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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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堕ちる影

 全ては予想通り。何の問題もなく、計画通りに事が進んだ。

 相手の異能で、対異能弾が無効となることはわかっていた。故に、通常弾を使用したのである。

 通常弾の効果が低い頑強な異能者を、確実に屠れるように。

 未だ煙が燻る銀色の拳銃を構えつつ、シャドウは頭部に穴が空いた骸へと近づいた。

 黙ってその死体を見下ろす。その顔には脳漿をかき回される瞬間の、驚愕に染まった表情が張り付いていた。

 恐らくは何が起こったかわからないまま死んだであろう。

 

「…………」


 目元しか見えないシャドウの顔は、これまで同様平常を装っているようにも見える。

 しかし、口には出さないが彼の中には様々な感情が渦巻いていた。

 やっと、仇を討てた。彼の物語……人生の分岐点にシャドウは立っている。

 彼の人生には秘密が多い。今、モニターで絶句しているリチャードにもその全容は知られていない。

 それどころか、中立派の仲間やアミカブル国王フレッドにも。

 語る必要のないことだ。あくまで必要とされているのは自分という剣であり銃。

 昔から、自分を影と定義付けてきた。裏で暗躍し、自分が正しいと思ったことを成す兵器。

 こういった感傷は影となった自分にとって不要なモノ。光に照らされ、人からにじみ出る影が抱く感情など所詮は偽物でしかない。

 だが、いくらそんな風に自分を影と定めても、結局彼は人間の枠から逸脱することは出来ない。

 やっと家族の仇を取れた瞬間、彼は一瞬の間だけ人間に戻った。

 一拍置き、すぐに光から失せる。表ではなく裏の住人に変化する。

 仇を討ったとはいえ、今後の方針に変わりはない。今モニターで恐怖に目を見開いている男が次のターゲットだ。

 そして、この騎士被れを殺した頃には、異能派に新リーダーが誕生しているはずだ。

 そうなれば、そのリーダーを殺す。その合間に現れる、無能派のリーダーも殺す。

 単純かつ非効率な方法だが、そうして敵を殺すことしか考えない敵を殺しつくした暁には、欺瞞と争いに満ちた世界は終わりを告げ、世界に光が満ち溢れることだろう。

 時間は掛かる。多くの命が犠牲となる。

 だが、現状よりは遥かにマシになる。殺戮だけで全ての問題を解決することは出来ないが、今の世界は他の方法を実行出来る環境にない。影ながら世界を支え、真実を知った人々が方策を模索出来る環境づくりこそが自分の役目であり人生である。

 予定通り、無事に世界が変革したならば、その時には自分の居場所はない。光に覆われた世界に影の居場所は存在し得ない。

 ああ……それでいい。全ての咎を引き受ける覚悟はある。

 シャドウはおもむろに通信端末を取り出すと、味方に報告を始めた。


「こちらシャドウ。ナチュラリストメンバー全員と、キングを……」

「なるほど。通常弾を使ったのか。マジでヤバかったかもしれないな。流石は中立派最高にして最強のエージェント」


 突然聞こえ出した声音に、シャドウが瞳を驚きの色に染め上げたのは致し方なかったこと。

 それだけの驚愕、それだけの衝撃。

 先程キングが現れた瞬間とて、シャドウがこれほど驚くことはなかったと断言出来る。

 そこにいたのは、自分が殺したはずの男。妹の仇であったはずの少年。

 人の身を外れた異能者が、限りなく人の影と定義した男と対峙する。


『バカな……』


 リチャードが呆けた声を上げた。想定外の後の予想外。異端狩りの騎士はもう気取ることすら失念している。

 だが、シャドウとて口には出さないが、リチャードと同じ疑問が湧き起こっていた。

 有り得ない。まさか生き返ったのか?

 そう思い、シャドウは死体に目を移す。だが、そこにはちゃんと屍が横たわっていた。先程と同様、変化はない。

 つまりは……そういうことか。

 シャドウは即座に結論へと達した。すぐさま拳銃を構え、引き金を引く。

 だが、効果はない。通常弾の銃撃を受けたキングには、人を小馬鹿にするような笑みが浮かぶばかりで、全く外傷を受けなかった。

 シャドウは床に捨てたままとなっていたサブマシンガンを拾い、瞬時に装填。暗黒郷ディストピアを右手に構え、サブマシンガンを左手に構える。

 片手撃ちによるフルバースト。サブマシンガンはともかく、暗黒郷ディストピアの肩への衝撃は深刻だが、この際仕方ない。

 両手から放たれる、無数の金と銀の嵐。通常弾の金めく輝きと、対異能弾の銀めいた煌めきが、この世を統べる王を自称する存在へと撃ち込まれる。

 弾切れになるまで撃ち続けた。だが、予想外にも――いや、想定内と言うべきか――キングは無傷だった。


「……これほどとはな」

「そりゃ当然だろ。俺はこの世界唯一無二の存在だ。世界を自分の想い通り変えられる神様って奴だよ」

「いや、違うな。お前がそうなったのは世界の雰囲気に呑まれたからだ。お前自身が世界の悪意に作り変えられた創造物」


 人の人格が形成されるに当たって、構成されるファクターは二つある。

 一つは本来の気質、つまりは遺伝だ。だが、それ自体はここで重要ではない。遺伝も少なからず影響するが、それだけで決まるということは有り得ないからだ。まだまだ未発達な心理学分野に置いても、この点ははっきりと否定されている。

 今重要な要素はもう一つの方。環境だ。

 その赤ん坊が生まれ育ち、人生を歩んでいくための道。

 歩き、時には走って行くための公道が一切の整備もされず、穴が空き骸が斃れさらには巨大な壁がそそり立っていたならば、その道を歩んでいたはずの子供達はどうするか。

 通り難し、と別の道を歩むかもしれない。そこで歩む道は二つばかりある。

 どちらを選ぶかは持ち得る遺伝……無能者か異能者かどうかで変わる。この道は違うようでいて終着点は同じだ。どちらも等しく無残に死ぬ。

 最後に残った三つ目の選択肢とは、荒れ果てた道を突き進むこと。立ちはだかる壁を上り、障害を打ち壊し、その道が正しいと信じて歩み続けること。

 人生の終着点は等しく死だ。生まれも育ちも不平等だが、その点だけは平等だ。

 人生とは死に様で決まる、と誰かが言っていたが、シャドウはそうは思わない。生き様も大切だ。

 何のために生きたか。何を信じ、何を成そうと生き足掻いたか。

 死は唐突に、理不尽に訪れる。人生を計画通り生きていける人間はひとりとして存在しない。

 その中で、自分を信じ、信念と信条を持ち合わせ、誰に恥じることなく生きていける人間がどれだけ少ないことか。

 現実を前にして、理想を手放した者が一体何人いるか。

 キングは間違いなく二つの道へと進路変更した者であり、現実の前に心折れた人間だった。

 対して、シャドウはそのまま突き進んだ者。その代償は大きく、妹は死に最終的に自分も自死することになるが、その道を歩んだことに何の未練もない。

 悲しみはある。だが、後悔はしない。


「お前は王などと嘯いているが、実際にはお前から見た平民達と何ら変わらない。ただ異能が強力だっただけの、哀れな子供だ」

「おいおい、これから負けるってのに随分強気だな。神に人間は勝てない。お前は結局強いだけの人間で、何一つ特別な異能チカラを持ち合わせていない弱者なんだよ」


 間違いなく事実である。シャドウもよもや自分が生きて帰れるとは思っていない。

 だからこそ、銃器を投げ捨て通信端末を取り出す。


『シャドウ……一体どうなってる?』


 水橋の声が端末から聞こえる。その声には緊張と焦燥が乗っていた。

 気づいているのだ。シャドウを追いつめるような出来事が起こっていると。


「人とは弱い生き物だ。人がもし強ければ、恐らくここまで発展することはなかった。弱いからこそ生き延びられる。そして、強い相手に知恵を働かせ、勝利を勝ち取ることが出来る」


 強さと勝利はイコールではない。

 人ならざる力を持つ者と戦うため強くなってしまったシャドウは、初めから戦死する運命だったといえる。

 だが、これは自殺ではない。世界を理想郷に昇華させるための必要な犠牲である。

 これから世界に生きる子供達のため、自分の命を捧げられるのならば喜んで身を差し出そう。

 気掛かりなのは自分が助けた異端狩りの騎士である少女だ。彼女は無事脱出しただろうか。

 それと、端末越しに子細を聞き取っている水橋達中立派も気にかかる。自分が死んだ後、彼らには負担を掛けることになってしまうが……。


『どうしたんです? 水橋さん』

「……神崎直樹か」


 突然割り込んできた声にシャドウが反応する。

 ほんの一言会話を交わし、すれ違っただけの存在。

 シャドウは任務上知り得る以上の事柄を知らない。

 あの少年はどこまでも平凡だった。複写という稀有な異能を持ち合わせ、優れた仲間に恵まれていただけの、何の強みもないただの少年。

 仮に敵対したとすれば、シャドウに負ける要素はない。

 いや……事情次第では敗北するかもしれない。神崎直樹が誰かを守るという条件下でのみ、シャドウの勝利は怪しくなる。

 それほど真っ直ぐな存在だ。人に影響され、片や世界を滅ぼす破壊の王となり、片や見知らぬ人間を救うため命を投げ出そうとする馬鹿者となっている。


(人のことは言えんか……)


 そも、これから託そうと言うのだ。世界などという大きすぎる命運を、数少ない仲間達に。

 なれば自分は馬鹿にするのではなく、称賛と激励を口に出すべきだ。


「……君達に全てを託す……」

『突然何を!? シャドウ!!』


 水橋が応答を求め声を荒げる。笑みを貼りつかせていたキングの顔が怪訝へと変わる。

 右手で端末を掲げたシャドウ。通話機能を維持しながら表示画面は起爆コマンドを表示していた。


「お前一体……何をして」

「最新鋭の爆弾は、俺でも知らない新物質を多数含んでいる。……世界を統べる王にその詳細がわかるか? いいや、わかるまい」

『シャドウ!! まさかあなたは……』


 全てを察した水橋の、震える声が鳴り響く。

 キングがここに来て焦り出した。右手を翳し、端末を持つシャドウの右手へ向ける。

 放たれる黒い塊。全てを真っ黒に染め上げる、邪悪な破壊。

 熱い鉄板に水を注いだかのように、ジュッという音がシャドウの耳に聞こえた。だが、シャドウは意に介さない。

 とうに右腕は役目を終え、無事起爆コマンドが送信された。千切れた右手と端末が床に落ちる。

 痛みはある。滝のように血が流れ出す。その時また、珍しくシャドウは感情を露わにした。

 目は笑っていた。未来を見据えていた。かつての妹のように理不尽に子どもが死なない、ただ平凡でいられる世界に彼は立っている。

 中立派に所属することを妹に告げた時、アイツは何と言っていたか。

 ああ……思い出した。シンプルでありきたりな言葉だが、人を励ますに足ることばだ。

 使いどころを間違えなければ、絶大な力となる。

 そのことばをシャドウは笑いながら口にした。


「頑張れ――」


 人工島を崩壊させる爆破。複数の爆発音が彼らの元に響く。

 愚者達が世界を評議していた鋼鉄の塊が、轟音を立てながら沈み始めた。





 忌々しい鉄塔が吹き飛んだ瞬間、呆けていたリチャードは狂ったように笑い始めた。

 潜水艦という最先端の技術内部にある、古めかしい装いの一室に笑い声が響き渡る。

 飾ってある鎧が、サーベルが、フリントロックが、ロベルトの遺産達が祝福してくれたようにも感じる。

 師が最後まで望んでいた聖戦……戦を成すための障害が一つばかりではなく二つも消滅してくれたとは。

 シャドウが爆弾を解除したと聞いた時はどうなるかと思ったが、女神は我々に微笑んだ。

 ロベルト殿が見守っていてくれたに違いない――。リチャードは心から師に礼を述べた。


「ハハ……フハハハハハッ! 一石二鳥……いや三鳥か! 目の上のたんこぶと、我らを妨害する影、そして最大の敵であったキングすら殺れただと……神は我々を見ていて下さる……」


 神託が下りたのだ。世界に巣食う化け物を、醜い負の産物である悪魔を討滅せよと。

 なれば、早速号令を発せねばなるまい。相手は悪鬼だ。先手を取り、聖なる武具を持って一瞬の間に殲滅してくれよう。

 リチャードは端末を操作し、モニターに部下を呼び出した。


「……全軍に告げよ。これより我らは忌々しい悪魔を一掃する。――開戦だ」

『ハッ! ……リチャード様、一つご報告が』

「何だ? 言え」


 リチャードのような甲冑ではなく、軍服に身を包んだ部下は高揚するリチャードをさして気にした様子はなく淡々と報告事項を口にした。


『ナンバー356が生きているようです』

「ふむ……生贄として配置していたが、何とか難を逃れたか。通信は?」

『いえ。爆発の影響かは不明ですが接続出来ません』

「そうか……よし、通信が回復次第、島の状況を確認させろ。偵察機の出撃も忘れずにな。まぁ、死体など残っておらんだろうが。それと、本国へ向かえ、私が指揮を執る」

『了解しました』


 モニターから部下が消え、暗くなった画面にリチャードの顔がうっすらと写る。

 その顔はとても嬉しそうに笑っていた。今後は一切の憂いなく戦に集中出来る。

 出来ればこの場にロベルト殿が居て欲しかったが――。


(……待てよ、ロベルト殿が死んだ原因……あの命令文にはある少女を殺せというオーダーが書かれていた)


 リチャードはキーボードを叩き、例の文書を表示させた。そこには、狭間心を殺せという旨の内容が書かれている。

 これは恐らくクイーンが指示したモノ。異能殺しは無能派にとって、急いで殺さなければいけない相手ではなかったはずだ。

 つまり、恐れていたのはクイーン。彼女がそれほど恐れていた相手は、今も日本にいる。

 リチャードは再び端末をいじって部下を呼び寄せた。


「もう一つ命令を加える。日本にいると思われる異能殺し……狭間心を」


 抹殺せよ――。

 リチャードは知る由もない。

 奇しくも同時刻、相手の出方を窺っていた異能派が無能派の最重要拠点崩壊と同時に開戦を指示し、追加で全く同じ命令を出していたことを。

 世界の悪意が暗殺少女に集中した刹那、アミカブルにいた直樹は頭を押さえてよろめいた。

 奇妙な感覚が、自分の身体を巡ったからだ。

 成美の手と触れ合った時から、その感覚はちょくちょく現れていた。


「何だ……この感覚」


 まるで大切な何かが消えて行くような――。

 そんな妙な感覚を訝しみながらも、直樹はショックを受ける水橋の顔を悲しそうに見つめていた。


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