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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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破壊の始まり

 綺麗な街並みを煌々と照らす太陽すら、慰めになりはしない。

 むしろ、トラウマを抉るばかりだった。

 日の出を見た時の出来事がずっと昔に思えるが、まだ数時間しか経っていない。

 ベンチに座っている少年は、暗い表情のまま回想に耽っている。

 いざ思い返してみると、成美との思い出はそこまで多くはなかった。

 仕方のないことではある。正直に言うと、妹と遊ぶよりも友達と遊んでいた方が楽しかった。

 妹もそうだ、と思っていた。だが、今となってはわからない。

 あそこまで自分の身を案じてくれていたのなら、もしかしたら遊びたがっていたのかもしれない。


「成美……」


 呟かれるその名に、反応する声はない。

 聞こえない。二度と届かない。

 そんな場所に、成美は逝ってしまった。自分の不覚によって。


「直樹君……」


 傍にいた炎が、直樹を心配してくる。しかし、直樹は無反応だった。

 冷たい対応をされても、炎は寂しそうな素振りすら見せず、彼の身を案じ続けた。


「守ってやれなかった……」


 目の前の景色が、色あせて見える。

 灰、灰、全てが灰だ。白くもなく、黒くもない。

 普段見れば美しいだろうアミカブル宮殿の噴水も、フランが散歩していたであろう庭園も、灰色にしか見えない。

 目は開き、確かに視界に入っているはずなのに、直樹は何も見えていなかった。

 横に立ち、彼の身を案じる炎も。同じように彼を心配し、不安げな表情を浮かべている久瑠実も。

 身体を休めるためベンチに座りながらも、本来いるべき人間がおらず焦っているメンタルも。

 あちこちを目で視回している彩香も。車椅子で佇んでいる小羽田も。

 ずっと何か考えるように俯いているノエルも。

 肝心な時に自分は何をしていた、と悔しがっている水橋も。

 同様の悔恨で、地面を踏みつけている矢那も。

 すぐに状況を理解し、立火市の住民達を迎え入れるよう手を打ったフランも。

 心痛な面持ちで、フランに肩を寄せているノーシャも。


(なぜだ……救えた……助けられたと思ったのに……)


 この問いを一体何度自分に投げかけたことか。

 そのたびに、自分が悪いという結論に至っていた。

 あの時成美に手が届いてさえいれば――。

 ずっと、ずっと、この世唯一の理想郷にいながらも、考えているのはそれだけだった。


(なぜだ……なぜ、あの時俺を突き放した。手を掴んでさえいれば……)


 無限に続くかと思えるほど、問答を繰り返す。

 頭によぎるのは、妹だけ。妹の死にざまだけ。

 死に際に一声を掛けることもままならなかった。ただ茫然と、その名を呼んだだけ。

 手を握ることもせず、復讐に奔りそうになった愚かな自分を、諫めてもらったのみ。

 妹を守る兄であったはずなのに……守れなかった。

 

 どうしようもない奴だ、俺は。何がみんなを守るだ。

 妹一人守れない奴に……みんなが守れるわけが……。

 

 と悲観に暮れ、心折れそうになる直樹。

 つまり今、彼は挫折し、地面に倒れている状態だ。

 心折れぬ者とて、倒れはする。

 そんな時は……誰かが手を伸ばし、立ち上がらせねばなるまい。

 故に――満を持して、ソレは語りかけた。

 心折れる兄など……情けなくなる直樹など、もう見飽きたと。


 ――兄の心はそう簡単に折れない。そうでしょ?


「成美!?」


 驚きのあまり、ベンチに座っていた直樹は勢いよく立ち上がった。

 その驚きは、周囲に伝播する。不安げに彼を見守っていた仲間達が、彼の気が狂ってしまったのか、と本気で心配し始めた。

 だが、周囲の心配をよそに、直樹の顔は輝いていた。だが、すぐにその顔が陰る。


「生きて――」


 ――はいないわ。私はもう死んでいる。これは死に際の遺言のようなモノ。

 私が死んで……くよくよしちゃう兄の目を覚まし、そして道しるべとしての役割を果たすための。


 その言葉は衝撃的だった……はずなのだが、目を覚まし、などと言われてしまうとくよくよしようにも出来ない。

 それに、妹の前で、兄が泣いているわけにはいかない。

 そのため、直樹は強がりをみせ、気になった単語を復唱した。


「道しるべ……どういう」


 ――意味かは今説明する。よーく聞いてね。聞き漏らしても、もう二度と言えないから。


 直樹は周囲に目配せし、静かにしてくれと頼んだ。

 だが、そんなことしなくても、直樹の気が触れたと想っている面々は、何か言うこともせず、じっと見守るのみだ。


「大丈夫だ。教えてくれ」


 本当は色々聞きたい。しかし、二度と言えないなどと言われてしまえば、耳を傾け続けるしかない。

 これが本当に最期の、成美のことばだ。

 直樹は噛み締めるように、絶対に聞き逃すことのないように、細心の注意を払って傾聴した。


 ――まず単刀直入に訊く。その場所に、全員いる?


 ここでいう全員とは仲間のことだろう。

 そう悟った直樹が周囲をもう一度見回した。そして、愕然とする。

 なぜ自分は気づけなかった。大事な人間が、ひとり欠けている。


「心が……いない……!?」

「そうよ。……言いたかったけど言い出せなかった」


 彩香が焦燥を感じさせる顔で言う。

 彩香の焦りも当然だ。心は彼女にとって大切なパートナーなのだから。


 ――……薄々こうなる予感はしてたけど、くそっ。彼女がいなければ意味がないの。

 彼女は、狭間心は理想郷への鍵。

 あなたと、炎、そしてみんなが志し、辿りつかんと手を伸ばす誰もが平和に暮らせる場所の。


「鍵……心が?」


 ――それは、彼女の身に宿る異能の……っ! そろそろ時間が……。

 ……何が言いたいかはわかったでしょ? 狭間心を探して。恐らくは……日本に……。


「成美!」


 急に成美の声が遠くなり始めた。もう時間がないのだろう。

 そんなの嫌だ、と直樹は駄々を捏ねたくなるが、そんな情けない姿、妹に見せられない。

 だが、何かことばを投げかけなければ。

 せめて、救えなかったことを、あまり遊んでやれなかったことを謝らなければ。


「……助けられなくてごめ」


 ――謝罪は受け付けない。あなたは何も悪くない。

 本当なら私が……謝らなきゃ。でも、きっとあなたはそんなこと言わない。

 だから、私はもう一度、感謝を述べるよ。


「なる……!!」


 ――兄……ありがとう。


「……ま、待て! 俺も……俺もお前に……感謝してる!」


 天に向かって、精一杯の声で、直樹は叫んだ。

 堪えていた涙が、決壊したかのように流れ出した。

 だが、すぐに直樹は涙を拭う。

 泣いてる暇はないからだ。

 きっと妹は……成美はどこかで見守ってくれるだろう。

 ならば、兄である自分に出来ることは、情けなく振る舞うことではなく。

 みんなを守るヒーローのように気丈に振る舞うことではないか?

 実際、自分はヒーローではない。ひとりではとても弱い。みんなの力を借りねば、何も出来ない人間だ。

 だが……だからこそ、直樹はみんなへと振り返った。

 そして、声を張り上げた。自信満々に、声高らかに、仲間に呼びかけた。


「みんな……力を貸してくれ! 心を探す!」


 うん、はい、ああ、オーケー。

 みんな各々了解の意を示し、全員が動き出した。

 全ての鍵である、狭間心を見つけ出すため。

 暗殺少女の理想郷を成すために。






 灰、灰、灰。

 一面の灰と、炎。

 ここは地獄なのか。そう思ってしまうほどの、凄惨な光景。

 整っていた街並みは、果たして本当に街があったのか疑問に思ってしまうほど、崩壊している。

 かろうじで残っている鉄組と、ボロボロになった建物の残骸が、ここは街だったと教えてくれている。

 人は誰ひとりとして見当たらない。

 唯一の救いは全く悲鳴が聞こえないことだ。そのおかげで、ここが地獄でないとわかることが出来る。

 本当の地獄ならば、きっとたくさんの悲鳴が聞こえたはずだから。


「……っ」


 息を呑み、状況を理解しようと努力する。

 爆心地から離れていたとはいえ、この有様である。

 特徴的なきのこ雲が、太陽を覆い隠している。朝だったはずなのに、夜なのではないかと錯覚してしまうような密度だ。


「核……」


 核爆弾が落ちたとして、核兵器撤廃を訴えてきた日本。

 しかし、もう時代が変わっていた。この核を作ったのは何を隠そう撃ち込まれたはずの日本だ。

 人々の認識が核を肯定するものへと移り変わっていたためだ。異能者の存在によって。

 人に向かって核を撃つのは人道的に問題だ。しかし、化け物に核を撃つならば、多少の問題には目を瞑ろう。

 そう考える人間が、無能派の上層部にはいた。

 例えその結果、街一つが消し炭になり、汚染によって何年か人が住めなくなろうが、そこにあった大切な思い出が無に帰ろうが、気にしない人間。

 そんな人間の業と、ひとりの少女の想いが、立火市を一つ吹き飛ばした。


「……生存者は」


 まだ生きている人間がいるのではないか、と探し出そうとした心の脳裏に、宿敵の声が響く。

 

 ――そんな人間はいない。……そう切に願ってるわ。


「……クイーン!? どこにいるの! 爆発に……」


 ――巻き込まれたんじゃなくて、巻き込んだの。奴を。世界に仇名す、忌々しい存在を……。


「何を言って!?」


 虚空に向かって叫びながら、爆心地に走り出した心だが、クイーンの止まってという制止を聞き立ち止まった。


「クイーン!?」


 ――被爆するよ?


「そんなことは……!」


 ――まだわからない? 私はもう死んでるの。これは残留思念。


「……っ」


 既にわかりきっていたことだが、改めて突きつけられるとショックを受けてしまう。

 立ち止まった心に、成美はため息交じりに、そしてどこか嬉しそうに話しかけた。


 ――……ショックを受けてくれる……のか。あなたの全てを……家族も思い出も奪った私の死に。

 そのことを、私は喜ぶべきなのでしょうね。だけど、私にはもう時間がない。伝えるべきことを伝えなければ。


「伝えるべきこと……」


 呟いた心の肩に、雨の当たる感触がした。

 ふと何気なく上を見る。すぐにその行いを後悔した。

 黒い雨。放射線まみれのどす黒い雨が、ぽつぽつと降り始めている。


「……まずい……っ」


 今更遅いかもしれない、と思いながらも心は駆け出した。

 被爆。放射線障害などを引き起こし、被爆した人はずっと苦しめられることになるという。

 人が浴びていい放射線量はどれくらいだったか。

 今の自分は大丈夫なのか。

 心が恐怖に駆られつつ抱いた問いに、残念ながら心の知識は応えてくれなかった。

 流石の異能殺しも、核兵器に関する情報は持ち合わせていない。


 ――大丈夫。あなたの異能ならば、気にする必要はない。それにこれくらいで動じてどうするの。

 これから……もっとひどくなるのに。戦争でね。


「戦争……」


 気にする必要はない、とクイーンに言われたが、だとしても目に見えない存在ほど恐ろしいものはない。

 特にこの黒い雨。これを黙って浴び続けるのは、心の精神衛生上よろしくない。

 道を戻り、坂道を上り、妥協案として森の中に入った心は、葉っぱが自分を守ってくれることを祈りながら、木陰の中に座り込んだ。

 息が荒い。とても怖かった。あれほどの破壊を人が本当に作ったのか、甚だ疑問だった。


 ――信じられなくとも、目の前に事象としてあるのならば、受け入れるしかない。

 この核も、異能もある意味同じかもね。使い方次第では平和利用も出来るかも。

 でも、恐らくは人は制御出来ない。しようとしない。


「……そう、ね」


 反論したかったが、心にそんな余裕はない。

 死者との会話より、目前の出来事の方が恐ろしかった。

 一体何がどうなった? どうしてこうなってしまったのか。

 そもそも直樹達は? まさか巻き込まれ――。


 ――そこら辺を含めて、全部説明したいんだけど?


 若干苛立った声音で、成美が告げた。

 インストールしてあったからいいものを……などとぶつぶつ呟く成美に対し、心はとりあえず頼りなさを感じさせる声で謝った。相当に弱気だ。

 病院で目覚めた時と、何ら遜色がない。これが本当の自分なのかもしれない、と心は思った。


 ――いいわ。本来謝るべきは私。

 なぜかあなただけ、目的地への転送を失敗した。妨害されたのかもしれない。


「妨害……」


 ――そう。あなたが心配した兄……直樹は、仲間達と共にアミカブルに転送させた。だから無事よ。

 もちろんあなたも、アミカブルに送るつもりだった。だけど……失敗した。

 恐らくは……考えたくはないけど……。いや、今はいいわね。

 とにかく、あなたに最優先で伝えなければいけないことがある。


「……伝えたいって言ってたこと……」


 ――ご明察。まずはっきり言う。あなたの異能は再生異能ではない。


「…………え」


 意見の食い違うクイーンの言葉に、心は困惑した。

 クイーンに話を聞いた後、直樹と接触するまでに、心は自分の異能について詳しく聞いていたし、心の中のこころも、心に宿る異能が再生であることを示していた。

 だというのに、ここに来て自分の異能が再生異能ではない?

 では、この回復力は一体何なのか。その答えを成美は口にし始めた。


 ――あなたはこの世界の希望。理想郷へ進むことが出来る、唯一の人間。

 そんなあなたに私が出来るのは、道しるべとして情報を伝えることだけ。後は……あなた次第。


「私……次第?」


 ――そう、だってあなたは……………なのだから。


 心の当惑は止まらない。

 肝心の部分が聞こえない。だが、果たして有り得るのだろうか。

 直接声に出すのではなく、頭に思念を送っている状態で、言葉が届かないというのは。


 ――っ、これは……。まずい! 逃げ……っ!


「え、な」


 心の思考が追い付く前に、心が逃げ込んだ森が跡形もなく吹き飛んだ。


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