第十章・堕天使のささやき
「第十章・堕天使のささやき」
終電車に間に合うように、駅までの道のりを早足で歩いた。
ヨージと、ノリユキと、ノブと、俺。
なんとも見栄えのしない男4人で、夜の町を歩いた。
「なぁ、ノリユキ、クミコって、いつもあんななのか?」
ヨージは自分だけ認めてもらえなかったのが、
気に食わなかったのだろうか・・・・。
「あぁ、いつもあんな感じで、あまり笑わない。」
「どうしてこんな田舎に引っ越してきたのか聞いたか?」
「聞いたけど、喋りたくないみたいだ。
でも、どうも親父さんと二人暮らしみたいなんだ。」
「へぇ〜、離婚とか・・・・。だからグレてんのか・・・・。」
「その辺はわかんねぇけど・・・・。」
「いや〜、クミコさんちに遊びに行ったっつー女から聞いたんすけど、
その親父さんも、帰りが遅かったり、居なかったりって話っす。」
「ふ〜ん、結局、家庭に原因ありのパターンか・・・・。」
一歩後ろを歩いていた俺は、
この会話を聞きながら、クミコのことを考えていた。
キョウがお姉さんの車で行ってしまった後の事だ。
「おい、俺たちも急がないと、終電行っちゃうぞ。」
「お〜い、ノブ、帰るぞ〜!!」
「先行っててくれ、タバコ買ってくる。すぐ追いつくから。」
自販機は駅と反対方向へ30Mくらい行ったところにあった。
タバコを買っていると、クミコと、ノブのダチ二人が歩いてきた。
「トシローさん、今夜は楽しかったッス、またよろしくお願いします。」
「ああ、ちゃんとクミコ送ってってくれな。」
「ハイ!」
「なぁ、私、トシローとちょっと話しあっから、先行ってて・・・・。」
ノブのダチは”えっ?”って顔をしたが、気を利かせるように歩いていった。
「何だよ、話って。」
「トシロー、電話番号教えろよ。今夜電話すっから。」
一瞬戸惑ったが、
「あぁ、いいよ。何時でもいいぞ。でも、あんまり遅いと寝ちゃうかも。」
そう言って、電話番号を教えた。
「うん。じゃぁ・・・・。」と言って、クミコはそっけなく行ってしまった。
『話って何かなー?まさか「付き合ってくれ」とは言わないだろうなー。
ヒロミのこともあるし、言われたらまずいよなー。
それより、相談事かなぁ・・・・。
いや、相談してくるようなタマじゃないしなぁ・・・・。』
少し嬉しかった。
周りの目を気にせず、クミコと話ができる。
「おい、トシロー!何ニヤニヤしてんだよ。」
ノリユキが振り返り声を掛けた。
「い・いや、別に・・・・。いや、キョウ、キョウの事考えてたんだ。」
「ホントだよなー、今頃何してんだか・・・・。ウッシッシッシ。」
「うらやましー!!」
上手く誤魔化す事が出来た。
皆考える事は一緒だ。
多感な男が4人も集まれば、自然とスケベな話に花が咲く・・・・。
「それにしてもキョウの奴・・・・いいなぁ・・・・。」
もう、キョウが振られた事なんて、とっくに忘れていた・・・・。
家に着き、シャワーだけ急いで浴びた。
考えてみたら、晩飯は食っていない。
カップラーメンにお湯を注ぎ、電話を俺の部屋に切り替え、
急いで部屋に入った。
ちなみに俺の部屋は、母屋からの離れにあった。
俺が音楽に目覚めてしまってから、
真夜中だろーが、何だろーが、でかい音でレコード聴いたり、
ギター弾きながら絶叫するのに”業を煮やした”親父が、
隣の畑に、何処かで貰ってきたプレハブを置き、
そこを俺の部屋にしたのだった。
母屋からは、中学の時、技術の時間に作ったインターホンと、
昔使っていた古い黒電話を、キョウに頼んで引き込んでもらっていた。
カップラーメンを食べながら、黒電話の前でクミコからのベルを待った。
電話を待つ時間というのは、何て長いんだろう。
ソワソワしながら、ギターを弾いてみたり、
ベースを弾いてみたり、レコードを駆けてはやめてみたりと、
落ち着かない時間だけが過ぎていく。
「ジ・リ・リ・リ・リン」
古臭い、ゆっくりとした”クミコからのベル”が鳴った。
「もしもし!」
「・・・・。」
「もしもし!クミコだろ!おせぇーよ。」
「・・・・随分早く出るからビックリした。今、良いか?」
「ずっと前から準備万端だぜ。飯喰ったし、シャワー浴びたし。
それより、お前こそ大丈夫なのか?こんなに遅くて・・・・。」
「家、今日、誰もいないんだ。」
「えっ?」
「今日だけじゃないんだ。週末はいつも一人だ。」
「なんで?」
「親父は週末になると東京に帰っから。」
「ふ〜ん。なぁ、言いたくなければ言わなくていいから、
根掘り葉掘り聞いていいか?」
「何を・・・・。」
「お前の事。」
「どうして?」
「どうしてかよく解んねぇけど、知ってた方がいいだろ。
気を使ったり、遠慮したり、変に勘ぐったりするの、ガラじゃねぇんだ。
それに、お前の事、一人位ちゃんと知ってる奴がいてもいいだろ!」
「・・・・確かに気を使われるのは嫌だな。
しょうがねぇーなー、何でも答えてやるか。」
そして俺はクミコを質問攻めにした。
クミコは東京で両親と暮らしていた。
兄貴がいるが、もう独り立ちしているらしい。
どういう訳か、父親が単身赴任することになって、
母親も仕事をしているし、家も持ち家で開けたくなかった。
父親は、自分で身の回りの事を出来ないので、
クミコが付いてくる事になったというのだ。
「でも、なんでグレてんだ?」
「別にぐれちゃいねぇーよ。」
「そうか?!そんならいいけどね。」
「トシロー、こういうカッコ嫌いか?」
「いや、似合ってればいいと思うよ。行き過ぎはみっともないけどね。」
「ノリユキの事か・・・・。」
「あぁ、田舎者は、最初ちょっとだけオシャレしてみるんだ。
たとえば髪。初めは少し髪を掻き揚げてみる。
それに慣れてくると、もう少し頑張ってリーゼントにしてみる。
またそれに慣れると、今度はパーマだ・・・・っていうように、
どんどん過激になっていった結果がノリユキだ。」
「ハハハ。」
「いや、ノリユキに限らずみんなそうさ。」
「なんか解る気がするよ。」
「でも、クミコ、つまんなくないか?こんな田舎で・・・・。」
「う〜ん・・・・。みんな悪いヤツラじゃないから上手くやっていけるけど、
話が合わないのがちょっとな・・・・。」
「何か解る気がする、俺も。」
「だから勇気出して、トシローの電話番号聞いたんだぞ。
トシローとは、なぜか話が合うから・・・・。」
『ふ〜ん、勇気出したのか・・・・。女の子っぽい事も言うんだなぁ・・・・。』
「そうか、いつでも電話しろよ。
考えてみたら、学校違うし、連絡取れないもんね、俺たち・・・・。」
「ったく、今頃気付いたのか?」
「そう言う訳じゃないけどさ・・・・。
こんな田舎者、相手にしてくれないと思ってさ。」
「よく言うよ、自信満々なくせに。まぁいいか・・・・。」
そしてクミコの電話番号をメモした。
その後も、少し話をして電話を切った。
電話を切るとき、クミコは意味深な事を言った。
「トシロー、彼女いるのか?」
一瞬ヒロミの顔が浮かんだ。
赤い傘を回しているヒロミが・・・・。
でも、ヒロミは彼女ではない。
それに、俺はまだ、アキラとの一件を引きずっていた。
「いや、いない。」
「この間の娘、彼女じゃないんだ。」
「ああ。」
「ふーん、そうか・・・・。」
『まさか、”好き”とか言うのかな・・・・。』と少しドキドキしたが、
「んじゃ、遠慮なく電話するぞ、じゃーな!」
と言っただけだった。
『なんだ・・・・それだけか・・・・。』
電話を切ってから、しばらく考えた。
『クミコはきっと、ああ言ってても淋しいんだろうな。
そりゃそうだよな。週末は一人っきりで、特別仲の良い友達もいないし、
それに、言わなかったけど、家庭の事情も複雑そうだし。
そうじゃなきゃ、あんなにクールな表情なわけないもんな・・・・。
”箸が転んでも可笑しい年頃”って言うもんな。
それなのに、あんなに落ち着いてて、あんまり笑わないって言うし、
う〜ん、きっと何かあるな・・・・。』
その日以来、俺たちは、時々夜中に電話で話すようになった。
学校の話や、音楽の話、時々言い争いにもなるけど、
クミコは俺の気持ちや、考えを、一番解ってくれる存在のような気がした。
ただ、どうしても、ヒロミと話すときのような”ドキドキ”はなかった。
それが残念な気もしていた。
そしてある夜、俺は作りかけのバラードを完成させた。
4ビートの渋〜い曲になった。
JAZZ風の大人っぽさが、クミコにはピッタリだと自我自賛した。
「堕天使のささやき」
天使たちが囁いた”幸せ”なんて 嘘っぱちさ
ロクな事などありゃしねぇ 落ちていくだけさ
流れに任せて渡ってる奴等は 案外良いかもしれないけど
上手く泳げない不器用な俺は どうすりゃいいのさ
気が狂いそうに耐えられない夜は
なぜか君の声が聞きたくて 眠らせておくれよ
いつか君が知らない誰かといなくなるまで・・・・
君の肩に降りかかる 天使たちの気まぐれは
素顔のままの無邪気な君を 大人に変えた
いつも調子よく笑ってる奴等は 今夜も我者顔で
知ってか知らずか俺たちを また傷つけていく
この風向きは変えられないけれど
誰にも悪く言わせたりしないさ 信じておくれよ
いつか君がやさしい笑顔を取り戻す日まで・・・・
それでも夜に耐え切れない時は
誰も知らない どこか遠くまで一緒に出かけよう
天使たちの囁きに耳を傾けて・・・・