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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第五章 女王
82/129

行動開始

 ――再構築……機能に問題なし。

 

 身体構築……正常。オールクリア。

 戦闘技能……正常。オールクリア。

 生活知識……正常。オールクリア。

 精神記憶……異常。エラーを検知。

 総合再生率……七十五%。

 特殊異能稼働率……五%。


 ――覚醒に支障なし。

 本体覚醒中……覚醒率五十三%。


 Q、アナタハダレデスカ?

 A、わかりません。


 ――応答に異常なし。

 覚醒率百%。

 本体覚醒を完了します。



 そして、少女は目を覚ました。

 大事なものを忘却し、リセットされた状態で。




「起きたか!」


 目の前に立つ男が、大げさにも思えるくらい嬉しそうに喜んだ。

 この人は誰なのだろうか。自分と既知の人物なのだろうか。

 少女は疑問に思ったが、口には出さなかった。

 ベッドから起き上がることもせず、ただ、目線だけで部屋を見回す。

 室内にいるのは、八人。

 その内、男性は一名。黒髪の男。

 他六名は全員女性。赤髪の女、黒髪の女、白髪の女、青髪の女、黄色髪の女、茶髪の女、緑髪の女。


 ――後一人足りない。


「……っ」


 少女は、覚えた違和感に目眩がし、頭を押さえた。

 赤髪の女が仰々しく身を乗り出してくる。


「大丈夫?」

「…………?」


 何で、この女は自分を案じてくるのだろう。

 全く誰だかわからない。しかし、不思議と悪い気はしなかった。

 だが、声を出すことは憚られる。

 正体不明の相手と、無用な会話は躱すべきではない。

 なぜか、そう教えられた気がしたのだ。誰に?


 ――大事な人。でも、私はその約束を破った。


「…………ぅ」


 また違和感。

 少女は頭を振り、脳裏に響く不思議な声を振り払う。


「姉さん……?」


 まるで人工物のような不自然さを持った少女が、今にも泣き出しそうな顔で様子を窺ってくる。

 なぜだ? 自分のことがそんなに心配なのか?


 ――当然。家族だもの。


「くっ……」


 耐え切れず、声を上げた。

 さっきから何なのか。このノイズのような不快な声は。

 だが、少女がどれだけ呻こうとも、声は断続的に続いていく。


「……どこか痛いの?」


 黒髪の女が、親身になって訊いてくる。

 まるで全てを見抜かれてしまうような瞳で。

 反射的に少女は身構えようとした。だが、どこかがその必要はないと訴えかけてくる。


 ――必然。相棒だもの。


「…………ぁ」


 起き上がりつつ、混乱する頭を振る。

 だが、戸惑いは収まらない。

 自分は知っているのか? いや、知るまい。

 そんな記憶は自分にはない。


「喋れない、ということではなさそうだが……」

「わかんないわよ? だって頭をぶち抜かれたんだし……」


 青い髪へ、黄色い髪が疑問を投げかける。

 少女は訝しんだ。喋れないと言われたことに対してではなく、頭をぶち抜かれたということに。

 どういう意味だ、という疑問に対して、また煩雑な声が応えた。


 ――単純な意味。言葉通り受け取ればいい。


「……聞いてない……」


 気付くと、口に出していた。

 少女の胸中に、苛立ちが湧き起こる。

 何なのだ、と。

 一体何なのだ、お前は。自分の心に勝手に訴えかけてくるんじゃない。

 そう念じると、不思議な事に声は消えた。その状態が正常であったかのようにぱったりと。


「喋ったよ!」

「……そのようですね。――ですが」


 喜ぶ栗色髪とは対象に、緑髪は鋭い目つきで少女を見ている。

 彼女の身に何かが起こっている。そう、気づいているかのように。


「……名前を言ってください」

「…………っ」


 緑髪が場所を移動し、男や少女達を押しのけ、ベッドの前に立った。

 そして、少女を見下ろし詰問する。

 別に責めているというわけではない。口調から少女を心配していることがありありとわかる。


「何言ってんだノエル?」

「そうだよ。そんなこと聞かなくても……」


 男と赤髪が、ノエルと呼ばれた少女を諫めようとする。

 だが、それを蒼白な面持ちの少女が制した。真っ白い瞳から、恐怖の色が見えている。

 横に立つ黒髪の少女も、息を呑み緊張感を隠せていない。

 その他の者達も、まさかという表情で、少女を見つめてくる。


「姉さん……?」


 声が震えている。

 その怯えきった表情を見るたびに、心が疼くのがわかる。

 答えてはいけない。失望させてしまうから。

 しかし、答えねばならない。それが真実だから。

 少女は、答えた。自分の名前を……思い出せないということを。


「わかりません。……私は、誰ですか?」


 少女を除くその場にいた全員が凍りついた。




 記憶というものは、脳に保存されているもので、コンピューターに言いかえればデータのようなものである。

 大雑把に分類すると、運動記憶と認知記憶の二種類にわけられる。

 今回重要な記憶は認知記憶であり、さらにその中の長期記憶に分類される宣伝的記憶のエピソード記憶である。

 エピソード記憶は、簡単に言えば思い出である。

 誰と過ごした、自分は何をしてどうなった。そのような記憶。

 狭間心は綺麗にその部分だけが破壊された……。そう医者は言っていた。

 しかし、そう考えると疑問が残る。

 メンタルが撃ち放った銃弾は、確実に脳を破壊し、心を即死せしめたらしい。

 だというのに、彼女は瞬時に息を吹き返した。傷を再生して。

 そして、目を覚ましたのだ。思い出を失くし、自分が誰であるか忘れて。


「くそっ」


 やりようのない喪失感から、直樹は毒づいた。

 心は忘れている。胸に秘めていた理想も、何の為に戦っていたのかも。


「……くそっくそっ!!」


 壁を叩く音が、廊下に響き渡った。

 壁を殴りながら、直樹の中を駆け巡るのはクイーンに対しての疑問だ。

 なぜ、こんなことをする?

 その一言に尽きる。

 本当にこんなことをする必要があるのか。

 どうしてここまで心にこだわる?

 だが、どれだけ疑問を思っても、回答を直樹は持ち合わせていない。

 そのような場合、直樹は二択を迫られる。

 もはや心など放っておいて、以前の日常に戻るか。

 他人事ではない、と愚かにもクイーンに立ち向かうか。

 数か月前の直樹であれば、前者。

 しかし、現在の直樹であれば、後者。

 言うまでもなく、聞くまでもない。

 だとすれば、動くだけだ。

 そう思い、動き出そうとした直樹の背中に誰かが抱き着いた。

 人の気配は感じていたが、まさか抱き着いて来るとは思っていなかった。

 だが、致し方なかったのかもしれない。

 親友の記憶が失われたと知ったのならば、涙の一つも流し、人の温もりに身を委ねたくもなるだろう。


「炎……」

「心……ちゃんが……うっ……」


 炎の感触が、直樹の背中に伝わってくる。

 柔らかな肌の温もり。頬を伝う生温かい涙。震える声音。

 背中から聞こえる慟哭に、直樹も堪え切れず涙を流しそうになる。

 しかし泣いている暇はない。涙を流すのは全てが終わった後でいい。


「……クイーンを探しに行くよ」

「……直樹君……」


 直樹は炎に向き合い、その両肩に手を置いた。泣いている子供をあやすように。

 自分をすごいと言ってくれた少女のことばが、事実であると証明する為に。


「心だったら、そうすると思うし、言ってくると思うんだ。だから、俺は行かなきゃ。……あぁ、留年は決定したようなものかな」


 強がりもかねて、茶化す。

 そうでもしないと、涙が堪えきれない。

 今までは、失う前に助けられた。

 しかし、心の記憶はもう失われてしまった。医者は治るかどうかわからない、とはっきり告げてきた。

 そんな前例はないから、と。拳銃で眉間を撃ち抜かれ、生き返った人間は心しかいない。

 ただでさえ異能と脳はまだまだわからないことが多い。

 直樹に出来ることは信じることだけ。狭間心という少女の異能を、意志を、想いの強さを。

 ならば、自分は今出来ることをする。ただそれだけだった。


「大丈夫、とは言えないけど、信じるしかないんだ。だから、俺は心を信じて行く。上手くいけば……クイーンにどうにかしてもらえるかも」

「……殺さないの?」

「彩香……」


 炎の後ろから、彩香がコツコツと足音を廊下に響かせながら現れる。

 暗がりの為に、その表情は全く窺えない。だが、一種の“暗さ”のようなものを直樹は感じ取った。


「彩香ちゃん……」

「……ハハハ。自分でもちょっとびっくりした。……大事な人が……ひどい目に遭うと本気で復讐したくなるのね」


 彩香の声は冷たい程平坦だ。いつもしょうもない軽口を叩く彼女はここにはいない。

 彩香の気持ちは痛い程わかったが、直樹ははっきりと自分の想いを告げた。


「俺は誰も殺さないよ」

「……どうして? 心が……あんな目に遭ったのよ!!」


 堪え切れなくなったのか、彩香が激昂する。

 しかし、直樹は冷たく思えるほど冷静に、強固な意志を持って応対した。


「……最初にこの異能に目覚めた時から、俺は誰も殺さないって決めてた。……それに、たぶん心だってそう思ってたはずだ」

 

 心の名が出ると、彩香の気勢が一気に削がれ、彼女は廊下に崩れ落ちた。

 彼女とて、本心からクイーンを殺したいのではないのだろう。しかし、大事な人間の記憶が奪われたという事実が彩香に深い悲哀を与え、復讐に駆り立てようとしている。

 それを止めるべく、直樹は声を掛ける。右手を差し出しながら。


「俺もやっぱり、憎いし、クイーンに言いたいことだってたくさんある。……でも、殺すのは無理だ。しちゃダメだって、ここが言ってくるんだ」


 直樹は左手で自身の胸を押さえた。


「こころ……」

「心って結局どこにあるんだろうな。俺の心臓辺りなのか? それとも脳なのかな。……でも、疼くのはやっぱりここで、そこが言うには俺は人を殺したいわけじゃないらしい。ただ、止めたいんだ。こんなことをする奴を。こんなことに異能を使ってしまう人を」

「…………ポエマーみたいなこと言っちゃって」

「それ意外と傷つくから」


 彩香は笑みをこぼすと、直樹の手を掴み立ち上がる。そして、後ろの方にある病室を視た。

 直樹には何となく誰を視ているかわかり、彩香と同じ異能を発動させる。

 そこには、メンタルが眠っていた。精神的ショックから気を失ったのが少し前。

 念のため拘束具をつけている。その様子を久瑠実が心配そうに丸椅子から見守っていた。


「メンタルちゃん……大丈夫かな……」

「……大丈夫さ、きっと」


 メンタルならばきっと立ち直ってくれる。

 そう思いながら直樹は歩き出した。自分のやるべきこと、したいことを成す為に。




 風が吹き荒れる病院の屋上で、青い髪の女と黄色い髪の女が柵に寄り掛かっている。

 黄色髪の女性は、青髪が話し出すものとばかり思っていたが、ただ黄昏ているだけの彼女に対し痺れを切らすように口火を切った。


「で、どうすんのよ」

「……やるべきことはわかっている。クイーンを見つけ出す」


 そう嘯く水橋だったが、自信はなさげだった。

 横に立つ矢那がはぁー、と深いため息を吐く。


「急に自信喪失ってわけ? 中二心全開のあの語り口調はどうしたのよ」

「ああ……うん。わかりきっていたことだ。口調を変えた所で本質は変わりはしない」

「そういうこと聞きたいわけじゃ……ああ、もう調子狂うなぁ」

「……確かにな。自分でもびっくりする。……こういうことを食い止める為に異能省に入り、中立派として戦って来たのに」


 結奈が死んだ時の悲劇は二度と繰り返すまい――。

 そうした水橋の決意は容易く打ち破られた。新垣達也が死んだ時も危うかったというのに、今回の件で完璧に打ちのめされたと言っていい。

 そんな抜け殻の水橋に、矢那が叱咤激励の意を込めて声を上げる。


「まだ心は死んでないじゃない」

「……死んだのも同義だ。心君のはただの記憶喪失じゃない。……再生異能を持っている彼女が再生した状態で、完璧に記憶を喪っていた。それはもう……記憶が再生されないと言っても過言じゃない」

「医者でもないアンタが何を言って……」

「医者にはぼかすよう告げたのさ。異能研究の観点から言うと、そもそも心君が生きている時点でおかしい」

「……ま、心は色々とおかしいわね」


 矢那とて、違和感は感じていた。

 あくまで、心の再生異能は傷をゆっくりと回復させるものだ。

 四肢が欠損すれば、時間をかけて再生する。

 だが、異能を司るとされている脳を破壊して生き返るということがあり得るのか?

 矢那には回答出来ない。異能科学者だって、答えることは難しいだろう。

 

「ああ……でも……もう……」

「あーめんどくさいわね! ……心の記憶は戻らない! そう言うけど、心はまだ生きてるのよ? 何かの拍子で戻るかもしれないじゃない! ふつうの記憶喪失と同じように!」

「しかし心君の異能では」

「だぁーもう! その異能では、というのがまずおかしいでしょ! アンタ、自分がどうやって水鉄砲から水をぶっ放してるか説明出来るの!?」

「……それはっ」

「出来ないでしょ!? 私は無理! 自分の異能の説明なんて! ただイメージしてぶっ放す! それだけしかね! なら、心だってどうなるかさっぱりでしょ!?」


 矢那の言う事は一理あった。

 何度も言うように、異能の全容は解明されていない。

 なら、心が復活する可能性もゼロではない。……限りなく低いが。


「……」

「……正直、私はあなたのこと、すごいと思ってるのよ。私はずっと過去から逃げてたけど、アンタは過去の過ちを繰り返さないように頑張ってきた」

「……そうか?」

「そうよ! 少なくとも私視点ではね! ……だから、中立派エージェントさんはしっかり仕事してよ。ほら……」


 矢那が急に眼下を指さした。

 そこには直樹、炎、彩香の三人が街へ繰り出そうとしている所だった。恐らく、クイーン捜索の為に。

 水橋ははっとした。

 年下の少年達が頑張っているのに、年上の、しかもエージェントである自分がこんな所で呆けていていいのかと。


「諦めるにはまだ早いか」

「そうよ。少なくとも私はまだ諦めてないわ。……一度会って見たかったのよ。我々異能者の女王クイーンとやらに」

「……だな。よし行くぞ」


 たぶん、結奈ならそうした――。

 水橋はかつての親友に想いを馳せながら、行動を開始した。

 親友を殺す原因となったとされるクイーンを探す為に。




「クルミ、そちらの様子はどうですか?」

「ノエルちゃん。……まだ気を失ってる」


 心がいる病室の隣であるメンタルの病室に訪れたノエルは、彼女を見守っている久瑠実に様子を窺った。

 だが、状況は進展していない。メンタルは未だ気絶し、悪夢に魘されている。


「苦しそう」

「ですね。何となく、どんな夢を見ているか察せる気がします」

「……心ちゃんを撃っちゃった、んだよね」

「そう、聞いています。クイーンに操られ、成す術がなかったと」


 ノエルは病院に似つかわしくない鎧をガチャガチャ言わせながら丸椅子に腰を掛けた。

 いつ敵が来てもいいよう、彼女はフル装備である。

 腰に差してあるサーベルとフリントロックピストル。どちらも見た目は古臭いが最新科学の結晶だ。

 対異能物質サイキリウムで構成された強化鎧パワードアーマーならば、多少クイーンの精神干渉力が弱まるのではと期待してのことだ。


「自分の大事な人間を無理やり撃たされた、か。……クイーンって人にとっては皮肉を利かせたのかもしれないね」

「……どういう意味ですか?」


 ノエルが問うと、久瑠実は逡巡したのちゆっくりと語り始めた。


「……私って、メンタルちゃんにちょっとマインドコントロールみたいなことされたんだよね。直ちゃんはよく話してくれないんだけど、私は直ちゃんを襲ったみたいなの」

「……クルミが、ですか? 信じられない」


 ノエルは久瑠実と出会ってそれほど経ったわけではないが、彼女が直樹を襲うとは到底考えられない。


「だよね。私自身もそう思うし、直ちゃんだってそう思ってたんだと思う。だから、避けられた時ちょっと悲しくて。……昔から、私影薄いのに」

「あー……それはわかる気がします」


 ノエルが頷くと、久瑠実は苦笑いしながら続けた。


「でしょ。……でもね、直ちゃん、思い出したり、気がついたりしたら、いつも駆けつけてくれたの。……直ちゃん自身は自分を情けなく思ってるみたいだけど、私にとっては違う。……ノエルちゃんもそうじゃない?」

「もちろんです。ナオキは私の大事な人です」

 

 久瑠実の問いにノエルは即答する。

 当然だ。彼は自分の命の恩人であり、救ってくれた救済者でもある。


「ちょ、ちょっと大事な人って言い方が気になるけど……。とにかく、私は今回も何とかなる気がしてるんだ。直ちゃんが何とかしてくれるって。勝手にね」


 言ってノエルに笑いかける久瑠実。

 反面、ノエルは厳しい面持ちで、危険性を指摘する。


「それは盲目的です、クルミ。ナオキは絶対的存在ではありません。……ただの高校生、立派な人間ではありますが、無敵ではない。むしろ、弱さの塊です。――でも、あなたの言う事はわかりますよ」


 末尾に自分の本心を付け加え、ノエルは微笑した。

 釣られて久瑠実も笑みをこぼす。


「……でも、直樹は姉さんを復活させてはくれない」

「メンタル……」「メンタルちゃん?」


 突如寝ていたと思っていたメンタルから発せられた声に、ノエルと久瑠実が目を見開く。

 メンタルが白い瞳を覗かせ、目を覚ましていた。

 冷や汗をたっぷり掻き、目は赤く腫れている。

 目に見えてひどく憔悴していた。


「……わかってる。これはクイーンを押しのけられなかった私のせい。わかってる。……これ外して」


 メンタルが自身の拘束具を見下ろしながら頼んだ。

 しかし、出来ません、とノエルが首を横に振る。


「はっきり言います。今のあなたはいつ自殺してもおかしくない不安定な状態です。そんなあなたを自由にさせるわけにはいかない」

「……両手足を塞がれても自死する方法はたくさんある。……これでもワタシは軍用クローン。忘れないで……ワタシは狭間心を殺す為に創られたニセモノ……」

「メンタルちゃん! そんなこと」

「なのに、ワタシ自身が忘れていた」


 メンタルが懺悔するように言葉を紡ぐ。

 その言の葉はノエルと久瑠実に衝撃を与える程、淡々としていた。


「ワタシはニセモノなのに、ホンモノにすり寄った。姉妹ごっこをして、ジブン自身で姉を撃ち抜くはめになってしまった。……取り返しのつかないことを……してしまった……」


 メンタルの瞳から、涙が流れ出す。

 ノエルと久瑠実は掛ける言葉が見つからず、黙って懺悔を聞き続けた。


「……全てワタシのせい。ワタシが……あの時姉さんと出かけなければ……姉さんと姉妹になるなんて言わなければ……ワタシが……」


 もっと早く死んでいれば、姉は、心は死なずに済んだのに。

 久瑠実が絶句し、凍りついた。メンタルは本気で死んでしまうかもしれない。そう本気で思って。

 しかし、ノエルは違った。姉を殺してしまったと嘆く妹を、諫めるように口を開く。


「メンタル、ココロは死んでいません。生きています」

「……でも、再生異能を持つ姉さんの記憶が再生されなかったということは――」

「それでも、ココロはココロです。……それに、私は見ました。自分の記憶がないと告げる時、ココロは辛そうでした。どこかで、覚えているのです。あなたのことを」

「……本当に?」


 その表情は藁にもすがるようだ。ノエルは真っ直ぐメンタルを見つめ、頷いた。


「ええ。……人の全ては脳に集約されている。魂のような曖昧なものは存在しない。……そうは言いますが、それだけでは説明の出来ない事柄もあります。……それに異能は想いの力です。想いさえあれば――奇跡さえも起こせる。それが異能です。信じましょう、ココロを。あなたの姉を」

「…………そうね」


 短い返答。しかし、メンタルの表情は180°変化していた。

 絶望から、希望へ。

 ことばというものは偉大です。ノエルはそう思った。

 少し話をするだけで、絶望の淵に立っていた人間を、希望へ救い上げることが出来る。

 もちろん、ことばだけで全てが解決したわけではない。心が生きている。その事もある。

 だが、それでもことばは、想いの力は凄まじい。

 そう考えている間にも、現実に絶望していたメンタルは、可能性という名の理想に向け、動き出すことにしたようだ。


「……クイーンを探す」

「……大丈夫なの?」


 久瑠実の案じに、メンタルは力強く返す。


「もう大丈夫。自殺もしない。そんなことしたら姉さんに怒られる」


 わかった、と快諾した久瑠実が拘束具を外し始めようとしたが、ノエルが制した。

 最後に、と言って最終確認をする。


「クイーンを殺す気ですか?」

「……いや、殺しはしない。クイーンにはやってもらいたいことがある」

「わかりました。では行きましょう」


 ノエルは久瑠実を手で促し、立ち上がった。

 拘束具が外れ、メンタルが解放される。

 彼女は荷物として纏めてあった装備を装着した。


「……アナタが行ってもいいの?」

「――ココロを守る気でしたが、もはやクイーンの目的は達成されたように思えるのです。中立派の戦力でも問題ないでしょう」

「……ワタシはそうは思えない。やはりアナタが……」

「その任務、僕が引き受けるよ」


 突然、部屋のドアが開き、一人の男が入ってきた。

 年は若く、病院には似つかわしくない野戦服だ。

 アサルトライフルを背負った来訪者に、メンタルが身構え、久瑠実が怯える。

 しかし、ノエルだけは違った。既知の男性だったからだ。


「あなたは……確か」

「僕の名は沖合健斗。元、対異能部隊の隊員だ」

「そんな人間がなぜここに」


 健斗は抵抗する意志はない、と伝える為両手を上げながら説明をする。


「僕はクイーンに対して思うことがあってね。対異能部隊に入ったのもその為だ。だけど……昔の知り合いのせいで止めることになってしまった。……で、一人クイーンの動向を探っていたら、ここに辿り着いたというわけさ」

「胡散臭い」

「同感です」


 メンタルの感想にノエルが同意する。

 ノエルの既知は、直樹に出会うまで故人か、異端狩り絡みか……無能派の人間を指す。

 つまり、中立派に身を置く彼女にとって、沖合健斗は敵である。そう言っても過言ではなかった。

 だがしかし、久瑠実は何か思い当たるようなことがある、と言った顔で考え込んでいる。


「何だっけ……誰かが健斗健斗言ってたような……」


 と思った久瑠実の疑問を解消させたのは、廊下にうるさく響いてきた水橋の声だった。


「なっなななな健斗ぉ!? なぜここに!?」

「あ、水橋さんの片想いの人だ」

「……信用してくれたかい?」


 健斗の問いに、ノエルとメンタルは無言で首肯を返す。

 二人もまた、直樹達と同じように病室を出て行った。

 心を信じ、自分がやれることを行う為に。



 こうして、久瑠実と行方知らずな小羽田、アミカブルにいるフランとノーシャ以外の全員が行動を開始した。

 クイーンを捕まえる為に。






「これは予想外。予想外に予想外の二段重ね」


 回転式椅子に座りながら、くるくる回り、クイーンは呟いた。

 そして、机に置いてあった写真を持つ。

 直樹達がこの世唯一の理想郷とされるアミカブル王国で撮影した集合写真だ。

 写真には、赤く×印がついている。

 心の顔に。


「次の目標は誰にしようかな……。いない奴と、出来ない奴、する必要がない奴は放っておいて、と」


 直樹、フラン、ノーシャ、小羽田の四人が黒いペンで丸く囲われる。

 さて、どうしようと悩んでいたクイーンは、面倒くさくなったようであーっ! と声を上げた。


「もうめんどくさっ! ……全員で、いいや」


 一気に黒いペンでバツ印をつけて行くクイーン。その顔には薄ら笑いすら浮かんでいる。


「……フフ、こうなれば、いくらバカでも折れるでしょ……ねぇ……そう思わない? フフ……フフフ……」


 クイーンは写真を見つめ笑う。

 不穏な笑い声だけが、部屋の中に響き続けた。


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