碧い小鳥
私は籠の中の鳥だ。
籠は暗い暗い牢獄。丸い、外の明るみが見えるだけの牢屋。
私はそこからただ青空を見上げることしか許されない。もしくは白い天井。
その白も、晴天の空に浮かぶ雲のような真白ではなく、人の色が滲んだ黄ばんだ白。
私の飼い主は"クリーム色"と呼んで、綺麗だというけれど、私は嫌いだ。
飛べない私は空が好き。だから空に焦がれ、今日も見上げる。真白い雲を求める。
私は碧の体をしている。飼い主はそれを"あお"と呼ぶけれど、私の体はただの"みどり"だ。
私は普通、人に飼われない。鳥というので分類は充分だけれど、人の呼ぶ分類名で言うなら、私は"孔雀"というものだ。
人は更にややこしいことに性別というのも分けている。確かに私も鳥という生物であるから、子を成すために同じ分類の違う種に番を求めて似たような分け方をするが……まあ、余談はいい。私が言いたいのは私の性別とやらが雌だということだ。
孔雀の雌は何の変哲もない碧の体を持つ。対して雄は番となる雌を惹き付けるため、極彩色の羽根を持つ。そんな雄の極彩色を人は面白がって、見世物にしていたりする。そこに特段、感じることはないが、孔雀の雌という存在は雄の存在故に、人の目に触れることなど皆無に等しい。
だから私は飼い主が不思議でならなかった。何故に雌の孔雀という私を檻に閉じ込め、愛でるのか。
あ、いや、愛でるといっても、飼い主は籠の中の私を眺めるだけで、空の蒼に焦がれて啼く私や、たまに黄ばんだ壁を睨み、不満を漏らす私をにこにこと眺めているだけ。楽しそうに、にこにこと。
私は人語を理解し、話す鳥。それが物珍しいというのもあるのだろうが、四六時中眺めて、気まぐれに言葉を交わすだけの日々の、一体何が楽しいのだろう。私は籠のせいで飛べなくて、そもそも自分が飛び方を知らず飛べないことに苛立ってばかりだというのに。人というのは理解しがたい生き物だ。
同じ生きているものだというのに。
ふと、気づく。
飼い主はいつも私を見ている。四六時中、離れることなく。というか、私は飼い主が私のいる目の前からいなくなったことがない。
蒼穹に羽ばたく白鷺を見て、気づいた。
鳥である彼らは自由に空を飛べる。私はそれが羨ましい。そんな私の感情はさておき、空を飛べるのなら、他の鳥もいる。夕暮れの空には黒烏だって飛ぶ。春の空には鶯が、小さくてあまり高くは飛べない雀だって、空を飛ぶ。
彼らが飛ぶのはそこを離れるため。様々な空に彼らはそうやって移り行く。鳥以外の生き物だって、きっとそうだ。
それなのに、飼い主はここを離れない。ずっと私を見て、にこにこ笑って、離れない。
どうしてあなたはずっとここにいるの?
そんな疑問が私に渦巻く。恐ろしい。恐ろしくて訊けない。恐ろしい──恐ろしい?
私は一体何を恐れているのだ?
飼い主がずっと、私を見て、笑っていて、いつもいつも、いつも通りに笑っていて、笑って、いて……
ずっと、ここにいる。
私の側にいる。
ずっと、ずっと。私がもう覚えられないくらい、ずっと。このクリーム色の壁に囲まれた部屋で、鳥籠という檻が隔てているものの、ずっと飼い主はここにいる。飼い主の背景は出会ったとき以外、ずっと黄ばんだ白い壁。飼い主がクリーム色と呼ぶ、白い壁。
出会ったときは青空の下、緑の草むらの中にいた碧の私を飼い主が見つけ、拾って、この部屋に連れてきた。
私は記憶を辿る。
飼い主はあのとき、私に何か言わなかったか? 自分は何だかを。
懸命に記憶を手繰り寄せる。飼い主の過去、言葉、ここはどこだと言っていた?
「せがんでせがんで、たった一度だけだよ、と、やっと許してもらえた」
「ねぇ、碧い小鳥さん。友達になってよ」
そう、だ。
あの日、飼い主はにこにこと笑い、私に手を差し伸べた。
「同じ異端のもの同士、話し相手になってほしい」
私はそれに頷いた。
そして、飼い主と共にいる。
そう、そうだ。
この黄ばんだ白い壁は飼い主を囲う籠。閉じ込めるための檻なのだ。
それに気づき、私はまた空を見る。
自分が何を恐れていたのかわかった。
願いが変わってしまうこと。あの蒼穹に飛び立ちたいという、その願いが消えてしまうこと。事実、私の願いは霧と立ち消えた。
ああ、心が変わってしまった。
私は鳥でいたかったのに。醜くても、飛べなくても、空に焦がれていたかったのに。
同じように閉じ込められた飼い主を想うと、これまでを忘れて祈ってしまう。
ヒトでありたい──
人になれば、空を飛べない。翼を失い、空を飛べない。
けれどね、けれど。
譬、鳥籠を隔てていても。
同じ空を見ることはできる。
彼女が、そう思ってくれているといいな。
孔雀を飼うその人物は相も変わらず空を見上げる碧い小鳥を見て、言の葉を紡いだ。
願いを書き記すくらいなら、咎人の自分にも、許されるだろう──?