第十四章・閃き
「第十四章・閃き」
昨夜のことが有ったので、寝坊をしてしまい、
ヨージ達とも、顔を会わせ辛かったので、
授業をサボって、ずっと屋上にいた。
いつもなら、照りつける太陽で、
そんなに長くいられないのだが、
幸い曇り空だった。
時々強く吹きつける風が気持ち良かった。
昼飯を告げるチャイムが鳴った。
弁当はとうに食っちまったし、ここでの時間は満喫したし、
そろそろ家に帰ろうかと思った。
「トシロー、いるんだろ?」
下からヨージの声がした。
「なんだよ。」
顔を出すと、ヨージとカオリが上を見上げている。
「とりあえず、椅子おろしてくれよ。上がってくから。」
渋々と椅子を下ろし、ヨージとカオリが上がってきた。
「へぇ〜、こんなところに隠れてるんだ、いつも。」
カオリがニコニコと見回した。
「ヨージ、てめぇ、ここは、秘密なんじゃなかったのか?」
「なんだよ!自分だってヒロミに教えてたくせに!」
「あれは偶然バレちまったんだ!」
「フ〜ン、どうだかねぇ。」
「何!」
「チョット、ケンカしに来たんじゃないでしょ、ヨージ君!」
「だってさぁ・・・・。」
「トシロー君、昨日はゴメンナサイ。私達、調子に乗ってたかも。」
「・・・・別に怒ってないよ・・・・。」
「え〜、でも昨日はあんなに怒って帰ったじゃない。
私、あれから反省したんだ。」
「いや・・・・俺の方こそ悪かったよ・・・・。」
「ホラ!カオリ、言った通りだろ!トシローはあんな事で怒んないんだ。
怒ってたのは何か別に有ったんだ。
・・・・俺たちが居ない時、ヒロミと何か有ったに決まってるって。」
「そうなの?トシロー君。」
さすがヨージだ。伊達に付き合いが長くねぇ。
でも二人の格好の話題提供者にはなりたくなかった。
「いや、別に何もないさ。」
「正直に言って!!」
「カ・カオリ・・・・。」
カオリは、ヨージもビックリするほど、真剣な目つきで俺を睨んだ。
「私が昨日ヒロミを呼んだのは、別に私たちのカモフラージュに
なってもらう為じゃないんだよ。本当だよ。
私は本気でヒロミとトシロー君が付き合えば良いなって思ってるから。」
あまりの迫力に、俺はヨージの顔を見た。
ヨージはそれを受けてカオリに言った。
「おい、カオリ、どうしたんだよ、急に・・・・。」
「ヨージ君だって言ってたよね。
”トシロー君はああ見えても臆病だから、絶対自分から告白しない”って。
でも、私達四人で遊びに行ったりしたら楽しいだろうなって。」
「おい、ヨージ、誰が臆病だって!?」
「な・な・なんだよ!ホントの事だろ!
いっつもウジウジして、一年の頃からずっ〜とチャンス逃して、
俺や、キョウが絶対大丈夫だって言ってんのに・・・・。
このまま卒業するつもりかよ!!」
なぜだかヨージも興奮して、その二人の迫力に、
俺は完全に呑まれてしまった。
「解った。解ったからそんなに興奮すんなよ、二人とも・・・・。
誰か下に来たらバレちゃうだろ!もっと冷静に話そうぜ・・・・。」
二人は顔を見合し、カオリから切り出してきた。
「ねぇ、ハッキリさせときたいんだけど、トシロー君は、ヒロミのこと好きだよね。
付き合いたいと思っているよね。」
「・・・・・。」
率直な質問が恥ずかしく、頷くだけが精一杯だった。
「私はヒロミと付き合いが長いから、良く知ってるけど、
トシロー君は全然ヒロミのタイプじゃないよ。」
「えっ・・・・。」
「おい、カオリ・・・・。」
「話は最後まで聞く!」
「ハイ。」
「はい。」
「ヒロミは、スポーツマンで、真面目で、さわやかな人がタイプなの。」
「あの〜、段々落ち込むんですけど・・・・トシローが・・・・。」
「うるさい!ヨージ君は黙ってなさい!
いい、私が言いたいのは、これからなの。よく聞いて。
それなのにヒロミは、なぜトシロー君みたいな人と仲良いのかって
聞いたことがあるの。そしたら、何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
「解らないって。」
ヨージと二人で”ガクッ”とした。
「解らないけど、何か気になるんだって。話してると楽しいって。
今までそんなこと一度も言った事ないんだよ、ヒロミは。
私はビックリして好きなのって聞いたら、”まだ解んない”って。
いい?!ヒロミが”まだ解んない”って言ったって事は充分”好き”なのよ。
あの娘、絶対そんなこと言わないもん。」
「そうか〜!やったな!トシロー!!」
「いや、チョット待って・・・・。」
俺はカオリの真剣な眼差しに、ついつい昨夜の事を話してしまった。
「・・・・トシロー君、あなたやっぱり馬鹿だわ。」
「うんうん、俺もそう思う。」
「なんでー。」
「ヒロミはトシロー君に引っ張ってもらいたかったんだと思うな。
確かに、アキラさんの事、好きだったかもしれない。
でも、それは憧れだったんじゃないかな。だって、タイプだもん。
アキラさんと、トシロー君の間で揺れ動いていた気持ちを、
強引にでも、自分の方へ引き寄せてもらいたかったって言う女心、
解らないの?だから強くなってって言ったんじゃないの!?」
「そうだったのかな・・・・。」
「おいおい、トシロー、マジでヒロミの事となると何も解らなくなるんだな。
人の事だとあれだけ分析できるのにさー。」
「う〜ん・・・・。でもさぁ・・・。」
「何怖がってるの。私が保証するから、
今度ヒロミに有ったら言っちゃいなさい。
付き合ってくれって。解った!」
「そうだよ、言っちゃえよ。もうすぐ文化祭だしよ〜。
みんなビックリさせようぜ。なっ!」
一年の頃から、皆は口を揃えて俺に言ってた。
「絶対大丈夫だ。」って。
でも、俺の中ではどうしても確信がなかったんだ。
時々やってくる難題は、大丈夫だって言う確信が有ったから乗り越えて来れた。
でも、ヒロミのことだけは、なぜか確信が持てなかった。
『口にしたら、大事な何かを失ってしまいそう』な気がいつもしてた。
「やま〜!」
急に下から声がした。ヒロミの声だ。
俺たち三人はビックリして固まった。
するともう一度、
「やま〜!居るんでしょ!」
仕方なく俺が顔を出した。
「ホラ、やっぱり来てたんだ。早く椅子下ろして!」
俺が椅子を下ろしているとき、ヨージが、続いてカオリが顔を出した。
「あれ〜、カオリも居たのか。私だけ仲間外れなの?!」
「いや、俺がせっかくのんびりしてたのに、勝手に上がってきやがって。」
「のんびりじゃない!ず〜とサボってたんでしょ。何話てたの?」
「イヤ別に・・・・。」
ヒロミは上ってきて、俺の隣に座った。
「あっ、私達、お昼食べてないから行くね。後は二人でお幸せに〜。」
「えっ?行っちゃうの?」
「うん、おなかすいたから、ゴメン、ヒロミ。
んじゃ、トシロー君、頑張って・・・・。」
ヨージは無言で俺の肩を叩いた。
そうして二人は降りて行ってしまった。
「昨日はゴメンね。」
「いや、俺の方こそ、ホントにごめん。」
ヒロミは首を振った。
「ねぇ、三人で何話してたの?」
「昨日俺が怒って帰っちゃったから、そのこと。」
「ふーん。ちゃんと謝った?」
「うん。・・・・なぁ、話し変わるけどさぁ・・・・。」
「何?」
「お前の好きなタイプって、スポーツマンなの?」
「うん。そうだよ。」
「ふ〜ん。んで、真面目でさわやかな奴がいいの?」
「うん。あー、カオリから聞いたんでしょ。」
「うん・・・・。」
「でも、なんで?」
「いや、別に。・・・・俺は汗掻くの嫌いだなぁ。真面目ってのもなぁ・・・・。」
「うん。知ってる。かったるいんでしょ。
授業もサボるし、タバコは吸うし、ホント真面目じゃないよね。」
ヒロミは笑いながら言った。
『言っちゃおうかなー、付き合ってくれって、言っちゃおうかなー。
でも、この話の流れじゃ変な感じだよなー。言えないよなー。』
ため息が出た。
「どうしたの?急に・・・・。」
「いやさぁ、俺は、お前の事、なーんにも知らないのかもしれないなぁ・・・・。
結構一緒に居るのにさ・・・・。」
「そうかなぁ、一番知っているかもよ。」
「そうかなぁ・・・・。」
中々チャンスが掴めない・・・・。
「ねぇ、そんなことよりさ、もうすぐ夏休みだね。」
「うん。」
「どうするの?夏休みは。」
「多分、いや、絶対、補習に引っかかるだろ、あとはバンド。」
「ねぇ、バンドなんだけど、合宿するの?」
「あぁ、近所迷惑にならない程度の練習プログラム組んで、
申請してみようと思ってる。」
「そうかー、楽しみが出来た!」
「ん?」
「合宿見に来るね。差し入れもって。」
「あぁ、頼むよ。」
「夏休みが終わって、文化祭で、そしたらいよいよ地獄の受験勉強か・・・・。
ねぇ、もう進路決めたの?」
「いや、全然。なんか、”パッ”としたひらめきがないんだ。」
「そんなの、ひらめきで決める事じゃないでしょ。」
「そうなんだけどさ、この間のライブ、主催したお兄さんが居てさ、
その人にうちのバンドに入らないかって誘われるし、
親や、親戚はコネがあるから役場に入れって言うし、
でも、いきなり仕事するって、実感湧かないんだよね。
そうかといって、大学や専門学校って将来どんな仕事したいかで入る所決めるだろ。
俺、自分がどんな仕事したいかなんて考えた事ないもん。
なんで普通科ってないんだろ。」
「将来、どんな仕事したいかって、おぼろげにでもないの?」
「うーん・・・・。プロレスラーか、ミュージシャン・・・・。」
「そう言うんじゃなくて、もっと現実的なのは?」
「ない。・・・・プロレスラーは体が小さいから無理として、
ミュージシャンは現実的じゃないかなぁ・・・・。」
「だから、それは”夢”って言うの。」
「そうか・・・・。」
「ともかく、文化祭が終わったら、ハッキリしなさいね。
午後の授業はちゃんと出る事!さぁ、降りよ!」
結局、肝心な事は言い出せないままだった。
でも、この時初めて自分の中に、
”ミュージシャン”という選択肢ができた。
”パッ”とした閃きだった。
でもそれを、ヒロミは”夢”と言い切った・・・・。