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白い蛾の精

作者: 夜摩不死男

 夢を見た。


 夢の中で、僕は僕だった。

 ただの自分だった。

 森の中だった。

 日本ではなく、どこか遠い西洋の深い神秘的な森。

 妖精でも出てきそうな、せせらぎがあって、木陰から日光が差し、あたりは明るく、萌黄色だった。

 僕は数人の男女とそこにいた。

 前後は分からない。

 白人の長い金髪をなびかせた碧眼の女と、僕と同じような黒い短髪の青年が、何か話していた。

 「で、その妖精が出るっていうのは?」

 白人の女性が青年に話しかける。

 「えっと、この辺らしいんだけど…、やっぱりいないね」

 笑いながら返す。

 「やっぱりありえないじゃん、もう帰ろ」

 小突きあってふざけ半分でしゃべっている。

 

 ふと、目を右の方にやった。

 そこに、それはいた。

 若木が折れた後のような細っこい小さな切り株の上に、細い足を器用に使って止まっていた。

 双眼と視線があった。

 互いに互いを見つめる。

 しなやかな長い翅は、日光が当たってきらきらと輝く。

 鳥の羽のように厚ぼったくて、華やかで、そして白かった。

 雪のように白かった。

 僕はしばらくその美しさに見とれた。

 周囲の神秘的な情景に映えて、絵画の様だった。


 何を思ったのか、僕は不意に腕を動かしていた。

 準備体操のような、ダンスのような、珍妙な動き。

 リズムを伴って、規則的に動かす。

 そうしているうちに、向こうも呼応するかのように、その美しい翅を、鏡に映るように、動かし始めた。

 奇妙なシンクロニシティ。

 そのうち僕は、座していた切り株から立ち上がり、全身を使って幾何学的な、四角な動きをし始めた。

 すると、向こうはそれに合わせるかのように、翅がどんどん長く大きくなる―――


 僕は初めて、それに気味悪さを覚えた。

 それはどんどん大きくなる。

 大きくなり、身体も大きくなり、ついにはその切り株を降りて、人の形によく似た、しかし背に羽が生え、白く丈の長い服を着た異形となった。


 「見て、こいつよ!」

 近くにいたあの白人の女が叫んだ。

 数人の男女が振り向く。

 「これは…、こいつだ、街の人を殺したのは!」

 黒髪の青年が叫ぶ。

 僕はもう一度、それを見据えた。

 古代文明の装束のようなものを纏ったそれは、白く長い手足を持ち、少女のような、無垢な顔立ちと、白に近い銀髪を垂らしていた。頭からは一対の奇妙な角のようなものを生やし、背中には美しい羽を持つ。

 再び目があった。

 無表情な瞳は、無邪気な美しさを湛え、かつ奥底には芯のようなものを秘めていた。

 やっぱり美しい。

 こんな、こんな可憐な少女が、いかに異形であれど、人を殺めるわけがない。

 「見ろ、あいつの持っているあれは、確かに街の人を殺した物に違いない、逃げるぞ」

 自分に声をかけてくれたのだと、頭ではわかった。

 耳では聞いた。

 しかし、聴けなかった。


 その異形の少女は、手に長い武器を携えていた。

 鎌のような、鶴嘴のような尖った刃を、長い棒きれに取り付けて、しかも鋏のような細工からくりがしてあるのが分かった。

 再三目があった。

 その無垢な瞳が、突如赤く変色した。

 澄んだ青い色に、炎のような闘志が、徐々に沸き上がっているのが分かった。

 僕は動けなかった。

 ゆっくりと近づいてくる。

 額に、頬に、汗が浮かぶ。

 心臓が割れるように痛い。

 後ずさった挙句、後ろに転んでしまった。

 長物を持ったそれは、上から僕に一瞥くれて、大きく振りかぶった―――


 目が、覚める。

 そう思った。

 

 妙だ。

 覚めない。

 醒めない。

 覚醒しない。

 僕は。

 僕は、どこ?

 

 ある朝 その名もなき男が 気がかりな夢から 目覚めたとき 自分が木の葉の上で

 一匹の

 矮小な

 芋虫に

 変わってしまっているのに 気が付いた


 その芋虫は やがて成長し 白く美しい翅を持つ 一匹の


 蛾になっていた


 その美しい蛾は 時折人に似た姿となって


 人を襲う


 何らためらいもなく


 本能だった


 その蛾は 今日も 人を殺める。


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