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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
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決意

「何でこう色々起こるんだ。……昔が懐かしい」


 愚痴りながら病室のドアを開け、直樹は歩き出した。

 子どもの頃には異能に憧れたりもしたが……実際に異能者になってみると色々大変である。

 家族や周囲に異能者であることを悟られてはならないし、加減を間違えると大惨事になってしまう。


(王様は本気で言ってたのかな)


 ふと、フレッド王の気さくな笑みと、フランの狼狽っぷりが目に浮かんだ。

 もしかすると、これは千載一遇のチャンスかもしれない。逆玉の輿である。

 異能者と無能者が分け隔てなく平等に住まうこの世唯一の理想郷で、どう控えめに見ても美少女であるフランと婚約する。

 もう戦う必要もない。異能者は死ね、無能者はクズ、などと言い合う連中と。


「バカか俺は……そう上手くいかないよな」


 直樹はバカな事を考える自分自身に呆れた。

 そうそう上手くいくはずもない。この国はそういう連中と一線を画している。故に、異能派も無能派も、こぞってこの国を叩きに来るのだ。

 だからフランは狙われ、ノーシャは誘拐され、自分が戦うはめになった。


「……」


 ふと、脳裏によぎる――ずっと、世界はこのままなのではないか、と。

 心の努力は無駄で、自分が行っていることも自己満足でしかなくて、自分達は何も成せないのではないのかと。

 世界は数人の少年少女がどうにか出来るものではない。無論、一つの国も。

 世界にはたくさんの人が、国が、思想が溢れている。数人がおかしい、一国が間違ってると言ったところで、何も変わりはしない。


(くそ……諦めてどうする)


 直樹は頭を振り、迷いを捨てた。

 本気でいいと思ったのだ。心が目指す理想郷、炎が想う理想郷が。

 ならば、目の前で起きる争いをかたっぱしから止めていけばいいだけだ。

 だいぶ時間が掛かるだろう。数十年……いや、数百年かもしれない。

 でも、と直樹は拳を握る。


(俺には力があって、それをやりたいと思っている。なら、止まる理由はないよな)


 と、心で呟いた矢先、直樹が止まった。

 言い合う二つの声が聞こえてきたからである。

 その声は、まるで双子のようにそっくりだ。


「心と、メンタル……?」


 直樹は曲がり角で立ち止まり、廊下の先から聞こえる会話に、耳を傾けた。



 父親はどんな人物で、母親はどんな人柄だったかを考えながら廊下を歩いていた心は、髪と目の色が白い以外は自分と瓜二つなメンタルと鉢合わせした。

 どこか、思いつめた表情の妹に、姉としての責務を果たす為、彼女は優しく問いかける。


「メンタル、どうしたの?」

「……姉さん」


 だが、メンタルは伏目がちで何も言わない。

 言うべきか、悩んでいるようだった。

 故に、心は待つ。妹が打ち明けてくれることを信じて。


「……」

「……」


 五分程、待っただろうか。

 それほどメンタルは思い悩んでいたし、心は急いでいたわけでもない。

 メンタルは淡々と、そしてはっきり告げた。


「姉さん、アナタはここに残って」

「メンタル……?」


 メンタルの言ったことがいまいち把握出来ず、心が訝しむ。

 メンタルが続ける。姉の身を案じる妹の瞳で。


「クイーンが姉さんを狙っている。……たぶん、姉さんじゃ勝てない」

「……そんなことは」

「無理。断言出来る。……姉さんじゃ絶対に勝てない」


 あまりにはっきり言うメンタルの物言いに、心が眉根を寄せる。

 事実、心は有利か不利かでいえば不利である。

 使用する装備は銃火器、身体強化デバイス、伸縮式警棒、ナイフ、各種ドローン、トラップの類……。

 人類のテクノロジーが詰まった最新鋭の装備品を用いても、異能者との戦闘は困難を極める。

 正直、自身の異能、再生異能に依存している部分はあった。無理矢理身体を酷使し、驚異的な回復力を持って敵を暗殺する……。

 いや、敵を殺しはしない。もうそんな自分とはお別れしていた。

 今の心は、いや、元より心は暗殺者失格の存在である。そして、それはこれからも変えるつもりはなかった。

 いくら他人にどうこう言われようと、自分の信念は曲げない。

 それは例え妹であってもだ。


「勝てなくても、負けない」

「……姉さん、それでは姉さんが死ぬ。間違いなく」

「私は簡単にやられ……」

「やられる……確実に。きっとクイーンは周りを操ってくる。炎達を。そうなれば姉さんは手を出せない。違う?」

「……」


 反論気味だった心だが、図星をさされ、押し黙る。

 炎達の戦闘力もさることながら……何より辛いのは身内と戦わされることだった。

 友達に銃を向ける。昔は簡単だったのに、今はとても難しい。

 例え殺す気がなくても辛い。足を撃ち抜くだけ、手を一時的に使えなくするだけ、それだけのことなのに。


「メンタルの言う事は一理ある。……直樹達にクイーンが乗り移ったら、戦うことは難しい」

「なら……」

「だから、直接クイーンを叩く。もちろん、彼女も殺さない。上手くいけば彼女に理想郷を創る手伝いをしてもらえるかもしれない。……少なくとも、争いを止める鍵くらいにはなる」

「姉さん!」


 思わずメンタルが声を荒げた。

 心が言い放ったことは理想も理想。理想主義らしい心の絵空事である。

 そもそも、そんな風に上手くいけば、もうとっくに世界は平和になるか、戦争を始めてるかの二択だった。

 三つ目の、無能者と異能者が平和に暮らすという選択肢はあり得ない。


「無理! 絶対に出来ない! このままじゃ姉さんは……ッ!?」


 メンタルの威勢が止まる。

 心がゆっくりと近づき抱擁したからだ。


「メンタル。あなたの気遣いはとても嬉しい。……本気で銃を捨て、ここであなたと暮らしたいくらい。学校に行って、友達と遊んで、テストや宿題に唸る、そんな生活をしてみたい」

「姉さん……なら……」

「でも、だからこそ、私は銃を取る。そんなあなたや、直樹や、炎……中立派の仲間達の為に。この国のような生活を、世界中の誰もが享受出来るように」

「……ッ……どうして……」


 心の腕の中で、メンタルが堪え切れず嗚咽する。

 静かな廊下に、自分クローンの泣き声が響き、心は強く抱きしめる。

 絶対に理想を遂げる――そんな強い瞳で。


「私は……ずっとそうしてきた。家族が燃やされたあの時から、ずっと。……守りたいものが出来て、たくさんの仲間、そして、好きな人が出来た。少しだけ、日常を体験出来た。もし、私がふつうの女だったら、こんな生活が送れたんだって……」

「姉さんは……ふつうの……女の子……」

「ううん、残念だけど、違う。私はたくさんの人を殺してきた。今更引き返せない。もう地獄に片足を突っ込んでるの」

「……姉さん……」


 メンタルが恐怖に駆られた眼差しで背丈が同じ姉の顔を見つめる。

 もしや――姉が捨て身ではないのかと。そう危惧して。

 しかし、心はこれまた首を振る。否定の意味を、妹を心配させまいという案じを込めて。


「もちろん、私は捨て身で何かするつもりじゃない。みんなと協力して、クイーンと戦う。私達には絆がある。……今度も勝てるよ。だから、心配しないで。……お姉ちゃんを……頼って」

「姉さん……」


 メンタルは何か言いたげだったが、心の言葉を噛み締めるように目を瞑り、彼女から離れた。

 そして、いつもの小悪魔的表情に戻る。いつも通り、姉をからかう。


「絆の強さは、ワタシと直樹、どっちが上?」

「……っ!? それは……っ!」


 心は目を見開き困惑する。

 選べるはずがない。……どちらも彼女にとってかけがいのないものだ。

 正直な所、もし、世界か二人……いや仲間かいずれかを選べ、と神様に問われたら、どちらを選ぶか心はわからない。

 悲願は理想郷を創り上げること。しかし、大切なものは仲間。

 メンタル、直樹、炎、水橋、矢那、ノエル、久瑠実、彩香、小羽田……。

 会って間もないフランとノーシャ、フレッド王。

 炎の保護役である浅木や、学校のみんな。

 そこまで考えて、やはり選べないと改めて確信する。

 心は強欲なのだ。どちらも、救いたいし叶えたい。

 もし……神がそのような選択肢を突きつけて来たならば――。

 心は、確実に理想郷ユートピアと名付けられた拳銃を突きつけ返し、戦うだろう。


(……じゃあ、もし、私の命と引き換えに……理想郷を創り上げ、仲間も救うと言われたら――?)


 ふと、もたげた疑問に、心は固まった。

 姉をからかっていたはずのメンタルが不安の表情を浮かべる。

 その考えは無意味である。神などいない。

 もしくは、いても世界をどうこうする気はない。

 未来は、世界は自分達人間の手で創り上げていくしかないのだ。

 だというのに――問いが頭から離れない。


(私は――もしかしたら――)


 自分の身を……と、思考していた心の脳は、緊急停止させられる。

 急に声がかかったからだ。彼女が恋焦がれる男から。


「っ!? な、直樹……」

「どうかしたのか? 姉妹喧嘩?」


 口をぱくぱくとさせている心。その様子を横目で見ていたメンタルが、邪悪な笑みをみせる。


「な、何でも――」

「ひどい、ひどい。姉さんがワタシをいじめるの」


 とうっうっと嘘泣きながら直樹に訴えかけるメンタル。

 先程実際に泣いてた為、涙顔であることも、直樹の誤解を加速させていた。


「マジか、心。……怒るなとは言わないけど、泣くまで叱るのは」

「違う! そんなことしてな」

「姉さんはとても鬼畜。――妹よ、私の為にプラモ百個買って来なさい。でなければ、お尻叩き百回の刑――とか言う」

「え、マジ」

「言った覚えはない!」


 珍しく心が声を荒げる。

 好きな人に誤解されていいような内容ではない。というか、よくわからない。

 それは果たして鬼畜なのか。そもそも自分の口調ではないではないか、などと胸の中で突っ込みを入れる。

 とにかく、十七にもなる年齢で、妹の尻を叩く女だと誤解されたくない。

 その一心で、直樹に伝える。


「これは全部嘘。メンタルはよく嘘をつく事、あなたも知ってるはず」

「じゃあ、姉さんが直樹を好きなこととか?」

「それはほん」

「え?」


 一瞬、時が止まる感覚。

 静寂が一同を包む。

 心は自分が何を言ったか、何を言いだそうとしているのか、話している途中で悟った。

 故に――。


「っっ!! 嘘! 嘘っぱち! 大嘘!!」


 と慌てて取り繕う。

 今のはメンタルが言った嘘で、自分の本心ではないと。


「ああ……うん。わかっちゃいるんだけど、やっぱり面と向かって言われるとくるな……」


 とグサーと何かが突き刺さり、フランの時と同じ文言を言う直樹。

 その表情から、巡り巡って心にも何かが突き刺さり、う、と連動して声を漏らす。

 これが心が妹と相棒に面倒臭いと言われる所以である。

 周りから見ればどう見たって好きなのに、自分の想いを伝えない。

 シャイでありへタレであり、恋愛下手なのだ。


「いやはや、二連続はやっぱ結構来るかも……」


 と暗い面持ちで言う直樹。

 心は、彼とにやにや笑っている妹を見比べ、決心した後、小声で言った。


「で、でも……嫌いじゃない……」

「え?」

「……姉さん」


 直樹が顔を上げ、メンタルが驚きのあまり目を見開く。

 両者の反応に気恥ずかしくなってきた暗殺者は、颯爽と翻り、走り出した。


(……っっっ! 耐えられない!)


 突如駆け出した心を、直樹が呆然と見送る。


「え、何で逃げるんだ?」

「……鈍感男」


 メンタルに言われた通り、直樹には理由がさっぱりだ。

 あれ~と頭を掻く愚鈍男を見て、メンタルは嘆息する。

 なぜ、このような男を姉が好きになったのかと。

 もう何度も思案しているが、結論は出るようで、出ない。

 遺伝子レベルでの双子……いや、同一人物と言ってもいい存在なのに。

 だが、直樹にしか出来ないこと、そして頼めないことがある。

 メンタルは直樹に声をかける。先程とは違い、真剣な眼差しで。


「……姉さんを守ってね」

「え? 何でだ? ……そりゃ守るけどさ」


 きょとんとする鈍感野郎。

 メンタルはその様子をおかしく思いながら安堵した。

 そして気付く。この安心感こそが、姉が好きになった理由なのではないかと。

 もちろん自分は好きになることはないが。


(……大丈夫。きっと直樹なら……姉さんを守ってくれる。――ワタシはワタシなりのやり方で守らないと。頑固な姉を……ワタシタチの日常を)





「くそっ! くそくそ! 何で……いつも邪魔が入るの!」


 その者は、怒り狂っていた。

 手狭な室内で、机を叩きまくる。目を瞑りながら。

 目を開く必要はない。今、彼女は世界を視ている。

 そして、聞いている。感じ取っている。

 彼女はクイーンであり、世界にいる人間全てを掌握することが出来る。


「どうして!? どうしてあなたが邪魔するの!! 理解出来ない! 理想郷が出来たら……あなたの居場所がなくなるに決まっているのに!!」


 クイーンは誰かに向けて叫んだ。だが、恐らくその叫びは当人に届かない。


「……もう無理だ。そろそろ自分の手で終わらせなきゃ……。恨まないでよ、狭間心……」


 言って、クイーンは一枚の写真を取り出す。

 そこには一つの家族が写し出されていた。

 父親らしき男と、母親らしき女。まだ幼い男の子と……黒髪の少女が微笑んでいる。


「今のあなたに、この世界は生き苦しいだけ……だから……これは救いなの。……それに、急がないとヤツが目覚める……。そうなったら……世界が」


 終わる。

 クイーンはそう言い切ると、ライターを取り出した。

 そして、火を点け、窓を開ける。

 写真に写る少女、狭間心が煌々と燃え、灰となって消えた。


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