第十六章・クミコ
「第十六章・クミコ」
その夜は、良い気分で、早々に風呂にも入り、
今日の練習のテープを聞きながら、
新曲「Waggner」のカッティングを練習した。
「ジ・リ・リ・リン」
突然、電話のベルが呼んだ。
「ハイ、もしもし。」
「・・・・。」
「もしもし?」
「・・・・トシロー。」
「クミコか?どうした?」
いつものクミコと様子が違う。
胸騒ぎがした。
「おい、どうした?」
「・・・・ちょっと、来てくれないか・・・・。」
「来てくれって、東京にか?」
「ううん。今日帰ってきたんだ。」
「そうか、それで、どうしたんだよ!」
「もう遅いから来れねぇーか・・・・。」
「いや、わかった、何とかして行くからちょっと待ってろ!」
何だか全然解らなかったが、ただ事じゃない気がした。
慌てて服に着替えて、家を出た。
駅に向かいながら、考えた。
もう電車は終わっちゃってる。タクシーか。
でも、そんなに金持ってねぇーし・・・・。
途中の公衆電話で、ノリユキに連絡した。
「おう、トシロー、どうしたんだ?こんな遅くに。」
「ノリユキ、悪いが何も聞かないでバイク貸してくれ。」
「何だいきなり。とりあえず家にこいよ。」
「わかった。」
ノリユキの家まで走っていった。
ノリユキは、外に出て待っていてくれてた。
「すまん、いきなりで。」
「おう、何だかわかんねぇけど、ただ事じゃなさそうだから、いいよ。
好きに使えよ。」
「すまん。」
ノリユキから、鍵と、ヘルメットを受け取り、俺はエンジンをかけた。
「トシロー、おまわりには気をつけろよ。」
「ああ。」
そう言って俺は走り出した。
クミコの住む隣町まで約10キロ。
もちろん免許なんて持っていない。
運転は、ノリユキ達と何度か遊んだ事があるので問題なかった。
ただ、ノリユキの言うように警察だけが大問題だ。
もし捕まったら、確実に謹慎。
文化祭どころじゃない。皆に迷惑がかかる。
『落ち着け、落ち着け。』と言い聞かせながら、
夜の国道をぶっ飛ばした。
クミコの家の近くまで来て気がついた。
俺はクミコの家を知らない。
多分、ここら辺としかわからない。
一軒一軒、表札を見て周るわけにも行かないし、
仕方なく、公衆電話から、電話をした。
「プルルルル・プルルルル」
『頼む、出てくれ。』
コールが10回を過ぎた辺りで、ようやく、出た。
「ハイ。」
とても小さな声だった。
「おい、クミコ、俺だ。今近くまで来てるんだけど、
お前の家が解らねぇ。教えろ。」
「・・・・ホントに来たのか・・・・。」
「おい、ホントってなんだよ!心配してんだぞ!
バイクぶっ飛ばしてきたんだぞ!」
「ゴメン。今、外に出るから・・・・。」
俺は受話器を置くと、バイクのエンジンを切って、
何件かある社宅の傍まで、バイクを押していった。
暗闇の中、一軒の家の玄関が開き、クミコらしき女が出てきた。
俺は、その家に向かって歩いた。
クミコは俺を見つけると立ち止まってこっちを見ている。
すぐ近くまで来た時、何も言わず背中を向け、家へ入っていった。
俺もバイクを止め、玄関に入った。
「上がってこいよ。」
「ああ。」
靴を脱ぎ、家の中へ足を踏み入れた。
小奇麗に片付けられていて、都会の雰囲気がした。
「トシロー、こっちだ。」
クミコの部屋へ案内された。
「おい、どうしたんだよいったい。」
「もう、いいんだ。そんなことより、のど渇いてねぇか?」
そう言ってビールを差し出した。
部屋のテーブルにはビールの空き缶が転がっている。
「なんだ、酔っ払ってるのか?」
「あぁ、酔っ払ってるよ。悪いか?センコーみたいな事言うなよ。」
「親父さんは?」
「まだ東京。」
「ふーん。ちょっと一服して言いか?あせってきたから、ちょっと落ち着かせろ。」
そう言って許可を得ないままタバコに火をつけた。
「心配させやがって。何事かと思ったら酔ってただけか。
まったく、せっかくバイク借りてすっ飛んできたのによぉ・・・・。」
「悪かったな・・・・。」
「もういいよ。これ吸ったら帰るからな。」
「帰るなよ。今夜は泊まっていけよ。」
「な、何言うんだ。泊まっていけるわけねぇーだろ。」
大胆な発言にビックリした俺は、タバコを消し、立ち上がった。
「せっかく来たんだから、ビールくらい付き合えよ。
今夜は宴会にしよーぜ。」
クミコはドアを塞ぐように立ち上がっていった。
『帰るの面倒だし、何もしなければいいかな。』
と一瞬考えた矢先、ヒロミの顔が頭に浮かんだ。
「い・いや、ダ・ダメだ。帰る。」
クミコを振り切ろうとしたとき、
クミコがいきなり抱きついてきた。
俺は足を取られ、ベッドに座るような体勢になり、
クミコは床に膝を立て、俺の胸に顔をうずめていた。
「頼む・・・・居てくれ・・・・。」
クミコを離そうと肩に手を置いたとき、
その肩が小さく震えているのに気がついた。
『泣いてるのか・・・・?』
「どうした、クミコらしくねぇぞ。
解った。今夜は泊めてもらうよ。もう、何も聞かないから・・・・、
だから安心して、好きなだけ泣け・・・・。」
そういって、クミコの肩を抱きしめた。
クミコには、やはり何かが起きていた。
そして、クミコは俺に助けを求めてきてくれた。
俺を頼りにしてくれたのだ。
今まで、こんなに自分の事を必要にしてくれた奴がいただろうか。
胸が一杯になった。
クミコは泣き続けた。
あの、クールを気取った、大人びたクミコだって、
同じ歳、そう、17か、18歳なんだ。
嫌な事があったら、泣く事だってあるだろうし、
淋しい気持ちにもなるさ。
しばらく同じ体勢のままで居た。
クミコも少し落ち着いてきたようだ。
「なぁ、クミコ、新曲聴かないか?テープ持ってきたんだ。」
急いで家を出るとき、それでもと思って、
ポケットに入れた練習のテープを取り出して見せた。
胸から離したクミコの目は、真っ赤だった。
恥ずかしいのだろうか、クミコはうつむいたまま頷いた。
アンプのスイッチを入れ、カセットデッキでテープを再生した。
クミコはベッドに上がり、壁にもたれていた。
「ビール貰うぞ。」
俺は、ビールと、灰皿を持って、クミコの隣に座った。
”堕天使”と、”Waggner”が流れる。
クミコは、俺の肩に頭をもたげ、聴いていた。
「もう一回聴かせろ。」
少しは、いつものクミコに戻ったようだ。
「ハイハイ。」
俺もおどけてテープを巻き戻し、また再生した。
「立ったついでに、冷蔵庫からコーラ持って来て。」
「ビールは?」
「もうビールはいい、コーラ。勝手に開けていいから。」
「ハイハイ、まったく、甘えてんだか、威張ってんだか。」
台所に行き、冷蔵庫を開けた。
ビールと、コーラと、わずかな調味料しか入っていない冷蔵庫。
東京に行ってたんだから仕方ないけど、どこか淋しさを感じた。
部屋に戻り、コーラを渡し、またクミコの横へ座った。
「どうだ?」
「前のオリジナルより凝って来たな。いい感じだよ。アレンジもいいし。」
「どっちの方が良い?」
「どっちも良いけど、私は後の方が良いな。詞が良い。」
ドキッとした。
クミコの事を歌った唄をヒロミが良いと言い、
ヒロミの事を歌った唄をクミコが良いと言う。
作り手としてはとても残念なような気もするが、
詞に対しての感じ方が違うのだろうか?
複雑な心境だった。
「ところで、ジェームス・ディーンのポスター、貼ってねぇじゃねーか。
超能力、外れてたのか・・・・。」
「いや、あの日、トシローにバカにされたから取ったんだ。」
そういって、クスッと笑った。
「フッ、そうか、やっぱ貼ってたんだ。ところで、始めて見たよ。」
「なにを?」
「スッピンでジャージ姿のクミコ!」
「バ・バカヤロ・・・・変か?」
「いや、とっても似合ってるよ。」
「バカにしやがって。」
「いやほんと、いつもより若く見える。年下みたいだ。」
スッピンのクミコの顔はあどけなく、
泣いたためか、少しむくんでいて、それが妙に可愛く思えた。
何とかいつも通りの会話だなと思った矢先、
クミコはまた真剣な表情になった。
「実はさ・・・・。」
「・・・・うん。・・・・どうした?」
「親父とお袋、離婚するんだ。」
俺は絶句した。
俺の家でも確かに両親は仲が悪いけど、
”離婚”は現実的ではなかった。
T.V.の中の話のようだ。
「東京に居た時から仲が悪かったんだ。
親父は帰らない日も多かったし・・・・。そしたら突然の転勤だ。
何か事情はあると思っていたけど、どうも同じ会社の人らしいんだ。
今でも時々、知らない女の人から電話が来たりしてたんだ。
でもまさか、離婚するとは思わなかった・・・・。」
「・・・・実感沸かねぇから上手く言えねぇけど、確かにショックだよな・・・。
でも、来年の今ごろはもう、俺たちは一人で暮らすんだ。
もしかしたらそれからずっと、一人かも知れねぇ・・・・。
慰めになってねぇか・・・・。ごめん。」
クミコは首を横に振っただけで、
俺の首に手を回してきた。
俺はクミコを抱きしめた。
クミコの体は、とても華奢に思えた。
やけに冷静だった。
冷静だったもんだから、よけいな事が頭をよぎる。
『俺は鬼畜かぁ!クミコが大変な時に何考えてんだ!!』
と自分を戒めたが、クミコの息が首筋に掛かるたび、
くすぐったいような、気持ち良いようなで、
しかもクミコの胸は、俺の胸で押し潰されてるわけで・・・・。
俺のちん、いや、その・・・・下半身は・・・・。
クミコに気付かれないように枕を股間に置いたが、それがいけなかった。
「トシロー、どうしたんだ?」
「ベ・べつに・・・・なんでもねぇ。」
クミコは腕を振り解き、俺の顔を覗き込み、視線を枕に移した。
クスッと笑ったかと思うと、また抱き付いてきて言った。
「起っちゃったのか?」
「起つわけねぇだろ!な・何言ってんだ。」
「私、超能力あるんだ。ホントの事言ってみろ。」
「ホントだ。お前に超能力はねぇ!」
「ウソつき・・・・。」
そう言ったかと思うと、急に顔を近づけて、
俺の唇にクミコは唇を重ねた。
ただ、心臓の音だけが、部屋中に響いてた。
クミコは、おでこをくっつけて言った。
「トシローのファーストキス奪っちゃった・・・・。」
「おかわり・・・・。」
俺はクミコを押し倒し、あとはもう、無我夢中だった。
頭の中が真っ白になっていくようだった。
一体、何時間が過ぎたのだろう。
俺はタバコに火をつけた。
クミコは指先で俺の胸をなぞりながら言った。
「ねぇ、トシロー、もし私が家出するって言ったらどうする?」
「俺もついてこっかな。」
「・・・・。」
「何だよ、ついてっちゃダメ?」
「ううん。トシロー、やさしすぎて嫌いになりそう・・・・。」
「どう言う意味?なんで?」
「ううん・・・・。」
そう言ってクミコは俺の腕の中に顔を埋めて目を閉じた。
俺もクミコを抱きしめながら眠った・・・・。