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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
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交戦開始

 直樹は透視異能であちこち視回していたが、如何せん不慣れな為、仲間達を見つけられずにいる。

 仕方ない、と嘆息した彼は、危険を承知で元いた道に戻ることにした。

 黒スーツ達がよくわからないが、ノーシャという異能者と交戦するよりはマシだ。


「とりあえず、戻ろう」

「理解した」


 と頷くフランと共に表通りに出る。

 以前、心と会話していた時、彼女が言っていた。

 敵に見つからない為には裏道をこそこそ進むのも大事だけど、あえて堂々と大通りを進むことも大切。

 もちろん、ただ歩くだけじゃなくて、人混みに紛れて。出来れば服も変えた方がいい。

 ただし、これだけは肝に銘じておいて――。

 相手が周りを気にしない者だった場合、いきなり街中で攻撃を仕掛けてくる場合があるから。


(……どう見たって相手は周りを気にしない奴だ。見つかったらフランを抱えて跳ぶしかないな)


 街中を歩きながら、直樹は考え込む。彼は意外と目立っていた。

 後ろを歩くのはサングラスと帽子で素性がばれないようコーディネイトしている少女。

 そして、前を歩くのは慣れない外国に戸惑う日本人。

 心が伝え忘れていたことがある。というより、彼女もこの事態を想定していなかった。

 あくまで人混みに紛れ込むのは……日本人が日本で行う時が効果的であるということを。

 直樹の前方にある建物の上階から、キラッと何かが反射した。


「……っ!? 伏せろ!!」

「何する!?」


 突然飛び掛かってきた直樹にフランが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 そして、彼らが立っていた場所に、一発の弾丸が飛来した。


「狙撃か!」


 直樹は再び彩香の透視異能を発動させる。すると、五階建ての建築物のバルコニーに狙撃銃を持った敵が狙っているのが視えた。

 一つ、気になったのはその建物だ。直樹には西洋風のアパートにしか見えない。

 つまり、そんな場所から狙撃すれば近隣住民が騒ぐはずなのだ。しかし、それがないということは。


(……騒ぐことが出来ないってことか。くそっ、殺しやがったな!)


 服屋の外壁にカバーしながら、直樹は歯噛みした。

 外国だろうが、日本だろうが何も変わらない。

 どこにでも当たり前に死が溢れていて、異能者と無能者は争っている。

 しかし、日本と違う部分は。

 周りの大人が逃げることなく、敵に立ち向かうということだ。


「コッチ。ソコ、アブナイ」


 隠れていた直樹とフランに、片言で現地人が手招きした。


「どうすりゃ……」

「聞け! そこの者に追従するべきだと思う」


 フランに言われ、直樹は住民に従い、裏道を走り始めた。だが、すぐに止まらざるを得なくなる。

 反対側から銃を持った敵が数人現れたからだ。


「まずい! そこの人を」


 下がらせてくれ、とフランに頼み込もうとした瞬間。

 敵の持っていたアサルトライフルが唸りを上げた。大量の銃弾が現地住人に放たれる。

 その人が殺されてしまう! と思わず目を逸らした直樹だったが、フランは気丈としていた。


「ビビってる? 常識か、貴君はまだ若いのだから」


 おかしな日本語で不敵に笑うフラン。

 ゆっくりと視点を戻した直樹の目の前で、案内してくれている男がバリアーのようなものを展開している。


「ここにいるの、異能者と無能者。そこら辺のテロリストが、そう単純に勝利出来る者達でない」

「アブナイ、アブナイ。ジャパニーズ、ウシロ、イテ」

「いや、そうはしてられないだろ!」


 直樹は炎の異能を発動させて、跳んだ。跳び上がった彼に敵が銃を向ける。

 対して直樹も水鉄砲を向けた。そして、同時に引き金を引く。

 人工的に作られた自動小銃と、異能的な力を発揮する水鉄砲。

 どちらが勝利するかは今時、小学生でもわかることだ。

 使い物にならなくなったライフルを捨て、敵はハンドガンを抜いたが、いつの間にか後ろから来ていた平凡なサラリーマンらしき男にあっという間にぼこぼこにされた。


「ありがとう、あなた達。これは褒賞ものよ」

「何、お嬢ちゃん。この国では助け合うのは常識……ま、待て。ちょっとそのサングラスを……」

「ヤバ! ありがとう、ありがとうね!」


 アミカブル語で男達と会話していたフランは、突然慌てだし直樹の手を引っ張り出す。


「お、おいどうしたんだ?」

「静かに! 黙らないと暗殺するぞ!」


 な、何でそんな物騒な単語が出てくるんだ!? と慌てる直樹を無視し、裏道を駆けて行く。

 残された二人のふつうの大人達は困惑した顔を向け合った。


「今のもしかして、王女様?」

「……かもしれない」


 二人は携帯を取り出し、画像を表示させ、間違いないと頷く。

 名前はフラン・デル・コルシャール。

 新興国家でありながらあえて導入された王政の正当後継者が、画面に写っていた。




 

 まともに整備されず、廃れたベンチに座り、空を見上げている少女。

 ノーシャはボーッとしていた。全てを終わらせた後の空虚感。

 こんなはずではなかった。何かが違う。

 だが、その違和感の正体が掴めない。

 理性では何もおかしくないと判断出来ている。だが、心がざわつくのだ。

 何かがオカシイ。ドコカ間違っている。

 ノーシャは右拳を振り上げ自分の膝を思いっきり叩いた。


(何がオカシイって言うの!? あたしの目的は達した――)


 そうとも、自分をこんな目に遭わせた……。


「……ッ!?」


 頭が痛み、手で押さえた。

 まただ。またこの感覚だ。ノーシャは辟易した。

 この痛みはいつも油断した頃に襲ってくる。そして、ノーシャのナニカを揺さぶるのだ。


 ――今日はカメラ持ってきたの。


 どこから声が聞こえ、ノーシャははっとした。だが、周りには誰もいない。

 それも当然だ。ここは二人が……唯一……。


「くっ……黙れ!」


 ――昨日説明書読んだから操作はバッチリよ。


「黙れ黙れ黙れ!」


 だが、ノーシャがいくら叫んでも、声は黙らない。

 声は外側からではなく、内側から発せられているからだ。

 ノーシャが声に出して叫ぼうとも、内から湧き上がってくる音声は遮断出来ない。

 耳を塞ごうとも。頭を振ろうとも。


 ――えーっと、自動撮影だから、そこに立ってれば大丈夫。


「黙れ喋るな静かにしろ! お願い……頼むからぁ……」


 ベンチから滑り落ち、自分自身へ懇願するノーシャ。

 ほどなくして、彼女の願いは叶った。自分の服に仕舞ってある端末が鳴ったからだ。

 なぜか頬を伝っていた涙を拭き取り、立ち上がったノーシャは、端末を耳に当てた。


「はい」

『……ターゲットが墜落した地点に、敵の増援が向かっている。これを排除しろ』

「なぜです?」


 ノーシャは純粋な疑問を相手にぶつける。

 王女はもう死んでいるのだ。いくら異能者が付いていたとしても、まともな着陸が出来ない状態で地面に叩きつけられれば無事では済まない。

 もちろん、あの男が生きている可能性はある。だが、瀕死なのは確実で、ターゲットである王女は無能者であるが故に物理法則に抗えず、落下死を遂げているはずだった。


『死体を確認せねばならない。……無能者の連中が部隊を送ったようだが返答がないのも引っ掛かる』

「……市民にやられたのでは? ここの市民の戦闘力はとても高い。仲間意識も強いので、下手に攻撃を仕掛けると連携して襲ってきます」

『……言われなくてもわかっている。さっさと確認しろ。出なければまたあそこに戻ることになるぞ……』


 またあそこに戻ることになるぞ。

 その言葉の意味成すことを知っているノーシャは、紫色の瞳を見開かせ、了解と応答した。

 そして、異能を発動させる。漆黒の翼を生やし、空を飛んだ。

 敵の増援を食い止めにいく。単純な戦闘でノーシャが敗北することはない。

 しかし、一対多数が予想される戦場では、単純な戦いを展開することは難しい。

 故に――ノーシャは計略を巡らせる。


(……敵の方が多い場合、かく乱するのがセオリー……見つけた)


 フフッと笑みを残し、敵が通ると思われるルートに目星をつけて待ち伏せする。

 ノーシャは人気のない場所に着地すると、自身の異能を発動させた。





 水橋の止まれという号令に従い、自動操縦の車は的確に路肩へと停車した。


「あんた達……覚えてなさいよ……」


 車体から降りた矢那がボサボサの髪を風でなびかせながら恨み言を言う。

 ずっと車の上に乗っていた矢那は、車内にいた炎達とは違って、斬新なアトラクションを楽しんでいたに違いない。


「とにかく、今は直樹君とあの方の救助が先だ。ここから――」


 と水橋が道の先を指して説明を始めた間に、何気なく視線を横に向けた炎は見た。

 直樹がふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かってくるのを。


「直樹君!?」


 炎が叫んで膝をついた直樹に駆け寄る。

 皆も即座に反応した。

 心は拳銃を抜き、駆け寄りたい衝動を抑えて周囲を警戒。メンタルも同じように拳銃を引き抜いた。

 水橋は矢那と共に炎に近づく。

 ノエルはしんがりとしてその後ろをついて行った。


「大丈夫!?」

「ああ……俺は……大丈夫だ。だけど……あの女の子が……」

「あの方がどうかしたのか!?」


 水橋が満身創痍の直樹に詰め寄る。直樹はゆっくりと頷いて、


「早く処置しないと……敵もいつ来るか……ぐほっ!」


 直樹は血を吐いた。炎と心が驚きの眼差しでその流血を見つめる。

 そして、炎が心に目配せすると、彼女はこくんと頷き返した。


「私が行きます」

「――しかし、ホムラ」


 ノエルが止めようとすると、心が彼女の肩に手を置き、引き留める。


「ここは炎に任せて」

「……わかりました。何か意図あってのことでしょう」


 心の真摯な眼差しに何か感じ取ったノエルが引き下がった。

 そして、水橋も頼むと言って水鉄砲を取り出す。


「こちらはいつでも大丈夫だ。自分のタイミングで始めていいぞ」

「はい。じゃあ、案内して、直樹君」

「……わかっ……た……」


 炎が促すと、直樹は路地の中へと入って行く。

 この街、一人で行ったら絶対迷いそうだなぁ、と炎は思った。

 まるで迷路のようだ。街一つが巨大な迷路。

 こじんまりとした物だったならば楽しめるが、ここまで大きいと炎は楽しめない。

 下手に一人で動けば……迷子として交番に行くはめになる。

 だから、炎はすぐに行動を起こすことにした。


「直樹君、ちょっといいかな」

「な……んだ……炎……」


 炎は直樹を止め、彼の前に立った。そして、唐突に。


「私は君が好きなんだ」

「何だ……いきなり」


 今にも死にそうな直樹が困惑する。炎は切実な瞳で直樹の瞳を覗き込んだ。

 真っ赤な髪と同じように、顔を赤く染めて。


「……返事が聞きたいんだ。答えて、くれないかな……」


 直樹はフフッと苦しそうに笑うと、ゆっくりとだが明確に首肯した。


「俺も……お前が好きさ。だから……っ!?」


 話を続けようとした直樹に向かって炎がいきなり拳を突き出し、直樹は回避せざるを得ない。

 

「な、何をする……炎」

「決まって……るよっ!!」


 炎を纏った拳。繰り出される炎拳の突き。

 直樹はそれをぎりぎりで避ける。


「直樹君のニセモノを……退治するんだよ!」

「フフッ、いつわかった!?」


 直樹は踏み込んで放たれた一撃を後方へ跳んで躱し――姿を変化させる。

 髪の毛と同じくらい紫色の瞳を向けて、少女が真の姿を現した。


「最初からだよ! 今の直樹君は危なっかしいからね。例え死にかけでも困った人を一人だけになんてしないよ!」

「チッ。そんな世にも珍しい破滅型の人間に化けちゃったってわけか。でも、もしかしたら、もしかするなんてこともあるでしょ。……まぁ、だからさっきの告白なんだろうけどさ。良かったら聞かせて? さっきの告白の意味」

「……直樹君は鈍感で、ニブチンで……へタレだから、ね!」


 炎は急接近し、足を少女へ向けて蹴り上げる。

 少女は驚くべきことに左手を盾にして防いだ。だが、それで動じる炎ではない。


(――解放!)


 炎はカッ! と目を開き、右足の神経を集中させた。

 今までの戦いの中で自分に足りなかったもの。彼女はソレを理解し、克服する為の努力を続けてきた。

 今のままでは足を引っ張ってしまう。でも、人を傷付けたくない。それでも、人を守りたい。

 その矛盾した気持ちをこなす為の力は、確実に自分の中にある。

 右足に溜まった炎の力が爆発し、相手の戦闘力を削ぐ。


「……やるようね!」


 少女は炎の爆蹴で砕けた、自身の左手を見て叫んだ。

 砕け散った漆黒の盾が自分の腕のカタチに戻る。


「簡単にはいかないか……!」


 炎は今度は右手に力を溜め、アスファルトで舗装された道を殴る。

 吹き飛んだアスファルトの塊が、ノーシャを襲う。

 ノーシャは瞬間的に翼を生やし、通路の後方へ逃げた。


「フフッ。このまま、あたしを仲間のところに連れ出すつもりね。でも、そう簡単にいくかなぁ?」


 ノーシャはにやりと笑うと、再び異能を発動させる――。


「……ッ!? これは!?」


 炎は狼狽しつつも、ノーシャを追いかける。心達と合流すれば、どうにか出来ると信じて。




 一方、心達はいつでも炎が直樹のフリをした誰かを追いつめてきてもいいよう、準備を進めていた。

 幸運なことに相手は袋小路に炎を誘い込んだようだ。

 恐らく、心達の内誰かを騙し、ひとりずつ始末していくつもりだったのだろう。

 つまり入り口を張っていればいつか戻ってくる。

 空を飛行してくる場合もあるが、ならば撃ち落とせばいいだけのこと。

 それに炎ならそんなへまはしない。心には確信があった。

 自分の親友が自分に任せてくれと言ったのだ。ならば、自分も出来ることをしよう。


「作戦ミスもいいところ。直樹を騙って私達を騙そうとするなんて」


 不意を衝こうと入り口に張っていた心が独り言を漏らす。すると、同じようにカバーしていたメンタルが頷いた。


「……直樹が好きな姉さんと炎に、その作戦は失策だった」

「……それは関係ない……」


 心はそっぽを向いて否定する。

 現に皆だって薄々違和感を感じていたはずだ。唯一気付けなかったのは直樹との付き合いが浅いノエルだけだ。

 そもそも、直樹がボロボロだということもあり得ないことだった。

 直樹は心が渡した再生異能をなぜか心本人よりも上手く使いこなしている。


(……今はそれはいい。まず敵を倒さないと)


 直樹の腕が瞬時に再生した瞬間を思い出してしまった心は頭を振り、考えを改めた。

 今は敵だ。炎が引き連れてきた敵を奇襲し、一気に終わらせる。

 心手に持つ警棒を握りしめた心は、何かが飛来する音を聞いた。

 反対側に立つメンタルも気を引き締める。

 後ろに目配せし、各々の位置で待機しているメンバーに敵が戻ってきたことを伝える。

 それが済んだ後、心は集中した。

 炎が先に出るか、敵が先に出てくるかで攻撃のタイミングが変わる。

 次の瞬間、ゴウ! と火の噴く音がして、炎が通路から出てきた。


(行くよ、メンタル)

(わかってる、姉さん)


 心とメンタルはタイミングを合わせ、次に出てきた影に向けて警棒を振り上げた。

 そして、当てる直前で固まる。なぜならば。


「うわっ!? 心ちゃん、私だよ!」

「……っ……炎……!?」


 炎の後から出てきたのもまた、炎だったからだ。





「どういうこと……姉さん」

「わからない。でも、やるしかない」


 心は今一度警棒を握りしめる。

 恐らく、相手は何かしらの異能で炎の容姿をコピーしたのだろう。

 だとすれば、見分ける方法はあるはずだった。


(どうやって!)


 自身に自問しながら、心は炎と炎の戦いに割り込んだ。

 こういう時、質問するのがベストなのだろうか。だとすると、何を訊けばいいのだろうか。

 いや、一番最初に訊くべきことがある。

 心は、二人の炎に向けて大声を上げた。


「あなたの名前は!?」

「「炎!!」」


 心はむっとなった。なぜ名字を言わない?


「名字は!?」

「くさか……きゃっ」「チッ!」


 片方が答えたので勝機が見えたはずが、二人はすぐ取っ組み合いになってぐるぐる宙で回転し、すぐどちらかわからなくなってしまった。


「くっ……!」


 心は警棒を構えたまま歯噛みする。次は何を言えばいい?

 星座か、誕生日か? そこまで考えて心は炎のことを全然知らないことに気付いた。

 ……いや、無意識に避けている質問がある。炎の兄についてだ。

 私の家族を、殺したのは誰――?

 そう訊けば、確実に炎しか答えられないはず。だが、訊きたくなかった。したくなかった。

 自分の胸と炎の胸、その両方を抉る質問は。


「バカね、難しく考えすぎ!」


 後方で二人を見極めようとしている矢那が心に言う。


「こんなのは、適当に訊きゃいいのよ。はい、質問! メンタルの製造ナンバーは何番でしょう?」


 殴り合っていた炎達が止まる。

 二人ともえっとした顔になり、戸惑いの色を隠せない。

 腕を組んでうーんと考えそしてぎこちない笑みを浮かべた。


「「ごめんなさい。わかんないや」」

「どうしてよ!? ああもう面倒くさっ!!」


 イラついた矢那が勢いに任せて本物もろとも吹き飛ばそうとしたのを水橋が止め、代わりに問いを投げかける。


「心君の趣味はなんだ?」

「……えっと、プラモデルじゃ、ないかな!」「違うよ、銃をいじくることだよ!」


 殴り合いながら答える二人。同じ顔が質問に答えつつ拳を繰り出すというシュールなその光景を見つめていた心に正否が問われる。

 全員に見つめられた心は申し訳なさそうに顔を俯かせた。


「……どちらも」

「弱ったね、姉さん」


 メンタルが戦う二人を見つめて呟く。

 こうなれば避けていた質問をするしかないか、と思っていた心だが、それ以上に確実かつ誰の心も痛まない方法を思いついた。

 携帯を取り出し、カメラ越しに状況をチェックしているはずの相棒に連絡を取る。


「彩香、見てる?」

『…………』


 だが、返事はない。

 通信妨害か、と思った心だったが、短く返答が返ってきて問題なく通じていることを知った。


『……右』

「わかった」


 彩香はいつもべらべら喋るのだが、今日はやけに無口だ。

 しかし、今は気にしてる場合ではない。さっさと偽炎を倒さなければ。

 心はデバイスを起動させた。


「デバイス……起動!」


 彩香が右と言っていた方へ、心が飛び掛かる。直前まで本物の相手をしていた偽物は回避が間に合わないようだった。

 勝った――そう確信した心に、またもや疑念が全身を駆け巡る。

 反撃してきてもおかしくないのだ。直樹を一度叩き切った時のように剣を展開させたりなどして。

 だが、目の前の炎はえ……と信じられないものを見ている顔をしている。まるで、大事な人に裏切られたかのような。

 そして、迎撃出来るはずの手を構えなかった。手を出すなんて考えられない。そう訴えかけているかのように。

 打撃を見舞う瞬間、心は直観した。


(こちらは偽物ではない……ッ!?)


 心はかろうじで炎を殴らずに済んだ。そして、思考を巡らせる。

 彩香が判別を間違えるはずがない。彼女の透視異能は全てを見破る。

 だというのになぜ、彼女は間違えたのか。


「フフッ。何かわからないけどトラブル?」

「心ちゃん!」

「……ッ!?」


 炎の姿から元に戻ったノーシャが、右手を大剣に変化させ、思いっきり振り下ろした。

 炎を守るように立った心が警棒で、剣を防ぐ。

 本来ならば一瞬でカタが付くはずの勝負。だが、心の警棒とノーシャの大剣は拮抗していた。

 それを成せたのは、心の警棒が対異能者用に創られた特別製だったことと、彼女自身に発動しているデバイス効果のおかげだ。


「あら、面白い。でもね!」

「なっ……!?」


 ノーシャはすぐに右手を素手に戻すと、翼を生やし突撃した。

 全身を漆黒に染めて。


「炎!」「心ちゃん!」


 二人は並ぶと、同時に攻撃を加えた。そして、共に瞠目する。

 打撃が一切効果がない。有り得ない程硬質化している。


「フフッ、残念!」

「……がっ!」「あぁっ!」


 ノーシャは右手で心を、左手で炎を殴り倒すと、今度は射撃を加えてきたメンタルへ飛来した。


「……ッ」

「そんなオモチャじゃあたしは倒せない」


 メンタルのディストピアによる射撃を難なく弾き、ノーシャは咄嗟にデバイスを発動させた彼女をあっさりと蹴り飛ばす。


「……ッあ……」

「フフッ! 今度はだあれ?」

「私だ!」「私もいるわよ!」


 水橋が水鉄砲の狙いをつけ、どれだけ硬いものでも切り裂けると想い込んだ水圧カッターを撃つ。

 異能とは想いの力。例え銃弾を弾く装甲だとしても想いが詰まった水鉄砲ならば全てを切り裂ける。

 そして、それはノーシャもあっさり認めていた。

 故に、避ける。すると今度は泡のようなものに掴まった。


「あら」

「チャンス! ちょっと卑怯臭いけど文句は聞かないわよ!」


 矢那が最大威力の雷をバブルに向かって撃ちこんだ。

 雷鳴が轟き、黄色い閃光が輝く。

 稲妻が空へ還って行った後には、苦しそうな顔を浮かべるノーシャが残された。

 余裕をかましていたが、やはりダメージはあったようだ。


「ふん、これでおしまいだな」


 水橋はもう一度集中し、泡を生み出した。拘束泡でノーシャを包み込もうとした、その刹那。


「どうかしら!」


 翼に生えていた羽が一部抜け、水橋達に襲いかかった。


「なに!?」


 回避が間に合わない。そう判断した水橋が泡を自身を包むように展開。

 想いの力で皆を守る泡が羽の剣を全て防御する――はずだった。


「ぐぁ……!?」

「あたしの方が強かったようね」


 急所こそ外れているものの、全身を羽で貫かれ、水橋は戦闘不能に陥った。

 血と、割れて水となった泡の中に倒れ込む。


「このっ!」


 水橋がダウンしたのを見て取った矢那は、雷拳でノーシャを後方から奇襲した。

 雷のパンチを繰り出し、雷のキックを見舞う。原始的な、だが基本的な戦法。

 どうやら雷の効果は漆黒の防御を貫くらしく、ノーシャも余裕綽々というわけではない。

 だが、笑みは消えはしなかった。

 矢那の攻撃から後ずさるように動いていた漆黒の天使から、突如として反撃が来る。

 突然、足の膝から槍が生えた。あまりにも予想外過ぎたその刺突に、流石の矢那も対応が遅れてしまう。


「……何それ!?」


 瞬時に展開させた雷の盾で直撃は避けた。しかし、両脇腹に掠り傷。


「その程度……うっ?」


 まだまだ戦える――そう思っていた矢那は、驚愕しか出来なかった。

 ある意味予想出来たはずの攻撃。だが、矢那は攻撃は一撃しかないものだと思っていた。

 しかし、それも仕方ないことだろう。初見でそこまで判断するには材料が少なすぎた。

 よもや……一度伸びた槍が屈折するなど。


「……ぁ……これは……予想出来ないわ……ぁ」


 背中を串刺しにされ、矢那も他の仲間と同じように地面に倒れた。


「後はひとり。あなたを倒して、その後全員にトドメを刺さなきゃね」

「――出来るとお思いですか?」


 フフッと笑い声を漏らすノーシャに、緑色の騎士が立ち塞がる。

 ノエルが右手に剣を左手に銃を持ち、暗い瞳を持つ少女を睨み付ける。


「――なぜか、あなたからは私と同じ匂いがします。とすれば、私があなたを倒すべきでしょう」

「出来ると思うの?」

「――ええ。出来ますとも。地球は、風に包まれているのです」


 ノエルの言いことの意味がわからず、ノーシャは苦笑した。


「何それ。意味がわかんないんですけど」

「理解する必要はありません――。必要なのは――!」

「そっちはわかる……フフッ、戦いね!」


 風の騎士と漆黒の天使が宙を舞う――。

 歴史を感じさせる、だが新興中立国家の首都上空で、壮大な空戦が始まろうとしていた。




 どこか別の場所で、良い眼を持った少女を通し戦いを眺めている何者かが笑いながら呟く。


「その子は強いわよ? 今までの誰よりも。あなた達は今度こそ、終わり……」


 主に呼応して、彩香が笑い声を上げた。

 そんな彼女を身体にロープを、口元にガムテープを貼られ、床に寝転がされている少女がキッと睨む。


(私をこんな目に遭わせて……例えクイーンさんだろうと赦しませんよ!)


 全ての希望は久瑠実に――。

 小羽田は、ベッドの上で虚空に目を向け呆けている久瑠実を見上げた。



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