方を見た。キョウは俺の顔を見、そして頷いた。


「わかってたさ。良いよ、良いよ。ドラムは一年にヘルプ頼むさ。

 それより悪かったな、今まで付き合ってくれて。」


こんな時の備えに、一年のバンドのドラマーには、

ヘルプの了解をコッソリ取っていた。(半分脅したが・・・・。)

バンドを結成する時、ドラムやる奴がいなくて、

コウイチを唆してドラムをやらせたのは俺だった。

初めは嫌々だったけど、コウイチは一生懸命練習をしてくれた。

これ以上、引き止める権利なんてなかった。


「実はさぁ・・・・。」

今度はベースのテツオが話し始めた。

「俺も辞めたいんだ。」

「えっ?」

今度はマジに驚いた。


「なんでー!どうした?何か有ったのか??」

俺より先にキョウが切り出した。

ヨージも、コウイチもビックリしている。


「いやさぁ、この間の面接で先生と話してさぁ、影響受けたっていうかさぁ、

 親父とも話したんだけどさぁ、このままで良いのかって考えてさぁ、

 三年になったら真面目になろうかなぁって・・・・。」


「真面目ってなんだよ!真面目にバンドやってんじゃないか!」


「いやさぁ、タバコも止めたいし、帰りも早く帰ってさぁ、

 彼女も欲しいし・・・・。」

「タバコ止めるのと、彼女がいないのと、バンドは関係ないだろ!

 大体早く帰って何すんだよ!テレビでも見るのか?」


「そうだよ、テツオ!辞めんなよ!」

コウイチまでも止めに入っている。

だが、俺と、ヨージは大体のことは理解した。


去年の夏、俺と、ヨージと、テツオの三人は、

担任にタバコを吸っているところを見つかり呼び出された。

三人で説教されている時、

テツオはなんと泣き出したのだ。

「オヤジには内緒にしてください。」と哀願したのだ。

その姿が余りにも惨めで、俺たちも一生懸命誤り倒し、

何とか黙認してもらったのだった。


テツオは父親が怖いのだ・・・・。

その父親が何か言ったに違いない。


そして、テツオには好きな娘がいた。

テツオとその娘は家が同じ方角で、バスで通っていた。

今回練習が休止になり、テツオが、その娘や他の奴らと何人かで、

とても楽しそうに帰っていくのを俺たちは目撃していた。


「キョウ、もういいよ。・・・・テツオ、解った!」

「よくない!どうすんだよバンドは!!」

いつもはクールなキョウが、マジに怒っている。

「テツオ、コウイチ、もういいから帰れ!」

「うん・・・ホント、ゴメン。」

コウイチがテツオを引っ張って部室を出て行った。


二人が退散した後も、キョウの怒りは収まらない。

「どうすんだよ!トシローと二人でフォークデュオでもやんのかよ!」

「でもさぁ、やる気のない奴、無理やり演らせててもダメだろ。

 あいつらはもうダメだ。」


「ハァー・・・・。」

三人でため息をついた。


ひょんな事から、あっけなくも、二年間続いた俺たちのバンド、

”ローリング・クレイドルズ”は解散した・・・・。


静寂の部室、タバコの煙が充満した中、

キョウが冷静さを取り戻す代わりに、

俺の落ち込みは増していった。


「クソッ!大体、勉強は家ですんだろ!ドラムは家じゃ練習できねーから、

 あいつ家に帰れば勉強三昧じゃねーか。勉強するからって理由は嘘だな。

 女だな、女!でも、だいたい、あいつに女が出来たのも、

 バンドやってたからじゃねーか。

 

 それにしてもムカつくのはテツオだ。

 何を騙されたか、教師と一回話したくらいで影響受けるなってんだ。

 一教師が一生徒をどれだけ心配するかってんだ!

 それに、いい歳して親父が怖いって、なんなんだよ!

 なんでも相談してんじゃねーのか?女の口説き方とかよー!

 あいつは全部、自分で決めてると思ってるけど、全部、人に決めてもらってる。

 自分って者が無いんだ。 そのくせ目立ちたがりやだからまいるぜ〜。

 それで・・・」


「とりあえず俺に任せてくれ。」


キョウが俺の愚痴を遮った。


「任せてくれって、どうすんだよ。」

「今日から一週間、トシローはおとなしくしててくれ。」

「あっ?」

「他のメンバー探したり、そういうの無し。一週間でいいから。」

「キョウ!なんかいい事思いついたようだな!トシロー、任せちゃえよ。」


任せるも何も、これからの事なんて何も考えられなかった。

俺のストレスは発散できずに内に篭ったのだ。

イライラが鬱に変わった。こめかみの辺りが重ーく感じる。


「まぁ、いいけど・・・・。ハァー・・・・帰る・・・・。」


二人を先において部室を出た。

絶望感ってのがどんどん俺の頭を支配していく。

『どうすりゃいいんだ・・・・。』


下駄箱で靴を履き替え外を向くと、

校門に人影が見える。

『ヒ・ヒロミだぁ〜!あ〜話聞いてもらおう。癒してもらおう〜。』

一瞬で目の前が明るくなった気がした。

わざと靴をバタバタさせて履きながら玄関を出た。


ヒロミは背を向けて、誰かと話している。

俺は戸惑い、足を止めた。

話している相手は、卒業生のアキラだった。

アキラは、テニス部の部長だった男だ。

真面目な男で、高校に入ってからテニスを初め、

大して運動神経もよくないのに、努力して県大会で優勝した立派な男だった。


近寄りがたい雰囲気だった。

引き返そうと思ったとき、アキラが俺に気付き、ヒロミに言った。

「ありがとう。元気でな。ヒロミ・・・・。」

そしてもう一度、俺の方をチラッと見、帰っていった。


ヒロミはアキラの後姿をしばらく見送っていたが、

突然振り返り、うつむいたまま、固まって動けない俺の横を走り去っていった。


あんなヒロミは始めて見た。

いつもニコニコと話し掛けてくるヒロミ。

いつもハキハキと元気なヒロミ。

いつも思わせ振りなヒロミ。


なのに、あの後姿はとても小さく、とてもか弱く、とても女だった・・・・。


しかも、俺の存在に気付いているのか、いないのか・・・・。

気付いているなら、余りに情けなく、

気付いていないなら、余りに淋しい・・・・。



「トシロー、チョット待てよー!一緒に帰ろーぜ。」


ヨージとキョウが追いついた。


「いま、ヒロミとすれ違ったけど、なんか言ったろ?

 八つ当たりしたろ?泣いてたぞ。」


『泣いてた・・・・。』


「いや、俺じゃない・・・・。」


どうすることも出来ない虚無感に襲われ、

そう言うのが精一杯だった。







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