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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第五章 女王
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兄妹、姉妹喧嘩

 見つめ合う兄と妹の顔は、侮蔑の念を浮かべているわけでも、悲哀に嘆いているわけでも、ましてや恋慕を抱いているわけでもない。

 二人の顔から垣間見えるのは、激情と、愛情。

 相手を想うからこそ、家族として愛しているからこそ、己が異能を発動させるのだ。


「行くぞ!」


 わざわざ掛け声を放ってしまう失策も、神崎直樹らしいと言えばらしいのかもしれない。

 うおおと気合の籠った声と共に、妹に接近する直樹。

 その速度は素早い。ただ駆けただけではなく、足の裏から火を吹かし急接近したのである。

 オリジナル曰くロケットブースト。圧倒的加速で、妹を急襲する。


「バカ兄!」


 そんな単純な攻撃方法も、成美からしてみれば苛立たしい癇に障るモノだったらしい。

 血管が浮き出そうになるほど怒り狂ってる成美は、何か特殊なことをするわけでもなく、右手を直樹に向けて翳した。

 否、既に異能は発動している。

 故に直樹は、神崎成美がクイーンと呼ばれていた理由を改めて実感するはめになった。


「……っ!? これは」


 成美にあと一歩と迫ったところで、身体の自由が効かなくなっていた。

 直樹とてバカではあるが、何が起こったか程度は悟れる。

 成美が、神崎直樹の行動を部分的に制限したのだ。


「……くっ……この……」


 身動き取れぬ身体を何とかして動かそうとする直樹だったが、苦心に喘いでいた声が唐突に止まる。

 カチャ、と拳銃が突きつけられたからだ。小羽田が落として行った拳銃だ。


「……おい、撃つのか?」

「……どうせ兄はそう簡単には死なないし、撃ってもいいでしょ」


 眉間にしわを寄せて、そう嘯く成美。

 本日二度目である。その拳銃で撃たれるのは。

 いくら再生するとはいえ、死に近ければ近くなるほど、傷の痛みは鋭くなる。

 まして体の自由が効かないとあれば、今から行われるソレは、もはや拷問に近かった。


(くそ……こんなことなら心に渡しとけば……ん、待てよ……?)


 拳銃を突きつけられてなお、直樹は冷静に思考出来る。

 それを異常とするか、正常とするかは世界の見方で変わるだろう。

 裏を知る者なら正常。

 表しか知らない者ならば異常。

 正常であって異常になる思考をもってして、直樹は危機的状況を逃れる活路を導き出す。

 声には出さず、明確に理論を組み立てる前に、直樹は異能を発動した――。

 使うは今日、わかり合えぬと思っていた、変わった趣味なる少女の異能。

 念思異能。他者の心に語りかけ、読み解く不可視の不思議な異能。

 まだ使い慣れない異能を使った瞬間、糸が切れたかのように身体は自由となった。


「よし!」

「くっ……! 面倒なモノを!」


 狼狽する成美だが、何の手立てもないわけではない。

 チェックメイトだと心は宣言したが、実際にはまだ彼女の手駒はたっぷりとある。

 拳銃で兄を牽制しながら、成美は壊れた壁の外側を覗き込んだ。

 そして、命ずる。

 全員、戦闘を中止し、兄を、神崎直樹を集中して攻撃せよ――。


「な――成美! 仲間を巻き込むな!」

「それが効果的だとわかっているのに、使うなという方がオカシイ! 兄はいっつもそうだった! ゲームする時もバカみたいなことにこだわってボロクソに負けてたね!」

「うるせぇ! それとこれとは……くそっ!!」


 一斉に仲間達の苦悶声が聞こえだし、直樹は反論を中断した。

 正気を取り戻し戦っていてくれた炎でさえ、頭を押さえ空中で苦しんでいる。

 さっさと決着をつけねば、と成美に掴みかかる直樹だが、唐突に感じ取った殺気に回避行動を取らざるを得なかった。


「何が……久瑠実か!?」

「……クイーンに仇なす敵は誰であろうと赦さない」


 いつの間にか手に煌びやかな輝きを持ちながら、久瑠実が肉薄してきていた。

 先程のゴタゴタの合間に、ステルス状態を維持しながら堂々と玄関から侵入してきたのだろう。

 ヒュンヒュンとナイフが空を切る。

 だが、昔の直樹ならばともかく今の直樹の敵ではない。

 あっさりと幼馴染からナイフをもぎ取り、その柔らかな腹部に拳を見舞い、いとも簡単に気絶させた。


「悪い……くそ」


 久瑠実を床に寝かしつつ、直樹は壁の向こう側を覗き見る。

 成美は既に二階から飛び降りていた。物理系の異能を持たぬ彼女だが、たかが家の二階程度、飛び降りるのは容易い。

 目下にいる妹の姿を確認し、追撃に移ろうとした直樹だが、降りる前にシールドを使わされることとなった。

 突然、轟音が鳴り響いたからである。

 矢那が発した雷撃だ。強力かつ驚異的なその稲妻をもってして、直樹を家ごと倒そうとしたのだ。

 見事盾で雷を受け止めた直樹は、声を張り上げ成美に言う。


「おい! 家をぶっ壊す気か!」

「兄に言われたくない! それに今更でしょ! もう私に家族はいないっ!」


 その言葉に、流石の直樹もカチンと来た。

 先刻、繰り返したばかりの問答である。今更、それを蒸し返すのか。

 それに、自分は言ったではないか。これは兄妹喧嘩だと。


「ふざけるなよ! 勝手に家族になって、勝手にやめるのか! そんなことは許さない! 家族になったからには、ちゃんと家族になっててもらう!」

「……っ、だから言ってるでしょ。そんなこと言ってくれる兄が好きで好きでたまらない。だからこそ、私は全力であなたを叩き潰す!」

「どうしてそうなるんだ!?」


 直樹の疑問に、成美は答えない。

 直樹にとって先程の問答が繰り返しなら、今の問いも、成美にとってはさっき答えたばかりの問いだった。

 係合しえない確固たる信念と愛情を胸に秘め、二人の兄妹はぶつかり合う。


「全員……神崎直樹を捕縛しろ!」

「くっそ……!」


 再び、仲間達が直樹に向けて殺到する。

 そこにかつて直樹と手を取り合った時の表情は窺えない。

 絶対に実行しなければという脅迫観念と、ほんの僅かに見せる苦悶の表情が……。

 ……苦悶?

 そこではたと直樹は気づいた。

 苦しんでいるのだ。

 指示には従えない。命令に抗いたい。

 そんな想いが、彼女達を苦しませる。

 どうしようもない現実を前に、何とかしたいという理想を想って。

 だとすれば十分勝機がある。

 どこかしらに、元の自我が隠れているのならば、上手く表面に引き出すことさえ出来れば、少し前の炎のように元に戻ってくれる可能性があった。


(だったら……まずは)


 炎を確保するべきか、と直樹は赤い髪の少女を見上げた。

 他の仲間と違い、抵抗力が一番高そうだという理由もある。

 この中で、直接的に操作されたのは炎だけだ。

 炎は一度、心を殺そうとしていた。その時、直樹が気絶させ中に入っていたクイーンを追い出したのである。

 そして、先程も唯一抗い援護してくれた。上手くいく可能性は十分ある。


「……ほっ!!」


 跳躍し、空中に躍り出る。

 盾に変形していた右手を素手に戻し、ノエルの異能で飛翔する。

 本来なら炎の異能と組み合わせたいところだが、直樹は二つ以上異能を並列で使用出来ない。

 対精神干渉用に小羽田の異能を使っている今、実質単一の異能で仲間達三人を相手にしなければならなかった。

 どいつもこいつも空飛びやがって、と直樹は愚痴る。

 炎、水、雷。百歩譲って炎ならば解るが、他の二つは全くの謎だ。

 だが、仕組みは謎でも、現実に起こっている現象だ。それを否定した瞬間、自分の敗北は決定する。


(異能は想いの力って誰かが言ってたよな……なら、三体一でも十分勝機がある……それに)


 増やし鬼だ、と風で切迫しながら直樹は思う。

 今やっていることは、単純でそれが故に奥が深いゲームだ。

 タッチして、鬼を増やす。鬼側は全員を鬼にすれば勝ち。人側は最後まで逃げ切れば勝ち。

 だが、余程のことがない限り、鬼側に負けはない。

 例え相手に素早い奴がいたとしても、自分で捕まえられる人を一人ずつ捕まえて行けば物量で押し切ることが出来る。数は力だからだ。

 炎が弱いというわけではない。むしろ自分よりずっと強い。

 だがそれは他の二人にも言える。

 なら、一番長く仲間だった彼女を狙い、一気に連携して二人を叩くのが一番の方策であるはずだ。

 と、まだ呻いている炎へ奔る直樹の前に気泡と稲妻が浮かび塞がる。


「兄の狙いなんて――思考が読み取れなくとも解る」

「……だよなぁやっぱり」


 未だ行動不能の炎の前に現れたのは水橋と矢那の二人。

 だが、この二人を相手にするのは分が悪い。

 二人は相性が良く、連携にも長けている。それに経験が直樹とは段違いだ。

 近接戦闘に優れている矢那と、遠距離攻撃が得意な水橋。

 単一の異能を切り替えていかなければならない今の直樹にとって、極力相手にしたくない相手だ。

 だが……今行われているのは増やし鬼。

 当初の目的通り炎狙いで二人をダウンさせるも良し。

 狙いを変えて二人のどちらかを仲間にするのもいい。

 ただ状況が変わっただけだと、直樹はポジティブに考えていくことにした。


「さて……どうする?」


 答えを求めて、直樹は独り言を呟く。

 他人に回答を求めることは不可能。答えは自分で導き出すしかない。

 そして、今の直樹は、回答を導き出すことが出来る。


(どうするも何もないよな……ただ……)


 自分の出来ることをするだけだ。

 理論もへったくれもないめちゃくちゃな戦術。

 だが、それでいい。それこそが、神崎直樹の戦い方なのだ。

 頭は良くはない。いわゆる天才と呼ばれる人種でもない。

 身に宿る異能は、人に借りただけのもの。

 さらにはその人格も、人の影響を受け構築されたものだという。

 だとしても、直樹には一つ、絶対に他人に負けぬと誇れるモノがある。

 それは、折れぬと豪語出来る鋼の意思。いつの間にか屈強に鍛え抜かれていた直樹の意思は、もはやどんな絶望にも、不幸にも折れはしまい。

 折れかかることはあるだろう。だが、折れる寸前で、確実に元へと戻る。

 弱いからこそ、獲得出来た力。

 意志の力をもってして、直樹は敵に立ち向かう。

 今までも。そして、これからも。


「行くぞ!」


 先程と同じ文句を言い放ち、直樹は水と雷に突撃した。





 脳内に残っている知識を利用するという感覚は、とても不思議なものだと心は警棒を振るいながら思った。

 拳銃はホルスターに収まったままである。直感が、この人達は殺してはならないと告げていた。

 病院までもう少し。

 現在、怪しげなスーツ姿の男達と交戦中である。

 一般人かと思いきや、その戦闘能力はなかなかに高い。もし、心に技量が備わっていなければ、突破するのは不可能だっただろう。

 それに、どこか相手は手加減しているように思えるのだ。

 それも当然で、心はすっかり忘れているが、今戦闘を行っている相手は異能省中立派。

 かつて、心の敵であり、味方であって、クイーンの影響で敵となっている人達である。

 彼らも彼らで、敵を極力殺さないようにしてきた集団だ。

 人殺しに抵抗があるというのも理由の一つであるが、彼らは三勢力の中で一番規模が小さい。

 その為、敵は殺さず説得し仲間とするのが最善として、行動してきた集団だった。

 しかし理由はどうあれ、瀕死の小羽田と気絶したメンタルを運ぶ心にとっては幸運以外の何物でもない。

 片手で警棒を叩きつけ、最後のエージェントを戦闘不能にした心は、堂々と正面から病院に侵入した。

 病院内は薄暗かった。深夜もまわり、急患以外の受け付けは終了している。

 そして、今抱きかかえている少女は間違いなく急患だった。


(……病院に罠が仕掛けられる可能性は低い……非効率的だから)


 心は自身の知識をフル活用しながら、治療出来る医者を探す。

 病院は、昼夜問わず多くの人間が忙しなく歩き回っている。

 そんな場所に罠を仕掛ければ、大方全く無関係な人間が引っかかり、空振りに終わるだけだ。

 病院全体を爆破するか、毒ガスを撒くという方法もあるが、敵地ならばともかくたった数名を殺すだけならばどう考えても無駄である。

 ……もっとも、それを無駄と思うかは仕掛ける当人次第で変わるのだが。


「……誰か」


 と呼びかけた心は違和感に気付いた。

 病人も看護師も、夜勤である医療スタッフがパニック一つ起こさないのである。

 まるで、心が見えていないかのような……認識するなとクイーンが細工しているのかもしれなかった。


(……仕方ない、か)


 考えられたことではある。クイーンにしてみれば、病院にいる全員の意識を自分の想い通りに書き換えることなど造作もないことのはずだからだ。

 むしろ、医療関係者に襲われないことを吉報と感じるべきである。

 だが、それでは困ってしまう。一刻も早く小羽田は治療せねばならない。

 こうなれば医者のひとりでも脅すか――。

 そう考え、実行に移そうとした心に、手を貸してくれという声がかかる。


「こいつをほどいてくれ」

「……」


 声の主を見て、心は訳がわからず呆けそうになった。

 男の容姿に絶句した訳ではない。

 柱の一つにぐるぐる巻きになっている男を見て、言葉を失ったのだ。


「水橋にやられてね……敵じゃないのは知っているだろう?」

「ええ。私の護衛についていた人ね」


 心は小羽田とメンタルを降ろし、メンタルの身体からナイフを取り出してロープを切断し始めた。

 サクサクとあっさり切れていくロープ。作業の最中、心は男に問いをした。

 純粋に疑問だったからだ。なぜ、男がクイーンの精神干渉を受けていなかったのか。

 自分のことを棚に上げたその質問に、健斗は柔らかな口調で答えた。


「僕は……かつての想い人がクイーンのせいで殺されていてね。クイーンに対しての警戒はいつも行っていたのさ」

「そう」


 男が嘘をついてないことを認めた心は最後の縄を斬り落とし、病院に不釣合いな野戦服を着た男を解放した。

 次にすべきことは小羽田の治療だ。神崎直樹に託されたよくわからない見知らぬ他人。

 だが、心は絶対に死なせてはならないと訴えていた。

 よくはわからないが、知り合いらしい。

 手ごろな医者はいないかと心が目を光らせていると、先に健斗が動き出した。


「あの医者は中立派に協力的な医者だ。……一般人を脅すのは忍びないが」


 健斗はそう呟きながら白衣を着こむ老人に近づくと、唐突に拳銃を抜き腰に突きつけた。

 ひっ、と情けない悲鳴を老人が上げる。

 必要なこととはいえ心のこころが痛んだが、やむを得ないと医者と健斗に続き小羽田を処置室に運んでいった。


 必要な人員は、思いのほか単純に集まった。

 銃器で脅したから、ということもあるが、命がかかっていると知るや否や、顔を恐怖に引きつらせながらも医師達は適切な処置を行った。

 彼らはプロであり、立派な救い手なのだ。

 人殺しである自分と対極的な存在である彼らの戦場しゅじゅつしつを後にして、心は病院から出ようとした。

 小羽田は沖合健斗に任せてある。

 彼女を無事に病院に送り届けた今、自分がするべきは戦場へ返り咲くことだ。

 だが、病院の入り口である自動ドアを出た先にいた人物に、眉根を潜ませる。

 一瞬、鏡で見た自分が写っていたように感じたがすぐに違うことに気付く。

 まず、色が違う。黒とは反対の、真っ白な髪と瞳。

 次に、服装。パーカーと被るフードが印象的な、真っ白な服。

 メンタルが、立ち塞がるように立っていた。


「あなたは……」

「ワタシは……アナタ」

「……どう、かな。私は自分が何者かわからないから、答えを導き出せない」


 ドアを出て、病院の駐車場で対峙する黒と白。

 気付くとお互いに、拳銃を抜いている。

 心の右手には、理想郷ユートピアと名付けられたフルオートピストル。

 メンタルの右手には、暗黒郷ディストピアと名付けられたセミオートピストル。

 金と銀が闇夜を照らし、幻想的で恐ろしくもある輝煌が光る。

 月明かりに照らされた二人は、もはやお互いに自分が義理姉妹の契りを結んだことを忘れている。

 しかし、全てを忘却したはずの少女は、かつて、メンタルに手を伸ばした時と同じ瞳で、妹に告げた。


「……でも、あなたが大切な人だってことはわかる。私の心が疼くもの。だから、あなたが傷つくことがないよう、私は手を尽くす」

「……アナタは、ワタシの……敵!!」


 暗闇の中、金と銀が同時に動いた。

 直樹と成美が兄妹喧嘩をする最中、立火市の一角で、姉妹対決が始まろうとしていた。




 立火市を見渡せる丘にそびえ立つ鉄塔の上から、街を見下ろす一つの影。

 その影は街中と病院、どちらにも目をやり、へっと笑って呟いた。


「なかなか面白いことしてるな……さて……どうする?」


 直樹と同じ文言を言いながら、直樹とは程遠い邪悪な笑みをみせる。

 どちらに介入するか、というよりも、どちらを殺すかを考えて、男は笑い続けた。


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