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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第五章 女王
94/129

壊れる日常、壊れる世界

 ――数分前――


 ノエルは鉄塔の屋上まで昇りつめていた。

 もうすぐ日の出である。そろそろ朝食を摂りたいところだ。

 さっさと敵を倒さねば。

 気配を殺し、音を消し、暗殺者のように姿の見える透明人間となったノエルは、いつ躍り出るかどうかタイミングを見測っていた。

 もしタイミングを誤れば姿を見られてしまう可能性がある。隠密行動の厄介なところはそこにある。

 相手の視線。ふと何気なく普段なら考えられない方向を向かれでもしたら、姿を消すことが出来ないノエルは一発で見破られてしまう。

 相手の力量がどうであれ、気付かれる前に倒すに越したことはない。

 一瞬の油断が、命取りになる可能性があるのだ。


(……何かしらの隙があれば――)


 一瞬でカタがつく。

 辛抱強く待ち続けたノエルは、突然驚いたように身を乗り出した男に眉根を寄せた。


(何です?)


 というノエルの問いに答えるかのように、男が大声で不満を叫ぶ。


「つまらない! なぜそこで握手なんか出来るんだ? とんだクソストーリーだな。あの兄妹は」


 その叫び声を聞き、ノエルは安心感と同時に不快感を覚えた。

 握手をした、ということは無事和解したということだろう。流石、自分にも手を差し伸ばした男である。

 だが、それをつまらないという男は一体何だ? 人と人がわかり合ったことのどこがつまらないのか。


(……嫌な感じですね。一瞬で終わらせます)


 今の言葉で話し合いをする気はとうに失せていたが、それでも男は生かしておく。

 情報を入手するため、そしてあわよくば戦力を増強するためだ。

 敵を仲間に出来るならそれに越したことはない。

 最も、あの言動故、そんなことは不可能に思えるが……。

 だが、それでもどうにかしてしまうのが、神崎直樹という男である。

 不可能を可能にする男。花で言うところの青いバラ。

 まぁ、直樹の外見にそんな美しさはないが。そも、好意を寄せているだろう心や炎、久瑠実、直樹に憧憬を抱いているノエル自身も見た目ではなくその本質に惹かれたのだ。

 恐らく、クイーンも。

 そんな男に報いるためにも、何としても一撃で終わらせねば。

 そうノエルが身を乗り出そうとした時だった。


「やはり俺が壊すべきだな」


 などと嘯いた男は、一瞬にして、


「な――速い!?」


 とノエルに瞠目を与え、上空にノーモーションで移動した。

 そう移動である。跳び上がったわけでも、何らかの異能で浮かび上がったわけでもない。

 否、何かしらの異能は発動していることだろう。だとしても、ノエルの理解の及ばないモノであることは確かだった。


(重力系? 念力系? ――いや、今は!)


 左手でフリントロックを構え、狙いをつける。

 フリントロックピストルにはサイトが存在しない。だが、もう手慣れたノエルならば、風の異能と相まって確実に当てることが出来る。

 後は、相手が避けないことを祈るしかない。


「クッ!」


 引き金を引き、風と近未来的システムで強化された弾丸が弾き出される。

 風が唸り、銃口が吠える。

 風力抵抗など一切感じない弾丸が、一直線に対象へと奔る。

 幸いなことに相手に回避する気配はなかった。

 敵の腹部に命中すること必定。ノエルの精確な射撃によって、男の企みは阻止される……はずだった。


「え……」


 と茫然と呟いたのは、腹を血に染めた男ではなく銃弾を放ったノエル自身である。

 思考が追い付かない。何が起こってるのか定かでない。

 銃弾が掻き消えた。当たったはず。しかし、何の前兆もなく、何かの異能を発動した様子もないというのは……。


「な、何が……」


 一人前の騎士であるノエルだが、この状況には当惑を隠せない。

 だが、すぐに行動を移した。すぐに次弾を装填、撃墜しようとする。

 近距離戦は選択肢にない。それは危険だと、騎士としての勘が告げている。

 今度は銃撃だけではなく、風の刃を飛ばす二段構えで行く。それならば、相手とて異能の一端を露呈せずにはいられないはず……。

 銃口から銀弾を詰め仕込み、発射態勢となった銃を再度構えたノエル。

 だが、その引き金が、かけられた指が動くことはなかった。


「な」


 悲鳴を上げる暇もない。銃を穿つ隙もない。

 急に飛来してきた真っ黒な丸い塊が、鉄塔を崩壊させた。





「何事……?」


 邪悪な気配を辿ってきた心は、急に鳴り響いた轟音に顔をしかめた。

 何の前触れもない突然の事態だったが、心はそれほど驚いてはいない。

 例の感覚と無関係とは思えなかったからだ。

 心の予感が的中していたのを裏付けるように、鉄塔があった方向から飛来してくるソレを心は見つけた。


「……」


 反射的に理想郷ユートピアを構え、謎の男に狙いを付ける。

 どんどん近づいてくるにつれ、男の影が大きくなる。

 男が飛行しているとばかり思っていた心だが、距離が近くなるにつれ誤解だったことに気付いた。

 男は飛んでいない。移動していると表現した方が近い。

 まるで、男には重力も、空気抵抗も存在していないような気がした。

 無論、そうなるからには理由がある。実際には何らかの異能を発動しているだろう。

 その異能が何であれ、男の目的がどうであれ、食い止めねばならない。

 でなければ大変なことになる――。

 そう叫ぶこころの声に、心は素直に従った。


「死んだらごめん」


 謝罪を口にして、フルオート射撃を飛来物へ行う。

 セミオートモードで狙撃しても良かったが、万が一を想定しての処理だ。

 強い反動が加わるため、難易度が跳ね上がる。が、心の知らぬところで蓄積されていた暗殺者としての経験が、それを可能とした。

 明るくなってきた街中に、金の拳銃から放たれた銀が射出される。

 確実に命中すると思われたそれは、当たりはしたが効果がなかった。

 予想外の展開に、心が息を呑む。銃弾が掻き消えたようにしか思えなかった。

 飽き飽きしたような表情の少年が、銃撃で心の存在に気付いた。漆黒の瞳が、心に向けられる。


「……っ!?」


 ゾクッという背筋の凍る感覚に、心が戦慄する。

 男は心を見て嗤っていた。とても邪悪な、暗すぎる笑みを向けていた。

 対して、心の出来ることは少なかった。拳銃を撃つことも、連絡を取ることも出来ない。

 まるで金縛りにあったかのように、立ち止まった。

 だが、心の中のこころは違う。

 すぐに心が訴え、彼女を縛っていたものが解けた。

 携帯を取り出し、直樹に電話をかける。だが、繋がらない。

 どうして、と狼狽した心だが、履歴にあった炎という名前に一縷の望みを託す。

 コール音を聞きながら、待ってる時間さえもどかしい。

 幸運なことに、炎はすぐに電話に出た。


『あ、心ちゃん。もう終わったよ?』


 安心しきった声で、心に語りかける炎。

 対して切迫した様子の心が叫ぶ。


「違うッ! まだ終わっていない! 今そっちに……!!」




 ――現在――


 成美と無事和解した直樹は、急に受け渡された成美の異能に戸惑いつつも笑顔を見せていた。

 成美も笑えばいいのか、泣けばいいのか、どうすればわからずに困惑している。

 笑っていいと声を掛けようとも思ったが、太陽が眩しくて、美しくて、ことばが無粋に思えて止めた。

 これほど太陽を綺麗と思ったのは初めてかもしれない。

 暗い宇宙の中で、光輝く圧倒的熱量。

 太陽は偉大であり、人々を暖かく照らしてくれる。

 あんな輝きを見れば、世界に神が存在すると思いたくなるものだ。実際にいるかはさておき。


「綺麗だな……」

「うん」


 直樹が呟き、成美が同意する。

 短い兄妹の会話を聞きなぜか炎が得意げになった。


「太陽はすごいんだよ! あったかくて、いっつもキラキラ輝いているんだから!」


 太陽と親和性が高い(と、当人は想っている)炎がドヤ顔で語っていると、突然携帯が着信音が鳴る。

 せっかくこれから色々と……とぼやいた炎だが、着信相手に顔を輝かせた。

 相手は親友、狭間心だ。記憶を喪っているが、それが何だ。

 普段通り接するべきだ、と息巻いた炎が携帯を耳に当てた。


「あ、心ちゃん。もう終わったよ?」


 楽しそうに心に応える炎。

 その様子を横目で見ながら、直樹は成美に声を掛けた。

 今後のことを相談するためだ。

 まずは、と背後にある哀れな我が家を見て微妙な顔になる。


「どうするか、これ」

「……壊したの兄だし、私は知らない」


 素知らぬ顔をする妹に、直樹は焦った様子で、


「お、おいいくら何でも」

「冗談。……私も手伝うから、いっしょに治そう」


 と言って、微笑む成美。

 本当に終わった。

 これは小さい喧嘩だったが、世界全てを巻き込む恐れのあるモノだった。

 成美の異能は、そこら辺の異能より遥かに強力だ。

 そんな存在が味方となった今、理想郷への道が一気に近づいた気がする。

 それに、上手くいけば心の記憶だって修復してくれるかもしれない。

 後はいつも通りの日常に帰るだけ。

 いや、語弊があるかもしれない。もはやいつも通りではないだろう。

 平穏でもない。ふつうではない。

 それでも、みんながいっしょにいる。それだけで十分だった。

 後は気絶している水橋さんと矢那さんを起こして、家に帰るとするか。

 直樹がそう口に出そうとした、その時だった。


「直樹君、成美ちゃん!」

「どうした、炎?」


 焦りを隠さず叫ぶ炎に、直樹が疑問の眼差しを向ける。

 炎は勢いよく、心との通話の内容を告げた。


「今こっちに何かが……」


 と、炎が警告し、空にその何かを確認した直樹が、


「……アレは……」


 と遠方を見、傍にいた成美が、


「危ない!!」


 と手を伸ばした刹那、神崎直樹が抱いていた日常が崩れ去った。

 それは日の光に照らされて、とても良く見えた。もし夜だったならば、ここまではっきりと直樹が目視することはなかっただろう。

 真っ黒な塊が、妹に飛ぶ。

 直樹の手は届かなかった。代わりに成美の伸ばした手は届いた。

 その手は、自分の大事なものを守るため、守りたいものを突き飛ばした。

 直後に散らばる赤いモノ。人の中を流れる、いのちのカタチ。その赤い水が、辺りに広がった。


「な……」


 声を上げて、叫ばねばならない。

 だが、驚きの方が勝っていた。どうしようもない現実を前に、頭の中が真っ白になる。


「なる……」


 何だ? 何が起きた?

 今、自分の妹の身に一体何が?

 直樹は心の中で何度も自問した。だが、そんな問いをする必要はない。

 答えは日の光の中にある。今見ている光景にある。

 しかし、そんなモノが受け入れるはずもない。有り得ない。有り得てはならない。

 今救ったはずの妹が、むざむざ目の前で殺されたなど。


「成美!」


 やっと、口で妹の名を呼べた。

 だが、もう遅い。妹の身体は無残に引きちぎられ、腹から下がなくなっている。

 ひゅうひゅうと息もするのも苦しそうな息の音が、静かに聞こえてくるだけだ。


「あ……兄……なおき」


 喋るのもやっとの様子で妹が口を開く。

 喋るな、とも言えない。……どうすればいいかわからない。

 人を救ってきた男に、人を治療する術はない。

 いつも殺される前に助けて来た。いつもそれでどうにかなっていた。

 だが、今回は……今回ばかりはどうにもなりそうにない。

 そう考えてしまう自分に吐き気を催しつつ、直樹は成美の元に駆け寄った。


「くそ! しっかりしろ! 今病院に……」

「むり……これは……どうあがいても……」


 迫りくる死に対して、成美は驚くほど冷静だ。

 もう覚悟していたのかもしれない。いつ自分は死んでもおかしくない。

 そう胸に秘めて、今まで生きていたのだろうか。

 だとすれば、それはとても悲しいことだ。いや、直樹の内面に浮かぶのはそれだけではない。

 怒り。黒すぎる怒り。今までのような白ではなく灰色を通り越し、復讐の炎が燃え盛る。

 激昂した直樹は、その男の姿を見上げた。


「よう。クイーンの元へ、キングがはせ参じたぞ」


 空に浮かび、茶化すように言う少年。黒い髪で黒い瞳。

 その邪悪すぎる瞳に、直樹は拳を握る。強く握り過ぎて、血がにじみ出てくる。


「お前……お前が……!!」


 と激情を相手にぶつけようとしたその時、妹の手が、瀕死の成美が、兄であり救済者である男の手を握った。

 真っ赤な染まった手に止められ、直樹が驚愕する。


「成美……!」

「だ……だめ……なおきは……いつもの、やさしいあにでいないと」

「でも……家族をこんな目に遭わされて怒るなって……言うのか」

「……そうじゃない……おこっても……いいし……ないてくれたら……うれしい……。でも……いかりにまかせて……ちからをふるってはだめ……あなたのちからは……ひとをきずつけるためじゃない……ひとをまもるための……ものだから……」


 人を傷付けるためではなく、人を守るための異能ちから

 成美の意見は的を得ていたし、直樹の信条そのものであったが、それでも直樹は納得出来なかった。

 これほど敵に対して怒りを感じたのは初めてかもしれない。怒り過ぎて、現状について行けなくて、頭がどうにかなりそうだった。


「……しょうじき……うれしい。あにはやはりわたしの……あに。……たとえちはつながってなくても、キズナがつながっている――だから」


 成美は優しい笑みを創った後、直樹の頬に手を当て、苦しそうな声で囁いた。


「ありがとう……さようなら」

「成美……っ!? なに!?」


 びゅんという音と共に、直樹の背後から突然、瞳に何の感情も写さない男が現れる。

 炎の脇には同じような目をした女性が。水橋の横にも、矢那の前にも同じように出現した。

 直樹は知る由もなかったが、成美が精神操作した転移異能者達である。

 彼らは直樹とその仲間達、そして立火市周辺にいる全ての人間を抱きかかえ、自身の異能を酷使させられた。


「な、成美!!」


 直樹の叫びを最後に、立火市にはクイーンとキングしかいなくなった。

 残された王と女王は、視線を交差させ、話始める。


「クイーンか」

「キング……ね。ばか……ばかしいなまえ……」


 罵倒するのさえ一苦労。

 成美は、自分の命があと数分で無くなることを悟っていた。

 本来ならば、兄と最後のひと時を楽しみたかったところだが、そうもいかない。

 この男が出てきた以上、何とかするのだが成美の役割であり使命だ。


(絶対に直樹に手は出させない……!)


 そのためならば何だってする。今までもそうだった。

 ただ、今回はちょっと事情が違う。関係ない人間は退避させた。

 直樹の影響は間違いなくあった。そのことを、成美は嬉しく思う。

 だが、そんなことで罪は払拭出来ない。そもそも、別に罪滅ぼしでやったわけではない。

 ただ、自分がやりたかったからやっただけだ。どこかのおバカさんと同じように。


「……確かにな。俺を言い表す言葉としてはふさわしくない」

「……じゃ、どんななまえが……いいの……?」

「ハッ。決まってるだろ。もちろん……神だ。ゴッドだよ」


 失笑すら浮かべてしまうような言葉。だが、成美は笑わない。

 呆れたわけではない。

 怒ったのだ。

 そう自分を言い表していいのは……無邪気に語っていいのは……。


「あに……だけよ」

「なに? ……ああ、神崎……だったか」


 嗤いながら地上に降り立ったキングは、血をこぼしている成美の傷口に手を触れた。

 痛みの中に痛みを与えられ、身を捩る体力もすでにない成美は、苦悶の声を上げるばかりだ。


「ぅ……く……が!」

「おお、痛いか? 痛いよな。でも、因果応報だ。お前はその痛みを他人に与え続けてきたんだからな」

「……そう、よ……ぐ……わぁ……たし……は……しんでも……いい……」


 ぐちゃぐちゃと千切れて空いた腹の中をかき回されながらも、成美ははっきりと言い放った。

 うん? と想定以上に強気のクイーンに訝しむキング。

 成美は自分の命が消えて行く感覚を味わいながら、太陽に向かって手を翳した。

 そして、最期の異能を発動させる。


「でも……ただではしなない……わたしは……りそうきょうへの……みちしるべとなる!」

「ん……核、か」


 太陽の中から、姿を現す爆撃機。

 核爆弾を搭載した機体を操縦するパイロットは、成美の指示通り核を投下した。

 落ちてくる鉄の、死の塊。

 無慈悲かつ高威力。しかし、人道的に問題のあるソレは、一切の狂いなく立火市に炸裂する。


(ねぇ……兄。聞こえる――?)


 世界の人間に絶望し、一人の少年に希望を見出した少女は、少年を救うためその身を投げ出す。

 凄まじい威力の爆発が、二人の人間ごと立火市を消滅させた。




 白い場所からソレを見ていた少女は、胸を痛ませながらも感慨深く呟いた。


「始まったね――」


 ――世界の終わりが。

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