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「ま、まってくれ、三人ともっ」


 四人の最後尾をつとめるエルクが事務棟へ転がり込んだとき、先を行くアルマがエントランスで急停止した。その背にぶつかりそうになり、エルクは慌てて足を止めた。


「どうしたんだい?」という質問には、エントランスから二階へ繋がる階段にずらりと居並ぶジンジャークッキーマンたちが答えた。人ほどの大きさの彼らは手に手に飴細工の剣を携え、アルマたちへと構えている。その額には先ほどのゴーレムと同じ文字があった。


「多いな……」


 と呟くヴィルを、アルマが突き飛ばした。同時にひゅっと空を切る音がして、彼がいた場所に剣がなぎ払われた。


「大丈夫っ?」

「――じゃない、避けろ、アルマ!」


 アルマの後ろへジンジャークッキーマンが飛び降りてきていた。驚いてたたらを踏む彼女の目の前で、横から飛んできた小型爆弾が炸裂する。


「――きゃっ」


 砕けたクッキーが降り注ぎ、アルマは慌てて後ろへさがった。

 剣を振り回して追撃するクッキーマンへ、アルマの背後から太めの腕がぬっと伸びた。

 その手に持った絵筆の先には、真っ黒なカシスジャムがのっている。

 絵筆がクッキーマンの額にある文字を二本の線で消した。

 するとクッキーマンはへなへなと倒れ込み、元のクッキーに戻ってしまった。

 その筆の持ち主――エルクがにこりと笑って、自慢げに告げた。


「『盛れないのなら、塗りつぶせ大作戦』ってのはどうだい、アルマ」

「すごい、お兄ちゃ――きゃっ」


 けれどその笑顔にこたえるより早く、次のジンジャークッキーマンが襲いかかってきた。鼻先をかすめる飴細工の剣に、アルマは目を白黒させながら後ろへ下がる。

 そこへ部屋の奥から更なるジンジャークッキーマンたちが集まってきて、アルマたちを丸く取り囲んでしまった。

 エルクはささっとクッキーマンの額に絵の具を塗りつけながら、苦々しく笑う。


「……絵筆一本じゃ、この数は無理みたいだね」

「うう、どうしよう、お兄ちゃん」


アルマがエルクの服の袖をつかんだとき、パッと兄が身を翻した。

そのまま腕をエルクに捕まれて、アルマは引きずりこまれるようにエントランスわきの小部屋へと逃げこんだ。


「な、なに!?」

「落ち着いて、アルマ。ちょっと冷静に考えよう。クッキーにも何か弱点があるはずだ。何か思い出せないかい?」

「でもあんな量、どうすれば……」


 と、その小部屋に簡易キッチンがついているのを見つけたアルマは、だっと駆けよった。


「飴細工は熱に弱いけど……クッキーなら……」


 ぼそりと呟く二人の元へ同じく駆け込んできたヴィルとテオが叫ぶ。


「んなとこ入るな、囲まれてるぞ!」

「早く来い、こっちだ!」


 が、顔を出した二人はすぐにその首をひっこめた。アルマの向けたホースがものすごい勢いで大量の水を噴きだしたからだ。


「さあ、かかってらっしゃい、お菓子さん!」


 彼女は勢いよく扉を開けて、エントランスに集うジンジャーマンへ水をふりかけた。手持ちのアイヒマンシュガーを溶かした砂糖水だ。通常の水では効かないだろうが、練甘術師の端くれのアルマが合成した砂糖水ならば話は別だろう。ジンジャーマンたちはすぐにふやけてしまい、ぐずぐずになって崩れ落ちた。


「さーあ、振りまくわよー!」

「あ、アルマ……待ってくれ」


 逃げ惑うジンジャーマンへいっそ楽しげに砂糖水を撒くアルマとは対称的に、キッチンの奥でエルクがヒーヒーとポンプを押していた。

 一通り倒し終え、アルマとエルクは額の汗をぬぐって一息ついた。


「お疲れさま、あらかた終わったか」


 エントランスの階段の上にヴィルがいた。


「あれ、二人とも、どこ行ってたの?」

「他の部屋を調べてたんだ。この棟の人間は全員倒れているみたいだった。テロの薬をかけて回ったから、しばらくすればエリクシールが溜まって目を覚ますだろうが……体型だけはどうしようもないな」


 呼吸困難になる者がいないといいが、と肩をすくめるヴィルへ向かって、アルマが階段を上っていく。


「クララちゃんもいた?」

「いや。社長室だけ鍵がかかっていたんだが、そこにいるのかもしれないな……」


 そっか、と頷く間もなく、廊下の奥からテオの悲鳴が響いた。


「ぎゃー! 助けろばかヴィル――!!」

「アルマ、あれ!」


 エルクの指さす方向を見れば、廊下の最奥に何か白いぷよぷよとしたものに踏まれているテオがいた。一見白壁のようなそれは、肥大化したマシュマロのようだった。その周りには先程のジンジャークッキーマンを手ほどのサイズにしたゴーレムがたくさんいて、小さな剣でテオをつついている。


「痛え! いていていてぇ!」

「テオ!」


 とっさにヴィルとエルクがテオへ駆け寄った。


「あ、ちょっと待ってて!」と、二人とは対照的に、アルマは階段を駆け下りていった。


 それすら気づかない様子で、ヴィルとエルクはテオの両手を引っ張る。


「ぎゃー、ちぎれる!」

「なにやってんだ、ばかっ」

「お前に言われて社長室の鍵開けをやってたんだろうが! 開いた途端にコレが押し寄せてきたんだよッ!」

「ケンカは後でしてくれないかい、せーのっ」


 ずるん、とテオがマシュマロの下からずり出てきたとき、アルマが先程の部屋から火のついた薪を持って帰ってきた。


「マシュマロには、火!」


 熱く燃えた薪をずぷんとマシュマロへ差しこむ。するとマシュマロはぷくりとふくれはじめ、どんどんとふくらんで、しばらくしたところでパチンと弾け、どろりとした中身をばらまいた。

 辺りにいたミニジンジャーマンはそれを被って見えなくなった。しばらくはマシュマロだった液体の下でうごめいていたが、やがて動きを止めた。

 エルクにすがりつくような形でマシュマロ液を回避したテオが青ざめながら呟く。


「アルマちゃん、かっこいー……」


 白壁のようだったマシュマロが溶けきると、開いた社長室の扉が見えてきた。すると、バニラの甘い匂いが漂ってきて、扉の向こうにぬいぐるみを抱えたまま真っ青になって立ち尽くすクララがいた。


「クララちゃん、無事だったんだ!」


 思わず駆け寄ろうとするのを、エルクの大きな手が止めた。彼は青ざめて譫言のように呻く。


「あれがクララちゃん? そんなばかな……」

「やはり、知った顔か?」


 ヴィルが小さくささやいた。


「ほんの数回見ただけだけど……間違いない、九年前に死んだ子だ!」

「なんなんですの、あなた方!」


 エルクが断定した瞬間に、クララは子供の姿に似合わない大声を出した。


「勝手に押し入ってきたと思ったら、警備のクッキーちゃんたちをあんなにして! ああ、あなた方がテロリストだったのですわね! すぐに警察を呼びます、必ず捕まっていただきますわ!」

「警察が来られないことは了承済みだろう、クララとやら」


 ヴィルが鋭い視線でクララを射貫いた。それにおびえたのか、少女はいっそうかたくなにぬいぐるみを抱きしめた。


「な、なぜですのっ、ま、まさかあなた方が――」

「違う。これだけ大規模にエリクシールを抜いたのだから、警察が機能しないことなどとっくに分かってるだろうと言ったんだ。今すぐ術式を解除して、エリクシールを住人たちに返してもらおうか」

「何のことだかさっぱりわかりませんわっ。お父様、お父様!」


 クララが狂ったように父を呼ぶと、社長室の奥の椅子がゆっくりと動き、振り返った。そこに座っていたのは五十過ぎと思われる壮年の男性だった。彼はおっくうそうな動きで立ち上がり、ふらりとよろけながら娘へと近づいていった。彼もエリクシールをずいぶんと抜かれているようだ。

 不調そうな父親の様子など意に介さず、クララは彼に駆けよってその腕をとった。


「お父様、このテロリストどもが、わたしが死んでいるなどという嘘を吹聴していますわ! きっとこの騒ぎに乗じて、わたしを殺すつもりなんですわ!」


 突然の発言にアルマが「えっ!」と短く声をあげる。エルクも目を丸くして首を振ったが、クララには通じていないようだった。

 社長が何事かを呟いて軽く腕を振ると、部屋から続く小部屋からまたもや大きなマシュマロのボールのようなものが出てきて、アルマたちを取り囲んだ。


「ち、違います、誤解です! テロリストかといえば――テロリストですけど、わたしたち、クララちゃんを殺そうだなんて思ってません!」

「嘘よ! わたしはこの耳ではっきり聞きましたのよ! わたしが死んだなんて嘘を!!」

「そっちこそ嘘つくんじゃねぇよこのクソガキが!」


 テオは怒りにまかせてヴィルの薬瓶を奪い、父娘に向かって投げつけた。


「――きゃっ」

「クララ!」


 社長が空中で払いのけるも、口の開いた瓶からは緑のどろりとした薬がこぼれ、二人へ降りかかる。社長がとっさにクララをかばい、一瞬で茶色のスーツがはち切れんばかりの姿になった。

 一方、腕に薬を被ったクララは、ジュワッという音とともに煙が上がり――。


「!?」

「ばかな、腕が――」

「い、いやあああああああああああ!!」


 ぼとん、と二の腕から先が、落ちた。

 耳をつんざくような絶叫をあげ、クララが父親を払いのけた。長い悲鳴の後、荒い息をついてギロリとアルマたちを睨む。


「よくも――よくもやってくれたわね、小僧ども!」


 別人のようなしゃがれ声で言うが早いか、クララは倒れこんだ巨大な社長のわき腹を蹴り飛ばし、舌打ちした。


「まったく使えない男! もう少しだというのに!」


 そしてなりふり構わず走り出し、アルマを突き飛ばして扉の外へと駆けていった。

 少女とは思えないほど素早い身動きに、その場の一同はひとりも対処できなかった。


「――い、いたぁ……」


 床に転がったアルマが起き上がる。


「大丈夫かい、アルマ。怪我は?」

「ないけど……。クララちゃんは一体……?」


 エルクに助けられて立ち上がったアルマは、間髪入れずヴィルに差し出された、もげた片腕に悲鳴を上げた。


「――ぎゃあっ」

「これを見ろ、アルマ」


 と、その断面を見せつけられる。


「な、そんな腕なんてさわっ――――え。どういうことなのこれは!」


 恐ろしさも忘れ、食い入るように腕の断面を見つめる。

 肉と骨が見えるはずの断面には、バニラの香りがするスポンジ生地がみっしりと詰まっていたのだ。


「スポンジの腕ってことは――クララちゃんは――」

「そう、菓子人形……ゴーレムなのだ」


 床に転がっていた社長がはじめて話しかけてきた。彼は大きくなったお腹を押さえ、むくりと上体をおこす。


「あれは本当の娘ではない。本当の娘は九年前、竈の中に落ちて死んだ。だが数年後、その竈の中から生まれてきたのがあの娘だった……」


 愛していたのだがな、と社長は呟いて、寂しそうに壁にかかった絵を見た。両親と満面の笑みのクララが一緒に描かれた大きな絵だ。


「あれの言う通りエリクシールを集めれば、本当の娘が帰ってくるのでは、という期待が捨てられなかった。本当はとうに悪しきものだと気づいていたのに……」

「エリクシールを集めるだけじゃ死者蘇生はできないはずだが」

「あの竈には不思議な力がある。あの子も何の術もなしにある日突然、竈から生まれてきたのだ。だから、あの子の言うことを信じてしまった――いつか、本当の娘が蘇る、と」

「その結果が『アイヒマンシュガー』か」


 テオに詰られると、社長はこくりと頷き、丸い体を小さくして床に手をついた。


「すまなかった。君たちテロリストが現実を突きつけてくれてもなお、夢を見続けていたかったのだ」


 しんと辺りが静まりかえり、四人は困ったように互いに目配せした。

 アルマが社長の前にしゃがみ込み、手を差し出した。


「顔を上げてください、おじさん。今はそれどころじゃありません。一刻も早くエリクシールを戻さないと、国中が大変なことになります。それに、わたしの師匠も」

「巨匠フリーダの弟子か……」


「その件は後で聞きますが」とヴィルが丁寧に前置きして、アルマと一緒に社長を助けおこした。

「その竈とは工場のものですね? 一体どんなものなんですか?」

「わたしが若い頃にこの地で見つけた竈だ。あの頃はまだこの国もなく、小さな森だった。わたしは難民で、外の地獄のような世界をさまよっていたんだ」

「それは何年前ですか」


 社長はしばらく考え込み、遠い記憶を探るように答えた。


「三十五年ほど前だったか。それ以前のこの街の歴史は、すべて嘘だ」

「嘘!? そんな……」

「三十五年前に突然できた幻の国、ね。外の情報とぴったり一致するな」


 絶句するアルマやエルクとは反対に、テオが腕を組んでにやりと笑った。

 ヴィルは真剣に頷き、社長へ問いかける。


「エリクシールを奪われると記憶が曖昧になることはご存じですか?」

「ああ。わたしたちは難民の子供を集めてエリクシールを抜き取り、外での辛い記憶を忘れさせてきた。なにしろ、エリクシールを竈へ送ると、ほとんど無限に砂糖を生み出し続けるからな」

「無限に? 材料もなく?」と、アルマが素っ頓狂な声をあげた。


 社長が重々しく頷く。


「ああ、本当だ」

「じゃあその竈が術式の中心だな。ならさ、今からちょっと行って、ぶっ壊しちまえばいいんじゃねぇ?」


 テオのいかにも悪巧みを考えていそうな声に、社長の顔色が変わった。


「だめだ! あの竈の火が消えると――」

「すべての練甘製品がただの菓子に戻ってしまう、ですね?」


 消え入った語尾をヴィルが拾った。


「…………その通りだ」


 社長は何かを諦めたような表情で頷いた。


「街の外では、ここの製品は元のお菓子に戻ってしまう。それは竈の力が届かなくなるからだ。だから決して竈を壊してはならない!」

「こんな異常な夢の国をそのままにしておけと? それこそあってはならないことだと思いますが」


 ヴィルにきつい語調でいさめられ、社長は二重顎になった顔をゆがませた。


「そんな、破滅だ。この国を滅亡させるつもりか! 君たちは――そうか、テロリストだったな。この国を滅ぼすつもりなんだろう!」

「逆ですよ。おれたちはこの国を救うために派遣された、錬金術師協会の者です」


 社長が目を見開き、分厚い唇をぽかりと開いた。


「錬金術師……本物か?」

「本物なんて滅多にいませんよ。おれたちは科学技術学派に近いものですが」


 生真面目に告げ、ヴィルは社長に背を向ける。テオが開きっぱなしの扉をこんこんと叩いた。


「行くぞ、ヴィル。こんなおっさんに構ってなんかいられねぇ。さっさと竈をぶち壊しにいくぞ」

「待ってくれ!」


 叫んだ瞬間、社長は突然むせかえり、ゴホゴホと咳をした。

 扉からでた四人は顔を見合わせる。エルクが気遣わしげに社長を振り返った。


「ごめん、僕はこの人を手当てしたい。数ヶ月前の自分を見ているみたいなんだ」

「わかった。お兄ちゃん、気をつけてね」


 こくりと頷くアルマを、ヴィルが見下ろした。


「アルマもここにいたほうがいいんじゃないか?」

「ううん、行く。師匠を助けるって決めたんだもの。それに練甘術師見習いとして、この砂糖の件、逃げちゃいけないと思うの」


 エルクと別れ、三人は裏手の工場へと急いだ。

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