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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
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新しい異能

「はぁ、わけわかんないわね……」

「ま、高校生なんてそんなものだろう」


 と妙に説得力を感じさせながら水橋が言う。

 実際には直樹と二つばかりしか違わないのだが、どこか大人びた印象を与える水橋の言葉に全員が納得した。


「えーい、また失礼なことを考えている気がするが、今はいい。今日は大事な話があってきた」

「大事な話……まさか!」

「そう、実は……」

「告白、成功したんですか!?」


 と、早とちりした炎が訊いた。

 水橋がまた面倒くさくなったので、矢那が代わりに説明を始める。


「どうも旅行に行くらしいわよ」

「旅行、ですか?」


 唐突に出た単語に直樹が眉根を寄せる。

 なぜ旅行なのか。そもそも、そんな場所があるのか。

 社会の闇に片足を突っ込んだ自分達に、安全な旅先があるとは思えない。

 だが、旅行先がわからなかったのは直樹と久瑠実、炎だけであり、他の全員は目星がついていた。


「アミカブル……」


 心がぼそり、と呟く。

 そこはある意味心が目標としている場所でもあった。


「そうだ……アミカブルだ。直樹君達は知らないか?」


 水橋の問いに直樹達三人はこくりと頷く。すると、持ち直した水橋は口を開き説明を始めた。


「太平洋の真ん中にある国でな……。街の景観もなかなかいい。旅先には最高な場所だ。それにアミカブルは……今、世界で唯一の」


 理想郷だからな。

 水橋の言葉に、直樹は自分の耳を疑った。

 理想郷。異能者と無能者が共に暮らす平和な場所。

 

「そんな場所が……?」

「――ある。私は行ったことがないけど」


 心が存在を疑っている直樹に首を縦に振った。


「そうだろうな。正規な手続きでは難しい。……急だが、明日発つぞ」


 水橋が全員を見回し言う。

 だが、あまりに唐突な旅行に直樹達は戸惑った。

 学校と勉強がある。それに家族との関わり合いも。


「ああ、来るのは直樹君と心君、メンタル君、炎君だけでいい。他のみんなは普段通り過ごしてくれて構わないぞ」


 言われて、久瑠実と彩香、ノエル、小羽田が困惑した。

 確かに小羽田以外は学業があるし、自分達を誘わなかったのは、暗に役に立たないと言っているようなものだ。

 しかし、だからといって省かれるのは納得出来ない。

 特に先程謎のぼっち事件を受けた彩香にとっては。


「私は行くわよ」

「私もです! お金を持っている私がいないと彼女達は何も出来ません!」


 つられて、小羽田が声をあげる。

 そんな二人を見て、少し悩んだ久瑠実も遠慮がちに手をあげた。


「わ、私も言ってみたいなぁ」


 最後にノエルが切実な表情で水橋を見上げる。


「私は……ひとりでご飯を食べることが出来ません……」

「むぅ。結局全員か。大丈夫かな……」

「まぁ、大丈夫なんじゃないの? タクシーはご愁傷様だけど」


 ふふっと笑いながら言う矢那。

 直樹達にはなぜ矢那が笑うかはさっぱりだ。

 しかし、明日出かけるとなるとうかうかはしていられない。

 旅行という事で、うきうきし始めた炎が水橋に訊く。


「何か必要は物は?」

「まぁ、最低限でいい。必要な物はこちらで準備するから、変な物を持ってこられても困るからな。さて、全員が来るとなると、明日から三日ほど適当な理由を付けて休校にするとしよう」


 水橋は言いながら携帯を取り出し、誰かと通話を始めた。

 炎がすごく嬉しそうに久瑠実の手を取ってやったと声を出す。


「私友達と旅行なんて初めてだよ!」

「そうなんだ。楽しみだね」

「うん!」


 炎は学校生活のほとんどを一人で過ごしていたので、旅の経験がない。

 彼女の喜びようも致し方ないことだった。

 しかし、そんな彼女とは違って直樹は不安でいっぱいだ。

 初めての海外旅行。初めての外国人。

 初めてのオンパレードだ。


(……って、今思えば俺県外にすりゃ出たことないのか……)


 直樹は十七年間ずっと立火市周辺で過ごしていた。

 同級生達もそうだ。先生達すら県外から出た事がある人は稀である。

 何も知らなかった時はそういうものだ、と直樹は納得していたが、世界の真実に触れた今の彼ならばわかる。

 異能派と無能派が陰で暗躍している中で、もう既に存在しない県や街がある。

 国が必死に隠している場所に好奇心で人が現れる事が無いように徹底されているのだろう。

 そういう事を気にする人間は強制的に黙らされている。

 人を完全に黙らせたい時、どうすればいいか。簡単だ。その口を塞いで、二度と言葉を発せなくすればいい。

 そんな単純で、最悪な手段で、違和感を違和感と感じさせなくしている。それが今の日本の現状だ。

 だが、今から行くこととなってしまった場所はそんなものとは無縁の理想郷。

 直樹に想像は難しい。なので、彼は詳しそうな心に訊いてみることにした。


「どんな所なんだ?」

「……異能者と無能者がいる場所、ということしかわからない。……そうだ。あなた、異能をアップグレードした方がいいわ」

「異能のアップグレード……追加しろってことか」


 心から満足する答えを得られなかった直樹だったが、役に立つことを勧められた。


「ええ。言葉が満足に伝わらない場所では透視異能が役に立つ。彩香」

「え? こいつに……?」


 もうすっかり元に戻った彩香が訝しげな視線を直樹に向ける。

 まだ警戒しているのだ。直樹が悪用するのではないかと。


「大丈夫だ。俺は今までそんなことしなかったろ?」

「いや説得力皆無なんだけど」


 と、しばし熟考した彩香だったが、しぶしぶ頷いて手を差しだす。


「悪用した瞬間、鍵をかけるから。わかってる?」

「ああ、わかってる」

「ああそう。……気を付けてね」


 直樹の複写異能は、コピーした相手との絆が影響している。

 まだ試したことがないのではっきりとはしていないが、恐らく彩香がやっぱなし! と念じた瞬間、異能が使えなくなるはずだった。

 頷いた直樹は彩香と手を握り、繋がる。

 直樹の中に、角谷彩香という人物が複写される。

 全てを視渡せる、彩香の透視異能。

 彼女の異能を獲得した直樹は、立ちくらみをおこした。


「……っ!? これは!?」


 全てが視えすぎる。歩いている通行人の、その身体の内側が視える。

 近隣住宅の中に立つ主婦が、今日の夕飯を考えているのがわかる。

 商店街を歩いている男が、不倫相手にメールを打っているのが視える。

 人が視えてはいけない部分まで、視通してしまう。

 道を歩いている小さな女の子の気持ち。ベビーカーを押している母親の、疲れたという疲労感。


「うっ……」

「直樹?」


 よろめいた直樹を、心が支えた。

 支えてもらった直樹が助かると言いながら視線を向ける。

 そして、視る。視てしまう。

 燃え盛る炎。泣きながら黄金の銃を撃つ少女。

 五年前。狭間心がただの少女から、異能殺しに変わる瞬間を。


「くぅ!!」


 直樹は心から離れて頭を抑えた。

 だが、もう遅い。他者の、心の当時の想いが流れ込んでくる。


 ――やめて。お父さんを、家族を燃やさないで――。


「くそっ! 止まれ!」


 しかし、過去の想起は止まらない。

 直樹がどれだけ願おうとも。

 彼は他の異能と同じように、彩香の異能も暴走させていた。

 心の、言葉を介さない、生の感情が流れてくる。

 心の奔流。思考しているのが自分なのか、心なのかが曖昧になる。


「止まってくれ!」


 混乱する直樹の横で、皆が困り果てる。


「直樹君、大丈夫!?」


 炎が不安がり、直樹に近づく。


「今は止めた方が」


 と止める彩香の制止を聞かず、傍に立った炎を、直樹は見た。

 また、“視て”しまった。

 今度は教室でひとりぼっちの少女だ。兄が死んで、何一つ希望を見出すことが出来なかった少女。


 ――燃やせ……燃やしちゃえ……全て灰にしてしまえ!!


「くっ……あああ!!」


 思わず炎の異能を発動させそうになった直樹が、何とか堪える。

 何事かとノエルの風を見ても何も言わなかったクレープ屋の親父も動じ始めた。


「こら! ちゃんと何を視たいのかイメージして!」


 彩香が炎を引き離し、直樹の首を掴む。

 そのまま、周囲の視線を集めつつ路地裏に連れて行った。


「俺が……視たいもの……っ!?」


 彩香に言われた通り、イメージしようとした直樹は視た。

 炎の奥底に潜んでいた、誰かを。


 ――っ!? なぜ私を!? ジャミング!!


「ぐああああっ!!」


 頭に強烈な痛み。

 今のは誰だ? もしかして今のが……。

 と思考していたはずの直樹の頭がかき乱される。


「うっ……!! なっ!!」

「ほら! ちゃんと視て! 私を視て!!」

「彩香……うっ!?」


 言われるがまま、彩香を視た直樹は、また引き込まれる。

 他者の過去に。胸に秘めている痛みに。




 お母さん。私、異能者かもしれない。

 その問いをしたのは、彩香が中学生になったばかりの頃だった。

 彩香の問いを聞きそんなことはないよ、あなたは人間よ、と笑っていた母親の笑顔が崩れ去ったのは、彩香が彼女の思考をことごとく的中させた時だ。

 母親の笑顔は焦りに、そして恐怖に引きつった顔へと変貌する。

 娘はおかしかったのだ。その目が。全てを視てしまう瞳が。

 彩香がおかしい事に気付いた母親は、彩香の前でおかしくなった。

 発狂したのだ。私は化け物を生んでしまった、育ててしまったのだと。

 彼女の母親は狂信的な無能者主義だったから。

 誰もが異能者である可能性を含んでいたのに、彼女の母親は無能者のほとんどと同じく無知だった。


「ダメよ……彩香。そこで待っていて」


 と言って母親はキッチンへ向かったが、全て視えていた彩香にはわかった。

 母は自分を殺すつもりだと。

 彩香は逃げた。逃げて、逃げて、街の中を走り回った。

 気付くと母親は追ってきてなかった。代わりに銃を持った人たちが追ってきていた。


「……誰、誰なの!?」


 運動が苦手だった彩香は、道路の真ん中でへたれ込んだ。

 腰を抜かしてがたがたと震えた。

 彼女の元へ、数台の車が現れる。

 やましい者達が好む黒色だ。

 車の色と遜色がない黒色の兵士達が車から降りてきた。

 そして、彩香に銃を向ける。何も発しなかった。

 彩香が盗み視たのは、異能者への憎悪。

 真っ黒で真っ赤な憎しみを視させられて、彩香は後悔した。

 言うべきじゃなかった。ずっと嘘をつき続けるべきだった、と。

 自分よりずっと明るく振る舞えるはずなのに、とても孤独な奴に感化されるんじゃなかった、と。


「あ……」


 兵士達は躊躇いもなく引き金を動かす。

 彩香は思わず目を瞑った。

 直後に響く銃声。そして、悲鳴。

 彩香は驚き目を開けた。すると。


「大丈夫?」

「狭間……心……」


 学校で浮いていた自分に声をかけてきた、変な奴。

 理想郷ユートピアという名の拳銃を持つ暗殺者が、そこにいた。





「うぅっ!!」

「仕方ないなもう!」


 パシンッ!

 びんたの音が路地裏に響く。


「あっ……」


 彩香にぶたれて、直樹は正気に戻った。

 視えすぎた目が、元の目に戻っている。


「わ、悪い……」

「ふん……そりゃそうよ。ま、初めてだろうし仕方ないけど」


 彩香が鼻を鳴らして言う。

 赤くなった手を擦る彼女に、直樹はもう一度謝った。


「本当に悪い……」

「だから、もういいって……」

「違う。お前の過去を覗いちまった……」


 直樹の告白に、彩香は目を見開かせた後、自嘲気味な笑みをみせた。


「いいって。ま、私も色んな人の心を覗いてきたからね。人の事は言えないよ」


 ハハハと乾いた笑いをみせる彩香。

 だが、と直樹は首を振る。

 確かに彩香は他人の心を盗み視ていたかもしれない。

 しかし、こんな力を持ってしまえば仕方ない。

 コントロールは直樹が持つどの異能よりも難しく、油断すれば視えすぎてしまう難解な力。

 きちんとピントを合わせねば、下手をすると地球の反対側まで視えてしまう程、強大な視力。

 彩香から異能を借りるまで、直樹は透視異能が便利なものだと思っていた。

 都合よく他人の力が視え、その心まで読み取れる。

 応用次第では、どの異能よりも凶悪な異能。

 だが、実際には違った。

 他人の思考に自らを乗っ取られそうになる異能。そして、他人が視えすぎる為に、自分が傷ついてしまう異能。

 人が自分について悪く思っていたら、全部視えてしまう。

 視るな、と言われても良い目があれば、どうしても視てしまうだろう。

 そして傷ついて怖がって、それでもまた視てしまう。

 相手が嘘をついているんじゃないか。心の奥底では自分を貶めようとしているのではないか。

 最初は、善意だった。彩香の過去を断片的に見た直樹にはわかる。

 最初はいじめられそうになった同級生を救ったはずだった。そして、それが原因で彩香の目がばれた。

 他人を盗み見る者を受容出来るはずがない。それがまだ精神の型組が出来ていない子供ならなおさらだ。

 当然のように彩香はいじめられ、ハブられることになった。

 悲劇だ、と直樹は思う。直樹は彩香のことをハブってしまった子供達の気持ちもわかった。

 たぶん、怖かったのだ。彩香が。自分の心を視てしまう彩香が。

 そして、自暴自棄になっていた彼女の前に現れたのが狭間心だ。

 異能殺し。理想郷を目指す哀れな少女。

 自分より可哀想な奴に彩香は同情したのか共感したのか。

 母親に薄情してしまったのが新たな悲劇のはじまりで、希望への道でもあった。

 そんな彩香の過去を視て、直樹にはわかったことがある。

 自分の気持ちを正直に、直樹は口にした。


「彩香……お前すごい奴だったんだな」

「突然なによ……そりゃもう私は超すごい奴、よ」


 彩香は気を紛らわすように胸を張った。慎ましい胸が強調される。


「練習が必要だな」

「そりゃ当たり前ね。今のあなたじゃまた発狂しそうだわ」

「ああ、わかったよ。……頼みたいことがあるんだが」


 彩香は直樹が言う前に頷き、承諾した。


「異能の練習ね」

「ああ、頼む」


 と、落ち着きを取り戻した直樹達の元に、心達の声が聞こえてきた。


「直樹! 彩香!」

「直樹君!? 彩香ちゃんも、大丈夫!?」


 大丈夫だ、と直樹は叫んで、心配するみんなを安心させに行く。

 その後ろ姿を見つめていた彩香は、すごい奴か、と呟いた。


「そんなこと言われたことがない。……いや、あったか」

 ――そんな目を持っていて、もうとっくに絶望しているはずなのに、まだあなたは折れていない。あなたはとても強い人、すごい人。


 今神崎直樹に心配そうに駆け寄る暗殺者。狭間心。

 自分よりひどい状況の奴にそんなことを言われて、中学生の彩香もポカンと呆れたものだ。

 ここにいる連中はおかしい。はっきり言ってキチガイだ。

 だけど、と彩香は思う。


(そのおかしさが……いい。私を受け入れてくれるその異常さが。だから、私は心を、あなた達を助けるの。例え先に絶望しかなくて、それが原因で死ぬとしても)


 何考えてるのよ、私は。

 臭いことを考えた自分に失笑し、彩香は自分を受け入れてくる人達の元へと歩いて行った。



 


 



 

 ――今のは想定外。まさか、私に干渉してくるなんて。

 もう躊躇っている暇はないのかもしれない。……いや、まだ直接介入は早い。

 後一回。今度の奴が失敗したら……もう容赦はしない。


 直樹達が談笑している時、どこかで誰かが結論付けた。

 だが、直樹達は気づかない。気づけない。

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