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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第五章 女王
88/129

進撃

 拳銃を向けているのは自分のはずなのに、相手から見えない銃を突きつけられている気がする――。

 小羽田は追いつめられていた。自分の持っている人殺しの道具から力が失われたようにすらに感じていた。


「……形勢逆転……というより端から勝負にすらなってなかったけど」

「……参りましたよ。あなたが理想郷嫌いだったなんて」


 もはや効力を失った拳銃を持ちつつ、小羽田は両手を上げて降参のポーズを取る。


「それもあなた私が忌み嫌うモノ、とか言ってたし、最初からわかっていたんじゃないの?」


 クイーンの指摘に、小羽田はただただ嘆息した。

 クイーンが理想郷へ僅かにでも興味関心があれば無理矢理押し切るつもりだったが、嫌い、と言われてしまった今、自分に出来ることは限られている。

 まずは、なぜ理想郷を創れないのか。趣味嗜好とは別の理由を訊き出す必要がある。


「で、神崎直樹とは別の、他の理由。教えてください」

「……たぶんあなたも心のどこかでは知ってることだと思うけどね」

「……どういうことです?」


 疑問系になったのは、クイーンの言葉に疑問を感じただけではない。

 クイーンの顔に怯えの色がみえた気がしたからだ。その気になれば世界中の人間のほとんどを手中に収めるクイーンが恐怖するような相手。

 そんなものが存在するのか。小羽田は眉根を寄せた。


「……狭間心の異能についてはだいたいわかってる?」

「ええ。再生異能でない、ということは。じゃないと生き返った理由が説明出来ませんからね。まぁ……まだ仮説でしかありませんが」

「……なら話は早い。……いるの。その“反対”が」

「……反対……?」


 と思案し始めた小羽田は、すぐにハッと思い立ち驚愕に目を見開いた。

 まさか――有り得ない。そのようなモノが実在するなど。


「そんなモノが本当にいるはずが……」

「心がいるんだから、いる。……そも異能者は常識で計り知れないモノ。有り得ないは有り得ない」

「し……しかし……だとすれば……いや……“ソレ”の人格は……?」


 狼狽する小羽田に、クイーンが優しく囁きかける。


「残念ながら……直樹とは真逆」

「……っ!?」


 最悪の予想が当たってしまい、戦慄した小羽田は、世界を呪う。

 クイーンの言葉が真実であれば、今ある全てが無意味ではないか。

 ここでこうして交渉する意味も。

 争いを止めようと各勢力に働きかける意味も。

 全てが無意味。空虚な努力でしかなかった。

 努力が全て実るわけではないが、これはあんまりだ。


「――自分が何やってるかわからなくなってきましたね……」

「……努力は無意味ではないわ」

「……今あなたに全否定されたようなものなんですがね」


 目の前の少女が敵かどうかすら定かではなくなった。

 もし彼女の言う通りソレが存在するのなら、それこそ争っている暇はない。

 百歩譲ってその異能者の人格がまともであれば問題なかったが、クイーン曰く直樹とは真逆……。

 直樹は“救いたがり”である。いや、たがりかどうかは謎であるが、目の前で悲劇があればそれを止めようと動かずにはいられない存在だ。

 少なくともこうは言える――死にたがりではある、と。

 当人に死ぬ気はないだろうが、それでも死んでしまう可能性がある状況に率先して動くのはかつての英雄――それも蛮勇のそれである。

 ただ、残念ながら直樹に英雄と言えるほどの素質があるかは不明だ。

 良くも悪くも、彼は一端の高校生。稀有な異能を所持しているだけの平凡な高校生である。

 いくら人格が真逆としても、異能が真逆というわけではない彼では勝ち目がない。クイーン以上に。

 だとすれば、敵対するのではなく、共通の敵と戦う為に共闘の道を選ぶのが最善ではないのか……。


「無能者にはアレに勝ち目はない。例え闇を担う影でもね。でも、異能者全てが集まればまだ僅かながら勝機はある。……それに狭間心は確保したし」

「……殺す気……いえ、一度殺した相手を味方につけたのはそういうことですか」

「そういうこと。せっかく暗黒郷を創っても、横から壊されたらたまらない」

(あなたがそれを言いますか……)


 異能派と無能派が戦争に乗り出さないのは、クイーンに成果を横から奪われる可能性があるからだ。

 小羽田は心の中で苦笑したが、自分が詰まっている状況には変わりない。

 復讐の方法すら失いかかっている状況で、何が正しいのかあやふやになってきていた。

 このまま、なし崩し的に協力するか? 世界を維持する為に……。


(いや……それは認められません。復讐を果たせませんから)


 そもそも、クイーンが素直に手伝わせてくれるかという問題もある。

 クイーンは小羽田のような精神干渉系をたくさん殺しまくっているのだ。

 自分の想い通りにならないからという理由で。

 とすれば、いつ自分が不要というレッテルを張られ始末されるかわからない。

 ある存在のせいで、重要人物はクイーンではなく心へと変化した。

 心を確保することが小羽田の復讐に繋がる最善の道なのかもしれない。

 小羽田の見立て通りなら、クイーンよりも確実に理想郷が構築されることになる。

 そしてまた、“反対の存在”への対抗策にも。

 ならば……クイーンと話す意味は――もうなくなった。


「……殺意には慣れてるわ」

「そうですか。――私もです。嫌ですよね。こんなのに慣れたくなかったのに、人は順応してしまう」


 小羽田は明確に殺意を露わにし、再び拳銃を構えた。

 今度は撃つ気である。歯止めを穿つことで大勢の人が死ぬことになるが、復讐と世界のこれからを鑑みると、致し方のないことで済まされる事柄だ。


(神崎直樹に恨まれますかね。……ならば恨まれ役になるのも一興。クイーンが利用出来ない時点でこうなることは決まっていたのかもしれませんね)


 同じ精神干渉系を殺しまくった咎として、クイーンが小羽田に射殺される。

 運命とは皮肉なもので、そして理不尽なもの。因果応報。

 自分がした行いの報いは、まるで初めからそう決められていたかのように行為者に戻り還る。

 後は引き金を引くだけで、世界が終わる。

 もし何者かが記録しているなら、小羽田は世界を壊す原因を作った者として歴史に名を刻むことになるだろう。

 無論、歴史は人の積み重ねだ。人が全滅していたならば、後世に顧みられることもない。


「……私を撃って、いいの?」


 クイーンが確認するように小羽田に問う。その顔に恐怖の色は見受けられない。

 茶番。そう思っているかのように飄々としている。


「もちろんです。もはやあなたを生かす理由はなくなった。しかし、殺す理由はごまんとあります」


 小羽田は不敵に笑い、クイーンも同じように余裕の笑みをみせる。

 笑みを交わし、冷たい視線を交える両者は、互いに互いを見据え、笑い続けた。

 直後に銃声が鳴る。赤い血が飛び散る。

 少女らしい部屋の一室に、少女の命のカタチが降り注ぐ。





 その少し前、直樹は住宅街を敵に見つからぬように疾走していた。

 姿が見えないとはいえ、もはや博打に近い。なかまに彩香がいるからだ。

 彩香の透視異能は直樹の姿隠しステルスすらいとも簡単に視破る。

 彼に出来るのは祈ることだけ。彩香に見つかりませんように。小羽田が無事でいますように、と。

 だが、祈りとは儚く散るものだ。特に直樹の場合は。

 故に、上空に浮かんでいたノエルが、耳元に手を当てわかりましたと呟いたのも、必然だったと言える。


「――そこ……ですねっ!!」

「うおっ!?」


 ガチャ! と突如直樹が走る道に向けられるフリントロック。

 風の力で数倍に強化された魔弾に近しい銃弾が、直樹の元へと轟音を唸らせ奔る。

 反射的に炎の異能を発動し、死の弾丸をすれすれで回避した直樹だったが、完全にステルスモードは融け姿を露呈するはめとなっていた。


「くそ……! ノエルか……!!」


 よりによって一番分が悪い相手が来たな、と直樹は冷や汗を流す。

 ノエルのサーベルのよる近接術は、直樹の格闘術と相性が最悪だった。

 そも、元より格闘術などと大層な代物ではない。炎と少々訓練しただけの素人格闘である。

 投げ技の類など出来ない殴りやけりを繰り出すだけのお粗末なモノ。

 対して、ノエルが使用するのは、幼い頃から誘拐され訓練と実践を繰り返し、洗練され完成された異端狩り独自の剣術である。

 攻撃用武具は近世をモチーフとしたサーベルとフリントロックピストルでありながら、中世らしい甲冑を装備している。

 しかも、この鎧は強化鎧パワードアーマーであり、ただのコスプレと舐めれば手痛い目を見るのは必至だ。


「――呆けてる暇はありませんよ!」


 ヒュンヒュンと空を切る斬撃が、直樹の前で振り抜かれる。

 刃は潰してあり、サーベルでありながら打撃武器なのだが、当たればただでは済まないということを、仲間である直樹は重々承知している。


(シールドを展開……いや)


 ノエルを前にして格闘戦は危険だという直樹の勘が、変化の異能の発動を止めさせる。

 如何に強固な盾と言えど、ノエルには通用しない。――そんな予感が彼の中をよぎった。


「……とっおっ!!」


 危うくサーベルの打撃を受けるところだった直樹は、間一髪、炎の異能で空へと跳び回避する。

 ここで使うべきは水橋の異能だろう。そう考えた直樹が水鉄砲を抜く。

 フリントロックピストルの装弾数は一発のみ。

 当時と比べ簡略化されたリロードと言えど、直樹が引き金を引く方が速い。

 とりあえず武装を破壊し鎧を剥がし、何とかして戦闘不能に追い込もうとした直樹だったが……。


「――ハァッ!!」

「……っ!? しまっ!!」


 水鉄砲を持つ右腕に、亀裂が奔るが如く刻み込まれる裂傷。

 リロードが間に合わないと結論付けたノエルが風の力をサーベルに纏わせ、風の刃を直樹に飛ばしたのだ。

 右手にダメージを受けた直樹に狙いをつけることなど叶うはずもなく、ノエルを戦闘不能にするはずだった強力な水圧カッターは何処かへと撃ち出されるのみ。

 だが、逡巡している暇はない。すぐさまリロードを終えたノエルが、ピストルを穿ちながら直樹へ飛翔する。


「ぐぅ!!」

「――終わり、です!!」


 終わってはならない!

 歯を食いしばり気合を入れた直樹は、矢那の異能を発動させた。

 迎撃にと雷を飛ばす。奔る風と雷が、目前で交差する。

 いくらノエルとはいえ、雷をどうにかすることは出来まい。

 そう思っていた直樹だったが……。


「――甘いですね」

「く……嘘だろ」


 しかし嘘だと思いたいことでも、現実に起これば受け入れるしかない。

 弾丸を焼き壊した電撃は、ノエルのサーベルを前にして儚く散った。ノエルは雷を叩き切ったのである。

 強固に濃密にサーベルを覆う嵐の如き風は、直樹の劣化した借り物でしかない雷に勝る。

 慌てて構えた水鉄砲から、水圧カッターを撃ちまくる直樹だが、ノエルは首を傾げる、身体の重心を横にずらすといった最低限の動作で悠々と回避していく。


「――弱いですね。ホムラ達の手を借りる必要もない。私一人で十分です」


 事実である。もう何回顧みたことかわからない。

 直樹はとても弱かった。ずっと仲間の力に頼ってきた。

 しかし、それを悪いことだとは思ったことは一度もない。

 自分のこの力はみんなとの絆の証であり、誰かと協力するからこそ俺は強くいられる。

 直樹はずっとそう思ってきたし、それはこれからも変わらない。

 だが……このまま負けてしまっていいのか?

 小羽田が無事でいられるとは思えない。

 炎達――目の前で今接近しつつあるノエルもただでは済まない。

 それに――。直樹の脳裏に、ひとりの少女の顔が甦る。

 自分が誰だかわからずに、苦悩し泣いていた少女。

 どうもしなくていいと言って、泣き腫らした顔で微笑してくれた少女。

 そうだ。彼女は言っていたではないか。

 待っている、と。


「では、気絶してもらいます。……痛いですが、安心して……」

「……ああ、安心して気絶してくれ!!」


 ノエルに叫びながら、紅蓮に燃える左手で、ノエルの顔に殴打する。

 無論、ただで殴られるノエルではない。首を反らし灼熱の打撃を躱す。

 風の異能を用いノエルの顔にやけどを負わすことも可能だったが、直樹は選択しなかった。

 ノエルは美人なのだ。軟派ではないが、その顔にやけどを負わすなどとんでもない。

 すぐさま返ってきたサーベルの応酬に、直樹は水鉄砲で応えた。

 銃身を掴み、銃身と銃床の間で上手い事サーベルの刀身を抑え込み、左手で今一度打撃する。


「――ッ!?」


 驚いたノエルが、直樹と同じようにピストルの銃身を掴み、より打撃武器として有用な銃床による攻撃を加えてくる。

 ぐ……! と声を漏らしながらも、直樹はその美しい凶器を受け止めた。

 鬱血し、手のひらの血管が潰れ、骨にひびが入るが、彼は気にしない。

 両者は互いの手で塞がり、拮抗状態となった。


「――く……やりますね」

「……くそ……」


 直樹を褒め称えるノエルと、毒づく直樹。

 ノエルのは余裕の色さえ見え隠れしているが、直樹には一切の余裕がない。

 こうしている間にも、悲劇が起きている予感がする。

 急いで小羽田を救出し、クイーンを止めなければ。直樹の胸は一杯一杯だった。


「――ですが、私の勝利は揺るぎません。……覚悟してください」


 ビュウビュウと風が鳴る。

 直樹とノエルを包むように風が吹き荒れ始めた。

 両手が使えないのなら、地球に数多存在する風を使えばよい。

 直樹を倒す為、ノエルの周囲にある無数の武器が急速に集いつつある。


(くっ……どうすりゃいい)


 自分に迫る危機を前にして、直樹は必至に自分の頭を巡らせた。

 どう攻略すればいいか。炎か水か雷か風か変化か。

 直樹は思い悩む。どの攻撃異能を用いても、ノエルに勝利する未来が見えなかった。

 そこではたと思い立つ。

 他人の異能だけで、ノエルに勝つことが出来ないのなら。

 自分なりのやり方で、勝利を掴みとればいいのではないか。


「ノエル!」


 直樹は叫ぶ。

 自分なりのやり方で、勝利を手にするために。


「――敵との会話はもう終わりです。……すぐ眠れますから静かにしていてください」

「くっ!!」


 しかし、ノエルは応対してくれなかった。

 この状態でふつうに会話しようとしても、取り合うはずもない。

 ならばどうするのか。答えは直樹の中にある。


(ノエル! 話を聞いてくれ!)


 直樹は小羽田の異能、念思を発動させ、なかまに語りかける。

 直接脳内に声掛けを受けると思っていなかったノエルが、集中を乱した。


 ――な、直接頭に!? 一体いくつ異能を持ってるというのです!?


(今はそれはいい! 聞いてくれ! 俺は敵じゃない!)


 ――何を――。


 ノエルの困惑も当然ではある。

 ノエルの中に、直樹との思い出はない。クイーンの都合の良いように書き換えられているからだ。

 言わば、突然現れた敵に、俺は敵ではないと諭されているようなもの。

 だがしかし、直樹はそれでも諦めない。

 ノエルは、クイーンに操られてなおノエルだと。

 食事と寝ることが大好きで、時たま小難しいことを言う仲間であるはずだと。


(……俺はお前のことを知っている! それが証明にならないか!?)


 ――何をバカな。調べればわかることです。話にもなりません。


 と冷淡に否定するノエルの顔は、しかし戸惑いを隠せていなかった。

 心のどこかで思っているのだ。この男は既知である。そうどこかが訴えている。

 その表情を見て直樹は確信する――。クイーンの上書きは完全ではない、と。


(俺はお前が食事が大好きだって知ってる! 睡眠が好きなこともな! 暇があるとすぐ寝ちまうだろ!)


 ――だから……それくらい……調べれば……。


(かもな! じゃあ、日本に来て初めて食べたいと言っていた物、覚えているか!?)


 ――ええ! ですが!


 ノエルが反論を想う前に、直樹が念思を送る。

 ノエルが初めて会った時、自分に食べたいと言っていた物は――。


(たこ焼き――だっ!!)


 客観的に見て……バカバカしいことを想う直樹。

 しかし、ノエルは瞠目し、直樹は拮抗力に歯を食いしばっている。

 お互い、必死なのだ。

 直樹は小羽田を救うため、ノエルは誰かに誘導されるがまま。


 ――ッ!? そ……そんな……たこ焼き一つで……。


(でも、それを知ってるのは仲間しかいないだろ! お前はロベルトにたこ焼き食べたいなんて言ってたのか!? 言ってないだろ! だから……)


 もしかすると、彼女の頭には何かしらの制約が仕掛けられていたのかもしれない。

 何が何でも神崎直樹と繋がるな。などというものが。

 故に、頭痛に苛まれ、悲鳴を上げたのも必然だったのだろう。


「くっ……ク――うわぁあああ! 頭が!」

「ノエル!」


 ノエルは目に見えて狼狽した後、突然叫び出した。

 足に風を纏わせ、凄まじい怪力と風圧で直樹を蹴飛ばし、武器を落としながら両手で頭を押さえる。


「――あ、あなたは一体誰なんです!? 私の何なんですか!?」


 ノエルが叫び問う。

 しかし、直樹が答える前に、ノエルの頭上に変化が生じた。

 周囲から風が吹き荒れ、ノエルの上に渦を巻く。

 強烈な嵐の塊。ノエルはその塊を持って直樹を木端微塵にするつもりだろう。

 もはやクイーンの制約も機能せず、ノエル自身の在り方を見失ったまま。

 故に、直樹は跳ぶ。答えを口に出し、真っ赤に燃え上がる右手を振り上げながら。


「俺は――お前の……!! 仲間……だ!!」

「――あ」


 加速し目前に現れた直樹に、ノエルは何の反応も出来ず口を開けて呆けた。

 太陽の如く輝く拳が、ノエルの顔面――ではなく、鎧の胴部分へ直撃する。

 彼女を倒すに足る一撃を受けたノエルは、重力に引かれながら地上に墜ちていった。


「……悪い」


 墜ちていく彼女を見ながら、直樹が謝罪する。

 何度も言うように彼女は敵ではない。味方であり、仲間なのだ。

 仲間を殴る痛さに直樹が心を痛めていると、ノエルの傍に誰かが駆け寄った。

 またもや仲間てきである。

 赤い髪の、今まさに直樹が使った異能を借り受けた、元気いっぱいの少女。


「炎か……!」


 炎の異能だけではなく、ノエルの異能を発動し空中に停滞する直樹は、炎だけではなく続々と集結する仲間てきを見下ろして苦渋に顔を染め上げる。

 水橋、矢那、彩香、久瑠実……。

 そこで違和感が彼の頭をもたげた。誰かが足りない。

 そしてすぐに思い当たった直樹が、独り言を漏らす。


「メンタルが……いない……?」


 彼女はどこにいる? と彩香の異能を発動させた直樹は視た。

 真っ赤な赤い血と、その場にいる小羽田の姿を。


「こ……小羽田!?」


 直樹に出来たのは、その場に向かい手を貸すことも、応急処置することでもなく。

 自分が救おうとして救えなかった少女の名を叫ぶことだけだった。





「……ぁ……ぅ……」


 痛い。痛い。

 物凄く、痛い。自分の命が、傷穴から漏れ出している。


「ぐ……ぁ……そんな……バカ、な……」


 小羽田は苦悶の声を上げながら、耐え切れず膝をついた。

 拳銃を取りこぼし、白い手で傷口を押さえるが、指の隙間から溢れるように血が流れ出てくる。

 銃創の出来たお腹が、強烈な痛みを発している。

 流石の彼女にも、予想出来ぬことだった。


「ま……さか……自分が引き金を引いたはずが……」

「かつて命を救ってもらった者に撃たれる。どう? いい皮肉でしょう?」


 皮肉気に笑う余裕すらない。

 直樹は、炎は、心は、メンタルは、ずっとこんな痛みを受けていたのか――。

 もはや起き上がることすら叶わず、床を血に染めながら倒れ伏す。

 横目で見上げる先には、白いパーカーの少女。

 かつて自分を助けてくれた命の恩人が、白銀の拳銃を携えて立っていた。


「ありがとう、メンタル。……あなたには二度お世話になっちゃったわね」

「メ……ン……タ……ル……さん……」


 自分で言ってたじゃないですか、と心の中で小羽田は皮肉る。

 小羽田は直樹に言っていたのだ。彼女は厄介だと。

 その予想は彼女の想定外の方向で的中した。

 自分がした行いの報いは、まるで初めからそう決められていたかのように行為者に戻り還る――。

 もはや呻くことしか出来ない小羽田は、心中で己を嘲笑う。


(人のことを……自分勝手に改変しようとした私に相応しい罰……と言ったところでしょうか。だとしたら……なぜ……)


 メンタルさんを巻き込んだのですか。

 小羽田は神を呪わずにはいられない。

 メンタルはただでさえ姉を撃ってしまった罪悪感に苛まれている。そこで自分を撃ってしまったという事実が加わったら彼女はどうなる?


(……いや……全ては私のせいなのでしょうか。理想郷などという人の手に余る楽園を創り上げようとした者への運命さだめ――)


 だとすれば、彼女は案じずにはいられない――。

 神崎直樹を。狭間心を。草壁炎を。

 理想郷を創るなどと夢を見ていた、仲間達を。

 どうかその身に幸あれ――。

 小羽田はそう願いながら、目を閉じた。






「何か面白いことになってるじゃないか」


 タブレット端末を持ちながら、心底愉しそうに少年は笑う。

 年代的には直樹達と同世代。

 歳若いはずの少年だが、その雰囲気は苛烈で近くに立つ中年の男すら畏怖させる。


「お、おい。妙なことを考えるなよ?」


 諫めるように言う男。額から冷や汗が流れ出る。


「いいじゃないか。どうせ、どうにかしなければならなかったのだろう?」

「そ、それはそうだが……。い、今は施設内に侵入した侵入者を捜索してくれぬか?」


 何とかして少年の関心を反らそうと男が努めるが、努力というのは虚しいものだ。

 興味ない、といった風に椅子から飛び立った少年は、窓側に立ち、巨大なタワーの下部を見下ろした。

 ここはアメリカにある異能主義者の重要拠点であるプロヴィデンス・タワーである。

 強固な装甲に守られたはずのタワーには、爆撃のような跡がある。

 数刻前、正体不明の戦闘機が異能派の拠点であるタワーを襲撃したのだ。

 何者であるかは不明だが、単身で来たことと、無能派が攻め入ることは有り得ないことからある程度推測は出来る。


「……そいつは後で片付けるよ。今は愉しそうな方へ行く。……それに」

「む……」


 険しくなった男を嗤いながら、少年は防爆ガラスを素手で叩き割った。


「“クイーン”の元に“キング”がはせ参じるのは、何もおかしなことじゃないだろう?」


 そう言い残し、少年は地上から700mは離れたタワーから飛び降りた。

 残された男は唸りながら、思索する。


(ええい、しかし好機とも言えるか? クイーンが死ねば我々は戦争に踏み切ることが出来る。……後は奴が暴走しなければ良いだけだ。……不安ではあるが)


 とにかく早急に対処するべきは侵入者――。

 そう考え、新たに指令を発しようとした男の眉間に穴が空き、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。

 そこへ現れた影色の戦闘服に身を包んだ男は、消音器付き拳銃を構えつつ、珍しく感情を露わにし悔しがる。


「逃がしたか……」


 窓から吹き抜ける風が、静かな展望部屋に吹き荒れていた。

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