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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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蠢く影

 警告音の鳴り響く、暗く狭い地下通路。その喧しい音を意に介することなく男は進む。

 もう既にいくつかの発射口は爆破して塞いである。これで戦闘機などの戦闘兵器は、しばらく出撃不可になるはずだった。

 イギリス上方に浮かぶ人工島に作られた、無能者達の連合基地。

 物々しく、そして異能者を殺す為に培われたたっぷりの科学技術が使われ、完全な手造りでありながら強固な要塞と化している。

 本来ならば侵入不可能だっただろう。だが、それをどうにかするのが彼の仕事である。

 そんな難攻不落の要塞へと侵入を果たしたシャドウは、ナチュラリスト及び無能派の方針を決める十二人の評議会メンバーを暗殺しようと目論んでいた。


(……元来、臆病な連中だ。異能者だらけの外界には恐ろしくて足を踏み出せないだろう)


 実際には一点に留まることこそ危険なのだが、奴らにそれほどの思考力はない。

 連中が出来るのは、リスクとリターンを計算し、化け物を殺す為どれだけ人間を犠牲にすればいいか、だとか、あとどれくらい死んでもいい人間がいいか、化け物を肉塊に変えるためどれほどの威力の兵器を創ればいいか考えるだけだ。


(お前達こそ、死んでいい人間だ)


 口元を覆う影色マスクと、同色のヘルメットで表情こそ窺えないが、シャドウは怒りを感じていた。

 連中のせいで、何人の人間が、ナノマシンによる廃棄処分を受けたことだろうか。

 お前は要らないと名指しで言われ、闇に葬られたことだろうか。

 奴らはさもそれが人々の総意であるかのように語る。情報を操作し、都合の良いモノだけを群衆に見せ、在りもしない反対勢力のイメージを創る。

 奴らは敵だ。化け物だ。人を殺す悪魔だ。

 そんなことをのたまいながら、何の罪もない人間を殺させていく。

 そして、自分達は高みの見物を決め、最新鋭のコンピューターから監視カメラ越しにその殺人を見届けるのだ。

 加害者も被害者も、どちらも他人に操作されただけの人間が、同じ穴のムジナに殺し殺されていくのを。

 そういった意味では、無能者のトップも、異能者のトップも変わらない。

 どちらも似たような仕組みで自分が創った殺戮ショーを肴にし、酒を飲む。

 後先はあった。かつて、異能者を恐れた無能者が、異能者を殺した。

 だが、既に片方どちらかが悪いという段階にはない。どちらも同罪である。

 無能者であろうが異能者であろうが結局人間であり、その残虐性は全人類共通だ。

 だから、どちらも貴賤なく殺す。未来を担うリーダーなどと嘯く人間こそ、過去の遺物であり害敵だ。


「……」


 敵に見つからないよう注意を払いながら、シャドウは進む。

 だが、先に破壊工作をしたため、基地内に侵入者がいることは敵に知れている。

 しかし、それが何だというのか。不可能を可能にするのが自分の仕事である。

 シャドウは人がせわしく動き回っている通路を、時に慎重に、時に大胆に姿を現しながら進んで行く。

 ハッキングで監視カメラはシャドウを認識出来なくなっている。彼らが影を見つけるには、自分の目でそのおぼろげな姿を目視しなければならない。

 とはいえ、彼ら無能派の部隊は異能がないのであって能無しではない。

 的確に配置されたパトロールが、シャドウを徐々に追いつめていく。


(……横の通路から三人、前方から二人……。後方からも足音。とすれば)


 障害は排除するのみ。

 シャドウはサイレンサー付きサブマシンガンを構え、右横の通路に躍り出た。


「うっ……!」


 敵兵の驚く……否、断末魔。

 敵は悲鳴を上げることも、応援を呼ぶことも出来なかった。

 三人の軍人が、二発の弾丸で物言わなくなっている。三人の内二人が、何を考えてか重なっていたのだ。

 後ろの男は、前に立っていた男の後頭部から現れた銃弾を回避出来ず死体と成り果てている。

 シャドウは死体の処理を行うことなく駆け出した。敵の血中にはナノマシンが含まれている。

 主が死にデッド表記になったシグナルが司令部に送り届けられるのは一瞬。

 流石に施設全体のネットワークの掌握はシャドウとて難しい。急いで目標を始末するほかない。

 いずれにせよ、敵との交戦は避けられなかった。とすれば方策は単純明快。迫りくる敵をなぎ倒すだけのこと。


「いたっ!」


 ぞ! と続けようとした敵は、最後まで言葉を言い切ることなく絶命した。

 銃口が弾薬を撃ち出す数だけ、敵の屍が積み上がる。

 常人ならば考えられぬ戦闘力。もしこれがただの異能者であればさしたる驚きはないが、彼は無能者である。

 異能者と対等、いやそれ以上に渡り合える戦闘力。シャドウがそれを獲得しえたのは、ただ必要だったから、その一言に尽きる。

 右を向いても左に目を移しても敵しかいない中立派に所属した以上、常識の範囲外へと自分を昇華させるほかなかったのだ。


「…………」


 敵の足が地面を鳴らすたび、彼の右手に持つサブマシンガンが火を吹く。

 足音、撃つ。叫び声、撃つ。待ち伏せ、撃つ。

 冷酷無慈悲な殺人機械として、シャドウは人の死を量産する。

 片手でも扱えるように取り回しを優先して創られた、専用サブマシンガンの大容量マガジンが底をついた。

 装弾数は60発。外した弾は一発たりともない。

 大型マガジンを片手で装填する。目標に向かい階段を駆け上りながら。

 その一瞬の隙をついて、敵が姿を現す。五人の敵が踊り場でサブマシンガンを構えている。


「……!」


 シャドウは空いていた左手でハンドガンを取り出し、横に凪ぐように銃弾を放った。

 五回の銃声、五回の断末魔。階段を照らす蛍光が、死人を照らしだした。

 無事弾薬をリロードし終えた彼はハンドガンを仕舞い、死をまき散らしながら階段を駆け上がって行く。

 聞こえるのは銃声と悲鳴。前者はシャドウ。後者は敵。

 ルート変更をするつもりはなかった。いくら臆病な連中とはいえ、いつ逃げ出そうとするかわかったものではない。

 こういう基地は秘匿された脱出ルートがあると相場が決まっている。

 ここまで来て逃げられでもすれば、せっかく遅らせられるはずだった開戦へのタイムリミットが早まってしまう。それは絶対に避けねばならない。


『敵はひとりだ! 無能者だ! 恐れることはない、撃ちまくれ!!』


 命令としては実にお粗末な放送が、設置されたスピーカーから出力される。

 恐れることはない、と言うが敵がひとりであることと、無能者であることが兵士達の恐怖を増長させていく。

 士気を高めるはずの通信が、敵を混乱させる一声となった。

 逃げろ! 死にたくない! という声があちこちから上がる。

 彼らは兵士としては不完全な存在だ。それも当然で、本来基地を守るはずの職業軍人達は評議会の方針である、“人は使い捨てるもの”というふざけた思想の元、廃棄処分されるか、前線に飛ばされていた。

 今彼らを守るのは生粋の軍人ではない。戦闘技能こそ軍人のそれだが、心構えは素人同然の虚構軍人である。

 ナノマシンによる心理調整すらもケチった代償として、兵士達は錯乱し始めていた。


『逃げるな! 逃げればお前達を処分するぞ!』


 司令官の言葉が虚しく響き渡る。何名かは戦闘不能と判断され、ナノマシンにより生きたまま融解し始めていた。


(……人を恐怖で縛ってもロクな成果は出ない)


 追い詰められた人間に、まともな思考は不可能。それでも何人かは命令を順守しシャドウに銃撃を加えてくるが、命令に従おうが無視しようが結果は同じだった。ただ、死に方が変わるだけだ。

 とはいえ、まだ生きたまま溶かされるよりは、銃弾で即死した方がマシかもしれない。

 死に方の選択を迫られた兵士達の何人かが、発狂しながら銃撃を行った。

 まともな戦場ではない。敵は涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら殺してくれと叫んで銃を撃つ。

 その願いに応えつつ第5ブロックに入ったシャドウは上から感じた殺気に身を翻した。

 即座に鳴り響く轟音。シャドウが立っていた鉄製の床がぐにゃりとへこんだ。


(異端狩りか)


 時代遅れのショートソードで斬撃を加えてきた騎士に銃を向けながら、シャドウは分析を始めた。

 異端狩りの英雄とまで言わしめたロベルトをシャドウは討ち取っていたが、トップが死んだだけで組織が瓦解するわけではない。

 異端狩りは個人個人が弱い無能者にとって必要不可欠な部隊だ。故に、その登場も予測出来ていた。

 だが、それでも眉根を寄せずにはいられない。

 年端も行かぬ少女が、化石めいた老人達を守る為、その命を投げ出すなど。


「目標捕捉。即刻排除」


 淡々とするべき事柄を唱えた少女は、黒い髪を揺らしながら剣と盾を手に動き出した。

 強化鎧に身を包んだその少女は、盾で銃弾を防御しながら接近してくる。


(格闘戦は不利か……)


 ロベルトの時とは違い、相手は万全の状態である。身に宿る異能が不明な以上、不用意な接近は避けたかった。

 射撃を行いながら、シャドウは距離を取る。影色の戦闘服を纏う男を、古めかしい最新鋭の鎧を着た少女が追う。

 少女は力任せに剣を振るうばかりだが、脅威であることは変わりない。

 唯一むき出しである頭部を守るように構えられた盾が、シャドウの銃撃を阻む。


「異能発動。対象捕縛!」

「く……」


 唐突に時が止まる。後方へ移動していたシャドウが固まる。

 いや、違う。シャドウは瞬時に理解した。

 加重。突然加えられた重さに、シャドウは止まらざるを得なかったのだ。


(重力操作……)


 相手の異能を判別したシャドウは素直に銃を捨てた。通常とは違う重力が加えられた以上、銃は無効化したも同義だ。

 代わりに、左手でバックパックに仕舞ってあった端末を取り出す。


「捕縛成功。……対象殺害?」


 耳元の通信装置に手を当て、上の指示を仰ぐ少女。その間にも、シャドウの端末はハッキングを開始していた。

 徐々に彼の身体が下がっていく。シャドウは中腰の姿勢で重力に引かれるのを耐える。今自分に出来るのは耐え忍ぶのみ。

 後方から足音が聞こえシャドウが振り向くと、そこにはRPGを持った兵士が立っていた。

 過剰攻撃だな、とシャドウが他人事のように想っていると騎士が命令了解と言って通信を終えた。


「指令排除。――あなたに恨みはないけど、死んでもらう」


 本来の彼女が持っていたであろう、人らしさを垣間見せながら近づいた少女は剣を振り上げた。

 直後に響く、剣戟と悲鳴。


「うわあああっ!」


 無論、シャドウの悲鳴ではない。

 ハッキングによって耳を劈くようなノイズが通信機から発せられ、混乱した少女が剣を無造作に振るう。

 異音によって騎士の異能が解け、加重が解除されたシャドウは右手で落とした銃を拾い、後方の兵士へと突撃した。


「ぐっひぃいいい!」


 情けない悲鳴。勝利と自らの生存を確固たるものにしたとばかり思っていた兵士が、足を撃たれ錯乱。

 RPGを接近してきたシャドウ目掛けて撃つ。

 

「……っ!」


 シャドウはスライディングで凶悪な榴弾を回避し、兵士を拘束して盾とした。

 爆発音と悲鳴。シャドウの狙い通り、ロケット砲を直撃することなった少女が吹き飛ばされる。

 敵兵は自分が撃ち放ったロケット弾の破片が突き刺さり絶命した。


「ぅ……く……」


 障害を排除したシャドウの耳に聞こえる、苦悶の声。

 強化鎧パワードアーマーと堅牢に作られた盾のおかげで少女は生きていた。

 シャドウは周囲の状況を確認しながら、ボロボロの鎧を着る少女の元へと歩み寄る。


「……殺して、くれる?」

「…………っ」


 数多の人間を殺しておきながら、ここに来てシャドウは初めて動揺した。

 いや、初めてではない。あの時もだ。シャドウは妹の死に際を思い出した。

 中立派に所属したシャドウを陰ながら応援してくれていた妹。だが、その命は何者かによって突然奪われた。

 正体を知った時、シャドウは絶句した。まだほんの子どもに、自分の妹は殺されていた。

 とはいえアレを子ども……人間として形容していいべきか。便宜上は男と呼んでいるが、人と呼んでいいかすら怪しい。

 それほどの不条理をもたらす存在だとシャドウは認識していた。

 故に、シャドウはこれほどの戦闘力を獲得したのだ。復讐のため、そして世界を守るために。

 研ぎ澄まされた技能は生まれ持った才能に匹敵する。そう信じて。

 影ながら世界を守ることが出来るならば、例え死者に恨まれようとも、生者に憎まれようとも構わない。

 そのためには何だって成そう。不可能を可能にさえしてくれよう。

 そう思って今まで戦ってきた。しかし、人に殺してくれと懇願されることには慣れていない。


 ――兄さん。苦しいよ。……もう助からない。お願い……私を苦しみから解放して。


 一歩間に合わなかったシャドウに言った、妹の言葉が頭を巡る。

 今更何を躊躇う必要がある。

 シャドウは逡巡を終え、ハンドガンを取り出した。

 妹の姿と、倒れている少女の姿が重なる。

 しかし、どんなにトラウマを抉ろうとこれは必要な処置である。とうに涙は枯れている。


「……ありがと」


 引かれる引き金。人を殺すための仕組みが働く。

 放たれる弾丸。排出される薬莢。

 シャドウは少女を一瞥した後、すぐに行動を開始。目標暗殺のため動き出す。


「……なんで」


 残された少女が、異端狩りとして死亡し無垢な少女として戻った彼女が、自分の生に戸惑い茫然と呟いた。





 一体いつまで寝ていたことだろう。

 不意に目を覚ました心は、身を固くして周囲を見回した。


「どこ……ここ!?」


 見知らぬ光景。見知らぬ土地。

 空地となった場所に、心は倒れていた。

 なぜこんな場所にいるのか全く心当たりがない。

 自分は黒い雨をしのぐため、森の中にいたはずなのだ。だが、あるのは殺風景な街並みだけ。

 不自然に人の気配がない。さながらゴーストタウンである。

 日の光だけが、彼女を優しく照らしている。


「そうだ……! クイーン! 一体……クイーン!!」


 事情のわからぬ心がアドバイスを求め、かつての仇敵の名を叫ぶ。

 だが、声は全く聞こえなくなっていた。彼女が気絶している間に、時間切れとなってしまったらしい。


「そんな……まだ聞いてないことが……」


 更地の上で愕然とし、座り込む心。

 もはやどうすればいいのか。悩む彼女に、宿敵の声が甦る。


 ――あなたはこの世界の希望。理想郷へ進むことが出来る、唯一の人間。


(そんなこと言われても……私はまだ私のことを思い出せてすらいない……)


 そもそも、どうしてこんな場所にいるのか。

 クイーンに逃げろと言われ、逃げなきゃと必死に祈った。

 暗殺者としての行動よりも、狭間心というひとりの人間として逃げ出そうとした。

 そして、気がついたらこの場所に寝ていた。

 心の中のこころが、なぜあの時デバイス使用をしなかったと糾弾してくる。


(……自分がピンチの時って思いのほか身体が動かないみたいね)


 奇妙な感覚に囚われた心が、嘆息する。

 直樹を拘束する時と、彼を救出する時はびっくりするほど冷静に対応出来た。

 だが、どうしても自分の命だけ、となると行動が鈍る。怖じぬようにしなければ。


「……結局……ここは……っ!?」


 立ち上がり、空地の全貌を見た心は自分の動悸が早まるのを感じた。

 知っている。この場所を知っている。自分の中の自分が知っている。

 忘れたくても忘れられない。狭間心の本質であり、全てのはじまり。


「まさか……」


 心は理想郷ユートピアを抜き取り、その輝きに目を落とした。

 ドクン、ドクンと鼓動が高まる。身体が勝手に安堵を抱く。

 後悔と激昂、慟哭を始める。

 見も知らぬ土地であるはずの場所で、心はいつの間にか泣いていた。


「まさか……まさか……ここは……」


 私の過ごした、家なのか。

 思い出の欠片も残っていないその場所で、心は呆けるように呟いた。

 答える者はいない。そんな必要はなかった。

 心の中のこころが、涙を流していたから。

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