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約束  作者: 猿丸
15/23

第十五章・Waggner

「第十五章・Waggner」



夏休みに入り、8月も半ばに差し掛かった。


田舎の夏は短く、

夏休みも7月下旬から、8月20日近辺までと昔から決まっている。

それからわずか2週間後に文化祭があるので、

多くの生徒達は夏休みの大半を、文化祭の準備に充てている。


俺たちも例外ではなく、

今年の夏休みは、補習とバンド練習に明け暮れる毎日だった。

合宿は”近所迷惑になる”という一方的な見解で許可されず、

仕方なく、補習が終わるお昼から夕方まで、毎日練習にした。


計算高いキョウは、文化祭に向け、曲順を考え、構成を考え、

コマーシャルを考えた。


コマーシャルは、田舎者にとって、余りにセンセーショナルであった。


夏休み前に、

デザイン画とタイプライターを使い、やたらロックぽいチラシを自ら作り、

お姉さんのいる美容室を初めとする、若者が集まりそうな店や、

公民館、等に貼ってもらった。


町中にチラシが溢れた。


「”キタ校”始まって以来の伝説的ロックバンド”松竹梅”」


のキャッチフレ―ズが、恥ずかしかったが、

注目を集めている手応えだけは充分に有った。


とはいえ、このコマーシャルは、

キョウよりも、お姉さんの力によるところであるのだが・・・・。



「おい、トシロー、オリジナル、まだ書けないのか?」

「スマン。何かイマイチ言葉が浮かんでこないんだ。」


メロディーは完璧だった。

詞の方は、なんとなく出来上がっているのだが、

肝心なサビは何も書けていない。

しかも最悪な事に、この曲はサビから始まるのだった。

完全にお手上げ状態だった。


「早くしねぇと間に合わねぇぞ。どうしてももう一曲オリジナルは必要なんだ。

 出来なかったら、予定が全部狂うからな。

 それと、アンコール曲をどうするかだ・・・・。」

「解ってるよ。そうせっつくなよ!」


今回はアンコール曲も用意する。


ただ、その曲が一番大事だ。

盛り上げるだけ盛り上げて、最後にコケれば、今までの苦労は水の泡だ。

その逆で、もし盛り上がらなくても、最後の曲がよければ、

印象はかなり挽回できる。

ライブは、”終わり良ければすべて良し”だと思っている。

俺たちは、慎重になりすぎて、今だ決まっていない。


演奏する曲は全部で8曲、一曲五分計算で四十分。

準備やらで、二十分の余裕は見ておくという、

緻密なキョウの計算だった。


「それより、トシロー、ヒロミとはどうなったんだよ。進展あったのか?」

「なんだよ、いきなり!別に変わんねぇよ。

 ちぇ!良いよなぁ、二人とも”この世の春”だもんなぁ・・・。」

「その状態を書けばいいじゃん。無理にラブソングにしなくても。」


ヨージの言葉に、頭の中の白い霧が一瞬にして晴れた気分だった。


「おい、キョウ、チョットひらめいた。アコギ(アコースティックギター)持て。

 悪いがヨージは、今回休みだ。」


そういって、俺もアコギを持ち、弾いてみた。

「フラメンコ風にリフ入れてくれ!」


「おいおい、全然違った感じですごくいいぞ〜。」

ヨージが頷きながら笑った。


何回も、何回も、繰り返し弾いた。

そうする事でハミングに当てはまる言葉も、

キョウのリフも決まってくる。


「おい、チョット時間くれ!完璧に詞が浮かんだ。」


そして・・・・ようやく残りのオリジナル曲が完成した。



「Waggner」


まるで安いB級映画の世界さ

歯車が一つまた一つ

答えなんて求めちゃダメなのさ

流れ流され何処までも・・・・


ただ一粒の雨がホコリまみれの頬を濡らす

二人はまだ幼すぎて 行き先さえ知らない

人ゴミに身を任せ 時間だけが過ぎてく


まるで安いB級映画の世界さ

歯車が一つまた一つ

答えなんて求めちゃダメなのさ

流れ流され何処までも・・・・


交わす言葉もなく 乾いた瞳の中の

おとぎ話のような夢なんていらない

一人砂漠の中の宝探しみたいさ


まるで安いB級映画の世界さ

歯車が一つまた一つ

答えなんて求めちゃダメなのさ

流れ流され何処までも・・・・




「トシロー、お前はやっぱり天才だ!」

「ヘ、ヘッ、そ・そうかなー。」

「うん。ヒロミとのグズグズした様が上手く書けてるねぇ。」

「てめぇ、誉めてんのか、貶してんのか!」

「いや、誉めてんだよ。」

「あぁ、”堕天使”と詞の内容がまったく正反対ってのがいい。」

「えっ・・・・?」


キョウに言われるまで気がつかなかった。


ヒロミとの気持ちを書いたこの曲と、

クミコとの気持ちを書いた”堕天使”とは、

まるっきり言ってる事が正反対だ。


「よし、忘れねぇうちに練習だ。」


「こんちは。」

「あれ、カオリ!」

「チョット練習見てっていい?」


カオリが廊下からすまなそうに聞いた。


「ヨージの彼女なら良いに決まってるだろ!入れよ!」

俺はご機嫌でそう答えた。

「もう一人いるんだけど・・・・。」

「えっ?」

ヒロミが顔を覗かせた。

「トシローの彼女なら良いに決まってるだろ!入れよ!」

キョウが俺のマネをして、ニヤニヤしながら答えた。

「おい!キョウ!」


「差し入れ持って来たよ。」

そう言って二人はお菓子とジュースを差し出した。

もちろん、ファンタオレンジも。


暑苦しい教室での練習が、急に涼しくなった気がした。

やっぱ、女の子がいると違うな。

空気がキラキラしてていい感じだ。


「あんまりダラダラしてても・・・・。」とキョウが言い出し、

本当はもっと雑談していたかったが、練習する事になった。


ヒロミの前では初めての演奏だ。


「それじゃぁ、せっかくお客もいるので、今、出来たばかりのオリジナルと、

 先日出来たばかりのオリジナルを中心にやろう。」

「まだ上手くないけど、率直な感想頼むね。」


初めに”堕天使”を演った。

カオリも、ヒロミも静かに聴いていた。


続けて、”Waggner”。

今、本当に今出来上がったばかりの歌だ。

ヒロミは何て言うんだろう。

そんなことを気にしながら唄った。


「どうだった?」

「すごいねー、二曲ともオリジナルなんでしょ?自分たちで作ったんでしょ?」

「うん。」

「二曲目は、どうしてドラムないの?」

カオリがふて腐れたように言った。

「いや、俺は今年から始めたんで、飛ばしすぎて体がもたなくなっちゃうから、

 休憩できて助かってんだ。」

「そうなの?それなら仕方ないけど。」

「おいおい、アツアツじゃないか君たち〜。ところで、感想聞きたいんだけど。」

「感想といってもねぇ・・・・良かったとしかいえないもん。」

「ホント、いい曲だなーって思ったよ。」


この二人に感想を求めても、仕方ないのかもしれなかった。

やはり、こういうのはクミコじゃないと・・・・。

あいつなら、”ズバッ”とした感想を言うんだろうなぁ。


「んじゃぁさ、どっちの方が良かった?」


そう質問しながら、内心ドキドキだった。

ヒロミとの関係を歌っている事がバレてるんじゃないかと。


「私は最初の方。だって、ドラム入ってないんだもん、二曲目。」

カオリの感想なんてこんなもんだ。

「んで、ヒロミは?」

「どっちもいいけど・・・・私も最初の方かな。」

「なんで?」

「詞が好き。」

「ふ〜ん。」


キョウとヨージがニヤニヤしている。

「さぁ、もっと練習、練習!」と言って誤魔化すのに精一杯だった。


結局二人は最後まで聞いていてくれた。

機材を片付け、学校を出た。

キョウはいつも通り、反対側の坂を降り、

町へ・・・・お姉さんのところへ向かった。

俺と、ヨージと、カオリと、ヒロミで駅までの坂を下った。


無論、ヨージとカオリは俺たちの後ろを仲良く歩き、

俺はヒロミと肩を並べて歩いた。


昼間の暑さが嘘のように涼しくなり、

夕焼けがとても赤く、綺麗だった。


「もう、夏も終わっちゃうね。」

「うん。早いよなー。」

「もうすぐ文化祭だね。頑張ってね、見に行くから。」

「うん。」


夕日に照らされたヒロミの横顔はとても綺麗で、

胸が”キュン”となった。

さっき書いた”Waggner”の詞が浮かんだ。


『答えなんて求めちゃダメなのさ 流れ流されどこまでも・・・・』


そうさ、このままで良いじゃないか、このままで・・・・。

気持ちなんて確かめなくても、ずっとこのまま”キュン”としてれば・・・・。












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