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「これを溶かして……その間に……うん、そう。…………で、こうして……あれを……」

「待て、お嬢ちゃん。そこで一旦火を止めて、粗熱を取らないと――」


 ボムッという低い爆発音がした。


「ぎゃー、火が、火が!」

「消火器、消火器!」


 ぷしゅっと白い煙が一面に漂う。

 額の汗をぬぐって、テオがアルマの三角巾を被った頭をピンと指で弾いた。


「あっぶねーな、火薬扱ってんだぞ、お前!」

「うう……ごめんなさい。つい、お菓子と同じ感覚で……」


 あれから二時間、アルマとテオは一緒に爆弾と防犯お菓子の準備をすすめていた。テオの錬金術にアルマの練甘術をたした新型爆弾は、何度もの小爆発を起こしながら開発されていく。


 そんな二人が騒がしく作業をしているのを背後に、ヴィルとエルクはじっと机の上の地図を見つめて考えこんでいた。

 ヴィルが組んでいた腕をほどいて、地図の一点をとんとんと叩く。


「この、アイヒマン社の敷地内にある塔は何なのか、エルクさんはご存じですか?」


 エルクがかがんで地図を見る。丸い影が地図上にのっそりと映った。


「そのシュークリーム塔なら、去年のコンテストで優勝した記念にフリーダさんが建てたって聞いているけれど」


 テオがヴィルの後ろからひょいと顔を出す。


「あの不格好なシュークリームの塔か? あれなら『本物』だぞ」

「テオもそう思うか……なら、確定だな」

「となると、フリーダ女史だっけ? の件もほっとけないな。このまま死刑なんてことになったら、『上』が怒るだろうし」

「ああ。あれは確保レベルだ。アルマはまだわからないが……」

「結構、筋はいいぞ」

「そうか」


 椅子に座ったヴィルが一息ついて、両手を顔の前で組みながら机に肘をのせた。


「そんなことより、問題はどうやってこの『集団眠り病』を治すか、だが。術式からアイヒマン社が原因という以外考えられない。直接乗り込んで術式の中心を破壊するしかないだろう」


 ヴィルの断言に、ちょうど作業の区切りのついたアルマがふりかえって首をかしげた。


「術式の中心って?」

「街の壁とその塔の配置から計算するに、アイヒマン社の敷地内……この塔より少し北だ」

「ってことは、工場の中ってこと?」

「そうなるな。直接乗り込んで、叩き壊すんだ」


 テオがヴィルの肩に手を置き、前屈みになって地図をのぞきこむ。


「言うのは簡単だけどな、あそこの警備はめっちゃくちゃ堅いぞ。お前も前に痛い目にあっただろ」

「……だな」とヴィルが小さく頷く。


 アルマがエプロンで手を拭きながら三人へ問いかけた。


「警備って言っても、今はもうアイヒマン社の人も倒れてるんじゃない?」

「そうだろうか……」

「だとしたら術者は相当な鬼畜だぞ」

「クララちゃんとかも大丈夫かなぁ。変な場所で倒れてないといいけど」


 ヴィルたちの呟きとは正反対な明るさでアルマは空中へ視線を滑らせた。あの絶世の美少女も、おとぎ話の眠り姫のように愛らしい寝顔で眠っているのだろうか。

 エルクが何気なくアルマをふりかえった。


「クララ? どこかで聞いたような――」

「そう。社長の娘さん。すっごくかわいい女の子なの」


 まるで天使みたいなのよ、とアルマがつけ加えるより早く、エルクがはっと表情をこわばらせた。


「そんなはずないよ、その子は僕と同い年のはずだ。しかもその子――」


 エルクの声が一段と下がった。


「――死んでるんだよ、九年前に」

「え……」


 静まりかえる空気の中、エルクは普段の微笑みを消して独り言のように呟いた。


「噂だと会社の砂糖竈に落ちて死んだそうだけど……もしかしたら妹さんなのかな?」

「同じ名前の? んなアホな」


 鼻を鳴らすテオに対し、アルマはまじめにこたえる。


「そんな噂があるのに、普通に暮らしてるなんておかしくない? みんな、クララちゃんのことを知らないの?」


 クララを迎えたリアもフリーダも、どちらも普通に接していた。店の客が不穏な空気をかもしだした記憶もない。ごく普通に街へ溶けこんでいた少女が異物のように感じられて、アルマは急に不安になった。


「みんな知ってたハズだけど……。古い噂だし、僕も思い出したのは病院に入ってからなんだ。暇だったせいか、色々と昔のことを思い出せたよ」

「薬でエリクシールが戻ったおかげだろうな」


 頷きながら呟くヴィルへテオが顔を向けた。足を組み直しつつ片肘を机へのせる。


「やっぱりヴィルの説が正しかったか。この街の住人は都合の悪いことを忘れるように、エリクシールを抜かれてたってヤツ」

「やっぱり砂糖が悪かったんだ……――ってきゃー!?」


 背後で突然吹きこぼれた小鍋へ振り返り、アルマは慌てて実験器具へ戻った。バーナーから小鍋を下ろし、慌てて水を足す。

 その様子を目の端でとらえつつ、ヴィルとテオはちらりと目線を合わせた。


「……それにしても死者蘇生か。面倒くさいのに当たったな」

とテオが肩をすくめて呟く。

「そうと決まったわけじゃないが、怪しいな。死んだ娘が平気で暮らせる国……か」

「一見天国みたいなんだがなぁ」


 腰掛けたまま背伸びをするテオとは対照的に、ヴィルはじっと地図を見つめていた。菓子の名前がついた通りの名を目で追う。

 それからさっと顔を上げ、持ち前の鋭い目でエルクをとらえた。


「エルクさんは昔のことが思い出せるみたいですが、アイヒマン社について他にも知ってることはないですか?」


 突然丁寧語になったヴィルを、エルクは若干驚いた様子で見た。


「ええと……簡単な噂だけど。あの会社が今みたいに安価で大量に売り出すようになったのは、娘さんが死んだ後からだそうだよ」

「へぇ、なるほどね。でもその前からこの街はあったんだろ? エリクシールの流出はいつからなんだろうか」

「わからない。この街には歴史がなさすぎる。おそらく強い暗示の術がかかっているんだろうが……」

「暗示か。かなり大規模だな」

「ああ」


 ヴィルが地図を見下ろす。丸い街には術式に使われたのであろうと思われる尖塔が円状に配置されている。その中でひとつ浮いた場所に建っているフリーダのシュークリーム塔に視線を止め、ヴィルは低く呟いた。


「……巨匠フリーダ、か。どうやってでも救わないとな」

「本物だからなぁ。アルマちゃんも素質はあるし、いざとなったら連れて行くか?」

「かもしれない。そのときはこの街が終わるときだろう」


 ぼそりぼそりと呟く二人の間を割って、アルマの甲高い声が通り抜けた。


「出来た――!」


 その声が消える前に、ぼんっと低い爆発音が響いて、辺り一面に白い煙が立ちこめた。



   §  §  §



 アイヒマン社の重そうなチョコレートの門の前にアルマたち四人はいた。

 両脇に佇んでいるはずの門番は地面に倒れ込み、いっこうに目を覚ます様子はない。

 そっとプレッツェルの門を押し開けて、内側へ滑り込む。


「アルマ、本当についてきてよかったのか? テロリストの仲間入りだぞ」

「わたしはアイヒマン社の悪事を暴いて、師匠を助けるの。何だってするって言ったでしょ!」


 語気を荒げて意気込むアルマを、ヴィルはため息混じりに見下ろした。


「わかった。ならもう少し静かにしてろ」


 しんと静まりかえった前庭には、静かにメロン色のソーダ水をふきあげる噴水と、砂糖菓子の花があるだけだった。人ひとりおらず、逆に不気味なくらいだ。

 ヴィルが空中を鋭くにらんで、正面に立つ茶色いクッキーの煉瓦でできた建物を示した。「事務棟の裏に大きな砂糖工場がある。エリクシールの流れから見て、原因はそこで間違いないだろう」

 テオが右手のドームづくりの搬入通路を指さす。


「じゃああそこから奥に向かって――」


 言いかけて、テオが慌ててその場から飛び退いた。

 アルマの鼻先に一瞬、甘い匂いがかすめる。

 同時に、どんと低い音がしてテオのいた場所で衝撃が起こった。


「――きゃっ」

「うわっ」


 アルマとエルクの悲鳴が重なった。

 砕けた焼き菓子の甘い匂いがあたりを満たす。

 テオが懐に手をさしのべつつ、アルマの背後へむかって叫んだ。


「早速お出ましか、警備員さんよォ!」


 振り返ったアルマが見たのは、パウンドケーキを人型に組み立てたような、お菓子のゴーレムだった。人間の二倍の大きさがあり、肩の部分にころころと丸いドーナッツをいくつか乗せている。

 ゴーレムは大きく振りかぶり、アルマめがけてドーナッツを投げつけてきた。


「きゃあっ!」


 避けた勢いで転びかけたのを、横からさしだされたヴィルの腕に支えられる。

 ヴィルは「大丈夫か」と訊ね、それからゴーレムの額を指さした。


「あそこの文字が見えるか? あれを一文字削れば、ゴーレムは動かなくなる」

「あんな高いところに文字が?」


 と見れば、なにやらくねくねした文字が四つほど彫りこんであった。


「わかった、俺の爆弾で何とかする!」


 テオが答え、ゴーレムの顔めがけてアルマと一緒につくった爆弾を投げつけた。ぼんっという音とともに粉砂糖の白煙が上がり、パウンドケーキが飛び散ってゴーレムの顔が丸く削れる。


「やりぃ!」


 だがしかし、へこんだ顔の部分にも文字が書き込まれていた。

 ゴーレムは一度ぶるりと震えると、両手でぽんぽんと顔をはたいて形を整えた。額の文字が浮き上がり、目と思われる穴が光る。


「やべぇ、怒らせちまった」

「ばか、なんで爆弾を連発しなかったんだ。頭をなくせばいいだろうが」

「ばかばか言うなっ。あれで倒せたと思ったんだっつーの!」


 今度はテオが爆弾を連続して投げつける。ぼんぼんと音が響いて白煙が上がり、その顔をすっかりなくしてしまったのだが。

 やはりゴーレムが体をぱんぱんと叩くと、再生してしまった。


「……嘘だろ、練甘術はんぱねぇ……」

「思ったよりやばいな。アルマ、君の粘着ゼリーで――」


 ヴィルがアルマへふりかえったとき、彼女はそこにいなかった。辺りを見回せば、エルクがゴーレムの後ろへそうっと回りこんで、その足元へ何かを投げつけている。

 エルクが放った粘着ゼリーがゴーレムの足を絡ませて、その場へ倒れこませた。


「今だよ、アルマ!」

「OK、お兄ちゃん!」


 アルマが生クリームの絞り袋を片手に、倒れたゴーレムの上へ飛び乗った。額の文字の上で素早く生クリームを絞る。

 ゴーレムの目が光を失った。


「やった、『削ってダメなら盛ればいいじゃない作戦』、大成功!」

「だね!」


 両手をぱんっと合わせて喜びあう兄妹を、ヴィルとテオは唖然として見ていた。

 そこへ、重い足音を響かせながら二匹目のゴーレムが現れた。その後ろにはずらりとゴーレムが連なっている。

 アルマは素早くテオがくれた爆弾を投げつけ、ぼむっという音とともに煙幕を作った。


「逃げるわよ、三人とも!」

「お、おう」


 テオが気後れ気味にアルマへ駆けよる。そして後ろをついてきたヴィルへそっとささやいた。


「アルマちゃん、元気くね?」

「おれたちよりもすごいかもしれないな……」

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