表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第五章 女王
86/129

進展

 装備の確認をしていた心は、突然驚愕したかのように目を見開いたクイーンを怪訝な顔で見つめた。

 頭に手を当て、突発的な頭痛にでも襲われたかのようによろめく。


「どうしたの……」

「……っ!! こんな手を使ってくるとは……!」


 クイーンは怒り心頭と言った様子で心に指示を出してきた。


「……今すぐ向かってくれない?」

「……どこに?」

「あなたの家。場所はわかってるでしょ?」

「……ええ、そうみたい」


 他人事のように呟いて、心は自分の家に向かった。

 黄金色の拳銃をちゃんとホルスターに収めながら。





「ぐっ……うぁ……!!」


 肩から血をこぼしつつ、直樹が呻いた。

 左手はまだ小羽田と繋がっている。

 故に、直樹はまだ信じられなかった。

 小羽田が裏切ったということを。

 小羽田に拳銃で撃たれてなお。


「……いくらバカな直樹とはいえ、直接銃を向けたら炎さんあたりの異能で回避されちゃいますからね。でも、異能を受け取った瞬間、極端に戦闘能力が落ちるのはわかっていましたから」


 パン! と再び乾いた音が鳴る。

 今度は直樹の脇腹に着弾した。いよいよ手を掴んでいられなくなった直樹が床に転がる。


「うっ……!!」

「悪く思わないでください? これは必要なことです……っ……来た!!」

「…………殺す!」


 さらに追い打ちを掛けようとした小羽田に、直樹が跳びかかる。

 小羽田は再度引き金を引き、今度は直樹の左足に命中した。

 しかし、直樹はまるでゾンビのように止まらない。

 強烈な殺意、相手を殺す覚悟。

 不殺の意思を貫く直樹には有り得ない殺気である。


「……あなたが天才でなくて良かったと、思わざるを得ません。私の異能をちゃんと使いこなせていたら、抵抗されていたでしょうから」

「こんな手を使ったことを後悔させてやる!!」

「……私は“あなた”ではなく“直樹”と会話しているんですがね!」


 小羽田は焦りながら拳銃を撃ち続ける。

 拳銃に不慣れかつ、精密射撃が要求されているからだ。


「……もうすぐあの子が来るわ。あなたはあの子に殺される!」

「どうでしょうか? あの人はもう人殺しを止めたはずです! ぐっ……!」


 直樹の手が、小羽田の首を掴んだ。

 首の骨を折る勢いで。

 小羽田はそれでも笑みを浮かべ、息苦しい中直樹に訴える。


「……ど……しまし……た、かっ……。ぁ……な……たは……だれも……ろさないの……では……?」

「……調子に乗るな。私が本気を出せば……直樹の制御は完全に奪える。やらなかったのは可哀想だったからよ」

「ちょーしに……のってるぅ……のはっ……どちらで……しょか……ねっ!!」


 パンパンパン! と小羽田の手にあるA9が三度火を吹いた。

 腹部に重傷を負い、痛みで直樹の手が緩む。

 小羽田は傷口に塩をぶち込むかのように蹴りを見舞い、息を整えた。


「人の意思を勝手に操作するのはオススメしませんね。……可愛い女の子相手なら別ですが……」

「……っ……小羽田……なぜ……」

「……戻って来ましたか。安心してください。ケリは私がつけます。……あなたは何もしなければ絶対に死にませんから、そこで大人しくしててください」


 血で畳が赤く染まるさまを見て、小羽田が憐れむような顔をみせたが、彼女はすぐに動き出した。

 部屋を出て、そのまま外に向かう。

 残された直樹は、再生異能が傷をゆっくりと治癒していく感覚に違和感を覚えながら、立ち上がろうとする。


「くっ……傷の治りが……遅い……!」


 呻きながらかろうじで起き上がり、苦しみ喘ぎながら思考する。

 今彼は疑問を感じていた。小羽田美紀という少女に。


(何でだ……? 何で小羽田は俺を撃った……? 何か思惑があるのか? それは何だ?)


 だが、いくら考えても小羽田の狙いはわからなかった。

 元々、彼は考え事に向いてない。故に、直樹は痛む傷口を押さえながら状況を整理する。


「……全部急所から外れてる……。いや、腹はだいぶ……~~っ! 痛いが……っ!」


 直樹が再生異能を持っていることは、小羽田とて重々承知していたはずである。

 だというのに、確実に息の根を止められる頭部を狙わなかったということは、直樹を殺すつもりはなかったと言っていい。

 だとすれば、小羽田はどこに向かうのか。


「……もしかして……クイーンの所に……?」


 ――寝ててくださいって言ったでしょう?


 直樹が導き出した結論が正しいかというように、小羽田の声が脳裏に響く。


(……小羽田か!?)


 ――どうせなら拘束しておくべきでしたか。……動く気満々でしょう?


(もちろんだ。……どこにいる? 今向かうから……)


 ――私のいる場所は、地球です。


「ふざけてる場合か!」


 小学生のような回答に、直樹が本気で怒鳴る。

 どう考えたって危険なのだ。拳銃こそ所持しているが、小羽田に戦闘異能はないのだから。


 ――ふざけてなどいません。私は私のやるべきことをします。あなたはあなたのやるべきことをしてください。


(……やるべきことって何だよ……! お前よりも大事なことなのか!)


 ――たぶん、そうでしょうね。……今から来る相手は私なんかよりずっと大切なはずですよ……。


「お前より大切な人……? ふざけんな……! みんな大切だろう!?」


 ――そんな理想論やキレイゴトは止めた方がいいですよ。以上、小羽田美紀からの忠告でした。


「待て……! 小羽田!! くそっ!!」


 血をまき散らしながら、直樹は動き出した。

 身体中が痛む。しかし、自分の身体が痛むよりも、誰かが死ぬことの方が恐い。


「……どこに……行った……?」


 小羽田は足で動いている。車もバイクも、自転車も、ましてや異能の類は使っていない。

 視つけるのは至極簡単のはずだ、と彩香の異能を発動させた。

 どこだどこだ、と目を凝らす直樹の祈りが通じたのだろうか。

 小羽田はすぐ見つかった。住宅街を、敵に見つからないよう気を使いながら移動している。


(……この道……)


 まるで自分の家に向かっているようだ、と思いながら、直樹は心の家を出る。

 地雷の類を回避して、後は小羽田に追いつくだけである。

 身体の傷も順調に癒え出した。

 傷よ治れと祈っても全く動じなかったくせに、小羽田が死ぬと直樹が想った途端、圧倒的な再生力を手にしている。

 そのことを直樹は不思議に思ったが、オリジナルでもない自分に結論が導き出せるわけがない、と思考を振り払った。


「急がないと……久瑠実の異能を使えば……」


 敵に見つかることなく追い付けるはずだ。

 そう思い、直樹が動き出そうとしたその時。


「……待って」


 後ろから、自分を呼び止める慣れ親しんだ声が聞こえた。


「……こ、こ、ろ……?」


 振り向いた直樹の先にいたのは、黒ずくめの少女。

 右太ももに輝く黄金色が、月夜に煌めく。

 目深に被った帽子の下から見える鋭い眼光は、かつての理想に燃える眼差しではない。

 全てを忘却し、最後に残っていたモノにすがる、哀愁すら感じさせる瞳だった。


「神崎……直樹……私の……心をかき乱す存在……」

「……何でお前が……病院を抜け出したのか……? いや……」


 何が起きているかわからない直樹は、当惑を隠せない。

 心はなぜここにいる? 家に帰ってきた? 仲間が操られているこの状況で?

 疑問は尽きないが、口には出せなかった。

 直樹が言葉を発する前に、心が話し出したからである。


「あなたは一体私の何?」

「……え?」


 探究の問い。

 唐突過ぎるその問いに、直樹は即座に返せない。

 心は自分の何か。

 仲間であり友人である。

 しかし、その回答は間違っている気もする。


「私はわからない。自分の名前だけしか。後は全部忘れた。理想も夢も家族との思い出も戦う理由も……。でも、覚えていることもある。……私の心があなたに惹かれる。それはなぜ……?」

「そんなこと……急に聞かれても……。悪いが今は小羽田を優先――」


 突如鳴り響く銃声。

 抜き撃ちで放たれた対異能弾が、直樹が足を置こうとした舗道に当たる。


「心!?」

「……まだ、話は終わっていない。この想いが一体何なのか、私は答えを得ていない」

「何を言って……!!」


 瞠目する直樹に、心は非情にも拳銃を突きつける。

 答えを求めて。自分が誰で、直樹が一体自分の何なのかを探し求めて。


「答えて!」

「心!」


 しかし、直樹は答えられない。

 直樹の身体を駆け巡るのは、この数か月の心との思い出。

 死にかけるような思いもしたし、バカバカしい出来事もあった。

 とても密度が濃く、長い時間を共にしたかのような気持ちにすらなる。

 大切で大事で……とても一言では表せられない。


「……後でちゃんと答える! だから今は……」


 小羽田を優先させてくれ。

 そう頼む直樹だったが、今の心に話は通じない。

 以前の心なら銃を下ろし共に歩んだ。しかし、今の心は銃を下ろして仕舞った後、腰に差してある警棒を取り出した。


「答えられない……? そんなはずはない。私の心は不条理な想いで一杯。あなたにはそれを紐解く義務がある……」

「心……どうして……」

「今の私にはこれしかない。……これしか……ないのっ!! ダメだっていうなら力づくで言うことを聞かせる……」


 シャキン! と心は伸縮式警棒を展開させた。

 二、三度軽く振り、感触を確かめた後、魔法の言葉を紡ぐ。

 自分の身体能力を強化し速度を倍にする、危険な代物を起動させる為に。


「デバイス……起動!!」

「心!!」


 直樹の切なる叫びを無視し、心は高速移動で直樹に接近。

 渾身の力を込めて直樹に振り下ろした。

 ガンッ! という轟音。

 咄嗟に出した直樹の右腕が、不自然な形となった。


「くっ……!!」

「……っ!?」


 右手が盾となり、心の警棒を防いだ。

 直樹は痺れて止まった心の右手を左手で掴み、心を説得し始めた。


「止せ! そんなことしても何も変わらないぞ!」

「……うるさい!」


 空いている心の左手に、袖から現れるナイフ。

 鋭い一撃が、直樹の左腕に突き刺さる。

 だが、直樹は苦悶の声を上げるだけで手を離さない。


「離せ……! 離せ……!!」

「心!! 頼む……!!」


 執拗にナイフを突き立てようとする心だが、形状変化させた直樹の右盾にナイフを弾き飛ばされた。

 ならばと心は右袖から小型ピストルを取り出すが、その銃撃も直樹のシールドが阻んだ。


「戦ってもお前が求めるものは手に入らない!」

「……記憶を喪ったこともない奴がわかったような口を利くなぁ!!」


 心が次に取った方策は、直樹の予想を超えるものだった。

 彼女の左手が取り出したのは白い筒状のモノ。

 その上部についているピンを口に近づける。そして、歯が欠けるのも厭わず引き抜いた。


「な――」

「うおああっ!!」


 心は小爆発で左手がぐちゃぐちゃになろうと構わず、殴るように直樹へとスタングレネードを叩きつける。

 強烈な閃光と音響が、月明かり優しい住宅街に炸裂した。





「……これで直樹の心も折れるといいな」

「たぶんそれは無理ですよ」


 自分一人しかいないもの、と設定していたにも関わらず現れた珍客の声に、クイーンは後ろを振り向いた。

 手には拳銃が握られている。

 がっちりと自分に向けられた無機質な銃器の前に、だがしかしクイーンは動じない。


「……小羽田美紀さん、だったかな。……私を見つける為に直樹を撃つなんて」


 招かれざる客である小羽田はフ、と不敵に笑った。


「だってそれが一番手っ取り早いじゃないですか。あなたが発した思念を私の念思で探知する。……精神異能者しか出来ない芸当です」

「で、私に銃を突きつけて得意げになっているわけね。……何が望み? 私の命かしら」


 クイーンの問いに、小羽田はしかし首を振る。

 そんなものは望んでない、と言わんばかりに。


「命なんて取ってどうするんです? 歯止めであるあなたが死んだら、それこそ世界が終わるでしょう」

「……よくわかってるじゃない。人間のクズさ加減が。……世界を調整する者がいなければ、すぐさま戦争を始めちゃう愚か者しかいないものね」

「……大部分の人間はクソですが、愚か者しかいない、という言葉には賛同しかねます。……たまにはいますよ、変な奴が」


 そう反論する小羽田の顔には、微笑すら浮かんでいた。

 クイーンも同じようにクスリと笑う。


「思考が似ているわね、私達。……で、あなたの望みは一体何かしら?」

「……私の望みはたぶん、あなたの賛同を得られないものですね」

「へぇ? 確か……百合趣味なんだっけ、あなたは。……男の廃滅とか言わなければ善処するけど」

「いいえ、違いますよ、クイーンさん。私の望みは、あなたの忌み嫌うモノ」


 クイーンの顔から笑みが消える。小羽田が引き金に指をかける。


「……理想郷を創ってくれませんかねぇ……」


 小羽田はずっと胸に秘めていた“お願い”を口にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ