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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
72/129

思いやり

「くっ……ここもか」


 無能派の拠点の一つを訪れたノーシャは、地下室の中を大量に転がる血まみれの死体を見て呟いた。

 予想出来た事ではある。異能派が見事に爆破されたのだ。無能派が生きているはずがない。

 まだ拠点はあるが……どんどん首都から離れた場所となっている。

 ずっと工作活動を行ってきたはずのテロリスト達が、たった一人の男に追いつめられている事実に、ノーシャは複雑な気持ちになった。

 まず最初に頭をもたげたのは――逃げられるのでは、という期待。

 このまま再び翼を生やせば、自分は逃げられるのではないか?

 奴ら……奴ら? いや、誰から?


「くっ……また……!!」


 ひどい頭痛がして、ノーシャは冷たい床に手をついた。

 べちゃ、という音がする。赤い水たまりに手を載せてしまったのだ。


「血……いのちのかけら……ッ!?」


 ――こうなったら償いをしてもらう……。幸い、お前の戦闘能力は高そうだ。……ハハッ、どんな手にも屈しないという顔だ……実に可愛い。だが、何日、何か月……何年、持つかな?


「ぐ……ぅ……黙れ!」


 ――これはすごいぞ。どんな傷でも三日で治る劇薬だ。……まぁ、指が切れたりしたら時間が掛かるが……別にいいだろう? 時間はたっぷりあるのだから。ハサミ持ってこい!


「くそっ! くそっ!」


 ――今日はちょっと趣向を変えてみよう。大丈夫、薬があるから。薬漬けになるって? そうだなぁ。こういう類は依存性がつきものだ。でも、いいだろう? 死ぬよりは薬物中毒になった方がマシだ。それに、俺達は何度も教えてあげたろう? 今の状況を打開する方法を。

 どうする? 今日も苦しむか? それとも……楽になるか?


 聞こえる。聞こえる。

 あたしの悲鳴が。自分が切り裂かれる音が。

 やめて、やめて! 聞くから、言う事聞くから!


「やめろ……やめろォおおオオお!!」


 絶叫の後、肩で息をする。

 ノーシャは精神的不安により過呼吸の一歩手前まで、追いつめられた。

 だが、何とか取り直す。そして、暗い地下室の中を照らす画面を、そこに写る一人の少女を見た。

 金髪で豪華なドレスを身にまとう少女。


「フラン……! お前がいなければ……! でも、もういない……お前は死んだ」


 フフッ、と苦しみの中に笑みを混ぜて笑ったノーシャの元に、一本の電話が鳴り響く。

 はい、と応答した後に続いた言葉で、ノーシャは携帯を落としそうになった。


「……ッ!? 今何と……」

『ターゲットは生きている。フン、殺し損ねたようだな。さっさと殺せ。その間に我らは撤退する』


 バカな……とノーシャは絶句した。

 直接目で死んだところを確認したわけではないが、あれで生きている……だと。

 無能者のフランが?


(……あの異能者の男!!)


 斬撃が甘かった。もう少し深く斬るべきだったのだ。それこそ、一刀両断するくらいに。

 そこでノーシャは訝しんだ。他ならぬ自分自身に。

 なぜ、あの男を殺さなかったのか、と。

 まるで別の意思が介入しているようだ。いや、実際介入しているのだろう。

 異能殺しを殺せと訴えかけてきた謎の声が。

 だとすれば、また惑わされる可能性がある……そう思いながらノーシャは地下から地上に出た。

 太陽が眩しい。空が青い。

 世界はとても美しい。


「あたしを……暗い地下に閉じこめた原因……絶対に赦さない……」


 例えまた意識操作されたとしても構うものか――。

 何としても王女は、フランだけは殺す。

 ノーシャは復讐心をたぎらせ、翼を生やし、天空へと昇った。

 その復讐心がどこから来るのか……その想いの真なるカタチは何だったのか。

 ノーシャはもう思い出せない。




 フランは人気がなくなった街を、日本という国から来たお節介焼きと歩いていた。

 自分で巻き込んでおいて何だが、この状況は異常である。

 それを言うなら、ノーシャに命を狙われることもおかしいのだが。

 少なくとも、フランの知るノーシャはそんなことをする子ではなかった。


(……ノーシャはなぜか……私を狙ってる。……何でなの? いなくなったあの日、あなたに一体……)


 何が……?

 と考え事をしていたフランは直樹の声を聞き逃していたようだ。


「何であるか?」

「次どっち行けばいいのか教えてくれ」


 言われて、フランは借り物の携帯に目を落とした。


「次の交差点を左折」

「了解。なぁ」

「何事」


 フランが顔を上げると、直樹は心配してるかのような顔を覗かせている。


「いや、大丈夫か?」

「……適応している」


 慣れてるよ、という日本語をフランは発声した。

 直樹は本気で自分の身を案じているようだ。

 この世話好き、とフランは思った。自分の父親を見ているようだ。

 アミカブル王国は、現状の世界に嫌気がさした人々が創設した寄せ集めの国家だ。

 たかが寄せ集め。されど寄せ集め。

 人は居場所がなくなると、新しい居場所を探すのに必死になる。

 その居場所というのは人によって変わる。

 死者の国を選ぶ者もいれば、新しい国を創り上げようとする者も。

 この国はまだ創設して二十年程しか経ってない。

 異能者と無能者が必死になって創り上げた人工島。そこに土を盛り、草木を植え、住居を立てたのだ。

 問題も多いが、それでもここを離れる者はいない。居場所がここしかないからだ。

 そんな人々をまとめ上げる為、王なんてものになったのが父だ。

 まぁ正直呼び名は何でも良かった。大統領でも首相でも。

 ただ、父はヨーロッパ地方出身だったから、王って単語が身近にあったなどという理由で、王となった。

 才覚はあったのだろう。少なくとも人々は文句を言わなかった。


(……ノーシャも文句は言ってなかったのに。彼女はこの国を恨んでるの? ……それとも、私を憎んでるの?)


 とまた、フランが答えの出ない思案に耽ったのをみて、直樹が声を発した。


「おい」

「何回も連続するな。切り裂く?」

「……いや」


 何回も繰り返さないで。バカにしてるの?

 とフランが日本語で言うと、直樹はわかってくれたようで、押し黙った。

 お節介なのはいいが、あまり口を出されても困る。

 フランは無人の街を見渡した。花が風に揺れている花屋。雑誌の類が見えている本屋。

 命と物ならば、命の方が重い。中には逆に考えている者もいるだろうが、少なくともフランと父親はそう考えている。

 だから、家や物は置いていって、人々は避難する。当然だった。

 でも、とフランは思う。物だって、大切なモノだ。

 花はこの土地に適応出来るよう品種改良したものだし、本だって不足している。

 人々は数少ない娯楽を嗜んでる状態だ。その数少ないに自分のグラビアが入っていることに気恥ずかしさを感じるが。

 みんな、必死に生きている。この国で生きている。

 その代表者の王女たる自分が、見知らぬ外国人に頼ってはダメだ。

 それでは人々に示しがつかない。

 だから、いざという時は――。


(ノーシャを……いや……でも……)


「やっぱり……また悩んでるよな。しょうがないと思うけど……」

「……フン」


 図星をさされ、フランは鼻を鳴らした。

 やはりこのお節介は鼻につく。一度や二度ならまだしも……。

 お節介を焼かねばならないのは、他ならぬこの自分のはずなのだ。

 だというのに……。

 フランは声を荒げた。


「貴殿は静かに! 私に思索がある」

「いやな、やめとけって。困ってるのはお互い様だろ。だから俺はお前に頼るし、お前は俺を頼ってくれていいんだよ」

「歯車が合わない」

「ああ……うん、話が噛み合わないってことな。かもな。お前が口に出してくれないから、俺は……っとそうだ! アレがあったな……」


 直樹はすっと目を細め、フランの胸のあたりを凝視してきた。

 最初こそ何だろうと思っていたフランだったが、よくよく考えると女子の胸を凝視するのはセクハラ以外の何物でもない。

 というよりも。

 コイツは気絶していたとはいえ――自分の胸に手を触れたという無礼極まりない行為を行っていたではないか。

 フランは胸を手で覆い、顔を真っ赤にさせて怒鳴った。


「貴公! 目に余る愚行は打ち首だぞ!」

「え? あ、いや、そうか、悪かったな……」


 意外にも、不届き者はすぐに謝った。

 堂々とセクハラしていたはずなのに、随分と潔い。

 不思議がったフランに直樹は申し訳なさそうに説明を始めた。


「……透視異能を持ってるんだ。だから、それで」

「……皆まで言うな。もうわかった」


 フランは直樹の釈明を止め、彼を嘆息混じりに見つめた。

 恐らくコイツは自分の心を覗こうとしたのだろう。

 明確過ぎるプライバシー侵害。憲法第23条違反だ。

 相手の精神に干渉出来る異能者は、無断で他人の精神に干渉したり、覗き込んではならない。

 国民ですらアウトなのに、外国人が、しかもこの国の重要人物足る自分の心を透視しようとしたならば、重罪も重罪。一発で刑務所行きである。

 そのはずなのに――気分を害さない自分がいた。

 なぜなら……この男はお人好しのバカである。透視しようとしたのも、自分を気遣ってのことだ。

 最初こそ自分が捲き込んだ。カモフラージュになるとして。

 だが、途中からはいつ逃げても文句を言わないつもりでいた。

 この騒動の原因は自分にあるようで、神崎直樹は無関係だから。

 なのに……コイツときたら。


(私を庇って背中まで切られて。ムカつく。自分勝手なのはわかってるけど、すごいムカつく)


 フランが腹を立ててると、直樹はそれを透視しようとしたからだと誤解したのだろう。

 すまんすまんと、それが日本人の美徳であるかのように何度も謝ってくる。


「黙れ! 謝罪は一回でいいのです! ……別に憤慨はしていない」

「え? でも」

「……お前はバカだ。バカな人間に怒る程、懐は狭くない」

「フラン……」


 直樹がどういう顔をすればわからない、と言った感じに困惑している。

 それもそうだ、とフランは思った。自分だってよくわからない。

 だから、フランは正直に話すことにした。自分の気持ちを。


「……お前は、私にノーシャと話せ、と言ってくれた。でも、それはやってはいけないことなのだ」

「なぜだ? 別に……」

「……私には責任があるから。この国をめちゃくちゃにしてる相手と、話し合うなんて不可能。……今までのようにはいかない」


 フランはきゅっ、と胸が締め付けられる感覚に顔をしかめた。

 ずっと考えてきたことではある。

 今までは、ずっと勝手に過ごしてきた。

 父親に甘えて、王女である責任に目を背け国民に混じって遊び回っていたのだ。

 だが、ここまで敵が派手な攻撃に移ってきたとあれば、もう遊んでる場合ではない。

 遊び人であるフランは消え、王女としてのフランになる時。

 これはいい機会なのだ。ずっと心残りだった親友と決別出来れば、本当の意味での為政者となれることだろう。

 ならば、例え胸が痛んでも……ノーシャを殺すべきだ。


「……なんかよくわかんないな……」

「理解する必要は」

「あるさ。俺はもう巻き込まれちまった。……どうも困る。俺は自分がトラブルを引き寄せてるんじゃないかって思うことがある。……難しいよな。こういうの。あってるかどうか、自分が正しいかどうかわからない」

「……」


 フランは黙りこくる。

 直樹の話に共感していた。

 フランはわからない。

 ノーシャを殺さなければならない、という責務がある。

 そして、ノーシャを助けまた友人として迎え入れたい、という想いもある。

 どっちが正しいかは、フランは知らない。たぶん、どちらも正しいのだ。

 王女としての自分。一人の人間としての自分。

 その二つが契合しあって、フランの心はとてもざわついてしまう。


(やっぱり私に王の才能はないよ、お父様、ノーシャ)


 と、諦観しかけたフランの肩を、お節介焼きが叩く。


「ま、でも諦めんなよ。俺は何とかしてノーシャって人を戦闘不能にする。だから、そこで話せばいいんだ」


 言われて、フランは自分が馬鹿らしくなった。

 最初に言葉を交わせばいい、と言ってきた時からずっとこれだ。

 平凡な高校生に励まされる一国の王女。いくら王女と直樹が知らぬとはいえ……。

 その可笑しさに、フランは声を上げて笑った。

 元気が出てきた。ダメだ。どうもまだ王女としての自覚は足りないらしい。

 だから、ノーシャと仲直りした後、今一度鍛錬に励むべきだろう。

 フランはひとしきり笑った後、直樹に突っ込んだ。


「一度敗北したはずなのに?」

「ぐっ……それは言うなって。……炎の気持ちが今わかったぜ」


 人名らしき単語が出てきて、ホムラ? と首を傾げるフラン。

 詳しく訊こうかと思った矢先、手に持っていた携帯が振動した。

 つい出そうになって、自分の物ではないことを思い出し、直樹に渡す。


「電話」

「……心か!? ……非通知?」


 心という仲間からかと思い携帯に飛びついた直樹だが、非通知の電話だった事に訝しむ。

 襲撃を受けた後、そういう類の電話を受けることは危険なのだが、平凡出ない高校生と、ちょこちょこ城を抜け出している王女にそんな知識があるはずもない。

 直樹は出て、さらに顔をしかめた。そして、フランに携帯を突っ返してくる。


「何事?」

「……お前宛てだ。シャドウって人から……」

「シャドウ!?」


 フランが携帯に飛びつく。

 何を考えて電話してきたのだろう。やはり自分と直樹を保護する気になったのだろうか。

 それとも、別の理由で?

 と、考えを巡らせつつ携帯に耳を当てたフランは、シャドウが流暢に話すアミカブル語に合わせ、自らも自国語で応じた。


『フラン。連中はまだお前を狙っている』

「……どういうこと?」

『言葉通りの意味だ。一度逃した変化の異能を持つ者が、お前をつけ狙っている』

「……っ」


 フランは思わず息を呑んだ。シャドウとノーシャが交戦した事実に。

 逃した、ということは殺してないのだろう。つまりノーシャはまだ生きている。

 しかし、シャドウの実力はフランも伝聞で聞き及んでいる。

 フランは恐る恐る、シャドウに尋ねた。


「殺してはない……んでしょ?」

『ああ。……フラン、俺は知っている。お前が例の異能者と友人であることを』

「……やっぱりばれてたのね」


 フランは複雑な気持ちになった。

 どうせ知っているだろうと思っていたが、こうもあっさり知っていると言われるとは。


「……なら私がどうしたいかわかるでしょ?」

『ああ。恐らく、助けたいと思っていることだろう』

「なら……」

『残念だが、それは無理だ』

「どうしてっ!?」


 先程フランが決断しようとしてやめたことを、シャドウは既に決断済みだった。

 自分が言ってることがおかしいと気付いていながらも反論せざるを得なかったフランに、シャドウが淡々と言い放つ。


『ノーシャは既に国民の多くを危険に曝し、水橋達に重傷を負わせている。……傍にいる男の仲間もな。いつ大惨事を引き起こすかわからない不確定要素を生かして置く訳にはいかない』

「……っ……そんな……」


 フランは狼狽する。

 シャドウに言っていることは正論だった。ノーシャがなぜ王国を裏切ったのかは不明だが、どんな理由があったにせよ、一度裏切ったからには二度裏切る可能性があることは明白だ。

 故にフランは、言い返せない。王女としての立場があるから。

 だが、そんな彼女を気遣ったのは意外にも、動揺の原因を作ったシャドウだった。


『……案ずるな。あくまで俺の話だ。俺が敵を殲滅した後もノーシャが暴れていれば、俺は確実に奴を始末する。しかし、俺の帰還時、奴が戦闘不能に陥っていたならば……俺は優先すべき他のターゲットの始末に動く』

「……シャドウ!」


 フランは顔を輝かせ、わかりやすく喜んだ。

 表情こそ見えないが、声音でシャドウにも伝わっているはずだ。

 しかし、寡黙な影はとくに変化をみせず、低音で淡々と話し続ける。


『注意しろ。フレッド王とお前、どちらが死んでもこの国は瓦解する』

「心得てます、シャドウ」


 フランが応えると、シャドウは電話を切った。

 どうしたんだ、と直樹が訊ねてきたので、フランは今の通話について説明しようとした。


「実は――」

「話す必要はないわ」

「……っ!?」


 だが、話せなかった。上空から、別の声がしたからだ。

 フランと直樹が同時に空を見上げる。

 真っ青な空に浮かぶ、禍々しい黒の天使。

 翼を生やしたノーシャは、愛らしく、そして暗さを感じさせる笑みで、二人を見下ろしている。


「ノーシャ……!」


 直樹がフランの前へ庇うようにして立った。

 ノーシャはターゲットの間に立ち塞がった東洋人を忌々しげに睨む。


「……お前のせいで、あたしはフランを殺せなかった……」


 ノーシャは直樹にも伝わるようにするためか、日本語で発した。


「……当然だろ! そんなことしちゃダメだ!」


 直樹が甘く、同時に厳しい言葉を叫ぶ。

 ノーシャはそんな青臭いセリフを放つ日本人に、苛立っているようだ。

 右手をライフル銃の銃身へと変化させ、二人に向ける。


「ムカつく、ムカつく。フフッ……邪魔するならお前から殺してやる」


(ムカつく……ね。確かにそう。私もムカつく)


 フランは一度目を瞑り、やっぱ同じだなぁ、と思いながら直樹を見据えた。

 そして、彼にお願いする。


「ノーシャを……助けて! そして、私にお話しさせて!」


 今回ばかりは、納得のいく日本語を発音出来た気がした。

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