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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
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写真撮影

 ちょっとしたトラブルもあったが、ノエル含め全員の傷が治った直樹達は、日本に戻ることにした。

 王宮庭園の外に並ぶ十一人の男女達は運搬役である男を待っている。

 もっともその内の二人、フランとノーシャは国を離れはしないのだが。

 意外とあっさり打ち解けているノーシャと、社交的に見えて人見知りなフランの対比を意外に思いながら、日本に帰ったらどうするかと直樹は考え込んでいた。


(確か三日だったよな……学校休みだったの。もう一週間は経ってるぞ……。そろそろ留年が決定してそうで怖すぎる……)


 頑丈な異能者、そして最先端医療が相まって、重傷を負っていた皆は驚異的な速さで回復している。

 だが、それでも一週間である。

 色々な事件に巻き込まれ、出席日数が不足気味の彼にとって、それは致命的なロスだった。

 一応、水橋達中立派が手を回してくれるのだろうが、やはり違和感を完全には拭えない。

 もう、ばれてしまうかもしれない。自分が異能者だということが。


(今更か……智雄にはもうばれてるし、それに)


 直樹はフランにフランちゃん! と意気揚々と声掛けをしている炎に目を移した。

 彼女は転校してきた直後、異能者だと露見してしまっている。

 なのに、ああも笑っていられるのだ。

 幸運なことに、自分が所属するクラスには異能者をそこまで悪く思ってないクラスメイトも多いし、何より親友である智雄もあっさり受け入れてくれた。

 もう、真実を話す時が来たのかもしれない。

 そう思った直樹だったが、脳裏に家族の顔が浮かび苦悩する。


(父さんと母さん……成美はどう思うんだろう。……俺が世間を騒がせている異能者の一人だと知ったら)


 家族が自分を拒絶するとは思えないが、前例がある。

 直樹は庭園花壇の前に座り、虚無の瞳を花に向け笑っている彩香を見る。ちょっと怖い。


(彩香は母親に殺されそうになってた……。やっぱ、何も言わない方がいいのか? ……いや……)


 考えるが、わからない。

 一端の高校生には荷が重すぎた。所詮、直樹はただの学生である。

 異能者だからという理由で無能者が彼らを弾圧する。

 これは間違っている、と直樹は考えている。逆も然り。

 世界の30%は異能者であると言われているし、これからもどんどん増え続けるだろう。

 だというのに、争っていればその戦いは際限のないものと変貌する。

 どちらかが滅ぶまで、長きに亘り続けられる戦争へと。

 だが、それとこれは別なのだ。

 実際息子が異能者だ、とわかれば両親は恐怖するかもしれない。

 それを無理やりどうこうしようという気は直樹にはなかった。

 ただ、悲しい。これに尽きる。自分は間違いなく両親を愛していたし、両親も自分を想ってくれてると実感しているからだ。

 そう考えると、嘘は吐きたくない。

 だが、危険は冒せない。


(くそ……どうすりゃいい……)


「……悩み事?」


 直樹が悩みこんでいると、心が声を掛けてきた。

 暗殺者として鋭敏な彼女には、直樹が思い悩んでいる様子が手に取るようにわかる。


「ああ……実は」


 一人で悩んでも仕方ない。

 そう考えた直樹は、素直に悩みを打ち明けた。

 すると、心は顎に手を当て思案し始める。黒いキャップ帽からはみ出ている長い黒髪が、風に揺れた。


「……彩香に相談してみるといいかも」

「え? ……実は俺、間違って彼女の記憶を視ちゃって、過去に何があったのか知ってるんだ。彩香の傷を抉るような真似は……」

「大丈夫。彩香は強い。それにそういう状況に陥ったからこそ、親身になって話を聞いてくれるはず」

「そうかな……」


 と言い、直樹は彩香に視線を戻す。

 時折、ふ、ふ、ふ、と奇妙な笑い声を上げ、虚ろな視線で花に微笑らしき何かを向けている。

 ……本当に大丈夫なのだろうか、と直樹は心配になった。


「今のは……小羽田に何かスゴイことをやられてああなっているだけで、日本に帰ればきっと……」

「スゴイことって?」

「…………質問禁止」


 そっぽを向き、直樹との会話に応じない心。

 むしろ禁止などと言われると余計気になるのだが、直樹は追及しなかった。


(……確かに心の言う通りかも。ダメだったらダメで、別の方法を考えるか)


 納得し、思い悩むことを止める。

 自分はバカなのだ。なら、思案を巡らせてもしょうがない。

 状況に応じ、臨機応変に対応していけばいいだけだ。


「ありがとう、気が楽になったよ」

「……役に立てたのなら何より」


 心は微笑し、携帯をいじり始めた。

 画面にはカメラモードで取ったらしき写真が待ち受けとなっている。

 盗み見る気はなかったが、その写真が気になった直樹は訊ねてみた。


「その写真……」

「街を巡っている時撮ったの」


 心は携帯を直樹が見やすいよう翳す。

 写真には、心と炎、メンタル、久瑠実が写っている。

 眩しいばかりの笑顔をみせる炎。微笑を浮かべている心とメンタル。

 端っこで控えめに笑っている久瑠実。

 一瞬三人で撮ったのか、と思ってしまったのは内緒である。

 ふと、直樹は思い出した――久瑠実を卒業アルバムで見つけるのが至極困難であったことを。


「いいな」

「……でしょう? ……携帯のカメラ機能をこんな風に使える気がくるとは思えなかった。……ずっとハッキング専門だったから――」


 少し寂しげな笑みをみせる心。

 直樹は励ます為に、一つ、提案をしてみることにした。


「じゃ、今度はみんなで撮ろうぜ」

「え?」

「写真なんて撮っとくに越したことないだろ。減るものでもないし。黒歴史写真は胸に突き刺さるけど」


 遠い目で言う直樹の顔は、哀愁すら漂っている。

 それもそのはず、彼は中学二年生の時、かっこつけポージングをした黒歴史写真を思い浮かべていた。

 あれはふとした瞬間頭をちらつき、直樹の心をちくちくと突き刺してくる。


「なら今撮ろうよ!」


 ちょっと! と驚いているフランの手を引きながら、炎が大声を上げた。

 直樹と心は驚いたが、顔を見合わせ頷いた。


「え? 写真撮るの?」

「む? 機器など持ってきていないが――」


 相も変わらず携帯ゲーム機をいじっていた矢那と、携帯で予定を確認していた水橋が反応する。


「……良さそう」

「写真ですか!? いいですね、いいですね!」

「――写真は初めてです」


 僅かに喜ぶメンタルと、目に見えて嬉しそうな小羽田。

 立ったまま寝ていたノエルが目を覚ます。


「ほら、彩香」

「ふ、ふ……お花が……え? あ、心?」


 心が彩香の手を引き並ばせた。


「ほら、フランちゃんも」

「え? いや私は部外者……きゃ」

「フフッ、遠慮はするべき時と、するべきでない時があるのよ」


 横一列に並ぶ集団から外れようとしたフランの背中を、ノーシャが押す。

 全員揃った。そう思った直樹がさて誰の携帯を使うかと思案したその時。


「直ちゃん」

「……もちろん、忘れていたわけじゃないぞ、うん」


 一人、庭園廊下の柱から悲しそうに覗き込んでいた久瑠実を、直樹は手招きした。

 彼女の透明異能は、とても強力である。油断すると幼馴染の直樹でさえ存在を忘れかねない。


「……なら城の者に。誰か!」

「フラン様、お呼びでしょうか」


 フランの呼び声に瞬時に反応し、メイドが一人現れた。

 手には準備よくカメラ。どこかで話を聞いていたのかもしれない。


「……携帯でも撮ってもらいたい」

「承知しました」


 心が携帯を手渡し、十人が並ぶ。

 並び順は後列左から、矢那、水橋、彩香、ノーシャ、小羽田。

 前列左から、メンタル、フラン、炎、直樹、心、久瑠実、ノエル。


「では撮ります」


 事務的な口調、しかし微笑ましい光景に口元を緩ませているメイドが、シャッターを押す。

 青春の一ページ。様々な葛藤を抱え、そして敵対していた皆が、一枚の写真に収まった。


「では次にこちらの携帯で」


 カシャ! という音と共に、心の携帯が集合写真を記録する。


「では私はこれで」

「ええ、ありがとう」


 メイドがフランに会釈すると、そのままどこかへと去って行く。


「私顔変だったかも」

「ふん、案ずるな。後でいくらでも編集出来るぞ」

「え? 編集出来るんですか? た、例えば……一人と一人を切り離したりとか」


 直樹の横で矢那、水橋、炎が会話を交わし、


「フフッ。悪くなかったでしょう?」

「そ、そうかもしれないけど……。あ、あれ? 貴公、写真撮影は終了……睡眠中!?」

「スゥー……」


 ノーシャと話していたフランが、再び立ったまま寝だしたノエルに驚く。


「……家族写真みたいなもの?」

「ちょっと違うね。家族ではないし……」

「じゃあ、遺影?」

「全然違うわよ。集合写真とかそういうのでしょ」


 メンタルがこれはどういう写真かを質問し、久瑠実と彩香が応えている。

 と、そこに小羽田が私も混ぜてくださーい! と現れ、彩香が絶叫に近い悲鳴を上げた。


(何してるんだ……)


 直樹が苦笑していると、携帯の画面に目を落とした心がとても嬉しそうに笑った。


「良かったな……」


 例えどんなことがあろうがその笑顔は守り抜く。

 直樹は心と、周りにいる仲間達を見ながら、そう胸に誓った。




「よし、全員手を握ったか?」

「うむ、頼む」


 直樹達を見回した、転移係の男に向けて、水橋が首肯を返す。

 了解、と気の抜けた風に応じた男は、来た時と同じように直樹の手を握る。


「あ……あの」

「ん?」


 見送りをしていたフランが躊躇いがちに声を掛けてきた。

 気遣った男が一旦手を離し、直樹から距離を置く。


「ほら、フラン」

「……また、遊びに来てね」


 ノーシャに励まされ、フランがぎこちない笑みと共に呟いた。

 もちろん、と答えようとした直樹だったが、炎に先を越されてしまう。


「もちろんだよ! フランちゃん!」

「……ありがと。夏になれば色々イベントがあるから……」

「フフッ……また会いましょう」

「ええ……」


 ノーシャが言った別れの言葉に、心が頷き返す。

 直樹もまたな、と言い、男の手を握り直した。


「じゃ、行くぞ。肩の力抜け」


 ビュッ! という音を立てて、直樹達が掻き消える。

 残されたフランとノーシャはお互いの顔を見つめ笑いあうと、仲良く手を繋いでいつもの公園へと歩き出した。




 月明かりが照らす夜道を、ひとりで歩く。

 慣れた道なので暗がりでも迷うことはない。ただ、とても疲労している。

 直樹は、心達と立火警察署前で別れ、帰路についていた。

 旅先では全く感じていなかった疲れだが、帰国した途端一気にあふれ出てきた。

 ただひたすらに疲れている。早くベッドに横になりたい。

 その一心で、直樹は足を進めた。

 明日は彩香に相談するつもりである。自分が異能者であることを両親にカミングアウトすべきかどうか。

 故に、早く身体を休めなければならない。

 そう気張っていると、いつの間にか家の前に辿りついていた。

 車がない。両親はまだ帰宅していないか、出かけているかのどちらかのようだ。

 鍵を取り出し、ドアを開け、荷物を玄関に置く。

 と。


「おかえり」

「……ただいま」


 妹が出迎えてきた。

 少し不満げである。予定を遥かにオーバーした旅行に腹を立てているのだろうか?

 だが、直樹に気を回す余裕はない。

 眠い、とにかく眠い。早く寝なければ。


「悪い……眠いんだ……」


 一言直樹は告げ、置いてく荷物と上に持っていく荷物とを取捨選択し、自分の部屋に上って行く。


(明日片付けよう……明日はラッキーなことに日曜だ……)


 部屋に荷物を乱暴に置き、ベッドに倒れ込もうとする直樹。

 だが、身体がベッドの吸引力に引っ張られる前に、鞄から一つの物品を取り出した。


(かざっとこ……)


 豪華な装飾が施された額縁。

 卓上型の写真立てである。

 写真撮影をした後、無料でフランから貰ったものだ。

 記念品ということでタダで貰った高級そうな額縁の中には、総勢十一人の仲間が写っている。


「……記念、か」


 ぼそりと直樹は独り言を漏らした。

 この写真に写っているのは、仲間であり、友人である者達だ。

 ちなみに、後でメンタルズも含めたものを撮ろうという手筈になっている。

 一体いつになるかは不明だが。

 この先、写真に写る人は増えるのだろうか。

 自分の異能は、どんどん増えて行くのだろうか。

 そんなことを漠然と考えた直樹は入浴すら惜しみ、ベッドの引力に引かれながら、


「悪くない」


 と呟き、眠りに落ちた。






 ギィ……とドアの軋む音。

 部屋主が寝静まった部屋に、忍び足で侵入する侵入者。

 その者は手に持つペンライトで主が完全に寝静まっているのを確認し、部屋の中を見回した。

 散乱している荷物が目に入る。


「…………?」


 侵入者は、以前部屋に入った時と違うものを見つけた。

 写真立てである。見落とすということは有り得ない。


「…………バカね」


 失笑混じりに、その写真を手に取った。

 携帯を取り出し、写真を撮影。そして、携帯をポケットの中へ仕舞う。


「ホントバカ。兄は」


 侵入者改め成美は、もう一度兄である神崎直樹の寝顔を見つめた。

 ひどく疲れていたようで、彼女に気付く様子もなく爆睡中である。

 その様子は、さらに成美の失笑を誘い、彼女は静かに笑う。


「絆の力……? 仲間との信頼……? そんなものは幻想でしかない。でも……兄はそんな絵空事を信じちゃう。純粋だから」


 言いながら、成美は直樹の頬に手を伸ばし、触れた。

 兄が呻いたのを見て、成美はまた小さく笑う。


「そんな兄が愛おしくてたまらない……。あなたは純粋で、とてもバカ。だから色んな人を救える。賢いだけの人間には到底辿りつけない場所にいる」


 成美はゆっくりと立ち上がり、直樹に背を向けドアへと歩き始めた。


「だから、私が壊す。……あなたが嫌いだからじゃない。好きだから。だって……そうしないと……」


 兄は死んじゃうもの。きっと。

 成美はそう言い残し、自分の部屋へと戻って行った。


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