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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
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今やるべきこと

「い、いたたたた……」


 フランは痛みに顔をしかめ、目を覚ました。悪臭から、ゴミの山の上にいる事がわかる。

 何がどうなったんだっけ、と思ったフランは、自分の身体に触れる妙な感触に気付く。


「ん……な……に……」


 一瞬、フランは思考停止しそうになった。

 それも当然だ。今日あったばかりの見知らぬ日本人が、自分の胸に手をのせてるのだから。


「……っっっ!? な、何して!? わっ私は新興中立国家アミカブル王国のだ、第一……!」


 とアミカブル語で取り乱したフランは、え、と呆けた声を上げた。

 原因は先程と同じく神崎直樹。だが、理由は違う。


「ちょ……え」


 自分を守るように背中からゴミ袋の山に仰向けになっている直樹。その背中から。

 大量の血が流れ出していた。


「え、え、え? ちょっと……ねぇ……大丈夫!?」


 真っ青になったフランが直樹を揺する。だが、彼は眠ったように動かない。

 眠ってるんだよね? 死んではいないよね?

 恐怖に駆られたフランは、声掛けをしばらく続けたが、返事がない。

 人の死、人の怪我に慣れていないフランはゴミ箱の上でわかりやすく動揺した。


(どうしよう、どうしよう! 救急車! 医療異能者に連絡しなきゃ! お父様と……シャドウにも! あ、あれ……? 私の携帯は……っ!?)


 ポケットに入れていたはずの携帯がない。

 どこだ、どこに行ったと、目をあちこちに凝らしたフランは少し離れていた所に携帯が落ちていた事に気付いた。


(急がないと……!!)


 追跡をされぬ為に携帯の電源はオフだ。起動時間をもどかしく思いながらも誰に連絡するべきか必死に考える。


(うん、やっぱり救急車だよね……! その後でお父様に連絡を……!)


 この国の救急番号は199。何度か慌ててたせいか9を二つ余計に追加してしまい、さらに動揺する。

 何とか番号を打ち込み、荒い息のまま、携帯を耳に当てた。


(落ち着け……落ち着くのよフラン。あなたならちゃんと出来るわ……)


 そして、こちら救急医療センターです、とオペレーターから応答がくる。


「えっと人が」

「くっ……今のは流石に堪えたぞ……」


 大怪我をして、と続けようとしたフランは、何事もなかったかのように起き上がる直樹を目撃した。

 そして。


「うわきゃあああああ!!」


 乙女らしくない悲鳴を上げて、携帯を放り投げる。

 地面を転がった携帯は、通話が切断され、直樹の前に落ちた。




「このくそったれ! 何が起きてる!? 講釈してくれ!!」


 相変わらず訳のわからない日本語で怒鳴り散らすフラン。

 何となく察するに何が起きてるんだ説明してくれバカ野郎的な意味だと思った直樹は、悪いと言って謝る。


「色々あって言えなかったんだよ。驚かせたのは悪いと思ってる」


 特に直樹が悪いわけではなかったが、フランを落ち着かせる為、そして前以て言っておくべきだったと納得した直樹が二、三度謝ると、フランはやっと落ち着いた。


「……申し訳ございません。複雑であって考えが及ばないのだ」

(何でここまでぐちゃぐちゃに覚えられるんだ……)


 痛みのせいで冷静な直樹が、フランの日本語に突っ込んだ。

 やはりこれはおかしいだろう。身なりは良さそうなのに、なぜここまでおかしな日本語になってしまうのか。

 他人から教わったのではなく、自己流で覚えたのだろうか。

 などと考えつつ、英語もあまり出来ない自分が言えることじゃないな、と思い直樹は空を見上げた。


「ノーシャ……」


 フランも同じように上を見上げる。建物と建物の間から見える長方形の青色は、雲一つなく快晴だ。

 しかし、フランの顔は晴れ晴れとしていない。

 当然だった。親友だと思っていた相手に、殺されかけたのだから。


「……考えてもわからないと思うぞ」


 直樹は正面を見ながら言う。

 顔を下げたフランが怪訝な顔で直樹に目を向けた。


「訳がわからない。私はノーシャの親友で」

「それでもさ。人間ってのは意外とわからないもんなんだよ。だから、俺達にはことばがあるんだ。直接会って話し合った方が早いのさ」

「しかし、詐欺の可能性も」

「だとしてもな。信じて相手が本当のことを言ってくれるのを期待するしかないだろ。嘘だったら嘘で、今度は別の方法を考えよう。異能とか、心理学とかさ。とりあえず止まってる暇はないだろ?」

「……おっしゃるまでもない」


 おかしな日本語で直樹の後ろについたフラン。

 ことばというのは難しいものだ。フランの日本語だってダメダメだ。

 でも、そんなぐちゃぐちゃのことばでも、直樹に意味は伝わってるのだ。

 確かに誤解はある。嘘の可能性がある。

 でも、話しかける意味はあるはずだ。人はことばで繋がれるのだから。

 だとすれば、自分はどうすればいいか。

 直樹は彩香の異能を発動させ、正面を見据えた。


(……心達と合流して、フランとノーシャの話し合いの機会を設ける。それが今、俺のやるべきことだ)


 心達はどこにいる――?

 直樹は目を光らせ、透き通る家屋の中から、心達を探し始めた。






「じゃあ、この人達は敵じゃなくて味方――?」


 直樹がフランと共に逃げた直後、心達は困惑していた。

 戻ってきた水橋が、道路に気絶する黒スーツ達の山を見てはぁ、とため息をついている。


「何てことだ。君達は本当人が絡むと容赦ないな」


 呆れつつも、水橋は怒らない。

 エージェント達がちゃんと説明責任を果たせばこんなことになることもなかったはずだからだ。

 異能者というのは見た目で判断出来る人種じゃない。どれほど訓練しても強力な異能を持つ異能者に大の大人が手も足も出ないというのはよくあることだ。

 いや、と水橋が首を振った。ある男は訓練で並みの異能者を超えている。

 努力不足というのは言い訳にしかならないのかもしれない。特に戦いに携わるものには。

 と、そこまで考えて水橋は失笑した。

 シャドウや自分達はともかく、ロベルトなどの無能者の努力は無駄に終わってくれと願わなければならないものだ。

 努力が全てみのる必要はない。特に無実な人間を殺す為の努力は。


「……加減はしたつもり」


 心が警棒を仕舞いながら弁明する。

 しょうがなかったのだ。いきなり少女を追っかける黒スーツ達を怪しく思うなと言う方が無茶な話だ。

 似たようなケースの誘拐事件は珍しいものではない。


「でも、そうだね。話した方が良かったかもね……」


 微妙な顔で炎が呟く。彼女は意味のない暴力を嫌っている。

 その割には直樹を結構ぶん殴っているのだが、それはあくまで直樹がラッキースケベを起こしたからだ。

 意味のない暴力ではない。理不尽ではあるが。


「――ちょっと気合を入れすぎました」


 ノエルが纏った鎧に太陽の光を反射させながら反省する。

 以前着ていた強化鎧を改修した物で、ある程度の強度とパワーアシスト機能を獲得している。

 サーベルとフリントロックピストルも装備済みだが、刃は潰され、ピストルにはゴム弾を装填済みだ。

 だから、人を殺すことはない。殺すことはないのだが、力んでしまった。

 自分も似たように誘拐されたからだ。ロベルトに。

 同じシチュエーションが彼女の闘志に火をつけてしまい、泊まる予定だったホテルが少し欠けている。


「ま、でもしょうがないでしょ。襲ってきたし」


 ゲーム機を持つ矢那がふんと鼻を鳴らす。

 矢那はどうせ心達で十分でしょ、と高を括っていたのだが、エージェントのひとりが勢い余って矢那の携帯ゲーム機を叩き落とした。

 ゲーマーにとってゲーム機は命である。そして、ゲームデータはこの世界そのものだ。

 壊れてはなかったものの、ブチ切れる理由とはなった。

 矢那の逆鱗に触れた男はコメディよろしく黒焦げになってアフロヘア―からプスプスと煙を吹かしている。本当に生きてるのか不安になるほどの有様だった。


「……矢那はやり過ぎ」


 姉と同じように警棒を仕舞いつつ、メンタルが呟いた。

 だが、それを言ったらメンタルも同じである。近くに駐車してあった車にオートパイロットシステムが搭載されていたことを確認した彼女は、エージェントの行く手を塞ぐため、ハッキングして通路に思いっきり突っ込ませた。

 死傷者が出なかったことが奇跡と言える。戻ってきた持ち主が涙をこぼして愛車を襲った悲劇を嘆いていたが。


「でも、いいんです、いいんです! 男のエージェントなんて死滅すればいいんです! むしろ男が死滅……」

「うるっさいわね! アンタがやられちゃえば良かったのよ」

「ちょっと、二人とも……」


 嬉々として喜ぶ小羽田に彩香がムカついた。

 久瑠実の静止を聞かず、同じようにむかっとした表情になった小羽田とまた口論を始めようとした彩香を、心が諫めた。


「今は止めて。それよりも直樹を探して欲しい」

「ちっ……オッケー心。お安い御用よ」


 言われて彩香は街へを目を向ける。そして、すぐ見つけた。

 いや、見つけられたのは彩香だけではない。

 日本より強固なセキュリティに四苦八苦して携帯を動かしていた心。

 大丈夫ですかと倒れているエージェントを介抱していた炎。

 ため息交じりに携帯で連絡を取っていた水橋。直ちゃん大丈夫かな、と呟いていた久瑠実。

 あの少女も美少女でしたとうきうきしている小羽田の話を聞いていたメンタル。

 ゲーム内で死んでしまいはぁ、と顔を上げた矢那。

 腹の音が鳴って悲しそうな顔をして空を見上げたノエル。

 その全員が。

 直樹が、漆黒の羽が生えた切り裂かられる瞬間を。


「直樹!?」「直樹君!?」


 心と炎の声が混ざる。

 反射的に跳ぼうとした炎を水橋が押さえ水鉄砲を向けた。

 矢那は右手を翳し、ノエルがフリントロックピストルを向ける。

 心とメンタルも一応拳銃を抜いたが、射程が違う。銃を構えたまま歯噛みするしかなかった。

 水、雷、風が市街地の上空へ放たれる。

 直樹を切り裂いた天使は、三種の属性攻撃を難なく躱すと、どこかへ飛翔していった。


「急がないと!」

「任せて、姉さん」


 メンタルはまた携帯を取り出し、さっきの車を動かし始める。

 俺の車にまだ何かするのかと泣き叫ぶ持ち主を無視し、目の前へと来いと指示を出す。

 心達が立つ歩道の前で停まった車が、ドアを自動で開いた。

 四人乗りの赤いセダン。全員は乗れなかった。


「なら私達は!」


 と跳ぼうとしていた炎、矢那、ノエルを水橋が止める。


「待て! 危険だ」

「はぁ? 私達を倒せる相手なんて」

「違う、国民がだ」


 それとあの方もな、と水橋は心の中で呟く。

 空を自由自在に飛べる異能者が複数いると敵に知れ渡れば、相手は何をしてくるかわからない。

 向こうはこの街を、国を破壊したいのだ。対して、水橋達はこの国を守りたい。

 防衛戦の厄介なところだった。ゲームだと防衛側が有利の場合が多いが、それはあくまでゲームの話だ。

 行える事が限られている水橋達と、無制限に突然攻撃出来るテロリスト。

 どちらが有利かは考えるまでもない。

 しかし、それを言うなら既に手遅れの可能性もあった。

 直樹が跳んだ時点で、水橋達が射撃した時点で。

 今さら地上をゆっくり移動した方がダメである可能性がある。反対にそうでない可能性もある。

 そして、直樹は生きているはずだ、と水橋は直観していた。故に、相手を刺激しない方法を取る。


「彩香君と小羽田君、久瑠実君はここに残っていてくれ! 車には私と心君、メンタル君と炎君と矢那君が乗る!」


 水橋の指示通り、車に乗り込む心、メンタル、炎。一人残された矢那が水橋に訊く。


「ちょっと、私の席は」

「ん」


 天井を指す水橋。矢那はん……? と首を傾げた。

 そしてすぐに意味を察する。ふざけんな、と声を出そうとした瞬間、車が走り出してしまう。


「ち……ちくしょお!」


 矢那は雷で跳び、車の屋根に飛び乗った。その後ろを風の力でノエルが疾走する。

 残された三人が、不安そうな面持ちで車を見送った。


「大丈夫かな……」「大丈夫ですかね……?」


 久瑠実と小羽田が心配する。二人に、彩香が大丈夫よ、と声を掛けた。


「本当ですか? 私は心配でたまりません」


 なぜか久瑠実より深刻そうな顔をする小羽田。久瑠実が珍しいものを見たような顔をした。

 あまり接点がない久瑠実でさえ、小羽田の男嫌いは既知の事実だ。


「直ちゃんのこと、そんなに心配してくれるの?」

「ええ、心配です、不安です。あの男が野獣の如くあの金髪少女を襲わないかと」

「直ちゃんはそんなことしないよ!」


 久瑠実が憤慨して叫ぶ。すっかり不安な気持ちは吹き飛んでしまった。


「そうでしょうかねぇ。男は皆狼ですからねぇ……。不安、不安です。胃に穴が空きそうです~」

「全くもう!」

「ほら、あのゲスの事はほっといてさっさと行きましょ」


 彩香達はとりあえず泊まる予定だったホテルに向かった。そこなら落ち着けるし、心達のバックアップも可能だ。

 そんな三人の姿を監視カメラが見つめていた事に、微塵も気付く様子もなく、足早にホテルへと入って行った。






「全員にこの情報は渡ってるな?」

「はい。もちろんあの人形にも」

「そうか。……化け物共の様子は?」

「ダメですよ。一応仲間なんですから」


 暗い地下の一室で、男達がパソコンの画面を覗いている。

 指揮官らしき男は、部下の注意を受け高らかに笑った。


「ハハハッ。ああ、確かにな。この国の中では」

「下手に言うと聞かれちまいますよ? どんな異能を使ってくるか……」

「構わん。どうせ向こうも言っている。今はそれより奴の始末が先だ」

「人形は殺したと言っていますが」


 部下が伝えると指揮官が一喝した。何を言っている、と。


「人形の言ったことなど信用出来るものか。ロベルト殿の例を知らんのか? あの方は我らの偉大な騎士だった。だが、化け物共はロベルト殿の裏を掻き非道極まりない手段であの方を殺したのだ。油断してはならない。部隊を向かわせろ」

「了解しました」


 部下が部隊に命令を出し始めた。その事に満足した指揮官は顎に手を当て熟考する。

 簡易的な作戦本部のモニターを眺めた。モニターにはアミカブル首都ウィスドムの市街地が写し出されている。

 ターゲットを殺したという人形を狙い撃った連中。初めて見る顔ぶれだった。

 だが、問題は奴らではない。常にターゲットを守っているはずの男だ。


(シャドウがターゲットをみすみす危険に晒すはずがない……。敵は何らかのトラブルによる同士討ちで数が減っている。好機なはずだ。しかし、奴が出てこない限り不安が拭えん……)


 と、指揮官が険しい顔つきをした次の瞬間、その顔が驚愕に染まった。

 だが、何に驚いたのか意識することは出来ない。もう既に頭から血を流し、床に斃れ込んでいる。


「……こちらシャドウ。敵の拠点を一つ制圧した」


 指揮官達をサイレンサー付き拳銃で始末したシャドウは、同僚へと報告する。

 そして、パソコンで座標を確認すると、次の拠点へと移動し始めた。


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