仲間との合流
「ノーシャを……助けて! そして、私にお話しさせて!」
フランの言葉は直樹に届いた。後は、自分が繋ぎ役としての役目を果たすだけである。
直樹は空を舞う堕天使を見上げた。敵はフランの一言に機嫌を悪くしている。
そんな彼女を見て直樹が思うのは疑念だ。
なぜ仲良かったらしい二人が険悪を通り越し……憎しみと恐怖のぶつけ合いをしなければならなかったのか。
ただの喧嘩ではない。何かがあった。フランが知らないのか、知っていて無意識の内に何かしていたか。
どちらにせよ――やることは変わらない。誤解があるのなら、話し合えばいい。
故に、直樹は高く跳びあがった。こっちだ、と声を上げて。
ノーシャが舌打ち混じりに射撃してくる。単射で放たれた黒き弾丸が、直樹の後方にある家の窓ガラスを吹っ飛ばした。
パリンッ、と窓が割れる音。直樹は右手に雷を纏わせ、薙ぎ払う動作をした。
迸る雷がノーシャに奔る。彼女は拡散する雷撃を左手の盾で防ぎ、また射撃。
しばらく弾と雷の応酬を続けていた二人はどんどん高度を上げ、重力に引かれ始めた直樹が屋根の上に着地した。
ノーシャも彼に合わせるように屋根に舞い降り、睨みあう。
「……あなたは一体何者?」
ノーシャは直樹に問うてきた。フランとは違い、流暢な日本語で。
「ただの高校生だよ」
直樹は嘘偽りなく自己紹介した。そしてノーシャを苛立たせる。
「ただの高校生……フン。別に年端もいかない異能者が、大人顔負けの戦闘力を持つことは珍しいことじゃない……ちょっと変わった異能を持っているようだけど、その程度の力量なら捨て置いても問題ないレベル。……あたしが訊きたいのは、何で関係もないあなたがこんなとこにいるのってこと。これはあたしとフランの問題」
「いや違う。……さっきお願いされたから。それに……」
直樹は後ろを振り向き、透視異能でフランが安全な場所に考えたのを確認すると、再びノーシャに視線を移した。
そして、ズボンに突っ込んである水鉄砲を取り出す。
「喧嘩してるの見たら……止めなさいって学校でならったしな!」
「このっ!!」
水鉄砲の早撃ち。ノーシャが忌避し、早急に戦闘不能にさせた水橋の異能が鉄砲から撃ちだされる。
高密度に圧縮された水が太陽を反射して、きらきらと輝いた。
咄嗟に回避したノーシャの遥か後方、古臭いデザインのアパートから鳴り響く轟音。
水鉄砲の口径と同じ程度の穴が、レンガ造りの壁に開いていた。
フフッという笑い声と共に反撃しようとするノーシャ。だが、彼女はただの高校生を見くびっている。
直樹は今一度引き金を引き、レーザーのように放たれる水圧カッターを放射させ、薙ぎ払った。
「くっ!」
「ちっ!」
業物の刀で裂いたような一閃。ノーシャの後ろにあるアパートの壁が横一文字に切断された。
しかし、そんな強力な水撃も、ただ飛ぶだけで避けられる。ノーシャは翼を羽ばたかせ空を飛んだ。
そして、今度は自分の番とばかりに急降下する。右手を剣に、左手をマシンガンに変化させ。
降りしきる銃弾の雨に耐えかねた直樹が跳ぶ。水鉄砲を構えながら。
水と弾丸が交差、銃弾のいくつかを破壊したが、ノーシャ自身に直撃はせず、勢いを止めることも叶わない。
「フフッ! 死ね!」
ノーシャは右手剣を直樹に見舞う。
触れればただでは済まないその斬撃を、直樹は屈んで避けたが、ノーシャは瞬時に左手を刺突剣に変え、連続突きを行ってきた。
歯を食いしばりながら、刺突をかろうじで回避する直樹。反撃する暇もない。
躱しながらどのタイミングでどう攻めるかを思索していた直樹だったが、すぐにその余裕もなくなった。
ノーシャの空いた右手がショットガンの銃身に変じたからである。
「……っっっ!?」
悲鳴を上げる間もない。唐突に放たれた散弾が直樹を襲う。
回避が間に合わず、両手をクロスさせ拡散する弾を防いだ直樹。
散弾であることが救いであり、同時に悲劇でもあった。
両腕は吐き気を催してしまいそうになるほど穴だらけになり、その穴は腹や太ももにまで及んでいる。
「ぐぅぅっ」
「フフッ……今度こそ」
再び両手を剣に変化させたノーシャが、痛みに呻く直樹に接近。双剣による斬撃を行った。
直樹は反射的に右手で応戦したが、見事に叩き切られてしまう。
時の流れが遅くなったように直樹は感じた。飛ぶ右腕、呆ける自分、そして不敵な笑みをこぼすノーシャ。
彼女は斬り返し、直樹の左腕すら切断しようとしてきた。
しかし、黙ってやられる直樹ではない。
矢那の異能で雷撃を飛ばし、直樹自身は炎の異能で後方に跳んだ。
彼には再生異能がある。この攻撃さえ凌げば、すぐに右腕が再生。
炎と矢那の異能を用いて、強力な打撃を行える。
だが、彼は見誤っていた。彼女のバリエーションの豊富さを。
「ナオキっ!!」
フランの叫び声で、はたと気づく。自分が既に詰んでいたことに。
直樹の周りに展開する、無数の翼。漆黒の鋭い羽が、彼をわかりやすく囲んでいる。
ノーシャは直樹に散弾を撃ち放った時点で、羽を展開していたのだ。
「しまっ……!」
「確実に……殺す! もう邪魔はさせない!」
直樹にはもうどうしようもなかった。
雷は既に飛ばしていて、次撃にはラグがある。炎の異能は、数枚の羽を撃墜出来るが、全てを破壊するのは不可能だ。
そして、今更透明化しても、相手は着実に当ててくるだろう。
透視異能は論外だ。アレはただよく視えるだけだ。
ここに来て、ノエルの異能を借りていなかったことが完全に裏目に出た。あの風があれば窮地を凌ぐことが出来ただろう。
だから、直樹は諦めた。顔を俯かせ、迎撃の用意もしない。
自分では無理だ。避けることも、防ぐことも出来ない。
だから……仲間に頼ることにした。
精確に放たれる、遠距離からのフルオート射撃。
異能殺しとそのクローンの射撃が、羽を撃ち漏らすことなく破壊していく。
「……ッ!?」
「せいっ!!」
突如飛来してきた炎による奇襲。紅蓮の拳が、直樹とノーシャの立つ屋根を粉砕する。
ノーシャは飛び、直樹も跳ぶ。ノーシャの右手は銃に変化、直樹の右腕は再生する。
「バカな……殺してなかったのが仇になった!?」
ノーシャが憎々しげに呟きつつ、弾幕を張った。
放たれる銃弾の嵐。だが、嵐は長くは続かない。
「目と耳を塞いで!」
心が閃光手榴弾を放り投げる。迸る強烈な閃光と炸裂音。
激しい耳鳴りを引き起こす音響をまともに聞き、目を潰しかけない光を直視して、ノーシャはよろめいた。
その隙に直樹達は手近な民家へと隠れ込む。離れていたフランもメンタルが回収していた。
……少々強引な方法で。
「むっむぐぐぐ!!」
むぐむぐと声を出そうとするフラン。だが、口元を完璧に覆っているメンタルが発声を許さない。
さらに、念には念を、とメンタルは左袖からナイフを取り出した。きらりと輝く刃物に、顔を恐怖に引きつらせてフランが押し黙る。
不憫に思った直樹が思わず声を出そうとした所、心がシッと口元に指をあてて制した。
彼女はそのまま何も言わず、携帯を取り出し、ピッピッと操作する。
飛行型ドローンの制御だ。このタイプは偵察型で、閃光と音響、最低限の雷撃しか出来ない。
だが、今のノーシャには効果覿面だった。
「くっくそ!! ちょこざい……ッ!? きゃあああ!!」
やっと回復した矢先に放たれる、二度目の閃光。
ノーシャは気絶こそしなかったが、完全に耳と目をやられてしまった。
く……う……としばらくよろめいたのち、ドローンをマシンガンで破壊。翼をはためかせ飛翔する。
「どこだ! どこに行った!?」
ノーシャは天空から市街地を見下ろす。レスト地区。混在する多数の建物の中に獲物はいる。
だが、どれにいるかはわからない。ノーシャは絶叫する。ターゲットに向けて。
「どこだぁ!! フラン!! 出てこい!!」
その声を聞きながら、直樹達は居場所がばれぬよう息を潜めていた。
彼らがいる場所はノーシャの真下。炎が屋根を半壊させた住宅である。
なのに、ノーシャは発見出来ずにいた。灯台下暗し。冷静な彼女ならばともかく、激昂しているノーシャの判断力は鈍っている。
二、三度フランと叫んだ後、ノーシャはどこかへと飛行していった。
「もう大丈夫。……すぐに戻ってくるとは思うけど。メンタル、その人を放してあげて」
姉に言われ、こくんと頷いたメンタルがフランを放す。フランは咳き込みながら涙目で、
「貴君達!! 無礼にも……ゴホッ……ほどが……ッ」
「む、無理すんなよ」
まともに言葉を発せないフランの背中を、直樹が擦る。
どのみち、フランはまともに日本語を話せないのだが。
何度か背中を擦られ、息を整えたフランは深呼吸をし、もう一度メンタルへ文句を言った。
「貴君達! ふざけた行為、控えおろう!」
「え?」
炎が目を丸くしている。それもそうだ。直樹だって何を言ってるのかよくわからない。
そもそも、なぜ貴君だとかお前だとか、貴公などに呼び方が変化するのか。
性能が微妙な翻訳機にワードをぶち込んだりしているのか?
と直樹が真剣に悩み始めた所、フランは今いるリビングの窓へ歩き外の様子を確認しようとした。
「っと、ダメだよ今は!」
「ええい、離しなさい! 私は彼女がどこに行ったか知る権利がある!」
「え、えっと……?」
下手に顔を出すとばれてしまう危険がある――そう考えてフランの手を掴んだ炎だったが、またもやのおかしな日本語に困惑した。
離して! 私は彼女がどこに行ったか知る必要があるの!
という具合の意味だろうと感じ取った直樹が意訳しようとすると、
「離して! ワタシは愛する人がどこに行ってしまったか知る義務がある。恋人だから」
などと、色々余計な言葉を付け足して、メンタルが訳した。
「ちょっと違くないか?」
「半分正しく、そして間違ってる。……私の日本語、変なのか?」
フランが衝撃の事実に気付いたような顔で、全員を不安げに見渡す。
いやそんなことないよと言おうとした直樹だったが、
「変」「変だね」「右に同じく」
暗殺者と捜査員、軍用クローンに先を越されてしまった。
ショックを受ける不審者。掛けていたグラサンがずり落ちる。
「そ、そんな……まさか……だ、だがあの男性は」
フランに指をさされ、ギクッとなる直樹。対して、心達は冷静に首を横へ振った。
「だって直樹だし」
「しょうがないよね」
「……バカだもの」
バカは関係ないだろ、と反論しようとした直樹だったが、フランのあまりにもあんまりな落ち込みように言葉に詰まる。
素直に謝ることにして、フランを励ました。
「いや……悪かったよ。でも、大丈夫さ。意味は伝わってるから」
「本意なのでしょうか?」
「ああ、もちろんさ」
冷や汗を掻きながら直樹が首肯すると、フランは元気を取り戻したようだ。
そして、心配そうに窓を見つめる。
事情を知らない心が直樹に尋ねてきた。
「彼女は……何で?」
「……よくわからないけど、あの異能者……ノーシャって奴と友達みたいでさ。でも、何か誤解があって仲違いしてるみたいなんだ」
「……昔の私と心ちゃんみたいなものかな」
炎が会話に割り込んでくる。なるほど、と直樹は思った。
炎は心を助けようとして立火市に現れた。だが、心は炎を異能省のスパイだと疑っていて、無駄な争いを起こしてしまったのだ。
だが、終わり良ければ全て良し。現に、心と炎は直樹から見て親友同然となっている。
今回の件が同じとも限らないが、違うとも言い切れない。
「……とにかく、俺はノーシャを」
「……どうせまた話し合おうとするんでしょう」
心にセリフを奪われてしまった。
流石に彼女ももう順応しているようだ。三度も同じことを経験していれば。
「全く……」
「でも、それが一番いいよ。私はそう信じてる」
炎がうんうんと頷いている。彼女は人を殺すのではなく人を救う警察のエージェントだ。
その信念は、かつての恩人が死んで数か月経つ今も揺るがない。
「……またハーレム要因を増やそうとしている」
「何言ってんの!?」
傍聴していたメンタルの淡々とした呟きに直樹が突っ込んだ。
それを聞いてハーレム……? と訝しげな顔をつくるフランに直樹は気にしなくていいから! と叫んだ。
「……さて、姉さん。もう作戦は」
「立ててある。要は直樹と炎。その援護が私とあなた」
直樹が言い訳をしている間に、心とメンタルが打ち合わせを始める。
というより、そこまで念密に作戦を立てる必要もない。
密度の濃い作戦よりシンプルな作戦の方が有効ということもままあったし、この少人数で、空を飛ぶ異能者相手では出来ることも限られる。
「俺はどうすりゃいいんだ?」
フランに言い訳を終えた後、直樹が心に尋ねた。
「単純。久瑠実の異能で透明になって、炎が囮になっているところを奇襲して。そこを私達が援護する」
「……他に何もしなくていいのか?」
「……アナタが何か出来るとは思えないけど」
メンタルに言われ、返す言葉もない直樹。そこに炎が同調する。
「そうだよ、直樹君」
「……炎も同じなんだけど」
ぐっ、と今度は炎が言い返せない。
しかし、メンタルの言う通りだった。
直樹と炎に考え事は向かない。彼らは拳を握り、語り合うのみである。
作戦は立った。後は敵が舞い戻るのも待つだけ。
さて、外に出るかと歩き出した直樹だが、待ってという心の声に呼び止められた。
「あなたは一体何者?」
「……唐突、何の事態であるか?」
心の刺すような視線に射抜かれて、フランが後ずさる。
「……水橋があなたを重要人物だと言っていた。あれだけのSPに守られるあなたは誰?」
「……そういや水橋さん達は」
「今は病院。あの女にやられた。けど、それはいい。……答えて」
とんとんと足音を立ててフランに迫る心。もう直樹は慣れたが、あの冷たい視線は結構怖い。
実際には怒っているわけでもなんでもないのだが、淡々とする口調と相まって、想像以上の畏怖を相手に与えてしまう。
え、えとと口どもるフランは、追いつめられるままに棚にぶつかってしまった。
衝撃で棚に飾ってあった写真立てが落ちる。
心がその写真を拾い……写真とフランを交互に見比べた。
「あなた……まさか……」
「っ、あ、ひ、人様の空似!」
だが、今更そんな言い訳がまかり通るはずもない。
心が写真を全員が見渡せるよう差し出した。
そこに写っていたのは、煌びやかなドレスに身を包む少女。
アミカブル第一王女フラン・デル・コルシャール。
「え? これって……」
フランをガン見する炎。うっ、と顔を背けるフラン。
「……まさか」
メンタルがアミカブル市街地仕様にアップデートした携帯で検索し、裏を取る。
「……内緒にしておきたかったのに……」
もはやなぜ秘密にしておきたかったか曖昧なフランがため息を吐く。
「マジかよ……」
直樹は今更ながらに、フランの正体に気付いた。
「フラン……フランフランフラン!!」
怨嗟のように友の名前を呼びながら、飛行する漆黒の堕天使。
彼女がここからそんなに遠くへ逃げたとも思えない。
フランは無能者で、遠距離移動出来る異能者はノーシャから見て二人である。
黒髪の男と、赤髪の女。
黒と白の双子は、特殊なデバイス装置を装備しているようだが、逃走に使うのは難しいだろう。
ああいう類は何らかのデメリットがあるはず。
だとすれば……一体どこに?
(くそ……くっそ! フラン! どうして出てこない!!)
ガシャン、とノーシャは右手を砲身に変化させ、眼下にある建物を吹き飛ばした。
フランが守りたかったモノ。ノーシャが焦がれたモノ。
「くそっ! ……また!!」
また響き始めた頭痛に、ノーシャは頭を押さえた。
――ダメだ。かくれんぼだと絶対負けちゃうな。
ため息混じりに呟く親友。
――流石に卑怯だよ。何にでもなれちゃうんだもの。
黙れ! 黙れ黙れ!
ノーシャが叫んでいるのに、声は止まらない。
遊び場所であった公園の真ん中で、幼いフランは屈託に笑う。
――もしかしたら、私にもなれるの?
友にそう言われた時、自分はなんて答えたか。
ノーシャは覚えている。二度と忘れるものか、と胸に秘めた言葉だ。
「だって……それがワナで……そう聞いて……っ!! ぐっ……黙れ!」
――すごいすごい! 本当になれちゃった! だったら、次のパレードは交代してもらおうかなぁ。
「喋るな! 静かにしろ!」
そう、自分はフランにもなることが出来た。だから、だから……だから?
――だから、お前はフランに利用され、ここにいる。違うか?
「うわぁああああだまれぇえええ!!」
親友の声が男の声に代わり、ノーシャは耐え切れず絶叫した。
次々と想起される様々なビジョン。変化に富んではいるが、結果は同じだ。
自分が切られる、刺される、千切られる。
変な薬品を注射される。オモチャなる怪しげな物体で弄ばれる。
嫌だやめろ無理だこれ以上は。
「く……ぅ……ぁ……もう……もう赦して……」
ノーシャは息も絶え絶えな様子で懺悔する。誰にでもなく、虚空に向かって。
そして、名を呼ぶ親友の名を。殺すべき相手の名を。
「……フラン……」
ノーシャは両腕を砲身に変化させ、両肩を多目的ランチャーに変質。
背中をジェットパックに変え、両翼を大型ミサイルに変貌させる。
おまけで両足を小型ロケットランチャーへと変えた。
「フランッッッ!!」
ノーシャに搭載された全ての火器が火を吹き、住宅街を粉々に爆散させた。
だが、ノーシャの気が晴れることはない。
その目でフランの亡骸を……生気を失った目を虚空に向ける顔を見るまでは。




