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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第四章 友と友
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アミカブルへようこそ

 友達、ということばがある。

 不思議なことばだ。

 人によって意味が変わることばはたくさんあるが、このことばの多様性もなかなかのもの。

 親、とつけば大切な人になる。悪、とつけば腐れ縁の仲となる。

 学、となれば同じ学び舎で学んだ者。戦、も戦場における同僚の意味。

 たくさんの意味合いの中、やはり目につくのは親友であろう。

 このことばを軽々しく用いて後悔する者も多いのではないだろうか。

 対して親しくもないものに、俺達親友だろ、などと言われても困ってしまうし、私達はずっと親友だよなどと口約束して疎遠になってしまったりもする。


「あ……」


 だが、やはり親友だ、と一度思った者とは縁深いものだ。

 いつか思い出す時が来る。昔を懐かしんだり、偶然街で出会ったり。

 そしてまた、彼女もかつての親友を思い出す。


「……ソ、ラ……」


 檻から出て……目の前に広がる青空。

 見慣れていたはずの光景がとても新鮮だった。


「あたしは……」


 もう何年、この青さを見ていなかったことだろう。

 ずっとずっと、暗い場所にいた。

 冷たい檻の中で……自由という二文字が完全に奪われていた。


「なんで……」


 数年ぶりに外に出た彼女を巡った想いは、疑問だった。

 なぜ、自分はこうなったのか。なぜ、自分はずっと苦しんでいたのか。

 はらり、と紙が飛んできた。

 深い森の中で、捨てられていた写真。

 そこに写っていた人物を見て、彼女は憤怒の形相になる。


「お前だ……」


 呪詛の様に、言葉が漏れ出た。


「お前だお前だおまえだおまえだオマエだ――」


 右手で掴んでいた写真を、彼女は握りつぶす。

 全部オマエが悪い。お前のせいであたしは自由を奪われた。


「殺してやる、絶対に」


 美しいドレスで着飾っていた金髪の少女がぐしゃぐしゃになる。

 彼女は丸まった写真を放り投げ、剣の形をする左手で叩き切った。


「死ね、王女しんゆう!!」


 紫髪の少女が深い闇を抱えた瞳で、叫んだ。






「みんな集まったな」


 立火警察署に集まった直樹達に水橋が声を掛けた。

 みんな、各々の荷物を持ち、これから始まる旅行へのワクワク感を隠せていない。

 ただ、ひとりを除いては。


「はぁ…………」


 深いため息をつく、元平凡な高校生。

 直樹は疲れ果てていた。それもそのはずだ。

 昨日はずっとピント合わせをしていたのだから。

 コツさえ掴めば楽勝よ。

 彩香はそう言って直樹に笑っていたのだが、実際には全然楽勝ではなかった。

 リアルタイムで生きている人間の仕組みを目の当たりにしてしまったり、草木に隠れていたかさかさ動く虫の断面図を目撃してしまい吐きそうになったりと、散々な目にあった。

 だが、何とかして、最低限のコントロールは覚えた。

 人の過去を間違って覗いてしまったり、身体の断面図を見てしまうことはない。


「昨日、大丈夫だった?」


 炎が心配そうに訊いてくる。

 大丈夫だ、と顔をあげた直樹は、思わず二度見した。

 炎は絶対そんなに必要ないだろうというレベルの荷物を背負っている。


「お前なんでそんな大荷物なんだよ」

「え? これが海外旅行なんじゃないの?」


 どこから仕入れた知識か、炎がきょとんと首を傾げる。

 だが、答えるべき直樹も海外旅行というものがどんなものか漠然としか知らないので、はっきりと答えられない。

 助けを求めるように心を見る。心は炎とは違い軽装だ。


「心、炎に教えてやってくれ」


 心はええ、と頷いて、


「出先で必要な物は……まず、その地域でも問題なく使用出来る携帯」


 と言ってスマートフォンを取り出し、


「次に必要なものは、コレ」


 と、黄金色の拳銃を――。


「って、警察の敷地内で拳銃なんか出したらダメだよ!」


 銃を取り出した心の腕を炎が掴む。

 心は不思議そうな顔をしつつ拳銃を仕舞い、


「とにかく、武器と携帯。これさえあれば万事どうにでもなる」

「そ、そんなものかな……?」


 炎がぎこちない笑みで笑う。

 直樹も引きつった顔をしていた。

 心は時に常軌を逸した事をする場合がある。

 というより周りの人間全員どこかおかしいので、そもそも本当におかしいのかさえ、直樹は怪しくなってくる。

 普通やおかしいなどは所詮そういう人間の数で決まるので、おかしい人間の中に普通の人間が混じれば、普通がおかしいという事になる。


「拳銃はよくわからないけど、ゲーム機さえ持っていれば何とかなるでしょ」


 水橋の隣で携帯ゲーム機で遊んでいる矢那が言い、


「ワタシも姉さんの言うように武器と携帯さえあればいい」


 と携帯をいじりながらメンタルが言う。

 久瑠実は服とカメラしか持ってきてないなぁ、と直樹に笑いかけ、彩香が、


「私はパソコンさえあればいいや」


 とノートパソコンを取り出す。


「そんなものなのかな?」

「あー……うん。どうなんだろうな……」


 かくいう直樹も小説を2、3冊程と携帯、服や歯ブラシ、タオルなどの簡易的な旅行セットしか持ってきていない。

 他の意見はとノエルと小羽田を見るが、ノエルはスゥースゥーと立ちながら眠っているし、小羽田は何勝手に見てるんですかと睨みを利かせてくるだけだ。


「とりあえず、荷物を減らそうな」


 直樹が苦笑すると、そうだねと言って炎はいくつか分類すると、残りを署内の浅木の元へと持っていった。




 炎の荷物は結局、服と小物の類だけとなった。

 待たせちゃってごめん、と炎がみんなに謝ると、水橋がそろそろだな、と腕時計を確認する。


「よし、もう出る。……来てくれ」

「りょーかい」


 と駐車場に止まっていた車の中から、ひとりの男が出てきた。

 スーツを身にまとっているが全体的にくたびれている。

 無精ひげを生やした男は直樹達全員を見回した後、子供ばっかりだなぁ、と呟いた。


「何か問題があるんですか?」


 子供と言われてむかついたのか、これだから男はと言いながら小羽田が突っかかる。

 男は悪い悪いと適当に謝りつつ、水橋に尋ねた。


「これで全員か?」

「ああ、そうだ。頼む」

「よし、じゃあみんなで手を握ってくれ」


 言われて矢那、水橋、小羽田、ノエル、彩香は素直に手を握った。

 だが、問題は直樹、心、炎、久瑠実だ。

 直樹としては誰でも良かった、(というより誰でも気恥ずかしさは変わらない)のだが、心達は違う。

 誰が直樹の手を握るのか――などという攻防戦を水面下で繰り広げている。

 心、炎、久瑠実の睨みあい。その無意味な闘争を終わらせたのは髭面の男だった。


「男の取り合いとかは向こうでやってくれよ。さっさと運んで寝たいんだ」

「そ、そんなことは……!!」


 と狼狽する三人を無視し、男は強引に直樹の手を握る。


「ほれ、お前は俺と手を繋げ。別に円を作る必要はないんだ。手を繋いでさえいればいい」


 言われて三人も不満顔で手を繋ぐ。

 全員握ったな、と男は最終確認をし、息を吐いた。


「よし行くぞ。肩の力を抜けよ」

「行くってどうやっ……!?」


 直樹は問いを最後まで口に出せなかった。

 瞬間、直樹達は姿を消していたからだ。





「あー、到着。じゃあ、俺は眠るわ、後はよろしく」


 手をぷらぷら振って、男は街中を去って行く。

 直樹はポカンとして街中に佇んでいた。

 もちろん、立火市ではない。見た事のない街の中に、彼らは立っている。


「ど、どこだここ……!?」

「ああ、ここが目的地、アミカブル王国だよ」


 水橋が呆ける直樹に説明する。

 直樹達の前にあるのは歴史を感じさせる街並み。日本のようにコンクリート造りの家ではなくレンガ造りの家も多い。

 無骨な都市国家ではなく、街の景観を優先させた家屋の数々。


「どこか……イギリスやイタリアに似た街並みですね」

「ああ、そうだ。国王はそっち方面の出身でな。そういう街にしたかったそうだ」


 ノエルの問いに水橋が答える。

 そんなやりとりをしている間にも、街を大勢の人が歩いている。

 ぱっと見た感じでも様々な人種の人間がいることに気付いた。

 黒人、白人、アジア系も多い。


「驚いたか? ここには様々な国から人が集まっている。宗教、肌の色、言語、価値観など関係なくな。全く無関係に思えるが、共通点はある。それは……」

「異能者だろうが無能者だろうが気にしないこと……」


 心が感銘を受けたように呟いた。

 心の視線を辿ると、街角で擦りむいて泣いている子供を異能者らしき人間が何かしらの異能を用いて治療している。

 そして、傷が治ると子供がありがとうと礼を言って去って行った。


「一番理想郷に近い場所、ね」


 彩香も感慨深く呟く。

 彼女達が戦っていたのは、この光景を日本でも、最終的には世界にも見れるようにするためだ。

 異能者も無能者も、ただいっしょに暮らす世界。

 そんな難しくなさそうなこと。しかし、それを難しくしてしまうのが人間の才能であり、呪いでもある。


「姉さん……」


 メンタルが姉を案じるように見つめた。

 予想外の道のりで、自身の目標に辿りついてしまった姉。

 メンタルの心中は複雑だ。

 ここで止まらないで、という想いと止まって欲しいという矛盾した想い。

 全員が全員、呆けていると、炎が心の肩に手をのせる。


「世界中が、こんな風になればいいのにね」

「……そうね。ここがあるのだから、可能性は残されている」


 実際にアミカブルという場所がある。

 目指していた理想郷がある。

 ならば、実現する可能性はゼロではない。

 ゼロでなければ、希望を持ち続ける事が出来る。例え、それがどんなに困難だとしても。


「うん、頑張ろう」

「ええ」


 心は力強く炎へ頷いた。

 直後、水橋の携帯が鳴り響く。

 携帯を取り出した水橋は、二、三度相槌をうつと、直樹達に指示を出した。


「私はちょっと用がある。すぐ近くにホテルを確保してあるから、そこで今日は休んでくれ。手伝いは明日からだ」

「わかりました」


 直樹が頷くと、水橋はどこへと向かってしまう。

 残された直樹達は水橋が転送した座標へとGPSを頼りに動き出した。


「高級ホテルなんでしょうねぇ」

「矢那は高いところじゃないとダメなの?」

「ま、せっかく旅行に来たんだから高いところがいいわね。どうせ使いぱしりにされるんだし」


 直樹の前を歩く矢那とメンタルが他愛のない会話を行い、その後ろで、


「絶対に相部屋は嫌です」

「そりゃこっちのセリフだっての。そもそもホテルがいっしょの時点で嫌だわ」


 彩香と小羽田がいがみ合っている。

 直樹の後ろはというと、心と炎が旅行らしくあちこちの建物を指さしてあの建物が綺麗だの、あのオブジェクトは良さそうだの楽しんでいた。


「直ちゃん……ノエルちゃんが」


 と横を歩く久瑠実につんつんと指で突かれた直樹が顔を向けると、ノエルが死にそうな顔で久瑠実の肩に倒れ掛かっている。

 大丈夫か!? と声を荒げた直樹だったが、ノエルの言葉に拍子抜けさせられた。


「お腹が……空きました」

「ああ、そうか」


 参ったな、と辺りを見渡した直樹は、売店らしき出店を見つけそこで何か買おうと歩き出した。


「直樹、言葉わかるの?」


 と心が疑問を投げかけたが、直樹には聞こえない。

 直樹は自然な動作で売店まで行き、そこで止まった。

 よくよく考えるとアミカブルの言葉を話せない自分に気付いたのだ。

 あまりにも急に移動したため、日本の感覚が抜けてなかったのかもしれない。

 しくったな、と顔を赤く染めながら心達の元へ戻る。

 否、戻ろうとした。

 だが、突然道を走ってきた少女と激突してしまう。少女がかけていたサングラスが宙を舞う。


「きゃっ!?」

「なんっ!?」


 直樹と少女は仲良くしりもちをついた。


「大丈夫か?」

「ってて……日本語?」


 目深に帽子をかぶり、痛そうに顔をしかめている少女は、直樹が咄嗟に言った日本語に反応する。

 少女は落としたサングラスをかけなおし、先に立ち上がった直樹から差し出された手を掴んだ。


「えーと……何でしたか……ありがとう?」

「ん?」


 少女は自分の日本語が正しいかどうかわかっていないようだった。

 それであってるよ、と直樹が声を出そうとしたその刹那、


「……っ!? まずい!! 来て!!」


 と言って少女は直樹の手を掴んだまま走り出した。


「え」


 直樹は訳がわからない。なぜ今自分は見知らぬ少女と走っているのか。

 だが、少女の切迫した様子が、スーパーお人好し直樹の何かに火をつけたのだ。


「ちっ……!!」


 少女が舌打ちしながら後ろを振り向く。

 するとスーツ姿の男達が後ろを追いかけてきていた。


「誰だあいつら……!?」

「えっと……俗に言うワルイヒト……あれ、違う、ワルイヒトをやっつける……?」

 

 少女が何か言っていたが、直樹に気にしている余裕はない。

 どう見たって追い付かれるのは時間の問題だった。

 だとすればやることは一つだ。

 直樹は炎の異能を発動させた。


「ちょっと悪いな」

「えっちょっ」


 直樹は少女を抱きかかえると、そのまま跳ぶ。

 そして、近くの家の屋根に降り立つと、屋根と屋根を伝って逃げて行く。

 跳び移る最中に、後ろを振り返ると少女を追っていた追手を、心達が食い止めてるようだった。

 助かる、と思っていた直樹に少女が声をかける。


「えと……ありがとう? あなたは異能者だったのですかね?」


 妙な日本語で訊いてくる少女に直樹は首肯した。


「そうだ。俺は異能者だ。……怖がったりしないのか?」


 今更ながら、直樹は恐る恐る訊く。日本では間違いなく怖がられるはずの事実に。

 だが、少女はきょとんとした顔をみせて、


「なぜなのかね? この国では異能者も無能者も同じ人間であるのでしょうね」

「そうか」


 やはりこの少女の日本語はおかしいな、と思いつつ直樹は安心した。


「降ろしてくれることを所望します」

「わかった」


 少女の要請を受けて、適当な路地裏に直樹は着陸する。

 直樹が少女を下ろすと、少女は帽子を取って改めて礼を述べた。


「本当に、真実に、ありがとう」

「ああ。真実はいらないけど」

「そんなものであるのか? むむ、日本語難解」


 少女はむーっとしかめっ面をしたが、ふと思い出したように写真を取り出した。


「この人探し」

「え?」

「このロクデナシ」

「ん? はい?」


 写真を差し出して、なぜか直樹を罵倒する少女。

 何となくニュアンスからこの少女を探しているとくみ取った直樹が写真を見つめる。

 そこには二人の少女が写っていた。一人は、裕福そうな金髪の少女。

 もう一人は紫髪のどこかみすぼらしさを感じさせる少女。


「友達。謁見したことない?」

「ないな……」


 謁見したことも、会ったこともない。

 直樹の答えに、少女は少し落ち込んだ様子を見せた。


「であるか。実に無念」

「悪いな」


 そもそも今来たばかりの直樹に、この国の知り合いがいるはずもない。

 念のための確認だったようで、すぐ少女は気を取り直した。


「とすれば、迅速な行動すべし。もっと街を横断しなければ」

「えっと、早く街の中に探しに行かなきゃってことか?」

「了承」


 頭がぐちゃぐちゃになりそうだったが、直樹は何とか翻訳し続ける。


「早く足を歩く。出ないと犯すぞこの野郎」

「違う……仕方ないんだ。日本語って難しいから……!」


 少女はもっと別の意味をしゃべってるんだ。でもことばって難しいから……。

 直樹は気が滅入りそうになるのを堪えて少女について行く。


「お前、私を手伝うとおっしゃるのか?」

「ああ、手伝うよ。さっきのが誰かわからないし……」


 もしかすると水橋の件とも関係あるのかもしれないしな。

 直樹はそう思いつつ肯定した。


「ならば、我に従え。さすればお礼を申し上げる」

「あ、ああ……」


 どう見たって変な電波を受信したとしか思えない話し方で、少女は饒舌に話していく。

 そういえばまだ名前を訊いていない。直樹は少女に名前を尋ねた。


「名前は?」

「男ならば自分から名乗るべし」

「俺は直樹。神崎直樹だよ。君は?」

「……フラン」

「フラン……フランね。わかった」


 直樹が名前を復唱している間、少女フランはアミカブル語で自分に言い聞かせていた。


「私の正体がばれたら面倒そうだし……内緒にしとこ」

「何か言ったか?」


 直樹の問いに、何か問題が? とフランは答える。

 実際にはなんでもないと言ったはずなのだが、無駄に単語を覚えているせいで、変な風に話してしまう。

 だが、フランは気づかず、話を進める。直樹を苦笑させながら。


(どこ……どこにいるの? 一体。私の親友は……)





「シャドウ」

「水橋か」


 宮殿の中から、街を見下ろしていたシャドウは、部屋に入ってきた部下へと視線を移した。


「ひさしぶ」

「挨拶はいい。要件だけ簡潔に話そう」


 時間がもったいないと言わんばかりに水橋の挨拶を遮る。

 実際に彼は時間がもったいないと思っていた。だが、盗聴される恐れのある電話通信を今使用するわけにはいかない。

 だからわざわざ水橋を呼び出したのだ。

 ここで街中での逆探知は難しいが王宮内での逆探知ならば容易い。

 故に、ここで盗聴を行ってくるのならばむしろ歓迎したい所だった。


「わかった。……例の組織がちょっかい出してるのか」

「ああ。この国を崩壊させようと必死だからな」


 現状、アミカブル王国を狙っている勢力は大きく分けて二つ。

 実に単純。異能派と無能派だ。

 完全な中立国であり、異能者と無能者が共に暮らすこの国は奴らにとって目の上のたんこぶなのだ。

 もしこの国の情報が奴らの支配下に置く国民達に漏れたら、こぞって離脱するに違いない。

 人は利益の為に争いを求める。そして、利益の為に平和も求める。

 異能者無能者関係なく大勢の人々は、このような争いに疲れ果てている。

 集団心理に振り回されるまま敵だ化け物だと口をそろえているが、彼らの本心は違う。

 人には生存本能がある。現状の危険な自国と現状の平和なアミカブル、どちらを取るかは明白だ。

 そして、それを危機だと感じている者達がいる。

 それが――。


「この国の周辺をうろつくテロリスト……」

「ああ、奇妙な連中だ。なにせ、一時的に異能者と無能者が手を取り合っている」


 事態を客観的に見れば……皮肉な状況だった。

 無能者と異能者が共に暮らすこの国を潰す為、無能派と異能派は協力しテロを起こしている。


「……連中は近々大規模なテロを画策している。故に、君達には」

「そのテロを食い止めろということか……?」


 水橋がシャドウの言葉を予想して訊いた。

 しかし、シャドウは否定する。


「違う。あの方を守っていて欲しい」

「……む、そうか」


 水橋は不満げな顔で頷いた。

 恐らくこう言いたいのだろう。自分達も戦える、と。

 だが、水橋はわかっているはずだ。シャドウが絶対に認めないことを。

 水橋達の実力が足らないというわけではなく。

 子供に戦わせてはならないという価値観故に。


「では、後は任せたぞ」


 とシャドウが立ち去ろうとすると、水橋が影色の戦闘服に身を包む男を呼び止める。


「シャドウ」

「なんだ?」


 シャドウが立ち止まると、水橋は言いづらそうに、だがはっきりと尋ねた。


「まだ、妹のことを気にしてるのか?」

「…………」


 普段冷静な彼も、その時ばかりは戸惑いの色をみせた。

 ある意味禁句のようなものだ。シャドウにとって、妹という単語は。


「もう、死者を気にして自分の事をないがしろにするのは」

「構うな。俺は俺のやるべきことをするだけだ」


 と再び部屋を出ようとしたシャドウの元へ、同僚が駆け込んでくる。

 息も絶え絶えで、顔は真っ青。その表情だけで何かまずいことが出来たと察せた。


「どうした?」

「す、すまない! あの方が……」

「……。水橋、君は今すぐあの方を探せ」

「シャドウは」

「……敵があの方を探す今がチャンスだ。減らせるだけ数を減らす」


 数少ない中立派にとって、敵の数は膨大だ。

 故に、敵を殺せる時は殺す。それがシャドウのやり方だった。

 そして、あの方の安全を手っ取り早く確保する方法でもある。

 いつ、どんな手で襲ってくるかわからない状況で敵を待つよりも、敵を見つけ出して殺してしまった方が速い。


「任せたぞ」


 シャドウはそう言い残して、脅威を排除しに向かった。

 その後ろ姿を見つめていた水橋は、悲しそうな顔をみせた。


「シャドウ……あなたは……強い。しかし、人は一人では……」


 水橋の呟きは、シャドウには届かない。例え、直接面と向かって言ったとしても。



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