第十三章・嘘
「第十三章・嘘」
最悪な気分のまま部屋に着いた。
蒸し暑い部屋は、一層俺をイライラさせた。
一度灯りを点けたが、眩し過ぎるので消した。
こんな気分に合うレコードもなかった。
ベッドに寝転んでタバコを吸い込んだ。
少しだけ、落ち着くような気がした。
以前、ヒロミが俺に質問した答えが、少し解ったような気がした。
『タバコを吸うと、気分が少し落ち着くんだ・・・・。』
『ヘッ、今更こんな事がどうだって言うんだ。』
「ジ・リ・リ・リ・リン ジ・リ・リ・リ・リン」
暗闇にベルが鳴った。
『クミコか・・・・そういや、祭りにいなかったなぁ。』
「もしもし。」
「あの〜、夜分遅くにスミマセン。トシロー君お願いしたいんですけど・・・・。」
クミコじゃなかった。別の女の声だった。
随分小さな声で、オドオドした感じだ。
「俺ですけど・・・・。」
「・・・・ヒロミだけど・・・・。」
「・・・・。」
ドキッとした。
何を喋っていいか解らず、黙ったままだった。
「ねぇ、聞こえる?」
「うん。・・・・どうした?」
「さっきはごめん。怒って帰っちゃたから、謝ろうと思って。」
「・・・・別にお前に怒ったんじゃないよ。」
「それならいいけど・・・・じゃぁ、なんで?」
「・・・・自分に腹が立ったって言うか・・・・。」
「どうして?」
「・・・・。」
言える訳なかった。
ヒロミが自分の事好きじゃないのに気付いて、
惨めな気分になって、怒って帰ってきたなんて、
言える訳ない。
「言ってる事、よく解んないよ。何で?どうしたの?」
「上手く説明なんて出来ないよ。ただ・・・・。」
「ただ?」
「何ていうか・・・・お前、俺の気持ち、考えた事あるのか?」
「あるよ!いつも考えてるよ!だからこうして電話してるんでしょ!」
「じゃぁ、解るはずだろ。」
「・・・・。」
「何で俺が頭来たかとか、どんな気持ちになったかとか!」
「・・・・。」
”いつも考えてる”なんて良く言えたものだと思った。
「俺の事、好きでもないくせに、
思わせ振りな態度取りやがって、ドキドキさせやがって、
いつも考えてんのは俺の方だ。
お前はアキラの事、考えてるんだろ。」
と言ってしまいそうになった。
「・・・・ねぇ・・・・もっと、強くなってよ・・・・。」
ヒロミは泣いているようだった。
鼻をすすりながら、か細い声で言った。
「ヒロミ・・・・。俺は、強くないか?」
「・・・・。」
「強いって何だ?どうすれば強くなれるんだ?」
「・・・・。」
ヒロミはもう、言葉にならないくらい泣いている。
何を言っても、しゃくりあげるだけで、
でもきっと、受話器を耳に押し付けて、
俺の言葉を聞いてるように感じた時、
今までの苛立ちは嘘のように消え、我に帰った気がした。
『俺がヒロミを泣かしたんだ。
あの元気にいつも笑っているヒロミを、泣かせてるのは俺なんだ。』
「ヒロミ・・・・ごめん。俺が悪かったよ。
もう泣くなよ。もう怒ってないし、強くなるからさ。」
謝っているのに、ヒロミは、もっと泣き出してしまった。
まるで子供のように、声を出して。
それを押し殺すように、きっと、親に聞こえないように、
小さな声で、声を出して泣いた。
「ヒロミ。もう泣くなよ。ホント、俺が悪かったから。
お前の気持ち解ったから。」
「涙が・・・・止まらなくなっちゃったの・・・・。
ホントに・・・・悪いと思ってるなら・・・・この涙・・・・止めてよ。」
『お前は子供かぁ〜!何ムチャクチャなこといってんだ!!』
と叫びそうになったが、そんなこと言えるはずもなく、
こんな状況で、ギャグが浮かぶわけはなく・・・・。
「ヒロミ・・・・お前は、泣いている顔より・・・・・
笑ってる顔の方が・・・・か・か・か・かわいい・・・・よ・・・・。」
これまで、人に可愛いなんて言ったことがなく、
しかも相手がヒロミだったので、
恥ずかしくて、顔が熱くなった。
「・・・・ウソ。」
「ウソじゃないよ。俺はウソだけはつかない。」
「じゃぁ・・・私の気持ちも・・・ちゃんと解った?」
「う・うん。解ってるから、もう泣かないでくれよ。」
「・・・それだったら許してあげる。
・・・・遅くにゴメンね。じゃぁ、また、学校で・・・・。」
「うん。」
そう言ってヒロミは電話を切った。
随分呆気ない切り方だった。
それにしてもヒロミは何を考えているのか、また解らなくなった。
「ヒロミの気持ち、解ったから。」なんて、嘘をついてしまった・・・・。