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 病院からの帰り道。

 アルマはぼんやりと今日の出来事を思い返しながら、暗くなった公園のベンチに座っていた。頭を巡るのは失敗作のこと、師匠のこと、兄のこと、ティアナのこと。そして自分のスランプのこと。


「あーもう、どうすればいいのよっ!」


 一日の疲れで重くなった腕を振り上げ、アルマはひとりで癇癪を起こした。誰もいないからこそ発散できる何かが、夜の公園にはある。


「あのままお兄ちゃんたちが婚約を破棄しちゃったら、わたしのケーキが二人の人生をめちゃくちゃにしちゃったってことになっちゃう。なのに、なのに……」


 震える両手で頭を抱える。


「こんなにスランプなのに…………――それでもケーキが作りたいって思っちゃう!」


 がっと頭をかきむしる。

 少年に止められても、兄とティアナの絆が終わってしまおうとも、それでもお菓子を作っていたいという甘くも激しい欲求がアルマの中にあった。師匠のように艶やかな作品ではなくとも、誰かに『おいしい』と一言いってもらえるだけでこの欲求はたちまち消えてしまうだろう。なのに、それがかなわない我が身が辛かった。

 しばらく頭を抱えていると、ふいに甘いバニラの香りが漂ってきて、上品な少女の声が降ってきた。


「どうかなさいましたか? あら、あなたはフリーダ様のお弟子さんの」

「あ……。えっと、クララちゃん?」


 優雅な声に頭を冷やされ顔を上げれば、ドルチェブルグ唯一の砂糖会社の令嬢にして絶世の美少女、クララがボディーガードをひき連れてベンチのかたわらに立っていた。

 薄暗い公園の中で、彼女のプラチナブロンドと白い服は、そこだけ光が差しているかのように目立っていた。


「こんばんは。ご機嫌いかがかしら……と訊くのは無粋ですわね。何かお悩みでも?」


 大きなアイスブルーの瞳をきらめかせてクララが小首をかしげた。


「えっと、ちょっと色々あって……。公園でぼーっとしたいなって」


 ぼーっとというよりぎゃーっとしていたことを思い出し、アルマは顔を赤くした。さっきの叫びを聞かれていたなら、悩みはほとんど相談したも同じだ。


「クララちゃんはどうしたの? こんな時間に」

「お父様と喧嘩をいたしまして、飛び出してきてしまったのです」

「そうなの。わたしも似たような状況かも……はぁ」


 魂ごと抜けていきそうなため息をついて、アルマは肩を落とした。ティアナが去ったあと、早々に花瓶を片付けて帰ってきてしまったのだ。もの言いたげな兄の視線を思い出し、もう一度盛大にため息をつく。

 その様子を気遣わしげに見つめ、クララが隣に腰かけた。


「よろしければお話をおうかがいしますわ。明日の練甘術師になるお方がお悩みになっているなんて、我が社としても放っておけませんもの」


 小さな白い拳をとんと胸に当て、目をきらきらさせてアルマを見上げてくる。かわいらしいだけでなく、大会社の令嬢としてしっかりもしているようだ。

 子供に愚痴を言うのもどうかと思いつつ、アルマはぶどうジュースを噴きあげる公園の噴水を見ながら呟いた。


「あのね、ちょっとスランプで……その、失敗ばっかりなの」

「失敗は成功のお母様ですわ。若者はどんどん失敗せよと、お父様もおっしゃってらしたもの」

「それがね……。実は、今料理も習ってるんだけど、そっちのほうが才能あるかもしれなくてね。複雑なの」


 お菓子の失敗率が百発百中なのに対して、料理はほとんど失敗がなかった。最近は兄もおいしいと言ってくれるようになり、いっそう腕に磨きがかかっているのだが。


(肝心のお菓子がダメな練甘術師なんて……)


 内心で三度目のため息をついていたため、アルマはクララの表情が変わっていたのに気づかなかった。


「……今、料理とおっしゃいまして?」


 強ばった声に見下ろせば、かたわらに愛らしくも硬直した少女の顔があった。


「知ってる? 甘くない食べ物を作ることなんだけど」

「……ええ。あんなまずいもの、わたくし大っ嫌いですわ」


 吐き捨てるように言われ、アルマは目を見開いた。


「アルマさんは料理なんてものを作ってらっしゃるの? 本当に?」

「え、あ、うん。お兄ちゃんのダイエットのためだけ、だけど」


 あわててとりつくろうも、本当はアルマも料理をおいしく堪能していた。鬼気迫る少女の物言いに恐れをなして嘘をついてしまったのだが。

 クララは厳しい顔で眉をよせ、吐き捨てるように言った。


「あんなもの、練習する必要なんてまったくありませんわ。甘くもなければ美しくもないし、理解できない味ばかり。料理なんてする時間があるならばパウンドケーキでも作ったほうが、まだ有意義というものではありませんの」

「そう、かな……」


 クララの迫力に気圧されつつ、アルマは思った。

 最近は料理の味の違いもわかるようになったし、いい塩梅というものもわかってきた。なによりヴィルが定期的に送ってくるレシピを参考に、自分流のアレンジを加えることもできるようになっているのだ。


(それが全部、無駄なのかな……)


 自分でも気づいていなかった自負心をぽっきりと折られ、アルマは一回り肩を小さくした。

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